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異世界召喚されたらなぜかステータスが呪われていた  作者: からすけ
呪いのステータス
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8.訓練場での一幕

 それからの生活は特別なことは何も起こらなかった。


 午前中は会議室に集められ、この国の文化や歴史、一般生活に利用されている魔道具などの説明を受けた。魔法のほうも毎日魔力をめぐらせる訓練を行い、城内にある魔法修練所で初級魔法の練習をした。

 魔法の行使にもユニークスキルの影響から、得意不得意がわかれていた。その中でも【賢者】のスキル持つ北原美冬と【聖女】のスキルを持つ北村香織の二人は抜きんでていた。初級に飽き足らず、中級の魔法ですらほとんど訓練なしで唱えることが出来た。

 近接戦闘系や非戦闘系の者はなんとか初級なら形になるかな、といった具合で実践投入できるレベルにはいたっていない。かくいう昴はその中でも群を抜いてひどく、魔力をめぐらせることはできても魔法の行使は一切できない状態であった。原因は不明でこれには座学担当のモーゼフも頭を悩ませていた。




 午後の実践訓練では騎士の連中と一緒に基礎体力作りから始まった。座学のほうで魔力を巡らす訓練もしているということから、近接戦闘で使える魔力の指導も行われた。

 近接戦闘においては魔力を利用して自身の身体能力を向上させる【身体強化】のスキルが極めて重要になってくるのだが、幸いなことに戦闘系のユニークスキルにはそのスキルが備わっていた。そのためほとんどの者はスキルの使い方や力加減を教わることから始めるのであった。【身体強化】のスキルを持たない少数の者達は、スキルは鍛錬で習得することが可能ということで、それの習得が最優先で行われた。


 剣一筋のフリントと異なり、あらゆる武器に精通しているガイアスはクラスメートがそれぞれ持つ特性を見極めていった。そのため訓練場には剣だけではなく、弓や斧をもって訓練を行っている者もいた。

 魔法系のユニークスキルを持つ者の多くは棒術を習っており、いかにして戦いながら魔法を唱えるかを念頭に置いて訓練をしていた。

 昴もほかの武器ならば、と様々な武器を試していたが、どれも似たり寄ったりの結果であり、クラスメートたちが訓練用とはいえ本物の武器で訓練する中、一人訓練場の隅っこで木剣による素振りを淡々とこなしていた。

 そんな昴を周りの者が哀れみもしくは侮蔑の眼差しで見つめるのにそう時間はかからなかった。どちらの視線も昴にとってはいい迷惑だった。そんな視線を向けないのは同じく実践訓練が苦手な同室の三人、美冬、香織、雫、隼人の七人だけであった。とはいっても隼人の場合は視線を向けることがないというだけの話。


 実践訓練が終わると昴は毎日のように隆人たちに虐げられた。最初は木剣で殴るだけだったのが、最近では魔法の練習台と学んだ魔法を、昴を的に見立ててぶつけるといった遊びをしていた。

 最初のほうはすぐに気絶していた昴も、段々と立ち上がれなくなるだけですむようになり、理不尽な暴力を受けながらも、呪いにかかっていてもステータスはあがるんだなぁ、と暢気にそんなことを考えていた。




 そんな代わり映えのない日々を過ごしていた昴たちであったが、事態が動き出したのはそんな生活に慣れ始めた召還されて一ヶ月がたった頃だった。






「『恵みの森』への視察?」


「あぁそうだ」


 眉をひそめながら尋ねる浩介にガイアスははっきりとうなずく。


いつものように午後の実戦訓練を終えた昴たちは、大事な話がある、とガイアスに集められ話を聞いていた。


ガイアスの話はこうだ。


 アレクサンドリアが比較的豊かな国である理由は、王都のそばに流れているメチル川の賜物である。

 この川は飲み水や生活用水に利用されており、アレクサンドリア国民とは切っても切り離すことができない川であった。水属性魔法を使えば川の水など必要ないように思えるが、魔法は行使すれば当然魔力が消費する。魔力の高い異世界人全員ですべての魔力を注ぎ込んでも王都で使われる水をまかなうには到底足りず、自分たちが消費する水を補うのがせいぜい関の山だ。昴達でさえそうなのだから一般人が使える水魔法などたかが知れている。そのため住人が水に悩まずに生活できているのは大陸を横断するかのごとく流れている大河、メチル川のおかげということであった。


