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魔法使いです。勇者のパーティを抜けたいです。【連載版】  作者: マルゲリータ
第一章 魔術学校編
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魔法使いです。休日なので王都に行きます。①

 

「暇だな」


 王国大輪祭が終わった翌日、街にも普段の穏やかさが帰ってきた。俺は家のベッドに寝転びながら窓を通して街道を眺める。

 昨日まで露店が並び人の波に呑まれていた煉瓦の道が露わになり、壁には取り外しの間に合っていない垂れ幕が寂しそうに残っている。


 あれほど毛嫌いしていた街の喧騒ではあったが、無くなったら無くなったで物寂しさは残るものだ。

 まあリア充の大群を見なくて済むのだから俺的には大勝利な訳だが。


 平穏の戻った街を人は運び、或いは走り、逞しくも懸命に働いている。そんな様子を見ながらゴロゴロする、俺。これが俗に言うエヌイーイーティーというやつなのだろうか。

 いや違うからね。俺は所謂そういうアレでは無いからね。

 魔術大会の関係で今日は学校が休校になっているのだ。振替休日という名の最高の一日である。いっそのこと一年ぐらい休みになんないかな。振替休日ならぬ振替休年。留年しちゃうわ。


「ニート……じゃないや、兄ちゃん朝ご飯出来たよ」

「おー…………あれ、今俺のこと変な呼び方しなかった?」

「してないよニートちゃん」

「してるじゃんか。可愛く言ってもその肩書きは可愛くならないからな?」


 エリーゼがノックもせずに俺の部屋の扉を開き入ってきた。ちら、と妹の姿を見ればピンク色の可愛らしいエプロンを装備している。愛しの妹と家庭的なエプロンとが合わさり最強に見える。


 だが妹よ。俺をそのナントカという呼び名で呼ぶのはよろしくないな。俺は正当な理由でゴロゴロしてるのだ。ほんとだよ? いやまあ起きてから一時間くらいパジャマから着替えもせずに毛布を被ったままの状態だというのは否定しないけども。

 だって仕方ないじゃない。ベッドの誘惑が俺を離してくれないんだ……。あぁこのままベッドと一生を添い遂げたい。永遠の愛を誓いたい。


「冷めちゃうから早く来てよね」

「う〜んあとちょい。あともうちょいだけ……」

「……まあ別にいいけど。冷めたら、寝てる兄ちゃんの口に皿ごと突っ込むからね」

「うーん良い朝だ! こんな日にゴロゴロしてるのなんて勿体無いね!」


 俺は永遠の愛を誓い合った毛布を捨て去りベッドから起き上がった。俺が伸びをすると身体の節々からポキポキと小気味の良い音が鳴る。


 死因が朝食の皿を喉に詰まらせるとか悲しいにも程があるよ。葬式で遺族が笑いを堪えるのに必死だよ。棺桶の中で俺も笑っちゃうよ。笑えねえ冗談はさておき。


 パジャマから私服に着替え俺はダイニングルームに向かう。サンドイッチと温かいスープに、湯気を立てる紅茶のカップが既に置かれていた。

 俺が椅子に座ると、向かいの椅子に妹はエプロンを外してから座った。


「おー相変わらず美味そう……ありがたき幸せですエリーゼ様」

「美味そう、じゃなくて美味しいの。良きに計らいなさい」


 手を合わせ妹と軽口を叩いたあと俺はサンドイッチを食べる。うーんあの、シャキシャキの野菜がとてもシャキシャキしててふわふわの生地がふわふわしてて……語彙力ゼロだね俺ね。要約すると美味い。


「そういや母さんは?」

「とっくに仕事行っちゃったよ。お母さん『兄ちゃんのお小遣い減らす』って言ってた」

「……え、冗談だよな? 冗談でしょ? ていうか何でそんなことに?」

「見送りしてくれなかったからだって」

「子どもかよ……」


 ぷくーと頬を膨らませる母親の顔が浮かんだ。いや全然可愛くないからやめて。ほんとやめて。というか俺の小遣いを減らさないで。プライスレスってそういう意味じゃないからね母さん。

