16.笑顔
ココは目の前に立つ黒いマントの集団を注意深く観察する。人数は七人、身のこなしから察するに冒険者ランクCかD程度の実力。ただ先頭に立つリーダー格の男だけは、他の者よりも腕は立ちそうではあった。どちらにせよ、いつものココなら問題のない相手なのだが今のココは’ストームドラゴン’戦で負った傷が癒えておらず、七人同時に相手をするのは厳しい状況である。
「随分変わった格好だね。そんな知り合い僕にはいないはずだけど」
あえて余裕を見せるように笑うココ。しかしココの言葉に反応する者はいない。
「…随分無口なんだね。トークができないと女の子にモテないよ」
努めて平静を装うココのこめかみからツーっと汗が流れた。少し待ってもやはり言葉を返して来ない集団にココは諦めたようにため息をつく。
「君たちは冒険者ココに向けられた刺客?それとも…」
ココの纏う空気が変わる。
「私、ココ・エルシャールに用がある方たちですか?」
その言葉を聞いたリーダー格の男がスっと手を上にあげると、それを合図に後ろの者たちが武器を構えた。ココは利き腕が相変わらず使い物にならないので、腰のナイフを左手で抜く。
「まったく…女性に大人数で襲いかかろうなど、人の片隅にも置けない方たちですね」
ココがぼやくも一切聞く耳を持たず、リーダー格の男が手を下げると、後ろに控えていた男たちが一斉にココに襲いかかった。ココは苦笑いを浮かべながら覚悟を決め、向かってくる相手を見据える。
黒マントの集団は弧を描くように横に並び、同時に武器を振りおろした。そこには無残にも切り刻まれたココの姿───はなく、全ての武器が空振りに終わる。
突然消えたターゲットに動揺を隠せない黒マントの集団。
「悪いけど、殺らせるわけにはいかねーんだ。まだ報酬もらってないからな」
全員が声のした屋根の上に目を向ける。そこにはココをお姫様抱っこしながらニヤリと笑う昴の姿があった。抱っこされている本人は何が起こったのかわからずに呆然としている。
「えっ?えっ?スバル!?なんでここに!?」
やっと現状を理解したココがあたふたしながら昴を見る。そんなココをあまり見たことがなかった昴はココをみながら面白そうにニヤニヤと笑みを浮かべた。
「依頼はココの護衛だからな。守りに来ましたよ、姫様」
からかうように昴に言われ、やっと自分が恥ずかしい格好をされていることに気づき、沸騰したように顔を真っ赤にさせる。呆気にとられたようにそれを見ていた黒マントの集団だったが、冷静になった今、屋根の上にいる昴達を始末すべく動き出した。それを見て昴は呆れたように息を吐く。
「おたくら、上ばっか気を取られてていいの?」
昴が言い終わるか終わらないうちに、金色の何かが高速で地を駆け巡り、一瞬のうちに後ろに控えていたリーダー格の男を除き、襲撃者六名の意識を刈り取った。
「こんなやつら、あの金色ゴリラに比べれば大したことないのじゃ」
倒れた一人を踏みつけながらタマモがつまらなそうに言う。黒マントの集団が無力化されたのを確認した昴は屋根から飛び降りると、優しくココを地面に下ろした。
「さて…お前を一人残した意味、わかるよな?」
昴の問いかけにもリーダー格の男は答えない。静かに集中力を高め、昴達の隙を狙っていた。
「聞いてんの?」
「……………」
「おーい」
「……………」
「まじで喋んねーじゃん、こいつ」
埒があかないと自分の頭を掻いた昴。その隙を見逃さなかったリーダー格の男は素早く自分の腰にある投擲用のナイフに手を伸ばした。
その瞬間男は昴を見失い、次の瞬間には背中に強い衝撃を感じ、思わず嗚咽を漏らす。何が起きたのか全然わからなかったが、気がついたら目の前に自分の首を手で掴み壁に叩きつけた昴の姿があった。
「喋らねーから俺が一方的に忠告するわ」
昴が首を掴む手に力を込めると、リーダー格の男はうめき声をあげる。
「二度とココには近づくな。こいつのバックにはランクA冒険者の’ジョーカー’がいることを肝に命じておけ」
鋭い視線を向けながらそれだけ言うと昴は首から手を離し、相手の鳩尾に膝蹴りをかました。男はウッという声とともにその場に崩れ落ちる。
昴がココの元に戻ると、ココは頬を朱に染めながらぽーっと昴の顔を見つめていた。
「どうした?顔が赤いぞ?」
「っ!?な、なんでもない!」
昴に覗き込まれ、慌ててココは顔をそらした。横でタマモがジト目を向ける。
「スバルは本当にデリカシーがないのじゃ」
「は?どういうことだよ」
首をかしげる昴に、タマモはため息を吐きながら救い用がない、と肩をすくめた。
「そ、それより!なんで君達ここにいるの!?」
ココは話題を変えようと必死になって尋ねるとタマモと昴は顔を見合わせる。
「どうしてって…さっきも言ったけど守るためだろ」
「のじゃ。うちらはココの護衛じゃからな。ココが襲われたなら助けるのは当然なのじゃ!」
昴が当然のことを聞くなとばかりに顔を顰め、タマモは笑顔で答える。
「護衛って…その依頼はとっくに終わっているだろう!?」
「うーん…まぁ、時間外労働ってやつだ」
「じかん…がい?」
「ちゃんと責任を持つってこと。お前のこと守るって言ったんだ、最後まで守らせろよ」
「っ!?」
昴があっけらかんと言い放つとココは言葉を失った。
初めて見たのは依頼を終えてルクセントのギルドで食事をしていた時だった。見慣れない人だなと食事の片手間に見ていたら、ギルド内の連中が騒ぎ始めた。話を聞いているとパンドラ地方出身の冒険者ということで、珍しいもの見たさで少し身を乗り出して様子を見ていた。しかしいくら悪口を言われても平然としているから言い返す根性のない人だと思った。
でも違った。
仲間を侮辱されたら烈火のごとく怒った。そして強かった。それを見てこの人なら自分の依頼を受けてくれるかもって思った。
でも心の底からは信用はしていなかった。
だから護衛って名目で一緒に来させて、’ゴールデンコンガ’と戦わせて、トドメは自分でさそうと画策していた。冒険者の中ではトドメを刺した者が魔物のコアや素材を手にいれるという暗黙の了解があるから、それで目当ての物を手に入れようと思った。
でもできなかった。
トドメどころかまともに戦うことすらできなかった。目的の魔物は倒され、あろうことかそれよりも格上の魔物から自分を守ってくれた。
それでも、こんな自分に、何の役にも立たなかった自分にコアを譲ってくれた。
嬉しかった。それだけに騙して連れて来たことに負い目を感じ、最後まで詳細を話さなかった。話せなかった。そして、この人は最後まで詳しく聞いて来なかった。
そんな自分を、この人は守ると言ってくれた。
ココの目から涙がポロポロと溢れ出す。それは信頼しなかった後悔と騙したことへの懺悔、そして言葉にできないほどの感謝であった。
「君は…本当に変わってるね」
それでも、この人に涙を見せるのは違う、そう思ったココは涙をこぼしながら自分ができる精一杯の笑顔を浮かべた。
「でも…ありがとう」
その笑顔は冒険者ココのものでもなければ、次期当主ココ・エルシャールのものでもない、目が眩むほど輝いたココ本来のものだった。