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魔法使いです。勇者のパーティを抜けたいです。【連載版】  作者: マルゲリータ
第一章 魔術学校編
19/39

魔法使いは想い出す。

バトルです。

ちょいとこの先シリアスが続く予定だよ。

 

「『火炎斬』!!」


 カリオストロの持つ大剣に業火が灯る。それは見る見るうちに大剣の刀身を覆うばかりか、尚も止まらず燃え盛る灼熱の炎が大気を熱し、ゆらゆらと陽炎のように景色を歪ませた。

 その様は、剣というよりもはや火柱に近い。


 猪突猛進して距離を詰めるカリオストロに対し、俺はバックステップで後ろに下がる。近付かれてはマズイ。奴の間合いに入れば最後、俺は奴の炎の剣に焼かれることになるだろう。

 俺は二つの魔法陣を描く。中級水生魔法と飛行魔法の二つを同時展開する。

 カリオストロの剣が届くより先に俺は魔法を唱えた。


「『水の荒波(アクア・ウェイブ)!』


 空中に発生した水の濁流が唸りながらカリオストロに襲いかかる。


 まずは水の魔法で足止めをして、奴の火の勢いを弱める! そして飛行魔法で空へと逃げる。距離さえ取れれば、後は魔法を専門にするこちらが有利に立てるーー!



 俺が勝利への算段を立てていると。

 ジュッ、という音が俺の思考を停止させた。



 カリオストロが火柱の大剣を横薙ぎに振るう。それだけで、俺の繰り出した水魔法が一瞬にして蒸発したのだ。


「はあッ!?」


 俺の立てた計画は足元から瓦解し、俺の身体が一瞬硬直する。

 その隙に、カリオストロはその重装備に似合わぬ俊敏な動きで剣の間合いまで肉薄した。


(飛行魔法ーーいや、間に合わないッ!)


 カリオストロが上段から斬撃を繰り出す。

 俺は描いていた魔法陣を解いて無我夢中に横に身を投げる。

 紙一重の差で奴の一撃は俺の身体を切り裂くことなく、地面に着弾する。


 ボッッ!!


 大きな炸裂音が俺の鼓膜を打つ。

 地面に転がるもののすぐに立ち上がりカリオストロを視界に入れた俺は、信じられないものを見た。


 奴の剣は地面を穿ち、そこには小さなクレーターが生成されていた。以前ライム戦で俺がファイアーボールで抉ったものよりも遥かに大きな盆地だった。

 俺が生身であの一撃を受けていたら……考えるだけで背筋に悪寒が走った。


「ほう……避けたか。良い動きだ。魔法使いにしてはな」

「……ッ」

「剣に対する反応の速さ。ミッシェル先生の指導の賜物と言うべきかな」


 大剣をクレーターから引き抜き、カリオストロがゆらりと此方を向く。

 堂に入ったように落ち着いた様子の奴に対して、俺は先程から手の震えが止まらない。


 あれこそまさに竜を斬った一撃なのだろう。噂通り、いや噂以上の威力と威圧感に俺の心は萎縮してしまっている。

 カリオストロはふむ、と口に手を当てて言った。


「困ったな……アベル君。君は剣を持っては来なかったのか?」

「……持ってくるわけないだろ。アンタと剣の打ち合いなんざ死んでもゴメンだ」

「そうか……いやなに。今迄の相手なら、剣なり斧なりを斬り溶かして終わりだったのだがな。君の短い杖ではそうもいくまい」


 恐ろしいことを何食わぬ顔で言い放つカリオストロ。確かにあの一撃を受ければ間違いなく重傷を負うだろうし、最悪の場合もある。

 しかし、これまでの試合で奴がそういった事態を起こしてこなかったのは、奴の類いまれなる剣の腕あってのことだろう。身の丈ほどもある大剣を振り回しておきながら、相手を傷つかないように手加減するほどの余裕と力量を兼ね備えていたということだ。


