魔法使いです。負ける気がしないです。
取り巻きを従え、その長い黒髪を左手でファサッと翻しながら今日もヒールで地面を踏みしめているこの女。
レイ・シモンズ。
うーんこの高慢ちきな仕草。もう苦手だ。俺にも積極的に接触を避けたいレベルの女子というものがいたことに驚きです。
俺が心底微妙な顔をしているのに対し、シモンズは意地の悪そうな笑みを浮かべながら俺を睥睨する。
「根暗の平民君がこんな所で何をしているのかしら?まさかそんな安物の剣と杖をなけなしのお小遣いで購入したりしていたのでしょうか?あらあら、私に『土下座』して言って下されば一流のものを買い与えて差し上げた『かも』しれないのに」
「…………」
コイツ超ムカつく!土下座して頼んでも可能性が生まれるだけって割に合わなすぎだろ。おのれ上級貴族が調子に乗りやがって革命起こして身分と権利と財産とあとついでにお前の取り巻きの人たちを奪い取ってやるから見てろよこの野郎!没落貴族になっても今の台詞が吐けるか見ものだなウワハハハ!
コイツ女だから野郎じゃないね、このお嬢!……なんか組織の一番下っ端の荷物持ちになった気分。あとコイツの性格上没落しても同じ台詞吐いてきそうだな。筋金入りだね。
怒りで身体が震えてやがるぜ。プルプル。あ、違うわこれ重みに身体が悲鳴を上げているだけだった。俺の身体もやし過ぎじゃない?
「その程度の道具で由緒正しき魔術の祭典に出ようとするなんて……平民には『恥』という感情が備わっていないのかしら?」
「………魔術大会、は!魔術学校に在籍して、る、なら、誰にだって出場する、権利が……」
「これは私が手を下すまでもなく一回戦敗退は確実ですわね♩」
「ある、んだよ、この」
「……」
「シモンズ……!」
「さっきっから会話のテンポが遅いのよクソ平民!荷物置きなさいよ!あと様を付けなさいこのクソ平民!」
どんだけクソ平民言うんだよ。多分コイツ俺の名前覚えてないな?ならば教えてやろう。耳かっぽじってよく聞きな。俺の名前はアベル・べ……あ、ちょっと腰が限界。
だがこれはミッシェル先生が俺に買い与えてくれた物……!地面に落とす訳にはいかない……!頑張れー俺のなけなしの男のプライドー。漢として在り続けるかミジンコにマジカルチェンジするかの瀬戸際だぞー頑張れー。あ負けそ。
「それはどうだろうなシモンズ。ベルナルドはこう見えても魔法使いとしては中々のものだぞ?」
「はあ?何言ってんのよこんな平民が………ヒィッ!?」
俺の後ろから聞こえた声にシモンズは情けない悲鳴を上げる。あらまあ、その情けなさには少しばかり親近感が……湧きそうだったけどコイツの場合はマイナスが限界突破で振り切ってるからやっぱダメだったわ。
「訓練をつけた私が言うのだ。間違いない。もしかしたら………?どうしたシモンズ?」
「ーーーーッ!!」
シモンズはさっきまでの饒舌はどこへやら、声にならない悲鳴を上げて冷や汗をダラダラと流していた。目がすっごい泳いでる。まるで水を得た魚。あらやだこの挙動不審さには俺も親近感が……やっぱり湧かない。
あぁコイツミッシェル先生の特訓がトラウマになってるのか。いやまあそりゃ誰でも崖から落とされたらそうなるよね。取り巻きの人たちの何人かが青い顔になっている。彼女たちからすればミッシェル先生は鬼や悪魔を超えた存在に見えることだろう。
「……ふ、ふん!とにかく!平民風情がちょっと努力しただけで何とかなるほど魔術大会は甘くはないわ!精々無様を晒さないように底辺で足掻いてなさい!」
あ、持ち直した。俺でさえ時々悪夢に魘されるというのに、あのトラウマを克服してこんな台詞を吐けるとは。意外にメンタル強いのかね。
それに、とシモンズは言葉を付け加える。
「………たとえどんなに足掻こうとも、優勝なんて夢のまた夢でしょうけどね。可能性はゼロよ」
「全ての生徒に平等に勝利を得る機会はあるものだ。可能性がゼロなんてことは……」
「いいえ。ゼロですよ。ラングフォード教諭」
