23.『龍神の谷』の門での邂逅
日が昇ると木々の間を駆け抜け、夜になれば地上でテントを張る、昴達はそれを三日ほど繰り返した。途中何度か魔物に遭遇したが、その度にタマモの魔法で駆逐していき、特に苦戦するようなことはなった。タマモの炎のコントロールは大幅に上達しており、〔炎の指輪〕をつけた状態では、魔物だけを燃やし、森には一切被害を出さないように戦うことができるようになっていた。
そして森に入ってから四日目の昼、ついに二人は人の手が加えられた拓けた道に辿り着いた。
「この辺りは木がなくて見晴らしがいいのう」
「多分、竜人種の人達が伐採したんだろうよ。自然災害にしては不自然だからな」
完璧に舗装されてはいないがそれなりに歩きやすい道を進みながらタマモは納得したように頷く。
「ということはもうすぐ着くんじゃな!?」
「あぁ。もうそう遠くはないと思うぜ。…ただ気配は感じないがな」
「くーっ!!どんな強い奴がいるんじゃ!!楽しみじゃのう!!」
タマモはスキップするような足取りで歩き始めた。昴は【気配探知】で辺りを探知しながら進むがそこに引っかかるのは森を進んできた時に感じたような魔物の気配のみ。
「何か変わった匂いはするか?」
「んー…こっちの方から亜人族っぽい臭いが多数するのう。距離はそう遠くないのじゃ」
【嗅覚検知】を発動し、鼻をヒクつかせると、タマモは拓けた道の前方を指差した。それを聞いた昴が顎に手を添える。
「つーことは竜人種は全員かなりの練度の【気配遮断】が使えるってことだな。はー…争いごとになったら面倒くせぇよ」
「大丈夫じゃ!スバルとうちならなんとかなるのじゃ!!」
「そこは戦いにはならないって慰めてくれよ」
昴が恨めしそうに見つめるも、タマモは気にした様子はなく、ふんふんっと鼻唄を歌っている。昴は肩を落とし大きくため息を吐いた。
「まーまずは行ってみるしかないか」
「のじゃ!」
待ってましたとばかりにタマモは前を走って行く。昴は自分とは正反対に元気なタマモを見ながら苦笑いを浮かべた。
しばらく歩いていくと目の前に大きな木の門が現れる。門は閉じられており、高さは十メートル程で上は削ってあるため杭のように鋭利に尖っていた。その横には同じように先端が尖っている丸太が並んでおり、そこからはほのかに魔力を感じる。
全容は見えないがおそらく『龍神の谷』を囲うように木が立てられているだろう、と当たりをつけ、大人しく門から入ろうと思ったのだが、そう簡単にはいきそうもなかった。門の前には二人の門番が立っており、その目にはあからさまに敵意の色が見て取れる。ここまで近づいても見た目は人族とほとんど変わらない門番の男達からは気配が一切感じられなかった。
やはり【気配遮断】か、と内心舌打ちをしながら、とりあえず刺激しないように魔力を纏わずにゆっくりと門に近づく。当然のように門番の二人が持っている槍を昴達に向けた。
「止まれ!なに奴だ!?」
門番の男はそう言いながら昴達をじっくりと観察する。一人は黒コートを着た怪しい人族、もう一人は金色の髪に巫女服の怪しい亜人族。どう転んでも怪しい奴らにしか見えなかった。
昴は敵意がないことを示すため両手を挙げながら答える。
「あー…俺たちは怪しいものじゃないです」
「信じられるかっ!」
「うちらは主らに敵意はないのじゃ!」
「黙れ!そうであったとしても、それを理由にここを通せるわけがない!」
門番たちの言い分に昴は思わず納得してしまった。竜人種は他種族を忌避しており、そんな種族が敵意があるかないかだけで余所者をいれるのであればそんな無能な門番はない。
ますます表情を険しくする門番達を見て昴は困り果てていた。昴の目的はここ『龍神の谷』で元の世界に戻るための手がかりを見つけること。そのため帰れと言われてハイそうですかというわけにはいかないのである。実力行使で中に入るなどもってのほか。あくまでお互い不干渉を貫きつつ、友好的な関係を築かなければ、話を聞くことなどできるはずもない。
