5.ルクセントの冒険者ギルド
目の前にある大問題を解決するべく、昴達は冒険者ギルドへと急いだ。
「いいか、タマモ。冒険者ギルドでは大人しくしているんだぞ?」
「なんぞ急に。小さい子をあやすような物言いはやめるのじゃ」
タマモが横で唇を尖らせる。
「冒険者ギルドで目立てば絶対に厄介ごとがまいこんでくる。そんな面倒くさいことにかまってられるか!」
「ぬぅ…」
「何か言われたら笑って適当に流す。喧嘩売られても無視。面倒くさそうな依頼を押し付けられそうならやんわり断る」
「…わかったのじゃ」
しぶしぶ頷くタマモを見て昴は満足そうに笑う。
そうこうしているうちに冒険者ギルドの建物が見えてくる。ルクセントの冒険者ギルドはガンドラのものに比べて数段小さく、木造建ての市庁舎のようだった本部とは違い、どちらかというと少し大きな酒場のような建物であった。
「ここだな…タマモ、わかってるな?」
「何度も言わんでもわかっておる」
あきらかに機嫌の悪いタマモを無視して昴は冒険者ギルドに入っていった。中へ入るとすぐにカウンターがあり、受付が四人並んでいる。外から見ただけじゃわからなかったが、かなりの奥行きがあり、カウンターの奥のスペースでは冒険者たちが併設している酒場で酒盛りをしていた。二階もすべて酒場のようで、おそらくギルド長室は一階の奥の方にあるのだろう。
昴はサリーナ地方の冒険者の様子を伺いながら受付に近づく。タマモもガンドラとは違った雰囲気の冒険者ギルドに興味津々だ。
「いらっしゃいませ、依頼を受けに来ましたか?それとも新規の冒険者登録ですか?」
受付の女性が営業スマイルを向ける。杓子定規の挨拶をうけ若干面食らった昴であったが、すぐに持ち直し、声をかけてくれた人族の女性に話しかけた。
「あー…依頼を受けに来たんだが」
「かしこまりました。冒険者カードをお出しください」
対応してくれている受付の女性は美人だった。ガンドラの街でもそうだったが、冒険者ギルドの受付は奇麗どころしか雇わないのか、とどうでもいいことを考えながら昴はタマモに目配せをする。タマモは軽く頷くと懐にしまっている自分の冒険者カードを出すと受付の女性に渡した。
「あなた様の冒険者カードはございますか?」
「いや、今日依頼を受けるのはこいつだから」
昴はタマモを指さしながら答えた。受付の女性は一瞬眉をひそめたが、すぐに笑顔を作りタマモの冒険者カードをチェックし始める。
「えーっと…タマモ様ですね。まぁ!こんなにお若いのにランクDとはすごいですね!」
「そうなのか?」
タマモは不思議そうに昴を見た。無理もない、隣にいる男は冒険者を初めて一か月ほどでランクAになった男なのだ。昴は余計なことを言わないように目で訴える。なんとなく腑に落ちない様子ではあったが、タマモは口を閉じ、何も言わなかった。
「えぇ!すごいですよ!ランクDというのは人によっては五年,十年とかけてなるものなのですから…あら?」
それまで手放しにタマモを褒めていた受付の女性がある項目を目にしたとたん、笑顔が凍り付いた。
「………出身地はガンドラ?」
「え?」
「ガンドラというのは王国領にある〔商業都市ガンドラ〕のことですか?」
凍り付いたままの笑顔で問いかけてくる受付の女性にタマモはポカンとしたが、国民の儀を受けるときにランダ司祭がややこしいことにならないように出身地はガンドラにしました、と言っていたのを思い出し、元気よく頷いた。
「そうなのじゃ!そこなのじゃ!はるばる海を渡ってきたのじゃ!」
タマモの言葉を聞いた酒場の連中が水を打ったように静まり返った。異様な雰囲気に昴もタマモも戸惑いを隠せない。それまで昴達の対応をしていた受付の女性が作り笑いでない笑みを浮かべる。それは親しみを込めたものではなく、むしろ蔑むようなものだった。
「そうですか…王国の冒険者の方でしたか…それならこの冒険者ランクも納得ですね」
