4.港町ルクセント
‘クラーケン’を退治した直後は疲労困憊だったタマモであったが、一晩眠ると体力は完全に回復した。その後は特にトラブルもなく、また退屈な時間を過ごしていたが、以前とは違い、船員たちに褒め称えられ満更でもない気持ちで船旅を楽しんでいた。
昴もタマモ同様、賞賛の言葉をかけられたがすべて曖昧な笑みで返した。不思議に思ったタマモが昴に尋ねると、「褒められんのは苦手なんだよ」と、顔を背けながら答えた。
そして’クラーケン’討伐から三日後の朝、昴達は目的地〔港町ルクセント〕にたどり着いたのだった。
「ほら、二人分の入町を記録してきたぞ!入町金も払っておいた!スバル、お前の冒険者カードを見た門番が驚いてたぞ?」
ノックスが笑いながら二人に冒険者カードを返した。
「本当に助かったよ。ノックス、ありがとうな」
昴が手を差し出すとノックスはニヤニヤと笑みを浮かべながらその手を握り返した。
「いえいえ、天下の’ジョーカー’殿をお送りできたのは光栄の限りでございます」
「…だからその呼び方やめろって」
‘クラーケン’に襲われた際、金の冒険者カードを見せてしまった昴は、その後ノックスにしつこく二つ名を聞かれ、しぶしぶながらそれに応えた。それからというものノックスは昴のことをからかい半分で’ジョーカー’と呼ぶようになり、いつのまにか船員全員が昴をそう呼ぶようになっていた。最初の方は名前で呼べと言っていた昴だったが、その名が定着してしまった今は、一応否定はするものの、半ばあきらめている。
「スバルも変わったやつだなぁ…普通だったら二つ名を広めて有名になろうって考えるもんだぜ!」
「俺は目立ちたくないんだよ」
「それは無理じゃな!」
満面の笑みでそう言うタマモに、ノックスはうんうんと頷いた。昴が二人にジト目を向ける。
「スバルはなんだかんだで面倒ごとに首を突っ込むから、自然と目立ってしまうのじゃ!」
「俺がいつ面倒ごとに首を突っ込んだ!?」
タマモが無言で自分を指さす。
「…否定はできない、か」
昴は諦めたようにがっくりと肩を落とすとがっはっは、とノックスがその肩を叩いて笑う。
「ランクAの冒険者なんてやっちまってんだ!目立たないってのが無理な話だ!諦めろ!!」
「…これからは慎ましく生きていくから」
昴は静かに決意するが、タマモは内心で無理だろうと思っていた。
「まぁ俺もランクAの冒険者が知り合いにいるってのは心強いからな!またなんかあったら俺を頼ればいいし、俺も頼らせてもらうぜ!」
「あぁ。なんかあったら言ってくれれば力になるよ」
「今度は船に暇つぶしの道具を積んでおいてくれよの!」
自分の肩に跳び上がりながら言うタマモを見て、ノックスは苦笑いを浮かべた。
「あー…タマモのことを考えたら、長い航海の時はお前たちに頼れそうにねぇな」
「…あれ以上長い船旅はごめんなのじゃ」
タマモがげんなりした顔で答える。ノックスはそんなタマモの頭をガシガシと撫でまわした。
「お前たちのおかげで海路が使えるようになったからこれから忙しくなると思うが、今度時間できたらいっぱいおごらせてくれや!」
「おう!そん時は高いもんでも食わせてもらおうかな?」
「てめぇ!少しは遠慮しろ!」
ノックスが昴の肩をこずく。
「じゃあな!あんま無理すんなよ!」
「ノックスも、今度化物イカが出たら一目散に逃げろよ」
「もうあいつとは出会いたくねぇよ!」
昴は笑いながらノックスに手を振り、町の方へ向かっていく。
「じゃあの!また会おうぞ、ノックス!」
タマモも肩から飛び下りると一度ノックスに向かって手を振り、そのまま昴の後を追っかけて行った。ノックスは二人の背中を見ながら言い忘れていたことを思い出す。
「やべっ…ここは帝国領だから王国民を見下してるやつが多いって伝えようと思っていたんだが…」
ノックスは頭をポリポリと掻いた。
「まぁあいつらなら大丈夫か!」
きっぷのいい海の男ノックスは細かいことは気にしない性質であった。
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〔港町ルクセント〕は〔商業都市ガンドラ〕と比べると見劣りするものの、それでもかなりの人で賑わっていた。港を抜けると武器防具屋や洋服屋、料理店などが立ち並んでいる。
「ガンドラみたいにこの町もいろんなお店があるの!」
顔をきょろきょろさせながら楽しそうにタマモが言った。
「あぁ。おそらく王国の流通拠点がガンドラであったように、ここルクセントも帝国側の流通拠点になってるんだな。それにしても…」
