魔法使いです。俺の右手が疼きます。
それにしても驚いた。何にって、俺の魔法についてだ。先ほどのファイアーボールは初級魔法、つまり魔法の中でも低ランクでありはっきり言えば全ての魔法使いが使いこなすことのできるお手頃な代物だ。
多少の威力の調整は可能とはいえ、本来は動くのが面倒くさい時に離れたランプに火をつけたり、遠距離からイケメンの服を着火する時くらいにしか用途のない攻撃魔法のはずだ。いや後者の方は実際にしたことはないんだけどもね。あくまで想像だけだから。想像だけならノットギルティだから。時々街を歩くリア充を見ると杖を握りしめて呪文を唱えてしまいそうになるけどノットギルティだから。
つまりは先ほどの様に地面が抉れるほどの威力を持つことはない、はずなのに。俺のファイアーボールは上級火炎魔法のメガフレアとほぼ同程度の威力を発揮した。これはどういうことなんだろう。
そんなことをミッシェル先生に聞くと。
「それは貴様の魔力が増加したことが原因だな」
「え、魔力って増加するものなんです?」
「ああそうだ。魔力とは人間が潜在的に持つ生命エネルギー。魔法とはそのエネルギーを様々な性質・力に変換して現出させるもの。その限界値や上昇速度に個人差はあれど、鍛錬さえすれば確実に魔力の量と質は向上する。それに伴い魔法の威力も上がる」
「へー……」
「日々魔力操作をこなしていれば魔法の発動速度も速くなり、魔力による自身の身体能力の向上も可能になる」
なるほど……。つまりあの崖からフライアウェイ訓練は魔力操作の練習も兼ねていたってことなのかね。というより飛行魔法はおまけで本来は魔力操作に慣れることが目的だったのかも。
『飛行魔法』は複雑な魔法陣に魔力の精密な調整、そして空中で体勢の維持を続けるために必要な集中力と、難易度の高い魔法だ。
それを実行しようと日々悪戦苦闘していれば、自ずと魔力操作にも長けてくる。ミッシェル先生は解決策を導く手助けはしてくれるが、特訓の内容について説明することはあまり無い。だからその内容については推測するしかないが、一つ言えることはある。ミッシェル先生は生徒のためにならないことは絶対にしないということだ。その氷の無表情の下にはちゃんと生徒を想う心があることを俺は知っている。
まあでも身体能力の向上は眉唾ものだけどもね。俺ってば全然筋肉付かないし。ヒョロガリ君なんですけど。もやしっ子のままなんですけど、どういうことなんすかね先生。もしかして今のこの肉体が俺の限界とかってあり得るの?いやいやまさかそんな。
「俺も魔法の訓練を積めばシュッとした細マッチョになれますかね?」
「………どんなことも可能性は、ゼロではないぞベルナルド」
どうして目を逸らすんですミッシェル先生?まさかそれで誤魔化してるつもりです?だとしたら嘘下手すぎないですか先生。ちゃんと俺の目を見て言いま…あ、やっぱダメだわ。目を合わせられると逆に今度は俺が目を逸らしちゃう。
決して交わることのない二人の視線。それは運命に翻弄される悲恋の恋人のよう。そんな大仰な話じゃないね。俺が陰キャなのが悪いね。だってなんか他人の視線ってすごく、こう、身に刺さるというか小っ恥ずかしいというかなんというか。
「…とにかく初戦突破おめでとう、ベルナルド。私はこれから大会委員の方の仕事があってな……悪いが二回戦は観ることが出来ない」
「あぁいえいえ。大丈夫っすよ、わざわざ来てくれてありがとうございます」
ミッシェル先生がちょっと申し訳なさそうな表情で謝ってくる。そんなこと気にしなくていいのに。むしろ仕事があるのに俺のこと気にかけて応援しに来てくれたんですか。マジすか。惚れちゃいそうなんですけど、いいんすか。あ、ダメですか。勘違いしたっていいじゃない、非モテだもの。
「ベルナルド」
「!」
ぽん、とミッシェル先生が俺の頭に手を乗せて名前を呼んできた。
俺、フリーズ状態。
「やはり私の見立ては間違っていなかった。貴様は良い魔法使いになる。先ほどの魔法でそれを確信した。……筋肉は保証できないが」
「………その一言は胸に留めて欲しかったです」
ミッシェル先生は俺を真っ直ぐに見つめてくる。俺、ついーと目線を逸らします。無理です。女性と見つめ合うとかちょっと俺にはレベルが高過ぎます。ていうか近い近い近い。先生近い!あ、良い匂い……。俺の手汗パネェ。
「だが忘れて欲しくないことがある。ベルナルド、魔法使いに不可欠なものは?」
「『知恵』と『勇気』…です」
