20.出発
全ての買い物を終えた昴達は冒険者ギルドの前に来ていた。朝食の時、昴が「必要なものを揃えたら町を出る」と言うと、ココが「町を出るなら高ランクの冒険者はギルド長に挨拶するのがマナーだよ」と教えてくれたからである。
「ココはどうする?」
冒険者ギルドに入る前に昴はココに声をかけた。
「僕はここで待ってるよ」
「なんか悪いな…買い物も終えたことだし、屋敷に戻っても大丈夫だぞ?」
「このまま町を出るんだろ?一応恩ある相手だからね、町の門までは見送らせてもらうよ」
「そうか…じゃあささっと行ってくるよ。タマモ」
「のじゃ!ちょっと待ってての」
昴はタマモを連れて冒険者ギルドの扉を開けた。ギルド内に入ると見知った顔であるサガラに声をかける。
「サガラ」
昴の声に反応してサガラがこちらを見るとパァっと顔が明るくなった。
「これはこれはスバルさん、タマモさん。’ストームドラゴン’をギルドに譲っていただき本当にありがとうございます。財政難になりかけていたので本当に助かりました」
「あぁ、こっちに非があることだからな、気にすんな。そんなことよりギルド長に会いたいんだが」
「ギルド長にですか?どういったご用件でしょうか?」
「これから町を出ようと思ってな。一応挨拶しておこうと思って」
昴の言葉を聞いて、一瞬寂しそうな表情を浮かべたサガラであったが、すぐに笑顔を作る。
「そう、ですか…わかりました。今ギルド長室にいると思いますので、そちらに足を運んでください」
「あいよ」
サガラに言われた通り、昴達は訓練場をぬけ、ギルド長室の目の前までやってきた。扉を開けようとしたとき、なんとなく嫌な予感がした昴は身構えながら一気に扉を開ける。部屋の中からものすごい速さで繰り出された拳を、昴が事もなさげに右手で受け止めた。
「おりゃぁぁ!ってお前か。一体何の用だ?」
「いきなり殴りかかるな。俺じゃなかったらどうするつもりだよ」
昴はランキスの拳を離しながら文句を言うが、当の本人は聞く耳を持たない。拳をプラプラと振りながらどうでもよさそうに答える。
「咄嗟にパンチも避けられねーボンクラは冒険者なんてやめちまった方がいいんだよ!で、俺になんか用か?」
ランキスが首をコキコキと鳴らしながら昴に尋ねると昴は居ずまいを正した。
「この町を離れるから報告しておこうと思ってな」
突然の町から出ていく発言にもランキスに動揺した様子はない。彼女自身、冒険者たるもの一つの所に留まるべからず、という考え方を持っているため、昴が町を離れることに何の抵抗もなかった。
「そうか。今からか?」
「そのつもりだ」
「まぁ冒険者なんてそんなもんだな。一つの町に固執してるやつは二流か変なやつしかいない。…まぁお前らは変なやつらだが」
「あんたに言われたくねーな」
軽口を叩く昴を見て、ランキスが愉快そうに笑う。
「わざわざ報告してくれてありがとさん。お前らがランクSを目指すときは俺も賛同してやるからよ」
「いやそんなもんになるつもりねーから」
「なんだ?男ならてっぺん目指すだろ?」
「あいにくランクAで手いっぱいだよ」
昴が面倒くさそうに肩を竦めた。ランクAですらなんだかんだ厄介ごとに巻き込まれてるのにランクSなんかになってられるか、というのが昴の本音だった。
「タマモはランクSを目指さねーのか?」
「ぬ?あまり興味ないのぅ…強い敵と戦うのは面白そうじゃが」
「くっくっく…本当、変わったやつらだよ」
ランキスは手を口に当てながら心底愉快そうに笑う。
「まぁ、そういうわけだから、色々世話になった…ってほどでもなーか」
「そうだな。世話になったのはどっちかってーと冒険者ギルドの方だ。またなんか面倒ごとがあれば指名させてもらうわ」
