魔法使いです。休日なので王都に行きます。②
諸君、私は戦争が大好きだ。
マイア菓子店へようこそ。
キング・コケロッコの鶏卵と北国ウェールンに棲息するミノタウルスの美味しい牛乳をふんだんに使用し、豊かでまろやかな味わいに仕立て上げた極上のプリンです。ぜひご賞味あれ。
本日のオススメ:数量限定プリン
一個1,280G
白石と赤煉瓦の敷き詰められたなだらかな道。道の沿線上には神獣を模した石像が点在し、花壇の横に設置された木製ベンチに人々は思い思いに座り穏やかな時間を過ごしている。
『マイア菓子店』は王都の日常風景に溶け込むように店を構えていた。
店の扉の前に置かれた小さな黒板には『今日のオススメ』という題で限定プリンの宣伝が書かれている。
道も石像も花壇も店も道行く人も、全部が小洒落た雰囲気を醸し出すその空間の中で、俺はもう既にこの場から去りたい欲求に駆られた。
……相変わらずキラキラしてるなー。なんか皆さんお洒落だし。俺すごいラフな格好で来ちゃったんですけど。大丈夫? お上りさんみたいに見えてない? ホント大丈夫?
エリーゼの方はと言うと、髪は緩いパーマをかけてセット済み、下ろし立ての白いワンピースに身を包む臨戦態勢の状態である。
妹の真新しい姿を見れてお兄ちゃん満足っちゃ満足なんだけどさ。俺がめっちゃ浮いちゃうんだよ妹や。もしかして俺ってば妹の引き立て役にされちゃってる? 信じてたのに! この裏切り者!
「エリーゼ。俺の服装めっちゃ浮いちゃってるんだけど……こんな格好でこんな小洒落た店に入ってもいいのだろうか? 良くないと思うから地元の商店街の100Gのプリンで手を打たない?」
「打たない。私はここのプリンが食べたいの。その為なら例えダサい兄ちゃんが隣にいても頑張って我慢するし。ほら行くよ」
「ダ、ダサい…………」
直球の台詞に俺の硝子のハートに罅が入った。ダサくはないだろ……あの、あれだよ、ラフな格好だと言ってくれよ……。
そんな俺の心情など御構い無しにエリーゼは俺の袖のすそを引っ張りキラキラ空間へとご招待する。
「……いらっしゃいませ。」
カランコロンと扉に着いた小さな鐘の音が来客を報せる。カウンターの奥から重く渋い声が聞こえた。
料理服にコック帽を被ったダンディズム溢れる男性。恐らく店長だろうな。胸の名札にも店長って書いてあるし。というか貴方はどちらかというと酒場のマスターとかの方が似合うと思うんですが。
「……御注文は、如何なさいますか。」
「数量限定プリンを二つ……あ、いや三つで。あとシュークリームも三つお願いします」
「……畏まりました。」
初めは俺と妹の二つと思ったが、物のついでだ、母さんにも一つ買ってってやろうと思い三つにした。ふふ、俺の財布の泣き叫ぶ声が聞こえる。おかしいな、世間はこんなにも暖かいのに……俺の懐には冬が到来したようだ。寒いね。
店長さんがトレーを左手に、右手でトングを持つ。そしてシャカシャカとトングを右手で華麗に廻してから、プリンとシュークリームを取り始めた。今の動作要る?
店長さんは何処となく満足気な顔をしていた。ま、まあいいか別に。
横をちらりと見れば、妹はホクホク顔でご機嫌のようだ。可愛いね。ふふ、お兄ちゃんお前のそんな顔を見れれば財布の中身がすっからかんになっても幸せさ。ホント、マジ幸せ。そう自分に言い聞かせる。
でもなー、何か嫌な予感がするなー。妹が天使の微笑みで「兄ちゃんの分寄越せ」とか言ってきそうな気がするなー。くっ。妹のそんな横暴には屈しないからな! そんな事態になれば今度こそ兄の威厳というやつを見せつけてやるから覚悟しておけよ!