昴もそれとなくあたりを見回す。ガンドラの街はのほほん、とした感じであったのに対し、ルクセントでは丸腰の人がほとんどいない。買い物をしている人たちはもちろん、店側に人ですら何らかの武器を携えていた。店の雰囲気も丁寧というよりはよく言えばフランク、悪く言えば荒っぽい印象であった。
「あんまり治安がいいとは言えなそうだな…っていうよりもガンドラの治安が良すぎたのか」
「ん?」
「いや、何でもない」
独り言を呟いた昴の顔を覗き込むタマモの頭をポンポンと叩く。
「さーて、とりあえず今日泊まる場所を探すか!」
「のじゃ!ふかふかの布団のところがいいのじゃ!!」
タマモの元気のいい言葉に押されながら昴は宿を探し始めた。
しばらく通りを歩いていると、段々と店が減っていき、酒場と宿が顔をのぞかせ始めた。いろんな宿があるが、どの宿がいいのかいまいちよくわからなかったので、二人はとりあえず外観が奇麗な宿を探した。
「おっ!ここなんかいいんじゃないか?」
昴は入り口が小綺麗にされた宿を見つけ、タマモに声をかけた。
「えーっと…《竜の寝床》?」
タマモが屋根に飾られた看板を読みながら視線を向けると、昴は頷いた。
「入り口ってのは宿屋の顔だからな。ほら、《太陽の宿》もフランがいつも玄関をきれいにしてただろ?」
「確かにいつもピカピカだったのじゃ!!」
タマモが納得したようにうんうん、と頷くのを見て、昴は宿の扉を開けた。
宿の中も、入り口同様、奇麗にされていた。カウンターには眠そうな顔をした亜人族の男が座っている。
「いらっしゃい。お二人さんかな?」
丸みを帯びた耳をピクピクさせながら店主らしき男が昴達に声をかける。
「あぁ。今日泊まる場所を探していてな」
「うちを選ぶとはあんたいい目してるよ。ここは他のきたねぇ宿屋と違って清潔モットー、設備充実してるからね。まぁその分値段も張るがな」
「ふかふかベッドがいいのじゃ!」
タマモがカウンターから顔をのぞかせて自分の希望を告げる。タマモを見た男が少し驚いた顔をする。
「へー…狐人種とは珍しいな。この辺の人じゃねぇだろ?」
「ん?うちは」
「それより設備ってのはどんな感じなんだ?」
タマモの素性を詮索されたくなかった昴が途中で口をはさむ。
「ん?あぁ、うちは全室ベッドとトイレ付!さらにちょこっと値段に色を付ければシャワー付きの部屋だってあるさ」
「シャワーか、いいなそれ!風呂はないのか?」
「風呂なんて貴族様ぐらいしか使わんぞ?あんたは貴族…って感じじゃねぇわな」
昴の黒いコートとタマモの巫女服を見て、いいとこの出じゃないことを男は悟った。
「シャワーがあるだけいいか。んで一泊いくらよ?」
「普通の部屋が一人50シル、シャワー付が70シル。朝晩つけるとしたらプラス15シルだな」
「まーそんなところか…連泊だと割引とかは?」
「交渉次第ってとこだな」
「わかった。とりあえずシャワー付きの部屋を借りよう。飯は外で食うからなしで」
「一部屋でいいのか?」
宿屋の男がタマモの方を見る。
「構わんのじゃ!」
「だそうだ」
「わかった。なら1ゴル40シルだな」
昴は”アイテムボックス”から硬貨が入っている麻袋を取り出した。
「へぇ、あんた”アイテムボックス”持ちかい!便利でいいわな」
「まーな。えーっと…」
麻袋の中身を見て固まる昴。そんな昴を見てタマモと男は首を傾げた。
「どうしたのじゃ、スバル?」
「……………」
昴は目をこするともう一度麻袋に視線を戻す。悲しいかな、何度見ても現実は変わることはなかった。昴は麻袋を閉じると、そっと”アイテムボックス”の中へと閉まった。
「………親父、ちょっと野暮用思い出したからまた後で来るわ」
「は?え、ちょ、ちょっと」
困惑している宿屋の男を無視して、昴はタマモの手を引っ張り宿を出た。
「ど、どうしたのじゃ?」
タマモも態度を急変させた昴に驚いている。
「…緊急事態だ」
真剣な表情を浮かべる昴に、タマモはゴクリとつばを飲み込んだ。
「い、一体何があったのじゃ?」
昴がこれほどまで思いつめた表情をするとは、余程のことがあったのだろう、タマモは何を言われてもいいよう身を引き締めた。
「…ないんだ」
「ない?なにがじゃ」
「金がないんだ」
「………は?」
深刻そうな表情と口から出た言葉のギャップにタマモは思わず間の抜けた声を上げる。
「こんなことならガンドラにいた時にしっかりと依頼をこなしておくべきだった…!」
悔しそうにこぶしを握る昴をタマモは何とも言えない表情で見ている。
「というわけで、宿よりも先に冒険者ギルドへ行って金を稼ぐぞ!」
意気揚々と冒険者ギルドへ向かう昴を見て、タマモは緊張して損した、と疲れたように息を漏らした。