昴がどうしようか、と考えていると門番の一人がタマモを見てあることに気がついた。
「こいつ…金眼だ」
「なんだと?魔族の手先か?」
金眼と言われたタマモが身体を震わせる。タマモにとってその言葉はトラウマになっているようだ。
門番の男達が警戒の色を濃くする。人族の男と魔族の手先が一緒に来たのだ、ろくなことになるわけがない。そう思った門番の男達は語調を荒げて昴達に問いかける。
「貴様!何しに来たっ!?」
「竜人種は他種族とは手を結ばん!!人族とも魔族ともだ!!」
きっぱりと言い放つ門番の男にタマモが必死に弁解する。
「う、うちは魔族じゃないのじゃ!!」
「だまれ!!小娘!その金眼は魔族との混血児の証!嘘をついても無駄だぞ!!」
「嘘などついておらん!!」
タマモの言葉には聞く耳持たずといった様子で、門番の男達は油断なく槍の穂先をこちらに向けたままこちらを睨みつける。
昴は、魔族と疑っているのにすぐさま襲ってこないのは余裕のあらわれなのか、それとも無駄な殺生はしない種族なのか、判断できずにいた。
(まぁ、無闇矢鱈に斬りかかってくるような奴らじゃないだけまだ活路はあるか)
とは言ってもお互いに冷静ではない状況。とりあえずここは一旦引いて様子を見ることが最善と考えた昴はフーッフーッと威嚇しているタマモを宥めようとそちらに視線を向ける。
その瞬間、凄まじい殺気が昴達を襲う。
昴は咄嗟にタマモの首元を掴み、後ろに飛び下がった。昴に掴まれているタマモは全身の毛を総立ちにさせている。
昴達がいた場所に門の上から一人の男が飛び降りて来た。それは銀色の髪をした、昴が今まで見たことないほどの美男子であった。竜人種の年の取り方は知らないが見た目だけでいえば昴とそう変わらない様子。身長は昴よりも少し高いくらいくらいで、少し長い銀の髪がかかる双眸は見下すようにこちらを見ている。
昴に離され隣に立ったタマモが小刻みに震えていた。武者震いなのか恐怖によるものなのか、いずれにせよ銀髪の男の気配を感じとることができないが、強者であることは間違いない。
銀髪の男はゆっくりと門の方へ目を向けると、門番達は直立不動の姿勢のまま大量の冷や汗を垂れ流していた。
「ニ、ニールさん…!!」
「お前ら何をしているんだ?」
「いえ…あの……その……怪しい奴らを、見つけたもので…」
ニールと呼ばれた男の声色は研ぎ澄まされたレイピアのように鋭い。門番達はしどろもどろに答える。
「谷の掟は知っているだろ?」
「………はい。ですが」
「掟は絶対だ」
ニールがピシャリと言い放つと門番の男は口を噤んだ。
昴はニールと門番の男達の力関係を容易く見て取ることができた。おそらくこの銀髪の男は『龍神の谷』でもかなり地位の高い者。この男に認めてもらえれば谷に入ることは容易だ。だが、
「無理だろ、それ」
射殺すような視線を向けてくるニールを見て乾いた笑みを浮かべる。説得はおろか口を開いただけで殺されそうだ。
「タマモ…お前は下がってろ」
タマモは緊張した面持ちでゆっくりと頷くとニールから距離をとる。ニールはそれを見ていたが特に咎めることはなかった。タマモが十分に離れたところでニールが口を開く。
「お前らが何者なのかとか、何の目的で来たのかとか、そんなことはどうでもいい」
「………へーそうかい」
あえて余裕を見せる昴。しかしそのこめかみからは冷たい汗が流れる。ニールの声は深海のように冷たく暗いものであった。その声にのせられた重圧は常人なら耐えきれないほどのものである。
「重要なのはお前らが竜人種ではないということだ」
「随分竜人種にこだわりをお持ちのようで」
昴の言葉にニールは眉をピクリと動かした。
「お前には関係のないことだ」
「まぁ、そうだろうな」
ニールが隠すつもりのない殺気を放つ。昴は少しだけ足を引き、臨戦態勢に入った。
「他種族は排除する」
「…やってみろっ!」
その言葉を皮切りに二人の姿がその場から一瞬にして消えた。




