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魔法使いです。勇者のパーティを抜けたいです。【連載版】  作者: マルゲリータ
第一章 魔術学校編
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幕間:彼女達③

 《レイ・シモンズ》


 黒と静謐が満たす大きな一室。

 王国でも名の知られる貴族御用達の家具職人に造らせた黒漆の長机と椅子とが置かれ、天井のシャンデリアのきしきしと微かに揺れる音が聞こえる。

 シモンズ家の屋敷にある食堂で、私は一人椅子に座り皿と向き合っていた。


 右手にナイフ、左手にフォークを持ち作法に準じて目前の肉を切って口に運ぶ。

 マナーとやらを気にしたところで、誰も見てなどいないのだけれど。

 壁に飾られた絵画も部屋を怪しく照らすランプも、どれもこれもが一流の中の一流の品々。

 そんな物たちに囲まれながら、私は本来ならば腰に差してある筈の杖が無いことに若干の違和感というか不快感を抱いた。


 今日の試合--王国大輪祭六日目の決勝戦のことを思い出す。

 順調だったのだ。決勝戦までの道程は。

 私の持てる力を発揮し、自分が有利な状況になるように、最低限の疲労で済むように、どんな手も使った。

 お父様に教わった通りに。

 --ただ、『勝利』のために。


 けれど結果はどうだ。

 こちらは杖を持ち魔法を使い、相手は素手で向かって来た。回避すらしない。

 それでも私の杖は叩き折られ、一歩も動けないならまだしも私はあの平民を相手に『足を引いて』しまった。


 何という醜態。何という無様。

 気付けば目前の肉料理は半分も減っておらず、部屋と同じように冷たくなっていた。


「ふふ……」


 杖と一緒に心も折られたのだろうか。

 こんな滅入った気分では喉も通らないのも当然か、と自嘲気味に私は乾いた笑みを溢す。


「失礼致します」


 ノックもせず入室して来た闖入者に憤りを覚え、私は八つ当たりにも似た言葉をぶつけようとした。

 だが、部屋に入って来たのが父の専属秘書兼使用人のアーデルハイトだと気付き、私は慌てて口を噤む。


「レイお嬢様。当主がお呼びです」

「……分かりました。直ぐに向かいます。お父様はどちらに?」

「二階の書斎にてお待ちになられております」


 そう言ってアーデルハイトはそそくさと部屋から出て行ってしまう。私が物心つく前から屋敷にいる使用人の一人だが無機質な人形のようなその人相は何年経っても変わらずだ。

 料理も食器も二の次に、私は椅子から立ち上がり食堂を急ぎ足で出る。

 二階に上がる階段を急ぎながら、音を立てずに上る。お父様は騒音がお嫌いだ。


 書斎の前に着き、衣服の乱れがないか確認する。

 扉の横で待機するメイドの一人に目配せをした。

 メイドが柔らかな手つきで扉を三度叩く。


「レイ様がいらっしゃいました。開けてもよろしいでしょうか」

「……開けろ」


 室内からお父様の声が聞こえ、それを合図にメイドが扉をゆっくりと開く。

 私は居住まいを正し、書斎へと足を踏み入れる。

 手には変に力が入り、唇は不自然なほど乾いていたが今の私にはそれらを気にする余裕などなかった。


 お父様は書斎の奥の椅子に座り、机の上には多くの魔道書と箱に仕舞われた杖が置かれている。

 お父様は机の前まで来た私に目もくれず、杖の調子を確かめるように箱から取り出してじっくりと観察する。

 イメリス王国の象徴--『英霊樹(カデミリス)の杖』だ。

 箱に刻まれた1683という数字から、お父様の魔術学校在籍時に賜わったものだろう。


 ちらり、とお父様の斜め後ろに鎮座するガラス張りの陳列棚を見る。

 そこには二十数本に及ぶ『英霊樹(カデミリス)の杖』が一点の埃もなく眠っていた。

 歴代のシモンズ家の人間が獲得してきた杖達だ。その中には年の離れた私の兄と姉が得た物もある。


 私は陳列棚をこれ以上直視することが出来ず視線を外しお父様を見た。

 視線が重なることはない。だがそれは幼い頃からのことで、今に始まったことではなかった。