「嫌なこった」
「またのう、ランキス!!」
昴が踵を返して歩き出そうとする。しかし何かを思い出したかのように立ち止まると昴は振り返ってランキスに尋ねた。
「なぁ…フェイってやつ知ってるか?」
「フェイ?…知らんな。聞いたこともない」
「そうか、じゃあまたな」
昴はココの兄、デルトが言っていた「報酬はフェイに支払っておく」という言葉が頭の片隅に引っかかっていた。ランキスの様子を見るに、本当に知らなそうであったため、昴はあっさりと引き下がる。
「スバル!サガラが寂しがる。ちゃんと別れの挨拶してってやれよ!」
昴は振り返らずに手だけ挙げて、訓練場を後にした。
受付カウンターまで戻ってくると、そこにはどこか元気のないサガラがぼーっと虚空を眺めていた。
「ギルド長に報告終わったぞ」
昴が声をかけると、身体をビクッとさせ、慌てて昴達に笑顔を向ける。
「そうですか。わざわざ報告していただきありがとうございます」
「少しの間だったけど世話になった」
「ありがとうなのじゃ!」
「いえいえこちらこそ…スバルさん達みたいに強い方と仕事できたことは幸せでした。一生の思い出にします」
「おいおい、もう一生会わないような言い草だな」
「えっ?」
きょとんとした顔をするサガラにタマモが笑いかける。
「また来るのじゃ!」
「サガラ以外の受付の人は俺のこと苦手みたいだからな。またよろしく」
サガラは少しの間呆けていたが、言われたことの意味を理解し、とびっきりの笑顔を浮かべる。
「はい!またお待ちしております!」
昴はそれを見届けるとタマモを引き連れて冒険者ギルドを出た。
外に出るとココがもの言いたげな目で昴を見ていた。
「…随分とサガラと仲いいんだね」
「ん?仲いいっていうか、俺たちの担当をしてくれた人だからな。別れの挨拶をしただけだ」
平然という昴を見て、ココは大きくため息をついた。
「君って男は…スバルらしいと言えばスバルらしいか」
「…なんか気になる言い方だな」
「ココ、言っても無駄なのじゃ。スバルはそういう点ではダメダメなやつじゃからな」
ココの言いたいことがわかるタマモが諦めモードで告げる。
「そうだね…タマモの言う通り、もう言わないことにするよ」
「…なんかお前ら失礼じゃね?」
昴の言葉を無視して二人は町の出口の方へとスタスタ歩いていく。釈然としない昴だったが、仕方なく二人の後を追った。
「そういえば二人はこれからどこに向かうつもりなの?」
「えーっと…りゅ…りゅ…スバル、どこだったかの?」
「『龍神の谷』だ」
昴の言葉を聞いたココがその場で立ち止まった。
「…本気?」
さっきとはうって変わってココの表情は真剣そのもの。
「あぁ、本気だ」
「……………」
ココが昴の目をじっと見つめる。しばらくそうした後、はぁ…と息をつくと再び歩き始めた。
「理由は聞かないけどさ…あそこは人族にとっては、というより他の種族にとっては危険なところだよ?竜人種っていうのは他種族のことを嫌っているから」
「あーそんな話聞いたな…でもまっ、大丈夫だろ」
「竜人種…うちも会ったことはないが、とんでもなく強いって噂は聞いたことがあるのじゃ!!早く会ってみたいのう」
特に気負った様子もない昴達を見てココは頭を抱えた。
「…スバル達なら本当に何とかしちゃいそうだね。でも本当に気を付けてよ?」
「わーってるって」
「ココは心配しすぎなのじゃ」
「はぁ…それで?どうやって行くの?」
これ以上この二人の心配をしても自分が損をする、と思ったココが話題を変える。
「どうやってって…歩いて?」
「いや!すぐに会いたいから走っていくのじゃ!!」
「そういうことじゃなくて!ルートのことだよルート!!」
昴は少し悩んだあと、ポンッと両手を叩いた。