(※余談だがその後無事、妹の手に渡った模様)
「店長ー。ゴミ出し終わりましたー……ぁ!?」
「ん?」
「……あ」
扉の鐘の音が店内に響き、俺と妹が同時に振り返ると一人の少女が入店してくる所だった。店長さんと同じこの店の服を着ているから従業員の一人なのだろう。
その少女は俺の顔を見るなり素っ頓狂な声を上げる。え、なに? 俺の甘いマスクに心奪われちゃったりしたの? そんな訳ないな。
多分俺の服装がダサすぎてこの店に似合わな過ぎて驚愕したのだろう。……いやそれもなんか嫌だな。
「ア、アベルさん!?」
「え……なんで俺の名前知ってるの?」
その少女ーーサイドテールにした亜麻色の髪が特徴的な快活そうな女の子は、何故か俺の名前を呼ん……あ、ロケット落とした子か。
「あ、そうですよね……! ちゃんと自己紹介もしてませんでした。魔術学校で騎士道を学んでいます、ルーナ・クロイツェルといいます! 初めましてではないですが初めまして!」
「……ど、どうもアベル・ベルナルドです。魔法使いです。はい。どうぞ、よろしくお願いします」
ルーナさんはコック帽がずり落ちそうになるくらいの勢いで頭を下げてくる。それに釣られて俺も頭を下げたので、店内で男女が頭を下げ合うという奇妙な構図が出来上がってしまった。
……でも何故俺の名前を知ってるのん?
疑問が解消しない俺の脇を横の妹が膝で小突いた。
「(この人兄ちゃんが医務室で寝てた時に花くれた人。覚えとけって言ったでしょ)」
「あ、ああなるほど……!」
妹が呆れたように教えてくれた。確かにあの時エリーゼとミッシェル先生と、途中で入ってきたもう一人の先生以外に『花を贈ってくれたルーナさん』のこと聞いた気がする。
あの花は結局なんて名前の花かは分からなかったけど。
「決勝戦の日に花をくれて、ありがとうございます。えーと……ルーナさん、いやクロイツェルさんか」
流石にほぼ初対面の女の子のファーストネームを呼ぶのは俺のメンタル的に難しい……。
なんて思っていたら俺の目の前までクロイツェルさんの顔が近づいてきてい……うおおいや近い近い近い!
「どうぞ『ルーナ』と呼んでください! その代わり私もこのまま『アベルさん』って呼んでもいいですか!?」
「あ、う、はい! ど、どうぞご自由に!」
「えへへ、ありがとうございますアベルさん」
「…………」
はにかみながら俺の名前を呼ぶクロ……じゃないやルーナさん。な、なにこの子なんでこんなグイグイ来るんです? パーソナルスペース狭くないですか? 距離近くないですか? 俺の顔赤くないですか? いや絶対赤いわ。免疫力が……免疫力が全く足りてない……!
そこでハッと気付く、俺。まさか。
まさかこの子、俺のことが好きなのでは?
きっと俺の顔にではなく心に宿るイケメン力に気付いた系女子なのではないのか?
よくよく考えればよく知らない俺の見舞いに来てくれている時点で超脈アリだろう。そして俺の名前を覚えてくれるなんて。これは既に告白をされたといっても過言じゃないのでは?
来た……! ついに来た……! モテ期到来……!
「ふ、ふふふ、ふふ……」
「…………」
横の妹が「またコイツ馬鹿なこと考えてるな……」的な目でこちらを見てきていたが、今の俺にはそんなもの気にならなかった。
このチャンス。逃す手はない……!
俺は無い勇気を振り絞り拳に力を込めた。さあ今こそあの忌々しいリア充達と同じステージに上がる時なのだ。もう、俺のことを、陰キャなんて、呼ばせない。
「りゅ、ゔぅん! ルーナさんは此処で働いてるのかい?」
「はい! ちょっと家からは遠いですが、アルバイトとして働いています! 大半は自分のお小遣いの為ですが……」
「しょ、ゔぅん! そうかい。自分の分のお金を自分で稼ぐ。なかなか出来ることじゃないよ」
よしよし、今の俺は余裕のあるクールな誰もが憧れる魔法使いそのものだ。時々セリフを噛んだ気がするが、恐らく気の所為だろう。
「そ、それで、ですね。アベルさんの決勝戦を見て私、とても勇気付けられたんです。真っ直ぐ向かっていくアベルさんの姿が、こう、私の憧れる騎士と重なったというか。なんというか……」
「そ、そうですか……」
ルーナさんは手をもじもじとさせながら、大切な過去を思い返すようにそう語る。
「とにかく、カッコよかったんです! 同じ平民出身だというのもあって、私ももっとやれるんじゃないかって、そう思えて……!」
「…………!」
両手を握り締めながら力説するルーナさん。
そしてそれを聞いてニヤニヤする男がいた。俺だった。
「アベルさん! あの!」
「はい……なんですか?」
ルーナさんは俺の名前を呼ぶ。それを冷静に(自己分析)、そして大人の余裕(自己解析)をもって応える俺。
ふ、これは告白まで秒読み段階だろうな。急な展開ではあるが、これで晴れて俺も恋を知る者となるのだ。さよなら非モテライフ。ようこそ充実ライフ。
「あの、えーと、あの……うぅ……」
耳まで紅潮させながらルーナさんは目を右へ左へと泳がす。俺はそわそわと窓の外に視線を送っていた。
エリーゼはそんな俺達を眉を寄せながら交互に見遣り、店長はトングを拭いていた。
ルーナさんの視線がカウンターの中の透明なガラスケースの中に入ったデザート群を見付け止まる。
「アベルさん! こ、このショートケーキもオススメなんです! ご一緒にいかがですか!?」
「はい。貰います」
「あとこっちのチョコケーキとドーナツもどうですか!?」
「はい。貰います」
おだてられ褒められご機嫌の俺はルーナさんに薦められるままにスイーツの数々を選んで買おうと……。
あれ?