 私は緊張によって強張る口を開き言葉をかける。


「……お父様、お呼びで--」

「負けたそうだな」

「…………」

「相手は一介の平民の少年だとか」


 やはり、と私は視線を下げる。両手の指を無意識の内に絡め頭の中で言葉を探す。口は真一文字に結ばれ微かに震えていた。


「『頂に座す』--シモンズの家名を持つ者の使命だ。どんな手段を用いても成さねばならない家訓だ」

「……ぁ……あの……」

「お前は昔から不出来な娘だった。兄と姉は立派に使命を果たしたというのに……」


 お父様は杖を眺めながら淡々と話す。そこには何の感情も持ち合わせてはいなかった。

 父が娘に与える愛情どころか、娘の失態に対する失望の念すらも。

 ただただ平坦に繋がる言葉に、私は耳を覆いたくなるほど恐怖した。

 耳を塞ぎたい。その言葉を聞きたくない。私の最悪の予想が現実のものとして突き付けられる前に、今直ぐにでもこの書斎から飛び出したかった。



「お前は『シモンズ』には相応しくない」



 ぐらり、と視界が揺れる。

 私の予想は的中し、私はその言葉を鼓膜を通して認識する。足元から全てが崩れる音がした。


「卒業した後はハーノウェル修道院に入れ。準備は全て専属秘書(アーデルハイト)に任せる」


 ハーノウェル修道院。王都にある女子修道院の名称だ。

 どんな身分の者も受け入れ、貴族庶民関係無く厳しい規律と平等に労働を与える異色の修道院として有名な場所。

 私にとって修道院に入ることが最大の衝撃ではなかった。

 それよりも、私を揺さぶったのは一つの事実。

 そこの修道女になるということは……私は……シモンズ家の人間ではなくなる、ということだ。


 否定したかった。金切り声を上げてでも懇願したかった。だが出来なかった。

 当主であるお父様のご意向は絶対。例え誰が口を出そうとも覆りはしないだろう。それこそ、国王陛下でも持ってこない限りは。


 私に出来ることは何もなかった。


「話は以上だ。下がれ」

「…………」


 返事をすることも儘ならず、 滲む視界とふらつく足取りで私は書斎から退出する。


 私は残した食事を済ませようと思った。

 階段を下り、食堂までの道半ばで私の身体は壁にもたれかかりながらずるずると崩れ落ちる。

 前方から専属秘書のアーデルハイトが歩いてくるのが視界の端に映った。

 アーデルハイトは私の姿を見ると驚いたように駆け寄ってくる。


「レイお嬢様? どうされました?」

「食事を……」

「食事? もう片付けてしまいましたが……まさかお食べになるつもりだったのですか?」

「……ああ……そうよね。何してるのかしら私……」


 冷めきった料理を食べに戻るなど、私は本当に何をしているのだろうか。ショックでおかしくなってしまったのか。


 ああ、そういえば。

 お父様は何故私の試合の結果を知っていたのだろう。お父様が自ら観戦になど来るはずがないのに。

 お父様は『負けたそうだな』と言った。

 つまり誰かから話を聞いたということだ。

 誰に……?


 と、ここまで考えたところで私は前方の人物を見遣る。

 お父様の専属秘書であるアーデルハイトを。


「まさか、アーデルハイト……お前なの? お前があの試合の事をお父様に言ったの?」

「ええ。私が当主にご報告しました」

「っ……余計なことを……ふざけるな……ふざけるな……」

「それが私の仕事ですので。それに私がせずとも遅かれ早かれ当主の耳に入っていたかと」


 震えながら、自分でも何を口走っているのか分からなくなってきた私の言葉に、至極冷静に返すアーデルハイト。

 それは確かにそうだろう。

 尤も、お父様が気にかけるのは私ではなく、私がシモンズ家の名に泥を塗ったかどうかだろうが。


「その様子から察すると、どうやら最悪の結果だったようですね」

「っ……!」

「まあしかし、それも妥当ではないかと。相手の装備を奪い、自分は杖を持っておきながら、敗北してしまったのですから。シモンズ家としても、貴族の令嬢としても、そして魔法使いとしても……貴女は落第です」

