24.昴VSニール
昴は高速で移動しながら’鴉’を呼び出す。奇襲を仕掛けるためギリギリまで’鴉’を見せずにいた。しかし、それは相手も同じことであった。
キィィン！！
響きわたる金属音。昴は大きく目を見開く。素手で向かってきたと思っていたニールの手には銀の槍が握られており、昴の一刀を受け止めた。しかし驚いたのは昴だけではない。武器らしい物を持っていなかった昴が自分の槍を受け止めると夢にも思っていなかったニールは驚きを隠せない。二人は未知の相手に警戒を高めながら鍔迫り合いの格好になる。
「お前、”アイテムボックス”持ちかっ！？それとも呪いの武器かっ！？」
「何をわけのわからないことを！」
ふんっ！とニールが銀の槍を振りぬく。昴は弾かれ、後ろに飛ばされた。
「その槍、急に出てきただろうが！」
「これは愛槍’ファブニール’。俺の鱗で作られた唯一無二の槍にして身体の一部。出すも隠すも自由自在だ！！」
ニールが’ファブニール’を構えて突進してくる。昴はそれを受け流し、ニールの懐に滑り込もうとするが、ニールは瞬時に穂先を落とし、槍の柄で昴の身体を狙った。昴は柄を足で受け止めるもニールの力は強く、空へと吹き飛ばされる。
「ちっ…”飛燕”！！」
「効かん！！」
空中で体勢を立て直しながら昴が’鴉’を振るうが、飛んできた黒刃を’ファブニール’でいともたやすく打ち消した。昴が着地する隙を狙って距離をつめるニールに向けて昴は”鷲風”を放つ。
「ぬぅ…」
襲い来る黒い風を槍で防ごうと’ファブニール’を振り回すが、たまらず地面を蹴ると昴から距離をとった。
「雑魚だと思ったが、存外やるようだな」
「それはお互い様だろ」
答えると共に駆け出した昴を見て、ニールが魔力を練る。
「喰らいやがれ！”雲雀”！！」
昴が放つのは連続の斬撃。一瞬のうちに十以上もの太刀を浴びせる。あまりの速さに門番たちは一切目で追えず、【動体視力】のスキルを持つタマモですら黒い線が走ったようにしか見えなかった。ニールは両手で槍を構え、溜めていた魔力を解き放つ。
「”雷光瞬塵槍”！！」
視界に広がるは稲光、轟くは雷鳴。光の速さで繰り出された突きが、昴の斬撃とぶつかった。すさまじい衝撃波が巻き起こり、互いに大きく後ろに吹き飛ぶ。見ていた者たちは余波で飛ばされた石などから腕で顔を守りながら、必死に地面を踏ん張った。地面に着地すると昴はすぐに構えを取ったが、ニールは驚信じられないといった表情で昴を見つめる。
「…まさかあの技を親父以外に防がれるとは」
手加減抜きで放った一撃を受けても目の前の男はピンピンしている。同じ竜人種ですらニールに敵わない者がごまんといるというのにだ。
「いったい何者なんだ、お前は？」
「…ただの冒険者ってことで」
「冒険者…」
ニールの聞いていた冒険者は単独ではニールが普段軽々と仕留めるような魔物ですら倒せないような非力な連中だと聞いていた。そんな冒険者の男が自分と渡り合っている、これは許されることではなかった。
(この男…信じられないが俺と渡り合っている。しかもまだ本気を出していないと見える)
自分の愛槍に食らいつく漆黒の刀からはまだまだ余裕が感じられた。忌々しい目の前の敵にニールは思わず舌打ちをする。
「しかしこんなどこの馬の骨だかわからんやつに遅れをとるわけにはいかない！」
ニールは力任せに昴を弾き飛ばすと自身に魔力を滾らせ始めた。
昴は気分が高揚していた。初めて出会う好敵手ともいえる相手。まだ全然底は見えないが、おそらくその実力は’ストームドラゴン’よりも上。
(烏哭を使うか…いや、やつも隠し玉を持っている。うかつには手持ちの札は見せらんねーな)
相手の槍にはじかれた昴は相手の出方を伺うようにジリジリと距離をつめる。
「お前が強いのはわかった。だが俺は竜人種、人族如きに手こずるわけにはいかない」
「その人族如きにお前は負けんだよ」
「ほざけ。いくぞっ！！」
ニールが魔力を爆発させる。頭上から落ちてきた雷がニールの身体を貫いた。
「”雷帝”！！」
身体に落ちた雷をニールが鎧のように纏っている。スッと槍を前に構えると何の拍子もなくその身体は消え、次の瞬間には昴が’ファブニール’を’鴉’で防いでいた。
「…よく防いだな」
「わけねーよ」