「…どういうことだ?」
訝しげに問いかける昴に受付の女性は冷笑を深める。
「王国は冒険者の質が低いということです。こんな年端も行かない少女にランクDをつけるとは…こういうことをするから王国の子供の冒険者が高ランクにいい気になって身を滅ぼすのです」
タマモの耳がピクッと動く。昴が何も言わずに話を聞いていると、受付の女性は話の矛先を昴に向けた。
「おまけに保護者だか何だか知らないけど、こちらの方はダメ冒険者ギルドが認めたダメ冒険者にたかって甘い蜜を吸おうとする最低なひも野郎ってことですね」
「おいおい!なんだこいつら!王国のおのぼりさんか?」
酒場の方から下卑た笑いと共に野次が飛ばされる。
「ここは保護者同伴で来る学校とは違うんだよ!」
酒場がどっと爆笑の渦に包まれた。
「お前らみたいななんちゃって冒険者が来るとこじゃないんだよ!」
「帝国の冒険者こそ真の強者!王国の冒険者は王様の靴でもなめながら媚びへつらってりゃいいんだよ!!」
「てめぇらみたいな冒険者舐め腐ってるやつらはおうちに帰りやがれ!」
「そうだ帰れ!帰れ!!」
冒険者ギルド中にあふれかえる帰れコール。受付の女性達も我関せずといった様子で止めるそぶりも見せない。タマモは顔を真っ赤にしてワナワナ震えていたが、昴の言いつけを守って何とか理性で自分を押さえつけている。一方昴は冷めた瞳で酒場の連中を見ていた。
「…タマモ、帰ろう。ここは俺たちの来るところじゃない」
「おう、待てよ」
昴がタマモを連れて冒険者ギルドを出ようとすると、虎人種の男が昴の肩を掴んだ。
「…なにか?」
「てめぇ…ここまで言われて何にも言い返さねぇのかよ?」
虎人種の男がニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべる。
「別に…言いたい奴には言わせておけばいいと思う性分なんでね」
「とか何とか言ってビビってるだけだろう?今にも股間を濡らしちまいそうな面してんもんな?」
なぁ?と虎人種の男は酒場の連中に同意を求めると、爆笑が返ってくる。
「ここまで言われて何とも思わねぇのか?あぁ?」
「…特には」
昴の変わらない態度に虎人種の男から笑みが消え、眉を吊り上げる。
「…俺はてめぇみたいな根性ねぇやつが大っ嫌いなんだよ!おいサガラ!これから起こることお前達は何も知らない、いいな!?」
「またですかランデルさん…まぁいいけど」
先程まで昴達の対応をしていた受付の女性は呆れたように笑いながら、昴達を無視して書類を見始めた。ランデルはニヤリと笑うと野獣のよう眼を光らせる。後ろでは「ランデルやっちまえ!」とか「王国者に帝国の恐ろしさ見せてやれ!」と一丸となって囃し立てていた。
バキボキと自分の指を鳴らすランデルは昴の隣で顔を俯かせて震えているタマモに気が付いた。タマモは必死に怒りをこらえて震えているのだが、ランデルはそれを怖がっていると勘違いして馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「ありゃりゃ、隣のお嬢ちゃんはあまりの恐怖にビビッて震えちまってんのか?こりゃオジサン悪いことしちゃったかな?」
わざとおどけた調子でランデルが言うと、また後ろで笑いが起こる。ランデルは嫌らしく笑いながらタマモに顔を近づけた。
「この亜人族の恥さらしめ!誇り高き亜人族は恐怖しない。どんなに強大な敵を前にしても恐れず戦うというのに…まぁ所詮は狐ということか」
それまで何を言われても表情を一切変えなかった昴の眉がピクリと動く。そんなことには気づかず、ランデルはタマモを貶め続ける。
「てめぇみたいなガキでも帝国じゃ立派に冒険者やってんぞ?まったく情けねぇ…王国は屑だと思っていたが、王国にいる亜人族も屑だったとは。てめぇみたいな亜人族は生まれてこねぇ方がよかったんだよ!なんならいっそここで俺が」
ドゴォ!!