 そのメチル川の下流に位置するのが『恵みの森』である。


 アレクサンドリア王都の南部に位置する広大なこの森もメチル川の恩恵を一身に受けている。食べ物が豊富にあり、新鮮な水場、外敵から身を隠すことができる木々もあることから野生動物にとって聖地とも呼べる場所であった。その野生動物が住み着くことで排出した糞などが肥料になり、さらに豊かな土壌をはぐくんで、植物がより一層健やかに育つといういいサイクルが回っているのだ。

 植物や野生動物を求めて一般市民もこの森に訪れる。戦う力がない者は山菜などを摘み、狩りができる者は野生動物を狩猟する。この森はアレクサンドリアに住まうものにとって食材や資源の宝庫であり、それが『恵みの森』という名の語源にもなっていた。

 

 そんな『恵みの森』に昴たちが視察に行くことになった理由は市民の訴えによるものである。

 

 その訴えは今まで森の奥地にしか生息していないはずだった魔物が森の入り口付近にまでその姿を現しているというものであった。いくら狩りができるといっても一般市民に魔物を討伐する力はない。通常は冒険者ギルドという施設に依頼されるのだが、この手の依頼は冒険者には身売りが少なく、リスクだけが高いとなかなか受注されずにいた。このままでは『恵みの森』の変調によってアレクサンドリア市民の生活に悪影響を及ぼす可能性が高いため、その訴えを聞き入れ、騎士団が調査に乗り出すことが決定した。

 せっかくならこの一ヶ月で力を伸ばした昴たちを連れていき、実際に戦いを経験させよう、ということになったのだ。


「市民に危機が迫っているなら断る理由はないよね」


 さも当然とばかりに浩介は言い放った。最近魔法も剣術もめきめきと腕を上げている浩介は正義感のほうも順調に成長している。


「でもちょっと怖いかもぉ…」


「そうね。私たちなんかが魔物の前に立ったら餌にされるのが目に見えているわね」


 いつもの活発な笑顔はなりを潜めた石川さおりが不安そうに言うと、親友である望月真菜が辛辣に起こりうるであろう現実をつきつける。その言葉にぶるるっとひとみは体を震わせた。


「森なんていやよ!ただでさえお風呂に入れなくてお湯にぬれたタオルで体を拭いているだけなのに、これ以上汚れるなんて耐えられない!」


 発狂しそうな勢いで千里が言う。この城には風呂が存在するのだが、使用できるのは一部の王族限定となっているため昴達が風呂に入ることはできない。三度の飯よりお風呂が好きな千里に立っては耐え難い環境であった。


「安心して、チサトさん。君が汚れないように僕がしっかりと守るから」


 フリントは白い歯を千里に向けると、顔を高潮させ「フリント様がいるなら…」とうわ言のように呟く。イケメンにすこぶる弱い学校一のギャルである渡辺千里。扱いやすさも学校一である。

 そんな千里のポンコツっぷりを見て親友兼お目付け役の上田萌はやれやれと首を横に振った。


「私たちみたいな非戦闘員には魔物退治はちょっと厳しいかな…」


「確かに…【身体強化】の成功率も五割がいいところだしなぁ」


「皆さんと同じようには戦える自信はありませんね」


  咲が遠慮がちに発した言葉に優吾と亘が乗っかり、後ろで卓也も弱弱しくうなずく。


「大丈夫だよ!戦えない人も含めて、女子は僕がしっかり守り抜くからさ!」


「女子限定かよっ!!」


 浩介のとんでも発言に全力で突っ込みを入れる優吾だったが、浩介はニコニコと笑顔を向けるだけ。その目は男なら自分で自分の身くらい守れ、と雄弁に語っている。そんな浩介に咲がぽーっとしながら熱い視線を送っていた。優吾はため息を吐きながらがっくりと肩を落とす。


「あたいは暴れられそうだし、森に行くのは賛成だけど…」


  葵はちらりと昴のほう見た。それだけで言いたいいことがなんとなく伝わる。


「正直足手まといを抱えて立ち回れると思うほど馬鹿じゃないんだよね」


 伝わるだけでは物足りず、親切にも言葉にしてくれた葵に昴は厭味ったらしく感謝した。


「っ!!そんな言い方って」


「なよなよしている奴って嫌いなのよ、あたい」


 あまりの葵の言い草に反論しようとした香織に対してぴしゃりと言い放つ。そんな葵の姿を見て、今まで魔物を想像してびくびくしていた永遠の葵信者、仲田ひとみが急に元気になって話し始めた。


