25.副族長の提案
「旅の者よ。どうか剣をひいてくれたまえ」
「お兄ちゃんももう止めてっ!!」
「お兄…ちゃん?」
突然の出来事に目をぱちくりさせていた昴であったが、目の前の男が槍を収めたのを見て、昴も’鴉’を戻す。
「大丈夫かの?」
タマモが昴の元まで駆け寄り傷の具合を不安そうな顔で探る。わき腹から結構な血が流れているが、それ以外はたいしたことはなった。
「俺は大丈夫だけど…お兄ちゃんって…」
「…あれは俺の妹だ」
「まじかよ…」
戦いをとめられて不服そうな様子のニールがぶっきらぼうに告げる。ニールの妹はどう見てもお淑やかそうであり、好戦的な野蛮人の妹とは昴には俄かに信じられなかった。
「はじめまして。私は『龍神の谷』の巫女、サクヤと申します。兄がご迷惑をおかけいたしました」
「あぁ、いや、俺らにも原因があるというか…」
深々と頭を下げるサクヤを見て昴はうろたえながら答える。そんな昴を見てニールがフンっと鼻を鳴らした。
「サクヤ、こんな奴に頭を下げる必要ないぞ。こいつは」
「お兄ちゃんは黙ってて!」
「……………」
「立場弱いな、お兄ちゃん」
「うるさい。黙れ。ぶっとばすぞ」
妹に強く出れない自分を見てニヤニヤと笑みを浮かべる昴をニールは憎々しげに睨みつける。サクヤがそれを窘めようと前に出ようとするが、隣に立つちょび髭の男がそれを止めた。
「まずは矛を収めてくれたことに感謝する。私は『龍神の谷』の副族長を務めるギランダル、見ての通り'アクアドラゴン'の血を引いている。そのためこのように【水属性魔法】を使うことができる」
そう言うとギランダルは昴に手を向け、"水の癒し手"を唱える。段々と昴の傷がふさがり、抉れた脇腹からの血も止まった。
「ありがとうございます。ただ見ての通りって言われても…」
「うぬ…よくわからないのじゃ」
ギランダルを見ながら昴とタマモが揃って首を傾げる。
「む、其方達はあまり竜人種に詳しくはないのだな。私の髪の毛を見てみろ、青いだろう?」
確かに髪の色は青く、かなり年配に見えるギランダルには正直似合っていなかった。
「…似合っていないのはわかっている。ただ竜人種は流れる'ドラゴン'の血によって髪の色が変化するのだ」
「別ニ似合ッテナイトハ思ッテイマセン」
「ノジャ」
「…正直な者達だ」
棒読みで答える二人を見てギランダルはため息を吐くと、コホンッと一つ咳を挟み、話を続けた。
「とりあえず其方達の名前を聞いてもいいかな?」
敵意は感じないものの探るような目で見てくるギランダルに対し昴は素直に頷く。
「俺は昴っていいます。…種族も言った方が良さそうかな?一応人族です。そしてこいつ狐人種のタマモ。二人とも冒険者をしています」
これ以上の揉め事は面倒くさそうなので昴は丁寧に対応する。
「タマモじゃ!よろしくの!」
それをいつも通りタマモがぶち壊した。
「狐人種…そして金眼…」
ギランダルが考え込むように唸るのを見て昴が眉をひそめる。
「何か問題でも?」
「あぁ、いや。大したことではない。先程も自分で自己紹介をしていたから知っているとは思うが、この子はサクヤ。『龍神の谷』の巫女だ」
「巫女ねぇ…」
昴がちらりとサクヤに目をやる。その服装はどっからどう見ても育ちのいいお嬢様にしか見えず、異世界人のやつらにタマモとサクヤどっちが巫女か、と問いかけたら全員がタマモを指す自信があった。
「そしてスバル殿と戦っていたのがニール。この若さで『龍神の谷』の守護隊長を担っている。二人は族長の子供で───」
「自己紹介などいらないだろ。さっさと本題に移れ、ギランダル」
「お兄ちゃんは引っ込んでて」
長々と話をする痺れを切らしたニールが苛立たしそうに言うと、サクヤがポカリとその頭を叩く。ニールは舌打ちをすると、不機嫌そうに口を閉じた。
「…お前本当に妹に弱いのな」
「なんだか可哀想になってきたのじゃ」
「うるさい。黙れ。殺すぞ」
タマモに憐れみの視線を向けられ、その憤りを昴にぶつける。
「とにかくお互いの素性は知れたということで、ここらで其方らの目的を聞きたい」
ギランダルが無理矢理話題を戻し、昴達に問いかける。昴はここで異世界人であることをバラすリスクを考え、少し答えに迷った。
「…俺は古い魔法を研究していまして、歴史の深い竜人種の人達なら何か知っているかと思い、話を聞きに来ました」
嘘ではないが核心は話さない。それが昴の選んだ答えであった。ギランダルもそれを察し、目を細める。
「だからこちらに敵対の意思はなかったのですが、結果的には騒ぎになってしまったのは悪いと思っています。すみませんでした」
