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魔法使いです。勇者のパーティを抜けたいです。【連載版】  作者: マルゲリータ
第一章 魔術学校編
20/39

魔法使いは許せない。

やりたいようにやると決めたのでやりました。

可否賛否、感想を頂けたら嬉しいです。

 

 本当に、人をムカつかせるのが得意な人種だこと。平民というのは、どうしてここまで目障りなのかしら。


「いやあ凄い試合だったなぁ」

「ブレイディアの子が勝つと思ってたよ。波乱だね今年は」

「そりゃ皆そっちが勝つと思ってたさ。あの勝った魔法使いの方。聞いた話だと平民出身の特待生だとさ」

「なるほどねぇ。努力家が天才を打ち倒したってのは良いもんだねぇ」


 …………チッ。


 ブレイディアならあのクソ平民なんて目じゃないと思っていたのに。とんだ買い被りだったわ。何が天才剣士よ。ただの負け犬じゃない。折角、一部の教師を抱き込んである程度トーナメントの並びを変えたというのに奴の所為で全て水の泡だわ。


 本当に当てが外れたわ。ブレイディアが勝てないのなら、決勝に上がってくるのはあのクソ平民にほぼ決まり。……くっ。


『正々堂々』が美談になるのは、貴族同士に限ってのお話。そもそも賤しい平民風情と私達高貴な人間が同じ土俵に立っているというのが間違いなのよ。


 ……ふん。やりようなんて幾らでもある。決勝に上がって来たところで、あれは何も出来ない。精々束の間の幸せに浸りなさいな。


 ………ああもう忌々しい。この胸の溜飲を下げるには……。何か……。


 あぁそういえば。私の次の相手はあの子だったわね。彼女もあのクソ平民と同じ平民出の生徒。


 …………。


 ふふ、少しお話をして差し上げましょう。ふふふ、『お話』をね。








 俺は医務室にて怪我の治療と魔力の回復を受ける。隣には若干凍傷気味となっていたため大事を取って治療を受けているカリオストロも居た。


「素晴らしい戦いぶりだった。久々に闘いで笑った気がする。是非また私と闘ってくれアベル」

「……絶対嫌ッス」

「そう言わずまた手合わせしてくれないかアベルよ。今度は剣での闘いもしてみたいな。互いに木刀を使えば安全だしどうだろうか。ついでにミッシェル先生の写真も譲ってくれないか」

「二つの意味でお断りです。てか俺も写真なんか持ってねえよ」

「……そうか」


 残念そうにしゅんとする熊さん、もといカリオストロ。言動も戦闘の時も格好良いところあるのに、やはり『ファンクラブ会長』という肩書きの所為で途端に格好悪くなるな。いやファンクラブに入ってること自体は人の自由だから、それをディスってるわけじゃないんだけどね。でも本人の知らないところでその人の写真を要求するのは、どれだけ好意的に解釈しても……いやぁ〜流石にキモいっす。


「兎にも角にも、君は私に勝った。そして私は負けっぱなしというのが非常に嫌でね。いずれ君に再戦を申し込む」

「負けず嫌いかよ……勘弁して欲しいんですけど」

「先生の写真を譲ってくれれば一考しよう」

「だから持ってねぇつってんだろ」

「ふむ、ならばどうしようもないな」


 ふはは、と愉快そうに笑うカリオストロを俺はもう心底嫌そうな顔で重いため息をつく。

 やったねアベル君、君にも追っかけが出来たよ! 男だけど。ざけんな。リコールします! 女子! 女子を要求する! 何が嬉しくてこんな熊男に追い掛けられなきゃいけないんだ。人生色々あるさって? うるせーはっ倒すぞ。


 こんな筋骨隆々な天才剣士様と同じ部屋なんか居られるか、俺はもう帰るぞ。無論、愛しのマイシスターが待っているマイホームに。トーナメント? 知らん。ベスト16なったんだからもう俺は家帰ってベッド入ってゴロゴロします。しかもこんなラスボス級のカリオストロ熊さん倒したんだぜ? もういいだろ。あれだ、最後の気力まで振り絞って真っ白な灰になったとでも言っといてくれ。その間俺はベッドで食っちゃ寝してるから。