「お姉さまの言うとおりです!足手まといのせいでうちらが怪我したら馬鹿みたいです!特にそこの剣も碌に握れない男子!」


 葵の後ろに隠れながらビシッと昴を指差した。


「剣も握れない、魔法も使えない、そんな男子はいらないのです!」


「確かにくずのきが一緒にいるってだけでテンションが下がっちまうな」


「その通りです!玄田君もたまにはいいこと言います!」


 ドヤ顔で言い切ったひとみに隆人が合いの手を入れる。


「他の非戦闘員は戦えないにしろ自衛くらいはできるからなぁ。それに比べて楠木はいるだけで害悪、邪魔でしかないっしょ」


「楠木はいらない」


「お前の剣術見たら俺たち笑い転げて魔物に殺されちまうよ」


 ここぞとばかりに昴をせめる隆人軍団。お調子者の健司にいたってはご丁寧に剣を構えながらこける仕草までやってのける。また始まったか、と内心呆れつつも昴は落ち込んでいる体を装った。


「いっそのことこの国で一般人として暮らした方がいいんじゃね?地味で暗いお前にはぴったりだろ」


「それナイスアイデアです!ひとみとお姉さまの視界に入らないところで生きてて欲しいです」


「まぁ別に生きてる必要なんてねーけどな」


「誰にも迷惑かからないように城の上からでも一人で飛び降りてくれねぇかな?」


「ちょっと!あなた達言い過───」


「………黙れ、屑ども」


 悪口がヒートアップしていく隆人達を止めようと香織が前に出たのと同時に、小さいながらも激しい憎悪と怒気を孕んだ声が訓練場内に響き渡った。


 クラスメート達の視線が一点に集中する。そこには溢れんばかりの魔力を身体全体に巡らせた美冬が無表情で立っていた。無表情にもかかわらず、あふれ出す怒りにひとみはヒィッ!と身をすくめ、隆人は驚きに目を見開きながらたじろぐ。

 その魔力の量は凄まじく、美冬を中心に台風のような風が吹きすさび、周りにいたクラスメートはあまりの風圧に腕で顔をかばった。ガイアスですら計り知れない魔力量に息を呑み、額には冷や汗が浮かんでいる。

 美冬は無言で魔力を練り続ける。その表情は氷のように冷たいが、隆人達に向ける視線はメラメラと燃えているようだった。

 美冬を見るクラスメートの表情には怯えが浮かび、浩介や香織ですら、普段物静かな美冬がとった行動に戸惑いを隠せずにいた。そんな美冬を見て隼人は「へぇ…」と感心したように呟き、雫は黙って美冬を見つめる。


 一触即発の状態の中、美冬の前に困ったような顔をした男が立ちはだかった。


「北原さん、ありがとう。大丈夫だからさ」


 昴はゆっくりと、美冬を諭すように言う。美冬はじっと昴の顔を見つめ、昴もそれに応えるかのように見つめ返した。

 瞳の内に燃え上がっていた炎が消えていき、発せられた怒気は風船のようにしぼんでいく。徐々に魔力を抑えていき完全に魔力の奔流がなくなった訓練所は静寂に包まれた。

 今起こったことが信じられないといった様子のクラスメート達。そんな中、まだ冷や汗をかいているガイアスの前に雫が進み出た。


「私達は全員で戦うと誓いました。だから戦えないというだけでこの場に置いていくなんて事はしたくない…もっとも本人が行きたくないのであれば別ですが」


「…僕なら大丈夫です。迷惑はかけません」


 雫に視線を向けられた昴はクラスメート達に聞こえるように言った。雫は一つ頷くとガイアスに向き直る。


「そういう事ですので私達全員を連れて行っていただけないでしょうか。…みんなもそれでいいな?」


 雫がクラスメート達に問いかけると、戸惑いながらも首を縦にふる。


「あ、あぁ。べ、別に構わないぜ。霧崎が言うなら…なぁ?」


 動揺しながら答える隆人に誠一達も何度も頷く。そんな様子を見ていたガイアスは少し考えてから雫に告げた。


「シズク殿。我々は元より全員連れていくつもりであったのだ。そちらからそう言ってくれるのであれば是非もない」


「ありがどうございます」


 雫が深々と頭を下げる。それはこの場を騒がせたことの謝罪も含んでいるようであった。雫の意図を汲み取ったガイアスはうむ、と小さく頷いた。


「『恵みの森』には明朝日の出とともにたつ。各々、食堂で自分の食料を準備し、それ以外の必要なものを揃えておくように。それでは解散!」


 気もそぞろにガイアスに挨拶をしながら、ほとんどの生徒が美冬から逃げるように城に戻っていく。当の本人は昴に対し心ない言葉を投げかけた輩の背中を射殺すように睨みつけていた。


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新連載、完結しました!(笑)『イケメンなあいつの陰に隠れ続けた俺が本当の幸せを掴み取るまで』もよろしくお願いいたします!!
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