ちょっと待った。後で妹の服を買うお金も必要なのにこれらを買ってしまうと、俺の財布が不味いことになるのでは。
具体的に言うと、財布の中身が冬から氷河期に突入することになる。
よくよく考えてみろ俺よ。俺のことをこんな可愛い子が好きになると思うのか? 可能性はゼロじゃない。ゼロじゃないならそれはつまりあり得るということだよ、うん。
いやいやちょっと待て俺。冷静になるんだ。
クールにクレバーに今の状況を確認するのだ。
俺は妹と共に限定プリンとシュークリームを買いに来た、つまり『お客』だ。そして、ルーナさんはアルバイト中の『店員』。
店員の仕事とは、お客に商品を買わせること。
…………つまり。今の俺は。
美人で可愛い店員さんに面白いように乗せられホイホイと金を出すアホな客ということになるのでは?
「…………危ねぇ! いや、あのプリンとシュークリームは買ったんで、やっぱ他のやつは要らないです、はい!」
「え、ええ!?」
「スミマセンもう俺達行きますね! ちょっとあの妹と服も見なきゃいけないので、ええ! ありがとうございます! よし行くぞエリーゼ!」
「あの、アベルさ……!」
俺は店長さんからプリンとシュークリームと保冷用の魔氷の入った袋を受け取ると、感謝を伝えてから妹の手を取って店を出る。
背後の方からルーナさんの声が聞こえた気がするがそれを振り切って俺は白石と赤煉瓦の道を突き進んだ。
ふふ、最初から分かっていたさ。俺なんかがあんな可愛い子にモテるわけがないってことなんかね。
俺はあえて、おだてられ乗せられたようにしていたのだ。あえてね。
だから何も悲観することなんかない。むしろ少し良い思いをしたのだ。役得だと思っておこう。今日はいい一日になりそうだ。
「兄ちゃん、泣いてんの?」
「泣いてないよぅ……!」
……これがリア充になる為の試練というやつなのか。だとしたら……リア充ってすげえな。道のりは遠そうだ。
快晴が広がる蒼穹を見上げ俺はたった一つ、願いを飛ばす。
魔法使いです……いつか可愛い子にモテたいです……。
カランコロン! と平時より一際大きな音を出して扉の鐘が鳴り響いた。
「あ、あぁぁぁ……」
マイア菓子店に悲痛な叫びとどんよりとした雰囲気が漂う。ルーナは扉の方向に伸ばしていた手を下ろし、がくりと肩を落とす。
突然のことだった。
いつもと変わらぬ勤務時間に降って湧いたサプライズゲスト。自分でも半分くらい何を口走ったのか記憶が曖昧なほど混乱していた。
ちょっと気になる男の子。名前くらいしか知らない男の子。どうすれば自分のことを知ってもらえるかを考えていた。
明日から再び始まる学校でどういう風に接していこうかと考えて、未だ明確な答案が出ていない状態で突如現れた件の人。
ケーキを薦めたのには理由があった。
このマイア菓子店の二階には手狭ではあるが穏やかな落ち着く雰囲気のある食事スペースがあるのだ。
ケーキを妹さんと食べて貰いながら、少しでも彼と話す時間を伸ばしたかった。
だが、功を急ぎ過ぎたのだろうか。
彼はルーナの努力の甲斐無く店を立ち去ってしまった。
「はぁ……」
ルーナは溜め息を一つ吐き、とぼとぼとカウンターの奥へと隠れる。
楽しく幸せな時間は突然やって来て、そして突然去ってしまう。ルーナは気落ちした気分のまま、いつもの業務へと戻っていった。
マイア菓子店の店長はそんな一部始終を見て、拭き終わったトングをフックに掛けてこう呟いた。
「青春、ですね。」