 包帯も巻いてもらったし、魔力もほぼ全快した。俺は椅子から立ち上がると、医務室の扉へと向かう。


 戸に手をかけると後ろから声がかかった。


「アベル、君なら優勝できる。私も陰ながら応援しているぞ」

「……いや、あの、俺試合には出ないぞ?」

「ふは、先ほどからそのような顔をしていたな。勿体無いぞ。心底勿体無い。君は頂点に立てる者だ。頂上から見える景色というのは格別だぞ」

「…………」

「自慢では無いが、私は学校において負ける相手など居ないと思っていたし、事実君と闘うまでに当たった優勝候補達を一刀に伏して来た。そんな私を、君は倒したのだ」


 俺は肩越しにカリオストロに向き直る。奴は椅子に座ったまま背中を向けたまま話していた。だがその声は、真っ直ぐ俺へと届いていた。


「アベル。君は優勝できる」

「……アンタには悪いが、俺は別に自分のために上を目指してた訳じゃない」

「ならば誰の為だ?」

「それは……」

「大方予想はつくさ。だが、一つ言っておくぞアベル。『誰かの為』とそう言っているのは紛れもなく自分自身だ。君の他者を想う心は立派だが、己の行動、己の言葉を誰かの責任にしてはいけない。君の手足を動かすのは君自身なのだ」


 ………。胸に刺さる言葉だ。コイツ、本当に俺と同い年か?

 カリオストロは頬の傷痕を掌で撫で、尚もこちらを向こうとはしない。その大きな背中には何処となく哀愁が漂っている、そんな気がした。


「そして何より、君が棄権すると負けた私の面子が丸潰れになってしまう。出来れば優勝してくれ」

「お前それが本音か」


 しれっと言い放つカリオストロ。初めは一本気の武人ぽい奴かと思ったのに、話してみると何だか食えない奴だ。

 椅子に座ったままのカリオストロを置いて、俺は扉を開け外に出た。


 さて、ミッシェル先生に一言伝えてから帰るか、と思い足を踏み出そうとしたところで控え室に置きっ放しにしていた片手剣の存在を思い出す。


 面倒いなぁと思いながらも、放置するわけにもいかないので俺は渋々控え室へと向かった。


「……ねえ……こんなこと……」

「……しっ。余計なこと言わないで、さっさとやるよ」

「でも……」

「仕方ないでしょ……私達は言われたことをやればいいのよ……」


 道中奇妙なことを話しながら歩いてくる女子二人組とすれ違った。何のことかはよく分からないが、その二人組には見覚えがあった。

 確かシモンズの取り巻き連中の一員だったような、そうでないような。あんまシモンズ関連のことは脳に保管しないよう努めてるからな。確証は無い。

 まあどうでもいいか。例え二人組がシモンズの取り巻きだろうとそうでなかろうと、女子という時点で俺には接点が生まれないのだから。ははっワロス……。


 それにしても俺が優勝ね……。カリオストロはあんな風に俺を褒めちぎってくれていたが、俺はそんな器じゃない。

 そもそもアイツに勝てたのだって、戦法と言うにはあまりにお粗末な奇襲のようなもので辛くも勝利をもぎ取ったに過ぎない。そこまでして尚、俺は魔力切れを起こして倒れていた。

 アイツの方が先に行動不能と判断されたため立会いの教師は俺の勝ちと言ったが、本来なら引き分け再試合なんてことになってもおかしくは無い。

 詰まる所、ただの運勝ちというやつだ。


 悪いなカリオストロ。

 器じゃないし戦いたくもないし、っていうのも本心ではあるんだが。

 ……実を言うと、お前に勝てたというこの事実を持って俺は勝ち逃げしたい。


 もし俺が次の試合に出場して負けちゃったら『竜斬りには勝ったけど結局負けちゃったアベル君』になっちゃうじゃないか。俺の僅かに上がった株がまた地に落ちてしまうじゃないか。女の子が俺に惚れる可能性が0.1パーセントからゼロになっちゃうじゃないか。

