幕間:彼女達②
《ルーナ・クロイツェル》
魔術大会の決勝戦が終わってから間も無い時間。
私は医務室の扉を大きな音を立てないように注意しながら三回ノックする。
室内から応答が聞こえたので、私は断りを入れながら医務室に入りました。
「失礼します……」
部屋に入ると目的の人物が寝るベッドの横に座っている綺麗な女の子が見えました。
気の強そうな視線の中に若干こちらを不審がるような色が見て取れます。
この女の子は誰なんでしょう……?
あちら側も私と同じ感想を抱いたようで、私に尋ねてきます。
「……誰ですか?」
「あ、えっと。私はルーナといいます。えっと〜……」
しまった。勝手にお見舞いに来てしまったけど私と彼には接点なんて無いし、そもそも知り合いですらなかったです……。
私が「あぁ」だの「うぅ」だのとしどろもどろになっていると、椅子に座る女の子が聞いてきます。
「兄の為に持って来てくれたんですか?」
それ、と女の子は私の持つライラックの花束を指差しました。お見舞いには花を持っていくのが定番だろうと思い、急遽準備したものだったがどうやら持って来て正解だったようです。
「そ、そうです! はい!」
「ありがとうございます。ルーナさん、でしたよね? 私はエリーゼと言います。こっちのベッドでノビてる方は兄のアベルです」
「あ、妹さんでしたか……お一人ですか?」
「まあそうですね。さっきまで先生も居たんですが、不足した包帯の替えを持ってくると言って出て行きました。あと少しで戻ってくるとは思いますが……」
こちらの綺麗な女の子はエリーゼさんと言うらしいです。兄妹だったとは、驚きました。
けどよくよく見れば似通っている部分もあるように思えます。
物怖じしない態度、凛々しい風貌、身に纏う雰囲気。どれもお兄さんのアベルさんと似ているように思えました。
「兄に知り合いがいるとは驚きです。それもルーナさんのような女子とは……」
「あー、知り合いではないんです。ただ、ちょっと……」
「『ちょっと』……?」
私が言葉を不自然に切るとエリーゼさんは追及するように復唱します。
私の顔に熱が集まるのを感じました。それでも、意を決して私はここに来た目的を話しました。
「一目、逢いたかっただけで……。」
「ん?」
レイさんとの会話の翌日、私は学校に行こうとは思えませんでした。不甲斐ない自分に、無力な自分に落胆を隠せずにいました。
きっとレイさんが優勝するのでしょう。ならば、それをわざわざ観に行く気はありません。けれど、気になる噂を耳にしたのです。
平民出身の男が破竹の勢いで勝ち上がっている、という噂を。
剣を探していたので私は直に見ることはできませんでしたが、あのカリオストロさんとの勝負を勝ち抜いたというのです。
私は驚愕に染まりました。
カリオストロ・ブレイディアという剣士は、剣を扱う私から見ても別格の強さを誇る人物であり、学校の中だけで言えば彼に勝てる者など居ないと断言できる程でしたから。
その彼に勝った謎の魔法使い。最上級生になって初めて魔術大会に出場するというよくわからない経歴を持つ人物。
名前は、アベル・ベルナルド。
そんな彼が決勝戦の闘技場に武器も防具も持たず現れた時、観客席にいた人々の多くは困惑するか失笑するかの二つの反応を示していましたが。
私には薄々分かりました。
彼--アベルさんも、私と同じ様に卑怯な手を使われたのだということを。
杖を持つ者と、一方素手のままの者。
どちらが勝つかなど予想するまでもない……筈でした。
私の予想も想像も超えて、アベルさんは氷を炎を真っ直ぐ乗り越えながら前に進み続けていました。
その姿は、あの日空き部屋の中で蹲ったままでいた私の背中を押してくれるような、そんな力強い姿でした。
--まるで、私が子どもの頃に憧れた騎士のように。
そして遂に、傷だらけになりながら彼の拳はレイさんの杖を打ち砕きました。
『頑張ってる人の邪魔をするような奴は……この俺が、絶対に許さねえ……!』
彼の放った言葉に、私の心は強く打たれました。
目眩がするくらいに。
「え、えへへ……」
「…………あの、ルーナさん?」
「ああ! ごめんなさい!」
私が顔に手を当てて過去に想いを馳せていると、エリーゼさんが私の顔の前で手をひらひらと振ってきます。
それによって私の意識は現在へと呼び戻されました。
「ええと、これ、そこの花瓶に生けてもいいでしょうか?」
「……ああはい、どうぞ」
エリーゼさんの許可を貰い、私は足音を忍ばせながらベッドの横にある花瓶に持ってきたライラックの花束を飾ります。
ふと、未だ穏やかに寝息を立てるアベルさんのお顔に目を向けてしまいました。ほとんど無意識に近かったように思えます。
そしてすやすやと眠るアベルさんを見て、私はまたもや顔が熱くなりました。
--カッコイイ……。
「ルーナさん?」
その短い髪に触りたい欲求に駆られましたが、妹さんがいることを思い出して私は手を止めます。
「……長居しても邪魔になると思いますので、私はもう帰りますね」
「あ、はい、お気をつけて……」
出来れば彼と少し話もしたかったという想いはありますが、これ以上私がここに居ても仕方がないと思い私は鞄を持って立ち上がる。
お見舞いの花は渡せたのだからそれで良しとしましょう。
「それではエリーゼさん、お兄さんにお大事にと伝えてください」
「……はい」
私は医務室の扉を静かに開けて外に出ます。
ドクンドクン、と心臓が早鐘を打っていました。
「アベル・ベルナルドさん……」
彼の名前を呟く。
彼について私はほとんどの事を知りません。けれど、噂や決勝戦で見た彼の言動から察するに。
きっと情熱的で、義に厚く、一本気で、他人想いであり……それでいて優しい人なのだろう、と。そう思いました。
それは私の思い描く、理想の騎士としての在り方そのものでした。
間近で見たアベルさんの寝顔を思い出して、私の心臓はまたもや煩く鳴り始めます。
どうして思い出すだけでこんなにも顔が熱く……?
自問しても答えは出てきませんでした。
初めて味わうこの心臓の高鳴りに、私はただ身を預けることしか出来ません。
けれど……不思議なことに私は、この胸のドキドキを嫌とは思いませんでした。
あの日沈んでいた気持ちなど何処かに吹き飛び、私は前を向いて歩き始めます。
新しく抱き始めた、このよく分からない感情を胸に秘めながら。
乙女フィルター ON。