 そんな男が、大剣をこちらに向けながら、更に恐ろしいことを言い放つ。


「アベル君、すまないが。もしその杖だけでなく、腕の一本失ったとしてもーー恨んでくれるなよ……?」


 恨むわボケ。末代まで呪ってやるわ。

 真面目な熊みたいな顔して怖えこと言いやがって。冗談にしても怖すぎるっつーの。

 いや、コイツは本気で言っているのだろう。そして言外にこうも言っているのだ。


 "そうなりたくなければ、早々に棄権しろ"と。


 確かに、勝ち目なんざほとんどない。俺の魔法がどれだけ通用するかも分からない。手もブルブル震えてるし。冷や汗ダラダラだし。


 だけど。


 視界の端に闘技場の物陰からこちらを見つめるミッシェル先生が見えた。遠すぎてその表情までは見えなかったが。


「はっ。やれるもんならやってみろ。……お前は俺の杖すら斬ることも出来ねえよ」


 それでも、先生が見てくれている。それだけで。



 俺の手の震えが止まった。



 悠長に会話をしてくれたお陰で時間は稼げた。俺は描いていた魔法陣を発動させる。


「『飛行魔法』ーー!」


 空中に飛び上がり、俺は次の魔法陣を描く。これで距離は十分に取れた。後は魔法を撃ち込んでーー。



「『飛行魔法(それ)』は先の戦いで既に知っているッ!」



 俺が魔法陣を空で描くよりも先に。

 カリオストロが大剣を勢い良く振り下ろし、大小様々な瓦礫を宙に浮かせる。それらを炎の大剣の腹で強打した。


「『火砕岩弾』!!」

「なっ!?」


 空中の俺に火を纏う岩石の雨を飛ばしてきた。

 俺は描いていた魔法陣を中断し、防御魔法を展開せざるを得ない。選択肢は短時間で発動が可能な初級魔法のみだった。


「『風の盾(ウィンド・シールド)』ッ!」


 風の盾を作り飛来する岩石を防ぐ。ほとんどは風に阻まれ地上に落ちるか、あらぬ方向へ飛んでいくが、二つほど風の防御をすり抜けて俺の身体を撃ち抜いた。


「……ぐゔッ!」


 左肩と右脚に岩石がめり込み、纏っていた火が俺のローブを燃やす。衝撃と激痛でほんの少し魔法に対する集中が途切れると、飛行魔法はその効力を失い俺の身体は地面に真っ逆様に落ちていく。


 地面に落ちる最中、カリオストロが追撃の構えをしているのが見えた。俺は天地の逆転した視界の中で魔法陣を描き発動する。


「『氷の棘(アイス・ニードル)』!」


 カリオストロも相手が地面に落ちながら反撃してくるとは思わなかったのだろう。追撃を取り止め、大剣の腹で氷の棘を受けた。


 俺は『風の盾(ウィンド・シールド)』を発動し、地面と自分の間に風のクッションを作り落下の衝撃を和らげた。それでも勢いは完全には止まらず、俺は背中から地面に叩き落される。肺の中の空気が押し出され、一瞬呼吸が止まった。


「ガハッ! ハァ……ハァ……」


 俺はよろよろと起き上がり、ローブの火を叩いて消す。カリオストロは全ての氷の棘を防ぎ切ったようで、その鎧には傷一つ無かった。

 満身創痍の俺と、息も切れていないカリオストロ。どちらが優勢かなど考える必要もなかった。



 強いーー。



『火炎斬』を防ぐ術は有るには有る。

 だが、それは上級魔法をこの戦いの最中で使えればの話だ。上級魔法は威力も範囲も段違いの強力な魔法だが、その分魔法陣は複雑で巨大、発動までに時間が大幅にかかる。とてもこの激戦の中で発動できる代物ではなかった。


 かと言って距離を取ったり飛行魔法で空に逃げた所で、奴は『火砕岩弾』で岩石を飛ばしてくる。

 近距離、中距離においても隙がない。

 今この場この状況で、奴の『火炎斬』を止め岩石を避けながら勝つ方法など、見つからなかった。


 俺はもう、詰んでいるのかーー?


 そう思ってしまうほどに俺は追い詰められていた。


 先生との約束を果たしたい。

 先生の信頼に応えたい。

 ……けれど、眼前の壁は高く、分厚かった。


 俺が負けを認め杖を手放そうとした時ーー。




『ベルナルド。魔法使いにとって必要不可欠な要素とは、何だと思う?』


 記憶の中で、聞き覚えのある言葉を聞いた。


『「知恵」と「勇気」だ』


 俺を強くしてくれた、大切な人の言葉を。


『貴様には未熟だが「知恵」がある。だから「勇気」を持ちなさい、ベルナルド。良き魔法使いに成る素養を貴様は十分に備えているのだから』


 杖を持つ手に力が篭る。


『大事なのは魔法をどう使うかを考えることではない。魔法を使う己の心を律することだ』


 己の弱き心を。俺は先生の言葉で奮い立たせる。

 己の弱き体を。俺は歯を食いしばって鼓舞する。


 勇気だ。アベル・ベルナルド。

 勇気を持って立ち向かえ。


 眼前の強大な敵を真っ直ぐ見据え、俺は知恵を絞る。

 カリオストロは再び大剣に火を灯し、今にも突進しようとしていた。


 俺は考える。


『火炎斬』が厄介だ。

 どう止めればいいーー?

