魔法使いです。騎士の威を借ります。
時系列的には前話と同時進行のようなものだと思って下さいませ。
王国大輪祭最終日の朝。
俺はベッドから降りて肩をぐるぐると回す。うん痛くない。嘘。ちょっと痛い。でも男の子だからね、我慢しないとね。昨日妹のエリーゼが帰ってから少し寝た俺は、治癒魔法の先生にトドメの治癒を施してもらって無事退院となった。数時間しか居なかったけどこれって退院って言うのか? 知らん。
一応松葉杖とか貸してもらったけども、別に歩くのに不自由は無かったから要らなかったんだけどな。まあでもそのお陰で用事が終わったらしいミッシェル先生が医務室に丁度よく帰ってきて、俺がベッドから起き上がろうとしてるのを手伝ってくれた。
「アベル、掴まれ」なんて言って肩を貸してくれた。優し。
けどその時の俺は柔らかい感触に心奪われていましてね、ええ。仕方ないね。俺ってば怪我人だからね。その時にちょっとした偶発的胸部相互接触が発生してしまったとしてもそれは不可抗力というやつだよね。俺は悪くない。
そんなこんなで夢見心地のまま帰宅した俺だったが、ニヤニヤしてたら妹に「キモい」と言われた上に箪笥の角に怪我した脚部をぶつけて悶絶してしまった。
幸せと不幸はプラマイゼロってどっかの誰かが言ってた気がする。本当その通りだな。でもなんか俺の場合、不幸の比重が高い気がするんですがどうなってるんですかね神様。
まあいいや。そんなことよりもだ。
王国大輪祭最終日に魔術大会の表彰式が開かれるそうで。
俺ってば一位になったわけだけど……あの、俺辞退してもいいですかね? 衆人環視の中表彰台に登るとか俺のチキンな心臓が保たないんですが。
そんなことをミッシェル先生に伝えると、先生はその氷の無表情に一瞬困惑の色を見せた。
「え。……あー……ん……そうか……」
ミッシェル先生は静かに慌てながら俺にかける言葉を探していた。その様子に何だか俺が情けない所為で困らせてしまったことに少し罪悪感を覚える。
「どうしても駄目か?」
「……あ、いや行けます。なんか行けそうです」
ミッシェル先生が困ったように眉を八の字にして聞いてきたので俺は無事撃沈して死地に向かうことを決意する。どこのどいつだ先生を困らせた大馬鹿野郎は!? 俺だ。先生を困らせるか俺のチキンハートが爆発するか。そのどちらかを選べと言われたら、めっちゃ迷うけど最終的に後者を選んでしまいます。
頼まれたらNOと言えない系男子です。どうぞよろしく。
楽団の壮大な演奏と共に王国の旗が掲げられる。
昨日まで土埃が舞い踊り魔法が飛び交っていた闘技場は、今や厳かな雰囲気を醸し、六日間を闘い抜いた魔法使い達を讃える式場と化していた。
観客席は人でごった返し、喧騒混じりの無数の視線が向けられているのが感じられる。
そんな中で、俺はというと。
目元はキリッと爽やかな顔立ちで、
(顔は強張り冷や汗が止まらない状態で、)
その立ち姿は威風堂々の如く、
(その立ち姿は干上がったもやしの如く、)
培った健脚が大地を踏みしめ真っ直ぐに、
(培った貧脚が子鹿のように小刻みに震え、)
青々と晴れ渡る空と同じくらいに気分はブルーだった。
(青々と晴れ渡る空と同じくらいに気分はブルーだった。)
うん、どんだけ自分を騙そうとしても駄目だね。めっちゃテンパってます。逃げ出したいですわ。帰りたいですわ。
