ライアン・ブラドは魔法使いに挑む。
今回もバトルだよ。
恋愛はきっといつか始まるよ(目そらし)
「手加減はしないぞアベル」
「……こっちの台詞だライアン」
ライアン・ブラドこと俺は闘技場に居た。
真っ直ぐに視線を目の前の相手、アベル・ベルナルドに向けながら剣を構える。
アベルは視線をこちらには向けず、飄々とした態度で返事をする。
俺の隣の席に座るアベルはクラスでは全く目立たないが、その実力は折り紙付きだ。
学力・魔法共に優秀、魔法実技だけが成績無しとなっている。特待生として魔術学校に在籍し、学校では友人と話している姿を見たことはない。机に突っ伏して寝ていたり図書館に籠り勉強していたりしている姿しか見たことがない。
俺が出会ってきた人間の中でも特に謎の多い人物であることは間違いない。
初めはその生き方に疑問を抱えたものだ。
どうして人と関わろうとしないのか、と。そう思い彼に話しかけてはみるものの、返ってくるのは素っ気ない言葉ばかりだった。
寂しい生き方だと、俺は手前勝手に思っていた。
だがある時職員室の前でこんなことを聞く。
「ーーベルナルド。お前が平民出身なのは………る。お前が魔術学校に通うことが出来たのはお前が勉学……でも魔法……でも…………保ち"特待生"となったからだ。六年間も。それは………大切な家族に負担をかけないように、だろう?」
アベルが話しているのは鬼教官として知られる教師だった。その教師から放たれた言葉に俺は驚き、そして何より己を恥ずかしく思った。
平民出身であること。家族の支えとなるために特待生として努力していること。そういった事実を知らないままで彼の生き方を寂しいと評した自分自身に。
……俺はなんて馬鹿だったのだろう。
無口なのも、友人を余り作らずただ勉学に励むのも。家族のため、特待生のためひたすらストイックに自分を高めるためだったのだ。
最後の魔術大会、こんな舞台で君と闘えるとは思わなかったがやるからには全力でやらせてもらう。
飛行魔法すら会得した君に、俺は魔法では敵わないかもしれない。
それでも。
「アベル、君を倒す。俺の全力をもって!」
「…………」
アベルは微妙そうな、何か言いたそうな表情になる。その真意はよく分からないが。
試合開始の合図と同時に俺は剣を振り抜きアベルに迫る。
アベルは右手に片手剣、左手に杖を持ち魔法を唱えた。
「『氷の棘』!」
透明な氷で出来た棘を飛来させる初級氷雪魔法だ。
俺は氷の棘を剣で打ち払い、アベルに斬撃を放つ。アベルは右手の片手剣でそれを去なすと返す刃で反撃を食らわしてくる。
それを俺が剣で受け、鍔迫り合いの状態になった。
剣の重さで勝る俺の方がこの状況では有利だ。それはアベルも承知しているだろう。
その筈なのに、目前のアベルは特に狼狽することもなく平然とした様子だ。
このまま場外に押し込んでやる、そう意気込み俺は剣を握る手に力を込めた。
「……!?」
がくん、と視界が揺れる。動かそうとした右足が地面に張り付くように動かなかったのだ。何事かと見てみれば、右足の靴と地面が凍りつき固まっている。
(さっきの氷魔法か!)
打ち払った氷の破片を操り俺の動きを封じたのだ。俺の動きが止まった瞬間にアベルは後ろへと下り距離を取る。
極めて冷静な判断力。俺はまるで遊ばれているような感覚に陥る。
実際、アベルは実力の半分も出していないだろう。その表情は涼しげで余裕にすら見える。
魔法では勝てないとは思っていた。だが、剣術に立ち回りまで、ここまで差があるとは思いもしなかった。何が彼をここまで強くしたのだろう。同年代でこうも違いを見せられて、俺は内心ほぞを噛む。
いや、まだだ。まだ付け入る隙はあるはずだ。
俺は氷を剥がし、今まさに魔法を唱えようとしているアベルとの距離を詰める。
魔法は発動することなく、虚を突かれたアベルは一瞬動揺し慌てて片手剣を構える。
その隙を俺は見逃さなかった。
俺は斬りかかると見せかけ、渾身の蹴りをアベルの持つ剣に放つ。片手剣が打ち上げられ高い金属音を立てて遠くの地面に落ちた。
尻餅をついたアベルに俺は剣を突きつける。勝負は決した。
「はぁはぁ、終わりだアベル」
「…………ああ、終わりだな」
アベルは伏せていた顔を上げる。
勝利を確信したような笑みを浮かべた顔を。
「俺の勝ちだよ。ライアン」
突然、俺の剣が横から飛来した何かによって弾き飛ばされた。
「なっ!?」
飛来したその物体は、アベルが持っていた片手剣。その刀身には魔法陣が描かれていた。
あの魔法陣は、飛行魔法。
先ほどの魔法は発動しなかったのではなく、剣に魔法陣を刻み込んでいたのだ。そしてわざと隙を見せて俺に剣を弾かせ、死角から俺の剣目掛けて発射し武器を取り上げた。
「今度こそ終わりだよ、ライアン」
気付けば尻餅をついた俺にアベルが杖を突きつけている。さっきとは完全に逆転した状態。
最初から最後まで、俺は弄ばれていただけだった。
完敗だ。
「……降参だ」
『試合終了!勝者、アベル選手!』
俺が敗北宣言をし、試合が終わる。
杖をしまい剣を回収してから、背を向けて去るアベルに俺は聞いた。
「アベル。君はどうやってそこまで強く……?」
アベルは肩越しに振り返ると頰を搔いてこう言った。
「秘密の特訓と、後は……妹の弁当を食べたからだな」
「ライアン〜大丈夫〜?」
「お怪我はありませんかライアン様」
「ああ大丈夫、ありがとう」
俺を応援してくれていた子たちが駆けつけてくれる。俺はそれに笑顔で返し大丈夫なことを伝える。
「惜しかったですねライアン様」
「……いや。完敗だったよ」
本心からそう思う。俺は結局手も足も出なかったようなものだ。今回実感した力量の差は歴然だった。敗北の悔しさもそれほど感じないほどに。
遠くにアベルの姿が見えた。
アベルは俺の方をちらりと見ると、すぐさま踵を返して遠ざかっていく。
この距離は、まさに今の俺と彼の実力差を表しているように思えた。
出自も己を取り巻く環境も跳ね除け進んでいく彼に、俺は追いつくことが出来るだろうか。
いつしか"憧れ"となっていた彼に追いつけるまで……俺は諦めない。
ーーライアン・ブラド三回戦敗退。
一方その頃、アベル・ベルナルドは。
「なんで負けたアイツがチヤホヤされて、俺には女子の一人も近づいて来ねえんだよぉぉお!!」
誰も居ない控え室で一人、咽び泣いていた。