 それは何としても避けたい。何としても。


 ……ん? カリオストロとの会話を思い出して今気付いたが。


「アイツ俺のこと君付けから呼び捨てに変わってたな……やっぱ負けたこと怒ってんのか……?」

「ーーブレイディアにとって呼び捨ては親交と敬意の表れだ。誇って良いと思うぞ」

「うわぁ!?」


 何とは無しに呟いた独り言に返答が返ってきた。俺、ビビる。

 発言の主はミッシェル先生。手には……あ、俺の片手剣だ。持って来てくれたんですか。

 てかカリオストロの呼び捨てが親交の表れとかマジすか。付き纏われるの確定すか俺。いつでも何処でも木刀持って現れて「アベルー試合しようぜー」とか言ってくるカリオストロを想像してしまう。

 これが絶望の光景か。


「忘れ物だ。ベルナルド」

「あ、どうも、ありがとうございます」


 ミッシェル先生は鞘に綺麗に収まった片手剣を手渡してくれる。先生のお手を煩わせてしまった罪悪感を覚えながら俺はそれを両手で受け取る。

 杖と並ぶ俺の相棒。病める時も苦しき時もコイツはそばにいてくれた。最後の試合では役立たずだったけど。

 ミッシェル先生が選び、ミッシェル先生が金を出し、ミッシェル先生が俺にくれた片手剣。これだけ聞くと何だか俺が女に物を貢がせるクソホスト野郎っぽい。

 俺がスーツ着て夜の街で女達を狂わせる……うん、自分で言ってて吐き気がするわ。全然全く毛ほども似合わねーわ。やっぱ俺は厨房で皿磨きの方が似合ってるわ。


「……ベルナルド」

「はい?」


 ミッシェル先生が俺の名を呼ぶ。

 何だろ、まさか先生も優勝目指せみたいなそんなスポ根ぶりを発揮しちゃうんです? やめてくださいよぉ俺は貴女に言われたら無碍にも断れないというか、やらざるを得ないというかーー。


 そんなことをつらつらと考えている俺の頭に、ミッシェル先生の手が触れる。


「よく頑張ったな。」


 そして、なでなで、と俺の頭を優しく撫でてくれた。


 妙に心地良いくすぐったさに、俺は身動き一つ取れなくなってしまう。

 ミッシェル先生は撫で続けながら言葉を紡いだ。


「お前は私との約束を果たした。ならば今度は私の番だ。安心しろ、お前を絶対に退学になどさせない」


 すっ、とミッシェル先生の手が離れ、心地良さと温もりも共に離れていく。


「今日は疲れただろう……ゆっくり休息を取りなさい」

「あ、ありがとう、ございます……」


 ミッシェル先生の口角がほんの少し上がるのが見えた。一瞬だったが。


 ミッシェル先生はそのまま踵を返し離れて行く。それ以上何も言うことなく。


 きっと、俺が試合に出たくないことを察してくれたのかもしれない。

 確証はないけど。そんな気がする。

 俺のことを理解してくれてるのではないか、と手前勝手に想像してしまうのだ。


 それが真実か、はたまた俺の只の願望に過ぎないのか、俺には判断がつかないけれど。


 でも今は、俺の頭の上に僅かに残るくすぐったさを感じていようと思う。

 忘れないように。憶えているように。




 ーー俺の魔術大会は、こうして幕を閉じた。







「きゃっ」

「おうふ!」


 俺がミッシェル先生の手の温もりを漢のキメ顔で噛み締めていると、背後から誰かのタックルを食らった。痛…くはないけど、不意打ちだったからか全く反応出来なかった。俺はそのまま地面に倒れる。


 何だよ人がカッコよくキメながら締めようとしてるのに邪魔してきやがって! なぜいつもいつも俺の最後は締まらないのだ……。

 あ……頭の温もりが、感じられない……消えてしまっている……Oh……。


「あ、あの大丈夫ですか!? ごめんなさい探し物をしていて前を見てなくて……本当にごめんなさい!」

「あぁ……いや、うん大丈夫だよ……」


 タックルの犯人がペコペコと頭を下げながら謝ってくる。文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、何だか急いでいたようだし許してあげよう。