「いつまでその軽口が叩けるか見物だな」
額から汗を流しながら答える昴を見て、ニールがニヤリと笑いながら槍を引き、高速で移動する。
四方八方から繰り出される槍撃を、昴は寸でのところでいなし、躱し、防ぐ。しかしニールの驚異的なスピードに昴には肩や腿には傷が走り、段々と昴は追い込まれていった。
昴はとにかく致命傷を避けることに集中する。【気配察知】を最大限に発揮し、目で追うことができないニールの動きを感覚だけで対応していった。
「…忌々しい黒刀め！」
「‘鴉’っていうんだよ！自慢の刀だ！！」
昴がニールの槍を弾くたびにバチバチっと音を立てて雷が霧散する。ニールが動いた後には雷光の軌跡が残り、まるで強大な繭のように昴を包んでいった。門番の二人には正直何が起こっているのかわからない次元の戦い。タマモは昴のことを助けたいと思うのだが、自分が手を出せる隙が見当たらず、悔しそうに唇を噛んでいた。
しばらくの間、猛攻を続けたニールが昴の元を離れる。ガードに徹していた昴はいたるところから血を流してはいるが、大きな傷はなかった。
「…驚嘆に値する。お前本当に人間か？」
「いててっ…だからただの冒険者だって言っただろ？」
「だがそれだけの傷を負えば満足には動くことはできないだろう」
「それはどうかな？お前の方こそかなり苦しそうだけど？」
昴の指摘どおり、一方攻め続けていたニールの方が肩で呼吸をしていた。”雷帝”は自らの速度やパワーを大幅に強化することができるのだが、その分身体への負担は計り知れない。ニールは”雷帝”状態を解除し、昴に向き直る。
「やはりお前は真正面から潰さないと俺の気がすまないな」
「おもしれぇ。かかってこいよ」
互いに武器を構え、ぶつかり合う。昴が斬りすさぶと、ニールが槍で防ぎ、ニールが突くと、昴が横からそれを弾く。しかし先ほどの”雷帝”の影響か、昴の手数がニールの手数を上回っており、ニールの身体に傷がつき始める。本来、竜人種には【竜鱗】というスキルがあり、ニールは更にそれが進化したスキル【龍鱗】を持ち、その身体に傷つけること並大抵のことではかなわない。それを容易に行っている昴を見て門番の二人は顔面を蒼白にしていた。
「”雷光一閃”！！」
ニールの繰り出した光速の一突きを昴は身体をひねって回避しようとするが、避けきれずにわき腹を穿つ。昴は激痛に顔をしかめるが、そのまま半回転をし、回し蹴りを放った。
「おらっ！！」
「ぐっ…！！」
昴の蹴りがニールの顔面にクリーンヒットし、ズザーっと地面を滑りながら後退する。
「ニールさん！！」
門番の男が膝を突いて頭から流れる血をぬぐうニールに思わず駆け寄ろうとする。しかしニールは昴に鋭い視線を向けたまま、それを手で制した。
「…まさかここまでやるとはな。俺も本気を出さざるを得ない」
「それが強がりじゃねーといいけどな」
昴が挑発するように笑う。ニールの顔にも獰猛な、しかし楽しげな笑みが浮かんだ。
「お前との戦いは面白い。こんな感覚は初めてだ」
ニールは今まで感じたことのない感情が芽生えていた。それは昴と同じ、好敵手と戦うことができる高揚感。『龍神の谷』にはニールが本気を出して戦える相手は父親以外にはいなかった。しかし父親はいまやニールが戦える立場ではない。そのため狩りでも、竜人種同士の訓練のときも、ニールはいつも手加減を余儀なくされていた。
しかし、目の前の敵は自分が本気を出してもいいと思える相手。その現実がニールを昂ぶらせていた。
「お互い全力でぶつかる。…お前もまだ本気じゃないんだろ？」
ニールの言葉を聞いて、昴はニヤリと笑みを浮かべた。
「あんまり手の内は見せたくなかったんだがな…そうも言ってられる相手じゃなさそうだ」
「…ここからは命をかける。すぐに死んでくれるなよ？」
ニールは自分の持つ最大のスキルを発動しようとする。それを見て昴は最大限に溜めた魔力で”烏哭”を唱えようとしたその時、
「そこまでだ！！」
門の方から声が聞こえ、二人が同士にそちらに目を向ける。二人の戦いに見入っていた門番達とタマモも少し遅れてそちらを見た。そこにはいつの間にか開かれた『龍神の谷』の門の前に、ちょび髭を生やした男と麻のワンピースを着た可愛らしい銀髪の少女が立っていた。