「俺、『龍神の谷』の場所知らねーわ」
「……………」
ココがこれでもか、というほど口をあんぐりと開けるのを見て昴はばつが悪そうな顔でボリボリと頭をかいた。
「…君たちと話していると頭がどうにかなりそうだよ」
「…わりぃ」
「すまんのじゃ」
ココは今日何度目かの大きなため息をつく。
「いいかい?『龍神の谷』はアルコラム山脈とマレー山脈に挟まれた渓谷にある竜人種の住処をさすんだ。アルコラム山脈とマレー山脈は…当然知らないよね」
二人の顔を見たココが諦めたように言った。
「アルコラム山脈もマレー山脈もここから北に行ったところにあるんだ。二つの山脈はこのサリーナ地方を三等分するように縦に伸びているんだ。アルコラム山脈は緑が豊富なのに対してマレー山脈は枯れ果てた大地でね。二つの山脈はそれぞれ『施しの地』と『裁きの地』と呼ばれている」
「山脈に挟まれた場所…引き籠るにはもってこいってことだな」
昴の言葉にココが頷いた。
「竜人種は閉鎖的な種族だからね。他種族が簡単には来れないあの地は都合がいいんだろう。それで『龍神の谷』への行き方は三種類ある」
ココが昴達の前に指を三本立てた。
「一つ目は西から迂回するルート。これが一番安全なルートだね。ルクセントを出て海沿いを歩いていくと西の四大貴族、スペリオール家が治めるフィンデルという町がある。そこで物資を蓄え、南東に進み、『施しの地』を突っ切ると『龍神の谷』に着く。海沿いの道は整備がされているため魔物も比較的少ない」
「なるほどな。で、二つ目は?」
「二つ目は東から迂回するルート。しばらく街道を進むと西に折れる道がある。それを辿っていくと東の四大貴族、グリモア家が治めるゴームという町に着くから、そこから目指すルートだね。でもゴームまでの道は舗装されているものの『裁きの地』を横切るのは危険だから、ゴームに用がなければおすすめはしない」
「二つが山を越えるルートだとすると三つめは…」
「そう、最後のルートは最初から山脈の間を突っ切るルート。ルクセントを出てとにかく真北に進むと、二つの山が見えてくる。その間をただひたすらまっすぐ進む。このルートが一番早いけど、ほとんど獣道で、しかも人があまり寄ってこないからその辺りは山賊の住処になっている。当然一番危険なルートだね」
ココは一気に説明をすると一度深呼吸して二人に尋ねた。
「さぁ、どのルートで」
「「最後のルート(じゃ!)」」
「だよね…」
聞く前から答えがわかっていたココは呆れたような顔をする。
「君たちならそのルートを選ぶと思っていたよ。たくっ…人の気も知らないで…」
ぶつぶつ文句を言いながら歩くココを見て、二人は自分たちを心配してくれているココに内心感謝していた。
そうこうしているうちに三人は町の門にたどり着く。
「それじゃ…僕はここまでだね」
ココがちょっぴり寂しそうな表情を浮かべる。
「あぁ、いろいろありがとうな」
「また来たときは『龍神の谷』の話聞かせてね」
「うむ!面白い話をたくさん用意しておくのじゃ!!」
町を出る手続きも終わり、二人はココに別れを告げて歩き始めた。そんな二人の背中にココが大声で呼びかける。
「タマモ!!あんまりやんちゃして昴を困らせちゃだめだよ!!レディはおしとやかにしなくちゃいけないんだから!!」
タマモが振り向いて大きく手を振る。
「スバル!!戻ってきたときにはびっくりするくらいいい女になってるんだから覚悟しといてね!!」
昴も振り返り、微妙な表情で手を挙げて応えた。
「二人とも本当にありがとう!!私は頑張るから、二人も頑張ってね!!」
ココは涙を流しながら笑顔を浮かべる。離れていく二人の背中が見えなくなるまでずっと見つめ続けた。