魔法使いです。悪を討ちます。
ここ最近ちょいとばかし忙しくてですね。感想返しまで手がつけられない状態が歯がゆいです。けどちゃんと感想は読ませていただいてますので。皆さんありがとうございます。
更新を止める気は全くないから安心してね。
「失礼する。ベルナルド、試合前だが準備はできて……いる、か……」
「ふへ、おはようございますミッシェル先生、へへ」
選手控え室にミッシェル先生が入って来る。すると俺の顔を見て固まってしまった。どうしたんだろうか。俺はただ普通に先ほど女の子に触られた手の温もりを大事に確かめているだけだというのに。
いやあ女の子の手っていうのはあんなにも柔らかいんですね。異性の手に触れた経験なんて母さんと妹しかなかったからなあ。まあ妹とは小さい頃に街を歩く時手を握ったりしただけで大きくなってからは全く触れることもないけどね。というより今となってはあんま目も合わせてくれないからね。でも悲しくはないな、今の俺は女の子に手を握られたアベルくんだからね。ふへ、ふへへ。
「ど、どうしたんだベルナルド。今の貴様は普段に輪をかけて変だぞ?」
「そ、そうすか?え、えへへ」
ミッシェル先生が狼狽えながら聞いてくる。なんか凄い目で見てきてるけど。あれだ、妹が道で蛙を見つけた時のような、そんな目で見てきてる。俺ってば蛙だったの?まあいいか蛙でも。蛙だってみんな逞しく命を謳歌してるんだ馬鹿にされる謂れはないぜ。蛙をもっと敬うがいい。敬意を払って蛙さんと呼びなさい。ゲコゲコ。
「………ベルナルド。こんなことを生徒に言いたくはないんだが……今の貴様は酷く気持ちが悪い……」
おほーミッシェル先生からキモいのワードが出てきてしまった。何だかんだいって優しいところのあるミッシェル先生がこう言うって俺ってばどんだけ気持ち悪いのん?あ、同志の蛙さん達からのブーイングが飛んでくる。マズイマズイ。これから試合だぞ気合いを入れなくては。俺は表情をキリッとさせてから先生に向き直った。
「ひどいなぁ先生、ふふ」
「う…………」
ミッシェル先生がいよいよ苦虫を噛み潰したけど何とか堪えてるような表情になってしまった。ヤバイ全然表情筋が引き締まらない。ついでに俺の気持ちも引き締まらない。うふふ、気分はお花畑で花冠を結っているお嬢様。
「俺ちょっとお手洗い行ってきますね。ふへ」
顔でも洗ってこようと俺はミッシェル先生の横を通り控え室を出る。
控え室の中でミッシェル先生は額に手を当て目を伏せていた。
「………………これは駄目かもしれんな…」
そんな呟きも聞こえたような気がしたが、俺は気にせずお花を摘みに行くことにした。
俺は男性用の手洗いに入ろうと取手に手をかける。
「あはは!えーマジでー?」
「ホントだってー!」
すると横に設置してある女性用の方からアホでかい声が聞こえてきた。
声が外まで聞こえてくるとかどんだけ大声なんすかね。もう少し慎みを持とうぜ淑女たちよ。お淑やかな良き女性を目指して日々精進しなさい。
まあいいか。俺は気にせず男性用お手洗いの扉を開けて中に入ろうと……。
「ホントさー私がちょーっと手握っただけでニヤニヤして顔赤くしちゃってさー。キモすぎないー?みたいなー?」
「ライムってばさいてー!てか絶対狙ってやったっしょー?」
「当たり前じゃーん。見るからに童貞ぽかったしー?ちょっといい顔すれば一発だと思ってー」
……………ほう。
「もう少しくらいはサービスしてやろうかとか思ってたら、手ぇ握っただけで十分とかさー流石にチョロすぎでしょーあははは!」
「陰キャってやつでしょー?どうせ女の子と手繋いだのアンタが初めてだったんじゃないー?」
「ありうるわーカワイソー」
「全然心こもってないし!ま、これで一回戦は確実っしょ!」
「楽勝ー楽勝ー!あはははは!」
………………………ほう。
「ああ、ベルナルド。その、気乗りしないのは分かるが出来れば真剣に……」
控え室の扉を開け、俺はミッシェル先生の横を通り過ぎ椅子に座る。
「べ、ベルナルド…?どうかしたのか?」
「ミッシェル先生……」
俺は大仰に椅子に座りながら、指を組んで瞑想を始める。
「俺は今精神統一を図っています。申し訳ありませんが、話しかけるのは遠慮して頂きたい……」
身体の内に渦巻く魔力を感じる。
コオオオオオオオオ……!と変な呼吸音を響かせながら座る俺。
ミッシェル先生は無表情で首を傾げていた。
闘技場の上に俺とライムさん、そして立会いの教師が立っている。周囲にはぐるりと観衆がひしめき合い、空気は確かな喧騒に包まれていた。
俺は戦闘用ローブを身に付け、片手剣を腰に差し杖を右手で握る。
非力な俺にはこんなのでさえ重装備であるため、事前に筋力増加の魔法を使っている。大会運営側に申請すればある程度の補助魔法は戦闘前に使用が許可されているのだ。
立会いの教師が魔法で拡声した声が闘技場中に響く。
『それではBブロック一回戦、ライム選手対アベル選手の試合を始めます!両者互いに、礼!』
「お願いしまぁーす」
「お願いします……!」
俺の前に居るライムさんは猫撫で声で挨拶をし、礼をしながら軽くウインクをしてきた。
ふむ、可愛い。世の童貞なら皆絆されてしまいそうだ。強いて言うなら俺みたいなね。
ライムさん、確かに君の言う通りだ。
俺は童貞だし、モテないし、陰キャだし、家族以外の手握ったのも初めてだったし、嬉しかったし、出来ればもう少しのサービスとやらを受けたかったという本心もあるし、そんな男だ。
きっと君はそういった俺のような男達を手玉に取るのが上手な子なのだろう。その生き方を否定するつもりはない。
でもねライムさん。君は一つ忘れていることがある。
童貞であろうが……陰キャであろうが……非モテであろうが……。
それでも俺達は誰が何と言おうとも、立派な『男』であるということだ。
そして、男には引いてならない時がある。
一つは、女の子が泣いている時。
そしてもう一つは、女の子に泣かされた時だ。
『試合、開始!』
立会いの先生の合図と共に両者が魔法を唱える。ライムさんの魔法陣が淡く光る、その直前に。
ドォン!!と、ライムさんのすぐ横の地面が大きな爆発を起こして抉れた。
ぱらぱらと、土煙の中を細かい石の破片が降り注ぐ。ライムさんは乱れた髪を気にする余裕もなく、口をポカンと開けて固まっていた。
「今のは、上級火炎魔法ではないーー」
聴衆も、立会いの教師すらも静まる中。
俺は低く渋い声(自己評価)でこう言い放った。
「初級火炎魔法だ……」
俺が杖を構え直しもう一度魔法を放てる体勢を取る。そして、まだ続けるのか、と目で問うと。
「こ、降参します……」
ライムさんは小さく手を上げて勝負を降りた。
『勝者、アベル選手!!』
一瞬の決着に聴衆が湧き上がり、溢れんばかりの歓声が闘技場を包み込む。
悪は、滅びたーーー。
闘技場を後にしながら、たった一つの後悔を胸に俺は一つ涙を零す。
……やっぱり、もう少しのサービスとやらが何なのか知りたかった。