しかも表彰台で俺に杖を渡すらしいハゲに見覚えがあって、誰だったっけなーとか考えてたら、国王陛下であることに気付いて俺の緊張メーターが振り切れた。
何してんすか王様。いいよ大丈夫だから。こんな学生達の『ぼくの最強魔法発表会』に参加しなくていいですから。いやホントマジで。やめてください。豆腐メンタルLv.2の俺みたいな子のことも考えてください。
ガッチガチに緊張しながら俺は表彰台の一番上に登る。拍手と歓声とハゲとシモンズの睨むような視線に囲まれながら俺はカデ……カデなんとかの杖を王様から受け取る。
王様がなんか良いこと言ってた気がするけど俺は緊張感から逃れるために貴方のピカピカの頭部を凝視してました。ごめんな王様。
この杖どうやら貴重な物らしいね。
でもさっきチラッと見てみたけど、如何にも高級品ですって主張してくるキラキラゴテゴテ感が全く好きになれなかった。
何でお金持ちってキラキラしたがるの? 大丈夫だってお前の頭部はいつだってキラキラ眩しいんだからさ。これからは檜の棒を献上してくれ。そうすりゃ俺も帰り道に良い感じの木の棒拾った時の純真キッズの気持ちを取り戻して喜ぶからさ。
子供の頃は「くらえっ空刃剣!」とか言って木の棒振り回してたなぁ。そしたら棒の中に潜んでた毛虫的な何かが妹の方に飛んでってブチ切れられたなぁ。
昔の頃を懐かしんでたらどうやら表彰式が終わったらしい。この後もパレードとかが催されるらしいけど、俺はパスする。俺のハートと胃はもう限界です。休ませてください。ざっと十年くらい。
表彰台から降りようとするとシモンズと視線がぶつかる。あーまた色々と嫌味とか脅迫とか言われんだろうなぁと内心辟易していると、シモンズは不思議なことに視線を外してさっさと離れていってしまう。
「……?」
俺はその様子に疑問を覚えるものの、どちらかというと安堵の気持ちの方が大きかった。まあ絡んでこないのならそれに越したことは無いか。
「ねえライアン、パレードあるんだって〜。一緒に行こうよ〜」
「ライアン様、私と行きませんか?」
「うん。じゃあ皆で行こうか」
俺が闘技場から脱出して建物に入ろうとすると、ちょっと遠くの方からイケメンと女子達の声が聞こえた。多分心霊現象みたいなやつだろうから無視しようそうしよう。そう思わなきゃやってらんねえ。
は? 何で一位の俺を差し置いて金髪イケメンを誘うんです? いいのよ? こっちに鞍替えしても。俺は全然ウェルカムよ? そいつ俺に負けたカスじゃんか。俺頂点に立ったスーパーマンじゃんか。アベル君素敵!ってなんないの? あ、なんないの。あ、そう。やっぱ世の中見た目が物を言うからね。うん仕方ないね。分かるようん。でも取り敢えずファイアーボール撃ったろ。
「アベル、どうした? 杖なんて構えて」
「……ッ! いえいえ何もないですよ!? ほらこの貰ったカデなんとかの杖の振り心地とかを確かめようとしただけです、はい!」
「……? そうか? だが、カデなんとかではなく英霊樹の杖だ。イメリス王国の象徴だ。大事に扱いなさい」
「……あ、はい。」
背後からミッシェル先生が声をかけてきたため、慌ててリア充破壊魔法を中断する。
英霊樹の杖って言うのかこれ。てかそんなに凄い杖なんですかこれ?