「…………う、うるさいッ!!アーデルハイト!誰に向かって口を聞いてると思ってるのよッ!!」


 半分、いや殆ど八つ当たりのようなものだった。

 理解した上で必死に見ない振りをしていた事を眼前に突き付けられ、私は逆上する。

 屋敷の中ではタブーとされる叫喚だったが、私にはもうそんな事を気にかける余裕も気概もなかった。


 私が積み重ねてきた全てが崩れ落ちる音がする。


 だが、アーデルハイトは私の睨みと叫びを真正面から受けて尚、私の目を真っ直ぐに見据えてきた。

 その視線に気圧され、先ほどまでの激情は何処へやら、私の方が小さく呻き声を上げ萎縮してしまった。


 アーデルハイトは私と目線を合わせるように姿勢を下げて言う。


「私は、彼の言った事に耳を傾けるべきだと思いますよ。レイ様」


 ……何を言ってるのか分からなかった。

 彼とは……お父様、ではない。アーデルハイトが自分の当主をそんな風に呼ぶ訳がない。


「誰の、こと?」

「貴女を負かした相手ですよ。アベル・ベルナルド君です」

「は……?」


 あの平民が何だと言うのか。

 意味が分からない。

 それなのに、アーデルハイトは「よく考えることです」と言って去ってしまう。


 答えも分からぬまま、私は壁に寄りかかりながら蹲っていた。










 翌日。王国大輪祭最終日。


 私は魔術大会の表彰台に登ったはずだが、殆ど内容を覚えていない。

 ただ、表彰台の頂点であの平民が杖を受け取った場面だけは、しっかりと記憶に焼き付いていた。


 時間はあっという間に過ぎ、私は喧しい表舞台から逃げて人気のない廊下を歩く。

 すると、後ろから今一番聞きたくない大嫌いな奴の声がした。


「シ・モ・ン・ズ・様〜♡」

「くっ!」

「どうされたんですか〜?さっき表彰台で目合いましたよねー? いつもみたいにクソ平民って罵ってくれないんですか〜? 寂しいなー! アベルほんと寂しいなー!」

「ぐ……ぬぐ……!」


 コイツッ……!!

 何故今日に限ってこんなに絡んでくるのよッ!

 私が拳を握り締め震えているとコイツは口に手を当ててわざとらしく心配するような声を出す。


「あらあらどうされたのでしょう? プルプル震えちゃってぇー、お寒いんです?暖めて差し上げましょうか? この『平民』が!」

「……こんのクソ平民ッ!調子乗ってんじゃないわよ!!」

「ひょえ〜怖っえ(笑)」


 私が思わず叫ぶと、コイツはその地味なクソ顔にムカつく笑みを浮かべながら両手を広げて仰け反る素振りをした。やることなすこと頭に来る……!