鈍器で殴ったような鈍い音が響き渡る。それと同時にランデルは白目をむいて床に倒れた。近くで見ていたサガラ達受付嬢にも何が起きたのかさっぱりわからないであろう。目にもとまらぬ速さで昴がランデルの鳩尾に一発いれたのが見えたのは、耐えきれずに言い返そうと頭を上げたタマモだけだった。煽っていた連中も突然倒れたランデルに目を白黒させている。
昴は自分の懐から冒険者カードを取り出すとカウンターに叩きつけた。サガラはその冒険者カードの色を見て目を見開く。
「おい」
「は、はいぃ!?」
昴が出した先程までとは全く違う、低く唸るような声色にサガラは思わず狼狽える。
「お前は俺たちに見合った依頼をその冒険者カードに登録しておく。だからこれから起こることには一切関知しない」
「えっ、そ、それは」
「いいな」
「はい!!」
昴のあまりにも鋭い眼光に壊れた機械のように何度も頷く。昴はサガラから視線を外すと、首をコキコキと鳴らしながら、まだ困惑している酒場の連中の方へと近づいていった。タマモも静かにそれに続く。目には怒りの炎が燃え上がっていた。
「随分好き勝手言ってくれたよな」
その声は小さいにもかかわらず、酒場にいる全員の耳に届いた。
「王国の連中が屑だって?」
ゆっくりと歩を進める。
「だったら教えてやろうじゃねぇか」
酒場の中心まで来ると昴は立ち止まり周りを見渡した。タマモが静かに【身体強化】を身体に施す。
「王国出身のランクA冒険者…」
悪魔のような笑みを浮かべる。
「この’ジョーカー’がてめぇらに地獄を見せてやるよ」
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「いやぁ、今日も疲れたな」
「なかなかに苦戦したな!」
「でも’ダークラビット’を十五体も倒せたから上々じゃない?」
冒険の成果を話し合う冒険者達。彼らはルクセントの冒険者ギルドで登録をした冒険者であり、クランを組んでいる。いつものように依頼をこなし、いつものようにギルドに報告へ来た彼らの目にいつもと違った光景が広がっていた。
「なんだ…これ?」
あまりのことに三人とも言葉を失う。
死屍累々。その言葉がこの現状を表すには一番適当であろう。ある者は壊れた机の上に、ある者は階段の手すりに、床に刺さっている者までいた。
しばらく茫然と見ていた彼らであったが我を取り戻し、カウンターで震えているサガラに慌てて声をかける。
「サ、サガラっ!!一体何があった!?」
「……………」
冒険者の男が問いかけてもサガラはぶつぶつと何かを言っており、なんの反応も示さない。
「魔物でも襲ってきたのか!?」
冒険者の男は思わずサガラの肩につかみかかる。それでもサガラは男のことを見ようともしない。
「サガラっ!!」
「………ない」
「え?」
「私は何も見ていない。私は何も知らない。私は何も見ていない。私は…」
サガラは顔面を蒼白にして同じことを何度も何度も呟いていた。男は埒が明かないとサガラから手を離し、もう一度酒場に広がる惨状に目を向ける。
「一体何が…」
冒険者の男の問いに答えることができる者は酒場にはいなかった。
昴がこの地に来てから一時間もたたぬうちに、’ジョーカー’の名が〔港町ルクセント〕中に広まることとなった。