 いつもはバリバリ働く頼れるウーマンなのに、何故か時々子どもっぽいことをするんだよなぁ。子どもっぽいというよりは「うわキツ」って感じの言動だけど。


「そ……そういえばさ」

「ん? なに?」

「今日兄ちゃんは何か用事ある?」

「用事か………寝ることかな」


 エリーゼがサンドイッチを頬張りながら聞いてきた。俺は昨日まで頑張ってきた自分を労わるためにベッドでゴロゴロするという大切な用事がある。俺は人を褒めて伸ばす方針です。俺を誰かイイ子イイ子してくれ。出来れば美人で妖艶なお姉さんがいいな。ミッシェル先生クラスとまでは贅沢言わないが、俺のことを優しく労ってくれるそんなお姉さんを所望します。


「…………あ」

「……? どしたの? 顔赤いけど。大分気持ち悪いよ?」

「なんでもない。あと一言余計だ」


 ミッシェル先生で連想してしまったのは、昨日の出来事。

 何故かは分からんが俺の頭を胸に押し付けて撫でてくれるという、あれここ天国? ってくらいの幸福感溢れるイベントだった。

 いや、まああの時は突然のことで全く頭が働かなくなったけどね。名誉DTにあの刺激は強すぎるんですよ。誰がDTだ。俺はDTじゃないぞ。未来の俺が夢の中でそう言ってた気がするから大丈夫。大丈夫ったら大丈夫。


「ふーん。まあいいけど……寝るだけってことは何も用事が無いってことだよね」

「いや寝るっていう用事が……」

「無いってことだよね?」

「無いってことです、はい」


 目を見開き凄んでくる妹に兄である俺は身を小さくして縮こまる。なんてことだ兄の威厳というやつが……。そんなもん数年前から無かったわ。ほげー。


「じゃあこれ食べ終わったら出掛ける準備してね。四十秒で」

「準備期間短すぎじゃない? ……ていうか何で?」

「昨日の約束果たしてもらうから」

「……約束? 何それ?」

「は?」


 睨みつけてくる妹に俺の身体はまた縮こまる。もうミジンコさんと同じくらいまでに。そろそろ微粒子レベルまで到達しそう。人間の小ささなら誰にも負けない自信があります。カスみたいな自信だ。


 てか『約束』って何だ?


 目を泳がせながらどうにか頭の引き出しを探し回っていると、そんな俺を見てエリーゼは溜め息を一つ零す。


「昨日『限定プリンとシュークリーム奢る』って言ってたじゃん。兄ちゃんの頭は土人形(ゴーレム)級なの?」

「え、ひどくない?」


 土人形級って……流石に俺の頭の中には泥じゃなくて脳味噌が入ってるよ? 多分。見たことないから分かんないけど。

 ていうか約束ってその事か。確かに医務室で妹に謝りながらそんな事を言った気がする。


「あと確か服と靴とバッグとアクセサリーも買ってくれる約束だったよね」

「え。いや俺そこまでは言ってないけど……」

「私欲しいブランドのバッグあるんだよねー」

「聞いて?」


 いつの間にかサンドイッチを食べ切りカップも飲み干した妹は椅子から立ち上がり、しれっとした顔で(金銭的に)重い要求をしてくる。


「しょうがないな……。じゃあプリンとシュークリームと服だけでいいよ」

「……お前譲歩したように見せかけて要求が増えてるじゃねえか。どこのネゴシエーターだ」

「うっさい。面白くない。いいからさっさと準備してよね」


 妹はそっぽを向いて、皿を持ち洗い場へスタスタと歩いて行ってしまう。

 それを見送りながら俺は自分のお財布の中身と頭の中で相談する。

 お財布の中身は必死な顔でNOを示していたが。


「しょうがねえなぁ……」


 俺はそう独り言つと紅茶を一口飲んだ。ちょっと舌を火傷した。







 俺たちが住む『マギックの町』から王都まではそう遠くはない。馬車で一時間というところだ。俺は疲労するのが嫌だったので馬車で行くことを提案するが、妹からはノータイムで却下された。理由はお金が勿体無いから。俺はぐうの音も出ず従うしかなかった。


 そんな訳で俺たちは飛行魔法を付与した箒に跨り空を飛んで王都へと向かっている。飛行魔法は俺の自前の魔法だ。

 世には飛行魔法付きの箒や絨毯、果ては馬と荷車両方に飛行魔法をかけて空飛ぶ馬車なるものがあるそうだ。大体がめちゃくちゃ高いらしい。高度の話じゃないよ、お金の話だよ。

