21.山賊
昴は目の前に現れた奴らを見てため息をついた。ココに言われた通りルクセントの町を出てから北に向かっていたのだが、街道を離れ少し歩いたところでそれに出くわしたのだった。
「おうおう!命が欲しければ有り金全部置いていけ!!」
「お前ら兄妹か!?俺らに出くわすなんてついてねぇな!」
「金目の物も全部だ!ちょろまかしやがったらただじゃおかねぇぞ!!」
THE山賊といったテンプレ通りの奴らに昴達は絡まれていた。汚らしい格好をした男達は手に剣や斧を持ち昴達を脅しつける。【気配察知】を使うまでもなく、どいつもこいつも大したことないのが見て取れる。昴がちらりと隣を見るとタマモが退屈そうに欠伸をしていた。
「随分と余裕かましてるじゃねぇか…そんなに殺されてぇかっ!!?」
山賊の一人が手にした斧を地面に叩きつけた。地面にできたのは小さなヒビ。タマモでも素手でもっと大きな亀裂を走らせることができるというのに、やはりとるに足らない相手のようだ。
「おい!聞いてんのか!?」
目の前の男が唾を飛ばしながら喚き散らしていた。昴は頬をぽりぽりと掻きながら山賊に問いかける。
「一ついいか?」
「あん?なんだ?命乞いか?」
「お前らを見逃してやるから、お前らも俺らを見なかったことにしろ」
山賊達は言葉の意味が分からず一瞬ポカンとしていたが、次の瞬間には怒り狂ったかのように全員が大声をあげた。
「てめぇ!なめてんじゃねぇぞっ!!」
「殺してやる!!」
「やっちまえ!!」
一斉に襲いかかってきた山賊に対して昴は'鴉'も呼び出さず、ポケットに手を突っ込みながら次々と蹴り倒していく。タマモも歯ごたえのない相手であることは十分承知であるがゆえ、やる気なく山賊を迎撃した。僅か一分ほどの出来事。気がつけば昴とタマモ以外立っている者はいなかった。
心底面倒くさそうにため息を吐くと、山賊の一人が息も絶え絶えで昴の足元まで這っていき、命乞いを始める。
「頼む!殺さないでくれ!!魔がさしただけなんだ!」
自分の足にすがりつく山賊に昴は冷たい視線を向けた。
「離せ。このゴミどもを連れてさっさと消えろ」
「み、見逃してくれんのか?」
「二度も言わせるな。消えろ」
「あ、ありがてぇ…」
山賊は足を離すと、手を合わせて何度も何度も頭を下げた。昴はそれをどうでも良さそうに一瞥し、山賊に背を向ける。その瞬間山賊は嫌らしい笑みを浮かべ横に置いていた斧を手に取り、昴に襲いかかった。
「死ねぇぇぇええぇぇえぇ!!!」
それを見たタマモは頭では大丈夫だとわかっていても身体が勝手に動いてしまった。昴は山賊が襲いかかってきたことよりも両手を開いてタマモが自分の前に飛び出したことに驚き、咄嗟に'鴉'を呼び出す。
ザシュッ。
前に出たタマモを腕に抱きながら'鴉'を横になぎ払うと、あっけなく山賊の首が地面に落ちた。それを見た山賊の仲間達は悲鳴をあげながら散り散りに逃げて行く。タマモはそれを見ながら、昴の邪魔をしてしまったと思い耳をしょんぼりとさせていた。
「思わず前に出てしまったのじゃ…すまんの」
「……………」
元気のない声でタマモが謝るも、昴の返事はない。タマモが不思議に思い目を向けると昴は山賊の首を切った自分の手を見ていた。
「スバル?」
「ん?あぁ、わるい。先を急ごうか」
少し様子の違う昴にタマモは首をかしげる。昴は'鴉'を戻すと慌てて前を歩き始めた。
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しばらく歩いていくと大きな山が二つ見えてきた。雄大にそびえたつ二つの山の間は鬱蒼と生い茂る森が広がっている。日も暮れてきたということで、森に入るのは明日に、今日はここで夜を越すということになった。
慣れないテント張りに悪戦苦闘しているタマモの横で、昴が料理を作っている。調味料は塩しか買っておらず、作れるものが少ないため、適当に野菜を切り肉と一緒に炒めた。火は拾ってきた薪にタマモが魔法で点火した。
不格好ながらテントを張り終え、料理も完成したので二人でたき火を囲んでご飯にする。タマモは昴が作った野菜炒めをおいしいおいしい、と嬉しそうに食べていたが昴はどこか上の空でそれを聞いていた。
夕飯を終えると、眠そうなタマモを見て、見張りは自分がしておくからタマモには寝るよう促した。タマモは瞼をこすりながら頷くとテントの中へと入っていく。本当はジェムルとの特訓で【気配察知】を寝ている間にも常時発動しておくことができる昴にとって見張りなど不要なのだが、今は少し一人で考え事がしたい気分であった。
チリチリと燃え上がる火を昴はじっと見つめる。
(たき火を見ていると師匠との修行を思い出すな…)
ジェムルと修行していた『恵みの森』は当然明かりなどなく、夜になるとたき火の明かりだけが頼りであった。今では’鴉’の【夜目】のスキルを使い、暗いところなどへっちゃらなのだが、当時はまだうまく使いこなせず、暗闇を見通すことなどできなかった。