 ていうか女子じゃん。女子相手に俺が怒鳴れるわけがないだろう? 俺は生粋のフェミニストだからね。

 もしこれが野郎だったら問答無用でドロップキックかましてました。当然だね。


 俺が大丈夫だと教えると、その子はもう一度頭を下げて去っていく。俺の横を通り過ぎる時、側頭部の左片側で結んだ亜麻色の髪が視界に映った。

 何となく、俺はその子の姿を追ってしまう。


 サイドテールに結んだ亜麻色の髪、綺麗な亜麻色の瞳、そして何より泣きそうな表情で何かを探しているその様子。


 何処かで見覚えがあるような……。


 ……ああ思い出した。妹と祭りを回った時にロケットを落とした子だ。何だまた落し物かね? おっちょこちょいな子なのかな。


 ……こうして見かけてしまった手前、無関係だと去ってしまうのは、どうにも居心地が悪い。

 女子に話しかけるとかカリオストロ戦以上に緊張するが、何か手伝いでも……。


 俺が迷っている間に亜麻色の髪の女の子は遠くの空き部屋に入ってしまう。俺は意を決して向かおうと、思った、その時。

 遠くに見知った高慢ちきな横顔が見えた。


 あれは……シモンズ? レイ・シモンズだ。


 いつもの高級そうな悪趣味な格好に、不釣り合いな物を手に持っている。

 あれは……剣か?

 特に意匠を凝らしたようなデザインではないが、シンプルで使い易そうな一本の剣。それを鞘に収めた状態で持っていた。


 何してるんだこんな所で。もうすぐAブロックのお前の試合も始まるんじゃないのか?


 俺が疑問に思っていると、シモンズは亜麻色の髪の女の子が入った空き部屋に無作法に闖入していったーー。











「お探しの物はこれですか?」


 背後からかかった声に亜麻色の女の子は部屋を漁る手を止め振り返る。


「……レイ、さん?」

「……『様』を……ふん。まあいいわ」

「どうしてここに……」


 女の子は次の試合相手(・・・・・・)であるレイを見て驚き、そしてレイの手にある物を見て一層驚き目を見開いた。


「……! 私の剣……!」


 女の子は己の探し物を見つけ喜んだーー訳ではない。その亜麻色の瞳には明確な非難と敵意の意思が見えた。その視線は真っ直ぐにレイに注がれている。

 当のレイはそんな視線を歯牙にもかけず耳にかかった自慢の黒髪を小指で払っていた。


「か、返して下さい! それは父からの贈り物で、大切な物なんです!」


 上擦った声で、女の子は懸命に言い放つ。有力貴族 シモンズ家の名前を知らない訳ではなかった。滅多なことを言えば、自分がどうなってしまうのかも。

 だがそれでも、彼女にも譲れないものがあったのだ。

 レイが今持っている剣は貴族であるレイにとっては一生触ることもなかったであろう廉価な代物。高名な鍛冶屋による作品でもなければ、代々受け継がれてきた由緒ある逸品でもない。ただの普通の剣。


 それでも、女の子にとってのそれ(・・)は彼女の父親が娘の魔術学校入学祝いとして、そして騎士を志す娘の門出を祝うため、決して多くはない月給を切り詰めて買い与えた物だった。どんな立派な聖剣よりも価値のある、彼女の宝物だった。