益々嫌だわー。握った時の魔力の感じからして、良い杖ではあるんだろうけど、国の象徴なんて持って魔法唱えたくないよ俺。背負う物がデカすぎますよ。俺が背負えるものなんて薬草くらいなんだから。分相応に生きていきましょう。
というか、俺には先生から頂いた杖が……。
「あ」
そこまで考えてふと気付いた。色々とゴタゴタしてたから後回しにしてたけど、俺の装備一式まだ取り返してなかったわ。別にあれが普通のやつだったら放っておいてもいいんだけど……。
ローブも杖も剣も、ミッシェル先生からの贈り物なのだ。絶対に取り返さなければならない。
「……先生、スミマセン」
「なぜ謝る?」
「俺、杖とか、剣とか……。まだ取り戻してなくて、ですね。今からちょっとーー」
「ああそのことか。それなら大丈夫だぞ」
「……へ?」
俺が頭を下げて探しに行くことを提案しようとすると、ミッシェル先生はそれを遮り振り返った。
「ーーあ、あの!」
すると、ミッシェル先生の振り返った方向から二人の女子生徒がやって来る。
その二人には見覚えがあった。シモンズの取り巻きの中の二人だ。
「これ……。本当に、ごめんなさい!」
「ごめんなさい!」
二人揃って頭を下げながら差し出してきたのは慣れ親しんだ愛用のローブと杖と片手剣。
「こういうことだ。アベル、どうするかは貴様に任せる」
目を伏せながらミッシェル先生は俺にそう言う。二人は頭を上げることなく判決を待つ被告人のような顔で目を閉じていた。
『任せる』とはつまり、この二人の処遇について、ということだろう。
まあ人の物を盗むって行為は罰せられるべきだろうな。しかもその盗まれた物が本人にとって大事な物だった場合、犯人を許すことは難しい。そんなものは当たり前だ。うん当たり前。
ただ、それは飽くまで一般的な窃盗事件の話。
「……どうもしないですよ。試合前に言ったじゃないですか、『失くした』って。だから、見つけてくれてありがとうってくらいですね」
「「え?」」
そう言って俺が二人の手から装備一式を受け取ると、二人が驚いたようにパッと顔を上げる。驚き半分困惑半分という表情だ。あ、よく見たら二人とも可愛いらしい顔立ちですね。俺、たまらず目を逸らす。
「……そうか。」
ミッシェル先生は一言呟くと伏せていた目を開ける。
「そういうことだ。二人とも、もう行って構わない」
「……え?」
「あ、あの、えっと……」
「貴様達は『落し物を届けた』。それで今回は終わりだと言っているんだ」
「……!」
「……あ、ありがとうございます……!」
深々と二人は頭を下げて感謝の言葉を言ってくる。そんなにペコペコして大丈夫? 首痛くない? 大丈夫?
去って行く二人の背を見ながら、ミッシェル先生は聞いてくる。
「良かったのか?」
「……まあ。大体事情も理解出来ますし……」
「優しいな。貴様は」
「……俺のは『甘い』って言うんじゃないすかね。多分」
つ、と俺の方を見つめるミッシェル先生の蒼い瞳に、俺はほんの少し目を逸らす。
それは恥ずかしさからか、はたまた俺の悪癖か。先生の見透かすような視線を正面から受け止められない俺の弱さが確かにあった。
「アベル」
目を逸らしてしまったことが一因か、あるいは全くの予想外の事で対応が出来なかったのか。
原因がどれかなど思案する必要は無いだろう。どういう過程があって、何を内に秘めていようとも、この世には結果のみが表層化するのだから。
まあつまり何が言いたいかというと。
何故、今俺は先生に抱き締められているのか? ということだ。
「…………?……!? ッ!、?、?!?」
「ふふ、余り動くな。擽ったいだろう」
動くな、と言われて俺はピタリと動きを止める。というより動かすことが出来ないというのが正しかった。
先生の両手で抱えるように優しく胸に押し付けられている頭も、置き場所に皆目見当もつかない両手も、動けと言う方が無理難題というものだった。
スーツ特有の滑らかな質感と、昨日の偶然触れた程度とは段違いなまでに感じられる柔らかさ、そして鼻腔を通して脳に直接届くようなミントに似た香りに、俺はクラクラしてしまう。
「『優しさ』か『甘さ』か……。いずれにせよ、それは貴様の強さの一つだよ、アベル」
徐に毛並みを整えるような手つきで俺の頭を撫でてくる。余りの心地良さに俺の瞼が勝手に閉じかけた。理解不能な情報の洪水に俺の頭はクラクラどころかショート寸前だった。
「願わくばどうかその強さを持ち続けて欲しい。誰かを想うことの出来る貴様の心は、きっと誰かの助けになる筈だから。」
鈴のような先生の声が俺の鼓膜を揺らし、じんわりと頭に広がるような錯覚に陥る。
ふわり、と仄かな温度と残り香を最後にミッシェル先生の身体が離れる。
俺の顔は恐らく蛸もかくやと真っ赤に染まっていることだろう。鏡を見なくても分かる。だって顔超熱いもん。
対して、ミッシェル先生は表情に若干の柔らかさこそあれど、普段と同様に氷のように無表情であった。何という大人の余裕。まるで俺は子ども扱いである。あ、いや俺子どもだったわ。
いや、うーん……18歳は子供? 大人? 分からない。小皿のように浅い人生経験しか持ち合わせていない俺には分からないことだらけだ。
「それともう一つ。貴様に言うべきことがあってな」
「……は、はい。なん、なんです、か?」
面白いくらいに俺の舌は回らない。噛み噛みだよ。
そんな俺を置いてミッシェル先生は数枚の紙の束を取り出し見せてくる。
「これは?」
「『王宮魔法騎士団入団推薦状』だ」
「……へー。……えっ」
王宮魔法騎士団って、え?