昴が頭を下げるとタマモが慌ててそれに倣う。ギランダルとサクヤはそんな二人を見て、互いに視線を交わした。
「…その古い魔法が何か伺っても?」
「それはちょっと…」
昴が言葉を濁すと、またもギランダルはうむぅ、と何やら考え始めた。
「魔法に精通するものであれば誰でもいいか?」
「…できれば一番魔法に詳しい人がいいですね。あまりいろんな人に聞いて回りたくはないので…その人が知らなければ諦めもつくだろうし」
「そう、か…」
昴の答えを聞いてギランダルが頭を悩ませる。
「見たところ二人は別にこの地を侵略しに来たわけではなさそうだから、下手に争うよりも希望を叶えて平和的に解決した方がお互いのためになるのだが…一番魔法に詳しいものとなると………むぅ…」
「おそらくギランダルさんが悩んでいるのは、この谷で一番古株で、なおかつ魔法に詳しいのがうちの父だからだと思います」
歯切れが悪いギランダルに変わってサクヤが説明した。
「…その通りだ。この二人の父は族長という立場、そう簡単に余所者に会わせたりすることはできない」
ギランダルが困り果てた様子で言った。それを引き継ぐようにサクヤが詳しい話を聞かせてくれる。
「私達は見張りからおにい…ニールが戦闘をしている、しかも苦戦しているという報告を受けて」
「苦戦などしていない」
ニールが反論するも、サクヤが睨みをきかせて黙らせる。
「…その報告を受け、慌ててこちらにやってまいりました。ニールは『龍神の谷』でも屈指の戦士。その兄と渡り合うあなた方とはまず話し合いをして、それでもダメならば『龍神の谷』の総力をあげて排除する予定でした」
昴は思わず身震いした。ニールだけであのザマだ、ニール程でないにしろ屈強な竜人種を複数相手にするなど、『炎の山』で魔物を蹴散らすのとはわけが違う。
「しかし話を聞けばあなた方は理性的で私たちに敵対するつもりはないとわかりました。だからギランダルと共に願いを聞きいれ、大人しく帰っていただこうと思ったのですが」
「俺の願いが族長じゃないと叶えられない。でも族長をここまで呼ぶわけにはいかない。かと言って族長の所まで俺たちを通すのは掟に反する、っとまーこんな感じか」
昴がまとめるとサクヤが申し訳なさそうに頷く。
「「別にサクヤが申し訳なく思う必要はないだろ(ぞ)」」
ほとんど同時に昴とニールが言い、お互いにメンチを切り合う。
「馴れ馴れしく妹を呼ぶな」
「お前は引っ込んでろよ、お兄ちゃん」
「よし、その喧嘩買った。かかってこい」
タマモとサクヤがお互いの身内に容赦ない手刀を振り下ろす。昴とニールは自分の頭をさすりながら睨み合っていた。
「なんかお主ら…」
「似てますね…」
そんな二人を見てタマモとサクヤは呆れたようにため息をついた。
「…一つだけ方法がある」
重々しく口を開いたギランダルを皆が一斉に視線を向ける。
「我々竜人種が成人の儀式として行う[竜の試練]を受け、それに合格すれば、其方達を竜人の民として谷に迎えることができる。ただしそれには危険が伴うが…いかがかな?」
「ギランダル、それは…!!」
「ニール、これは掟にも書かれていることだ。[竜の試練]を越えし者、竜人の民と認め、『龍神の谷』に住まう事を許す。[竜の試練]を受けられるのは竜人種のみとは決まっていないはずだが?」
「ぐっ………」
ニールは悔しそうにそっぽを向いた。サクヤが少し心配そうな顔をしている。
「スバルさん、タマモさん。[竜の試練]は私達竜人種にとっても非常に危険なものになっています。父ほどではないにしろ魔法に詳しいものはおります。もしそれでもいいならそちらの方がよろしいと思いますが?」
昴がタマモを見ると、タマモは親指をグッとあげていた。
「サクヤの気持ちは嬉しいけど、俺たちは妥協はしたくない。魔法に一番詳しいのが族長なら族長に会いたいんだ。でも心配してくれてありがとうな」
「あっ…いえ、そんな…」
まさかお礼を言われると思っていなかったサクヤは照れたように顔を赤くする。
「…[竜の試練]で死んでしまえ」
ボソリと呟いたニールのつま先をサクヤが思いっきり踵で踏み潰した。【龍鱗】を持っているとしても、つま先まではカバーしきれない様子で、ニールは昴達から顔を隠し必死に痛みに耐えている。
「まぁそういうわけだから俺たちは試練受けますよ」
「のじゃ!」
「…わかった。なら今すぐに執り行なおう」
ギランダルは静かに頷くと、昴達を引き連れ『龍神の谷』に西にある森へ入っていった。