 奴のあの猛攻を止めるには、どうすればーー?



 そう考えて、ふと気付いた。

 在った。この戦いに打ち勝つ可能性。



 カリオストロが大剣を上段に構え、地面を踏み割りながら突撃してくる。


 だがこれは賭けだ。

 しかも、失敗すればきっと腕の一本だけでは済まないだろう。


 それでも俺は臆することも、逃げ惑うこともせず。

 迫る敵を前に一歩も退くことなく、魔法を唱えた。


「『火炎斬』ッ!!」

「『火炎球(ファイアーボール)』ッ!!」


 俺が唱えたのは、初級火炎魔法。


 炎の球は真っ直ぐにカリオストロの大剣に向かって行く。

 きっと水か氷の魔法が飛んでくると予想していたのであろうカリオストロは、一瞬目を見開く。


 炎の剣と炎の球がぶつかり、二つの炎が合わさりカリオストロの大剣により一層の火力を齎す。


『火炎斬』は確かに厄介だ。今の俺にそれを止める術は無い。


 ならば逆。逆の発想。


 止められないなら、止めなければいい。


 業火の勢いを抑えるのではなく。


「"もっと"だーー!」


 その勢いを利用するんだ。


「『風の突進(ウィンド・ラッシュ)』!!」


 俺は二つ目の初級魔法を発動する。魔法の同時展開だ。

 蛇のように進む風の群れが炎を巻き上げ、煽り、『火炎斬』の火力を意図的に上昇させる。


 燃え上がった炎は俺を斬るよりも先に、より身近な人間を襲う。


 使用者であるカリオストロの身体を。


「ぬぅぅぅ!?」


 己が剣が出した炎に自身が焼かれ始め、カリオストロは驚愕の言葉を発する。


 カリオストロ。お前は強いよ。

 怪物のような、竜のような、そんな強さをお前は持ってる。


 だけど、何処まで行ったって、お前は人間だ。

 俺と同じか弱い『人間』でしかない。


「ぐぅッ!!」


 そう、そして火を消す方法はたった一つ。お前自身が剣に魔力を送るのを止め、『火炎斬』を中断するしかない。


 燃え盛る火炎が見る間に小さくなり、遂には下火にも成らず消え去った。


 そして。


 火も消え、斬撃も一度取り止めて出来たその隙を俺が見逃す筈もなかった。


「『土の弾丸(ガイア・バレット)』!!」


 俺は奴の懐に入り、至近距離で三つ目の初級魔法を展開する。

 地面から丸太のような土の塊が何発も射出される。


「三つの魔法を同時展開だと!?」


 カリオストロは驚きに満ちた顔で叫んだ。

 だがしかし、カリオストロは俺の攻撃に反応し、大剣を以って守り切った。ここまで策を弄し追い詰めたとしても、簡単には終わらない男。

 まさに魔術学校最強の剣士に相応しいと言えるだろう。


 カリオストロは勝ったと言わんばかりに獰猛な笑みを浮かべ、大剣を上段に構えた。



 それを見て、俺は奴と同じように笑みを浮かべた。

 賭けに勝利した時に浮かべるような、そんな笑みを。




「ーーなあカリオストロ。同時展開できるのが三つまでなんて……誰が言ったんだ?」




 俺の言葉が届いたのだろう、奴の笑みが崩れる。同時に、カリオストロの足元に淡い光が灯った。

 その光源の正体は、魔法陣。


 四つ目(・・・)の初級魔法がカリオストロに襲いかかる。


 『氷の旋風(アイス・トルネード)』。

 俺が杖を振り上げると、氷の風がカリオストロの足元から発生し、奴の身体を透明な氷が包み込む。


 俺の全魔力を費やして、カリオストロの身体と鎧と、そして大剣を氷漬けにする。


 氷の彫刻に首より下の全てを覆われ、カリオストロは身をよじることさえ出来なくなった。

 俺自身も魔力を使い切り、立っていることすら困難となり地面に仰向けに倒れ伏す。


 大剣に残り火のような小さな炎が灯るが、それが最後の抵抗だった。やがて炎は氷の奔流に呑まれ搔き消える。


 歯を食いしばりながら抵抗を見せていたカリオストロが、一つ息を吐いて力を抜く。


「天晴れだ。アベル・ベルナルド」



『カリオストロ選手戦闘不能と判断し、勝者、アベル選手!』



 立会いの教師の審判が下り、闘技場を歓声が包む。



 勝者である俺は、指一本動かせず仰向けに倒れたままだった。



 なんだか締まらない終わりなんだが。

 ……まあきっと、これが俺らしいんだろうな。


 俺は空を仰ぎながら、目を閉じた。


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