王国の中でも最上級の騎士団じゃない?
イメリス王国には『騎士団』が存在する。
その仕事とは場所や所属によって様々であり、国の防衛や犯罪の取り締まり、果ては魔物の飼育まで、多岐に渡る。
その中でもイメリス王国の中枢である『王都』に存在する三つの最上級の騎士団がある。
『剣皇騎士団』。
『聖竜騎士団』。
そして『王宮魔法騎士団』。
「魔法に長ける貴様には、きっと此処が最も向いていると思ってな。実技もクリアした貴様ならば順当に行けば落ちることは無いだろう。勿論、貴様の意志次第ではあるが」
「………」
事態に追いつけないままで、疑問は多々ある。
何故こんなことを唐突に提案するのか。俺とシモンズの間の軋轢を考慮してくれたのではないか。などなど。
けれど、そんなもの瑣末事に過ぎない。
大事なのは……この紙の束が、先生が俺の為に力を尽くして持ってきてくれた物だということだ。
ちょっと自惚れが入ってはいるが。そう思うことにしよう。
ならば、俺の答えなど決まっている。
「ありがとうございますミッシェル先生」
俺は迷わず紙の束を受け取る。ミッシェル先生はそれを見て、ほんの少し顔を綻ばせた。
紙の束に目を移す。
王宮魔法騎士団……。超エリートじゃないか。どうするよこんなん。荷は重いが頑張るしかないか。王都の騎士団に所属してればもう貴族なんて敵じゃないよ。シモンズ家すらも……。シモンズ家すらも……?
ん……?
そして気付いた。
つまり今の俺は奴のロイヤルファミリーパワーを無効化可能なアベル君っていうこと?
俺がどんなに奴を煽ろうと、どんなに今までの鬱憤を晴らそうと、奴は王宮魔法騎士団という後ろ盾の出来た俺には何も出来ないということか?
ほーん。
……ほーう。
「ミッシェル先生。ちょーっと用事を思い出したので外してもいいですか?」
「ん? ああ構わないが……」
「じゃ、ちょっと行ってきます。推薦状は後日提出しますんで!」
確かシモンズは奥の方に行った筈だ。うん。
そう言って俺はミッシェル先生と別れる。
実を言うと、色々あり過ぎて先生とこれ以上顔を見合わせるのは気恥ずかしかったというのもあるが。単純にクールダウンが必要だった。
何だか時々抜けていたりすることもあるけれど、やっぱりあの人は大人なんだなぁと実感する。
俺も早く大人に成りたい。
まあそう思っている内はまだまだ子どものままなのだろうが。
それでも、しばしば俺の心はあの人と並び立てるように成りたいと背伸びをしてしまうのだ。
あ、シモンズ発見。
思うところは一杯あるけども、今は置いておこう。
何故ならこれから、俺の細やかな復讐が始まるのだから。ふへへへへ……!
俺は一人で廊下を歩く後ろ姿に全力の撫で声を出して話しかけた。
「シ・モ・ン・ズ・様〜♡」
「……?」
去って行く彼の後ろ姿を眺めながら、疑問を抱いた。
今にして思えば私の行動には自分でも理解困難なものがあった。
先ほどの行為。
私は初め彼を褒めようと頭を撫でるつもりで伸ばした手が、気付けば彼を胸の内で抱いていた。
何故私はあんなことをしたのだろう?
何もあそこまでする必要はなかったはずだ。
それなのに、何故。
何故、私の胸の鼓動は、こんなにも高鳴っているのだろう。
カッコいいけどカッコ悪い、
カッコ悪いけどカッコいい。
そんな主人公を描ければ、いいなぁ。
乱高下する主人公の株。絶対投資家には嫌われるね。