眠るときは万が一に備えてたき火を消してから寝るのだが、そうすると突然襲いかかってくる化物に全然対応できなかった。その度に昴は半殺しにされ、修業をつけてもらったことを後悔していた。
そんなジェムルがよく言っていた言葉がある。
「いいか、スバル。殺すからには殺される覚悟を持て。命の重みを知れ。そして敵を前にしたら迷うな」
ジェムルの言葉を昴は理解したつもりになっていた。その言葉通り、昴は襲ってくる魔物たちを容赦なく倒してきた。その過程で命を軽んじたことは一度もない。相手の命の重みを感じながらただひたすらに倒し続けた。
ただ今日生まれて初めて人を斬って、それがよくわからなくなった。
昴は自分の手に目をやる。自分は覚悟を持って相手に手をかけたのだろうか、本当に相手を殺す必要があったのだろうか。極限の命のやり取りなどではない、タマモを守るためだけに圧倒的に格下の相手を'鴉'で斬り殺した。
焚き火が照らし出す昴の表情は晴れない。
「…何を悩んでおるんじゃ?」
突然声をかけられた昴は驚き振り返るとそこにはタマモが瞼をこすりながら立っていた。タマモが近づいて来るのに気がつかないほど考えるのに夢中だったのか、そんなことを考えているとタマモが昴の隣に腰を下ろす。
「寝ていたんじゃないのか?」
「…全然眠くないのじゃ」
タマモはそう言っているが目はほとんど開いていない。おそらくいつもと様子が違う昴を気にして起きてきたのであろう。昴は内心嬉しく思いながらタマモの頭をそっと撫でた。
「タマモは同族を殺したことがあるか?」
「ん?いきなりなんじゃ?」
昴の手の感触を心地よさげに楽しんでいたタマモが驚いたように半眼を開いた。
「いや…どうなのかなって」
「うむ…同族を殺すも何も、生きている狐人種を見たことはないからのぉ…あっでも同族って意味なら亜人族は殺したことはないのじゃ!」
「そっか…」
「それがどうしたのじゃ?」
タマモが不思議そうな顔でこちらを見てくるので、昴は視線をたき火にうつす。
「もしタマモが同族を殺したことがあるんだったら、その時どういう気持ちだったのかって思ってさ」
「どういう気持ち…」
タマモもたき火の炎を見る。昴の問いを必死に考えているか口を閉ざし、二人の間には沈黙が流れた。
どれくらいの間そうしていたのであろう。二人がたき火を見つめているとおもむろにタマモが口を開いた。
「…助かって嬉しいと思うかの」
「えっ?」
タマモの口から出た言葉に驚き、昴は思わずタマモの顔を見た。
「うちは命は粗末にしてはいけない、と母上に教わったのじゃ。だからいたずらに命を奪うということはしとうない。ただそれでも命を奪うことになるのならそれは自分の命が危ない時とかだと思うのじゃ。だから助かって嬉しいって思うはずじゃ!それ以外は…倒せて嬉しいとかかの?」
「…殺した相手に罪悪感とかはないのか?」
「ざいあくかん?」
難しい言葉にタマモが眉をよせる。
「殺した相手を悪いって思わないのかってこと」
「おぉ!そういう意味か!」
ポンと手のひらを叩いたタマモを見て昴は苦笑いを浮かべた。
「まったく思わないかと聞かれればその時になってみないと分からんの。…ただうちはそう思う相手を殺したいとは思わないのじゃ!とにかく意味もなく何かの命を奪ったりはしたくない」
「意味、か…」
「狩りだってそうなのじゃ!その肉を食べたりその皮を使ったりするから狩りをするのじゃ!!命を粗末にする者はうちは好かん!!」
腕を組みながらドヤ顔でむふーと鼻息を出したタマモを見て昴は口を噤む。なぜこんなことをタマモに聞いたのか自分でもわからなかった。奴らは山賊、たくさんの人を傷つけ、時にはその命を奪ってきたかもしれない。しかもその殺意を自分たちに向けてきたのだ。そう考えれば自分がしたことを正当化することはできる。
物思いにふける昴の横顔にタマモが真剣な眼差しを向けた。
「…もしスバルの命を奪おうとするやつがいたら、うちは迷いなくそいつを殺す。今日、昴がそうしてくれたように」
「タマモ………」
いつものタマモからは想像もできないほど真面目な顔をしているタマモを見て昴は目を見開いた。
「それが正しいとは思わないがの。正しさを貫いて大切なものを失うくらいなら、うちは迷わない」
タマモの強い意志を感じさせる言葉を前に昴は何も言うことができなかった。
───敵を前にしたら迷うな
ジェムルの言葉が蘇る。この言葉の意味を油断をするな、という助言だと昴は受け取っていた。だが本当は迷いがあれば大事なものを取りこぼすことになる、という警告だったのではないだろうか。
心の中で決意する。自分一人で旅をするつもりだった昴が奇妙な縁で得た仲間。この大切な仲間の命を守るためならば自分の手が汚れることは厭わない。殺される覚悟を持って殺す覚悟を持つ。
昴はゆっくりと手を伸ばしタマモの頭を撫でた。
「ありがとな」
「…のじゃ」
昴の手の感触を楽しみながらタマモは寄りかかり静かに寝息を立てる。炎が照らす昴の顔には、もう迷いの色はなくなっていた。