 治癒魔法で回復したとは言えまだ頭に包帯を巻きながら、このクソ男は私を煽りに煽ってくる。


「ふざけるのも大概にッ……!」

「するのは、お前の方だぜ。レイ・シモンズ。」


 私がついに我慢出来なくなり怒声を浴びせようとすると、コイツは私の眉間の前にぴたりと指差してきた。

 びく、と私の身体が揺れる。

 さっきまでのふざけた態度は消え、目の前の男は決勝戦の時のような真剣な表情で私を睨みつけていた。


「俺の目の届く範囲で、もう一度巫山戯た真似やってみろ。今度叩き折られるのは『杖』じゃねえぞ」


 ……ああ、そういうこと。

 私がまた何かをやるのではないかと危惧しているのだろう、この平民は。

 私はうざったいコイツの指をはたいてから目を逸らして答える。


「……別にもう、何もしないわよ」

「……?」


 私の態度が予想外だったのだろう、コイツは不思議そうに私を見る。

 何もしない、というより何も出来ない、が正しい。


 私はもうお父様に見放された身だ。シモンズ家の力を使うことは難しい。

 取り巻きの彼女達も既に解散させ、家の後ろ盾も無くし、杖は修理中のため私の腰には無い。

 何もかも失った私には、何も出来はしない。


「……ま、まあ分ったならいいけど……」

「話は終わり? ならもう金輪際話しかけないで頂戴」

「安心しろ。俺もそのつもりだよ」


 私は一刻も早くここから去ろうと、足早に離れる。


「……あ、そういや俺、お前の杖壊しちまっただろ?」


 その前に、後ろから声がかけられた。


「不本意だけど。壊したもんは弁償しないといけないし……これで良かったら使ってくれよ」

「……!!」

「俺は大事な杖があるから要らないしな。ていうか何かピカピカゴテゴテしてて俺の趣味じゃない」


 コイツが手渡そうとしてきたのは、『英霊樹(カデミリス)の杖』の入った箱。


 私の本心は喉から手が出るほど欲しがっていた。今すぐにでも受け取って己の物にしたい衝動に駆られた。

 例えそれに何の意味も無かったとしても、少しはこの喪失感を埋められるのではないかと思えた。


 手が箱に少し伸びた、けれど。


「……………いらないわ。」

「いや受け取って欲しいんだけど」

「いらないって言ってるでしょう。弁償もしなくていいわ」

「あ、マジで?」


 それを手に取ってしまったら、余りにも惨め過ぎると思った。

 私の中に残る小さな傲慢さ(プライド)が伸びかけた手を止めてくれた。


 弁償不要の言質を取ったクソ平民は踵を返して戻っていく。箱を無造作に持って離れていく後姿を私は眺めていた。


 アイツは一体何なんだろう。

 何の後ろ盾もない平民でありながら、貴族の私に対して不遜な態度を取るあの男。

 私の遥か上を行き、私の欲しい物を横から奪い去るムカつく男。

 持たざる者の癖に……!

 私とアイツで、一体何が違うのよ……!


 アーデルハイトの忠告を聞いてから、私は考え続けていた。


 アイツの言葉に耳を傾ける……?

 それで何が分かるっていうの? あんな、何も……持たない……。


 そこまで考えて、私はやっと思い出す。

 アイツのーーアベル・ベルナルドの言った言葉を。



『お前は何を積み重ねてきた?』



 ーー私は、私は勝利の為に。シモンズ家に恥じないように。私のやれる事を全て……。



『貴族のご令嬢でも、シモンズ家の力でもない。今此処に立っている『お前』は、誰かの努力を踏み躙れるほどのものを積み重ねてきたのか?』



 私は己の手に視線を落とす。


 空虚な手の平には何も無い。


 私の積み重ねてきたものは、『私が』積み重ねてきたものではなかった。


 全て崩れ落ちたと思ったのは、ただの錯覚だった。私には、崩れるべき『何か』すら無かったのだから。



 もう既に遠くに行ってしまったアイツが持つ杖の入った箱を見る。

 手を伸ばすには遠過ぎる。追い掛けて得るには遅過ぎる。


 もう『あれ』は私の物にはなってくれない。


 ーーだったら。


 私は背を向けて振り返る。アイツとは逆方向に。


 私は何も持たない拳を握り、杖も取り巻きも家名すらも失くした身軽な身で歩き始める。


 今、理解出来た。

 アイツの言葉の意味。

 私の無力さ。

 私がこれまで踏み躙ってきたことの罪。


 清算し切るには多過ぎるけれど、いつかそれが終わるまで、私は罰だろうと、何だろうと、この身で受けよう。

 私にはその義務がある。

 誰でもないこの『私』には。



 アベル・ベルナルド、あなたを超えるために。

 シモンズ家が私を捨てたことを後悔するくらいに。


 ーーここからは、『唯のレイ(わたし)』が積み重ねていく。















 アベル・ベルナルド……あなたに教わるような事態が起きようとはね……。

 でも、あなたに感謝はしないわよ。

 あなたが私に言ったように、私もあなたが大嫌いだから。

胸もないよね。

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