「そうだ。けれど『勇気』といっても区別しなくてはいけないことがある。その勇気が"義勇"かそれとも"蛮勇"かだ。魔法とは繊細で脆い曖昧なもの。それはその在り方も同様だ」
ミッシェル先生が訓練の時のような真剣な目で俺を射抜く。俺は本気には本気で応えるべく、ない度胸を振り絞って先生の目を見つめ返した。
「生活を豊かにする道具にもなれば、人を殺す凶器にもなり得る。大事なのは魔法をどう使うかを考えることではない。魔法を使う己の心を律することだ。分かるな?ベルナルド」
「………よく分かります。ミッシェル先生」
身につまされる思いがしました。思いっきり私怨コミコミで俺魔法使ってたよ。悪は滅びたとかカッコつけちゃったよん。いやでもあれは陰キャを見下してたあっち側さんにも非はあると思います!うーん。いや、でもうーん。
「うん。それさえ分かっているのなら問題は無い。私は貴様を信じている」
「……………」
先生の信頼が剣となって俺に突き刺さったような気がした。くぅ……この人はどこまでお見通しなのだろうか。これがいわゆる女の勘よ♡ってやつなのだろうか。いやミッシェル先生の場合普通に助言してくれてるだけの可能性の方が高いけども。
「二回戦、健闘を祈っている」
「が、頑張ります」
ミッシェル先生が俺の頭から手を離し(超名残惜しい)、背を向けて去って行く。
ちょっと反省しますかね。ちょっとだけね。
俺は天才だと、まあ自分では思ってるけども、けれどきっと俺よりもっと凄い奴ってのはいっぱいいるだろう。そんなのはどうでもいい。いつか一人残らずぶち抜いて一番になるから問題無い。いつかね。
何より俺の魔法は俺だけの力で強くなったわけではない。
俺の魔法はあの人が教えてくれた物だ。授けてくれた物だ。強くしてくれた物だ。俺にとって数少ない……大切な物だ。いや、大切な物に"なった"。
どうしようもない俺だけど。あの人の信頼を裏切るようなことは絶対にしたくない。
死んだってしたくない。
休憩時間。遠くの闘技場からは歓声が上がっているのが聞こえる。きっと他の選手たちが試合をしているのだろう。
俺はミッシェル先生の期待と信頼に応えるべく、安らかな心で二回戦を待っていた。
お、どうやら俺の二回戦の相手が決まったらしい。名前は……カイトくんか。知らん、初めて聞いた名前だ。俺の交友関係が蟻の活動範囲並みに狭いだけか。
敵情視察にでも行きますかね。
俺は廊下に出ると闘技場の方へと向かう。今まさに闘技場の方から一人の男が剣を鞘に仕舞いながら歩いてきた。
二人の美少女を両脇には控えさせながら。
「……カイトさん、お疲れ様です。ドリンク冷えてます……飲みますか?」
「すまねェありがとうなエマ」
「カッコよかったよカイト!もうこうズバーンとドーンって感じで!とにかくカッコよかった!」
「はは、よくわかんねェよシャーロット。でもありがとう。次の試合も見ててくれな」
「勿論!」
………黒髪、切れ目、整った顔立ち、ミステリアスな雰囲気を醸し出す落ち着き払った態度。間違いない。イケメンだ。
イケメンにのみ許される、『ミステリアス』という称号。俺のような本物の陰キャがやれば『根暗』になる。まさに顔面偏差値で雌雄を決するその審判。
間違いなくジャッジは奴がミステリアス、俺は根暗だ。
ギリギリギリギリ。
「大丈夫です……カイトさんは強いですから……」
「そうそう!エマの言う通り!」
二人の美少女も一人は大人しめの文学少女っぽい。もう一人はアホの娘っぽい陸上部少女のようだ。
両手に花とはまさにこの事だな。
ギリギリギリギリ。
誰だ歯ぎしりしてるの。煩いぞ。あ、俺だった。
ダメだぞアベル……自分を律するのだ……己の心を鎮めるのだ……。
大丈夫大丈夫、いやもうホント大丈夫。俺の右手が腰の杖に伸びたりなんかしてない。してないったらしてない。
俺はミッシェル先生の信頼を裏切るわけにはいかないんだ……!
「二人とも。俺はここに誓うぜ……!」
己の、心を…。
「俺はこの大会で優勝し、その栄冠を……お前たちに捧げることをな……!」
カイトくんはクールな顔に微笑みをたたえながら自信満々に言う。
エマとシャーロットは恋に落ちたっぽい顔をしてトゥンク……となっていた。
なにがトゥンク……だよボケ!あいつ!イケメン!ブッコロす!!
あぁぁダメだ俺の疼く右手よ!邪悪な力に負けてはいけない!堪えろ!堪えるんだァァァ!!
廊下の角の影で、俺は一人悶えていたーー。
注)イケメンを呪いながら右手を抑えている痛々しい彼は、この作品の主人公です。