 貴族様は空飛ぶ馬車に乗るのが一種のステータスになるのだとか。いやぁ羨ましいですわ魔法陣の効力消えて落ちてくんねーかな。高度はそんな高くなくていいから。怪我しない程度に空から落ちて恥をかいて欲しい。性根が腐りきった平民ことアベルです。どうぞよろしく。


 箒の細い柄の部分に俺が跨り、後ろの余裕のある部分に妹のエリーゼが乗っている。妹は俺の腰に手を回し空から眼下に広がる街並みや遠くの緑の平原を眺めている。恐らくちょっとした旅気分なのだろう。心なしか妹の機嫌も良い気がする。

 いやぁ良かった良かった。妹が幸せそうで何よりです。でも俺は細っそい柄の部分に跨ってるから色々と超痛い。全然快適じゃない。

 しかも魔法の維持もしなくちゃいけないから色々と気を張らないといけない。景色なんて眺めてる場合じゃない。


 でもお兄ちゃん頑張るよ。頑張って風になるよ。何てったってDTのまま人生終わらせたくはないからね。


 そうして空飛ぶこと数十分。

 俺たちは王都の門前へと辿り着いた。門番さんに入門許可証を貰わないと王都の中で捕まって怒られちゃうからね。


 俺たちが地上近くに停止し箒から降りると甲冑を纏った門番さんは珍しそうな目でこちらを見てきた。


「ほー……箒でやって来るとは珍しい。貴族……という訳でもなさそうだ。坊主、お前の魔法か?」

「ふ、そうだよ門番さん。何たって俺は飛行魔法も容易く使う偉大なる魔法使いだからな」

「はは威勢が良いねぇ坊主!けど偉大なる魔法使いさんよ、すごい内股になってるけど大丈夫かい?」

「……大丈夫だ、問題ない。あと坊主って呼ばないでください」


 思いの外ケツが痛い。いや痛くない。偉大なる魔法使いは痛がらない。いややっぱ痛いわ……。今度から絨毯で来よう……。


 門番さんは悪い悪い、と快活そうに笑う。内股のまま動けない俺を置いてエリーゼが門番さんと話し始めた。


「あの、入門許可証を頂きたいのですが」

「ああそうだったそうだった。ほんじゃお嬢ちゃんと坊……じゃなかったな偉大なる魔法使いくんの名前を名簿(ここ)に書いてくれ」

「はい」


 エリーゼが自分と俺の名前を書き込み門番さんに渡した。門番さんは二つの入門許可証を代わりに渡してくれる。入門許可証なんて銘打っているが、それはただの丸石に文字を刻んだだけの簡素なものだ。それでも、名簿に名前を書いた時点でその丸石に込められた魔法陣が発動し、本人の意思で文字が光るような仕組みになる為、本人確認としては十分なのだ。


「ベルナルド……ほう兄妹で王都まで……目的は買い物ってところかい?」

「ええ、妹が王都の有名な洋菓子店にある限定プリンが食べたいそうで」

「ってーと『マイア菓子店』か! ウチの家内もよくねだってくるよ」


 俺の舌にはどうも気が合わないけどな、と気のいい門番さんは豪快に言いながら俺たちを快く通してくれた。

 ついでに俺の箒も預かってくれるという。帰る時にまた寄っておいでと言って親切にしてくれた。やだこのおじさん超優しい……。惚れはしないけど。


 行くか、と俺は内股のまま王都の繁華街へと足を向ける。


「………………!」

「……おう、おう、おう。ちょ、エリーゼ。肩パンやめて」


 自分がスイーツを食べたいとねだったのが王都に来た理由だということを門番さんにバラされて何となく気恥ずかしくなったのだろう。エリーゼは頬を仄かに染めながら俺の肩を後ろから三回ほど小突いてきた。


 そんな様子を俺は笑って眺めながら、俺と妹は足を揃えて歩き出す。


 まずは『マイア菓子店』で限定プリンを買って、妹の機嫌を取るとしよう。



週末旅行(デート)がはじまるぞ。

二人ぼっちじゃない世界は本日も回っていきます。グルグル。

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