「……『返す』?」


 そんな彼女の訴えにレイは眉を吊り上げ不愉快さを隠しもしなかった。


「返す、とはどういう意味でしょう?まさかわたくしが盗んだとでも言いたいのですか?」

「……っで、でも!」

「………ふふ、ふふふ、あはははっ!」


 途端、打って変わって愉快そうに、嘲るように、レイは邪悪な笑い声を上げた。



「盗む訳がないでしょう。……こんな安物(・・)の、ガラクタ(・・・・)。」



 レイがまるで紙屑を塵箱に捨てるような気軽さで、剣を地面に放り捨てる。

 永らく掃除もまともにしていなかったため、埃まみれとなった空き部屋の床に。


「ーーーーーーっ!!」


 女の子は唇を噛み締め、拳を握り締める。

 自分の大切な物を、何より父の想いの籠もった物を棄てられた怒りが湧き上がる。

 レイーー目の前の相手が貴族であることも忘れて襲いかかろうとする。


「貴女のお父様は、王宮の方で雑用……失敬。庶務をこなしていましたね?」

「……えっ?」


 突然、レイが話題をあらぬ方向へと変える。女の子は虚を突かれたように声を上げた。


「大変だそうですねぇ……来賓の手続きや重要書類の整理などもこなして。後ろ盾も無いが責任は大きい上に激務。だというのに得られるものはお駄賃程度……」

「な……何が言いたいんです?」

「例えばの話です」


 女の子は動けなくなっていた。レイの不気味さに気圧され、怒りは収まらないはずなのに拳を振り上げることすら出来なかった。


「貴女のお父様が選別する重要書類の中に、不幸にも、万が一にも不備が出てしまったら……一体どうなるのでしょう?」


 女の子は既に拳を握り締めてはいない。知らず知らずの内に呼吸も浅くなっていた。


「大抵の場合はそれほど重いお咎めは下らないでしょうが、もしシモンズ家に関するものだった場合……想像したくはないですね……。シモンズ家当主は下々の間違いによって発生した己の不利益に、寛容な方ではありませんから……私のお父様ですもの。よく知っております。職を失うだけで済めば、良い方なのではないでしょうか」


 レイは邪悪な笑みを浮かべながら可能性の話を懇々と垂れ流す。女の子は口を噤んで聞くしかなかった。

 ぱん、とレイが両手を叩くと、邪悪な笑みは鳴りを潜め聖女の面を被ったような笑顔を浮かべた。


「あら、こんな起こるかも分からない話をしてしまうなんて。私としたことが申し訳ありませんね。今はそんな事よりも、ベスト16を決める私達の試合についてお話ししましょうか」


 レイは女の子にゆったりと近づいていく。途中で床の上に転がった剣を踏むが、特に気にする素振りもなかった。

 レイは女の子の耳元に顔を寄せる。




「ーーそれでは……闘技場の上では、『正々堂々』と闘いましょうね?」












 亜麻色の髪の女の子はレイが部屋を出て行ってからも、空き部屋から出て行こうとはしなかった。


 遠くから歓声が響いてくる。闘技場の方向だ。試合が始まったのか、終わったのか、此処からでは区別など出来なかった。


「……はっ……アハハ……」


 女の子は埃まみれの床に座り込み、汚れる事など気にも留めず宝物の剣を拾い上げた。

 制服で埃を拭い、手で払い、埃を拭い、手で払い、そんなことを繰り返す。


「……ここで負けてもベスト32かぁ……うん、私にしてはよくやったっ」


 平民出身の私には、ここらが分相応というものなのだろう。きっと母も父もよくやったと褒めてくれる。そう何度も自分に言い聞かす。気付けば表情も笑顔を作れてる気がするし、気持ちだって前向きになっている気がする。


 それなのに。



 両目から溢れる涙は、止まってはくれなかった。



「……ふ……うっ……ゔ……」


 必死になって声を抑える。

 女の子は騎士になるという夢があった。

 騎士になりたいのなら、みっともなく喚くようなことはしてはならないと、自分に言い聞かせていた。


 応援してくれる父と母のためにも、彼女は騎士になりたい。

 騎士になるには立って闘わなければならない。

 けれど家族の為に、立って闘ってはいけない。


 女の子は考える。自分は悲しくて泣いているのか、いや違う。


「ごめん……ごめんね……お父さん……私っ、やり返せなかった! 言い返せなかった!」


 何も出来なかった自分が。

 大切な父からの贈り物を棄てられたことが。

 この理不尽を変える術を持っていないことが。


 無性に、悔しかった。


「……悔しいよゔ……!!」


 蹲り、囁くように上げた悲鳴は、誰の耳にも届かない。




『Aブロック第七試合。ルーナ・クロイツェル選手の棄権と見做し、勝者レイ・シモンズ選手!』


 遠くから声が聞こえても、ルーナは空き部屋を出ることは出来なかった。

















「わかった」


 俺は誰にも聞こえない声でそう囁く。

 物陰から身を出し、俺は控え室に向かった。



 まだ、俺の魔術大会を終わらせる訳にはいかない。



 たった一人だけ、許せない奴が居る。


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