ミッシェル先生の言葉を遮ってシモンズは不敵な笑みを浮かべて断言する。
「シモンズの名にかけて、優勝はこのレイ・シモンズ様のもの。それは揺るがない。絶対にね」
……凄い自信だな。コイツのナルシストぶりは今までも見てきたからそこまで驚きはしないが、こんな風に自信満々に大口を叩くことができるのはある種の才能だろう。
それでは、と言ってシモンズは悠々と遠ざかって行く。いや、まだちょっと足が震えてる。アイツが履いてるのヒールだからちょっとした拍子にグキッといかないかめちゃくちゃハラハラするんですけど。
グネらないか祈っている訳ではない。俺はどこからどう見ても紳士だからね。俺の意地はそこまで悪くない。
ただ少しだけ明日の試合に支障が出ない程度に不幸になってくれねえかなと思ってるくらいだから。うん。俺の魂もアイツのこと言えないくらいに薄汚れてますわ。
「ベルナルド、やはり荷物を持つのを手伝おう。貴様一人では無理だろう?」
「……スミマセン、助かります」
情けない、俺。男のプライドを失くした俺は乙女に変身。今日から俺はミジンコ☆アベルちゃんにマジカルチェンジ。キラーん☆……くっそ弱そう。
「……アイツ、えらく威勢がよかったですね。アイツってそんなに凄いんです?」
「ああ。シモンズは去年の大会では最上級生に混じって八位入賞を果たしている。優秀な魔法使いだ。今年の優勝候補の一人でもある」
「へぇー……」
Ms.口だけお嬢様だと思ってたけど、意外と強いのかアイツ。それならあの自信も頷けるというものだ。まあ俺の方が頭の成績では上なんですけどね。頭の成績では、俺が上なんです。ここ大事よ。なんてったって俺がアイツに勝てている唯一の取り柄だからね。この事実さえあれば俺は今日も元気に生きていける。
「だが私は貴様もその一人に数えているぞ」
「……買い被り過ぎですよ先生」
「正当な評価だよベルナルド」
これは俺も優勝を目指せという無言の圧力なのだろうか。おかしくない?ベスト16が目標じゃなかった?ハードルどんどん高くなってない?
「貴様ならできる」
ミッシェル先生が俺を真っ直ぐ見てそんなことを言ってくる。
…………くそう。
器は小さい。力も無い。プライドは埃みたいなもん。そんな俺でも、貴女にそう言われたら、何かが出来るんじゃないかなと高望みしてしまう。貴女の期待に応えたいと思ってしまう。
「……まあ、その、出来る範囲で頑張ります」
王国大輪祭 二日目。
俺の魔術大会初陣の日。
俺はいつにも増して気合いが入っている。ミッシェル先生から激励の言葉を貰い、俺のテンションは今最高潮。
今の俺はただのアベルではない。超ハイパーアベルくんだ。意味わかんないね。
でも心情的にはそんな感じ。今日の俺は一味違う。さあムキムキマッチョだろうが、コワモテ戦士だろうが、イケメンファッキン野郎だろうが、優勝候補だろうが。
今の俺は負ける気がしない……!
全て俺の魔法の下にぶっ潰してやる。さあ俺の最強伝説を今、始めよう。
さてさてトーナメント表を見てみよう。シモンズは……別のブロックだ。決勝までは当たらないな。ライアン……三回戦でぶつかるのか。首洗って待ってろボケども。平民の底力を見せてやるぜ。
いやまずは初戦の相手だな大事なのは。んー名前が……ライムさん?ライムちゃん?女の子っぽいな。は!おいおいおいこれはいよいよ楽勝じゃねーか?ったくどんな筋骨隆々のバーサーカーが来るのかと身構えてたってのによー。やり甲斐がねーぜホントに。やれやれだぜ……。
「あ! 君がアベル君?」
そんな風に思っていた俺の前に女の子が現れる。その子は俺の名前を呼び、俺の手を両手で優しく包み、俺のことを至近距離で見つめ、可愛らしい笑顔で挨拶をしてきた。
「えへへ、私ライムっていうの!一回戦の相手です!私、大会に出るの初めてで不安だけどぉ、でもお互い全力で頑張ろうねっ!」
きゃるーんとしてパチっとウインクをして、ライムちゃんは去って行きました。
あ、俺一回戦負けですわ。