3.クラーケン
ノックスが現れたイカの化物を見て舌打ちをする。
「出やがった!こいつが海路を邪魔する魔物’クラーケン’だ!!」
呆けていた昴だったがノックスの声を聞いて我に返った。隣のタマモは既に臨戦態勢に入っている。
「スバル、どうするのじゃ?」
「どうするって言ってもこの大きさで、しかも海の上じゃなぁ…」
昴が悩んでいる間にも’クラーケン’は長い足を船に絡みつけ、動きを封じていた。それを見た船員たちは顔面蒼白で立ちすくんでいる。
「とりあえず船の上にいる人たちが邪魔だから俺が全員助ける!タマモはあいつを迎え撃て!」
「了解したのじゃ!」
退屈な船の一時を吹き飛ばしてくれた相手に魔法をぶち込むをするべく、タマモが魔力を練る。昴は動けない船員のところへ走りながらタマモに声をかけた。
「船に被害を出す魔法はやめておけよ!」
「わかってるのじゃ!"飛来する火球"!!」
タマモが腕を前に出し、魔法を唱えるのを横目で見ながら昴は’鴉’を呼び出した。’クラーケン’は船を掴んでいない足を船員に向けて叩き落す。ヒッと声を上げながらその場にしゃがみ込む船員の頭上に黒い刃が走り、その足を切り落とした。
「大丈夫か?」
「あ、あぁ。あれはお前さんが?」
船員は切れてもなお、にゅるにゅると動き続ける’クラーケン’の足を指さした。
「そうだ。船室の方まで走れるか?」
なんの感動もなく淡々と答える昴の様子に驚愕しつつも船員はコクコクと頷いた。それを確認した昴も頷き、先程目の端にちらりと見えた船尾で倒れている人物の元へと急いだ。倒れていたのは船の上では珍しい女性。ノックスがタマモが乗るということで、女性の船乗りも一緒に手配してくれたのだ。昴がその女性の船員のところまで着くや否や、’クラーケン’が二本の足を振り下ろす。
「“飛燕”」
昴は両腕を振りぬき、’クラーケン’の足を二本とも切り落とすと後ろではっと息をのむ声が聞こえた。昴は追撃がないか注意しながら女性の船員に話しかける。
「怪我はないか?」
「…あっ、い、いや。船が傾いた時に足をくじいちまってね」
昴の動きに見惚れていた船員が慌てて応える。昴がチラリと足に目をやると、確かに足首のところが赤く腫れあがっていた。今も’クラーケン’が船を掴み、揺れているこの状況ではどう贔屓目に見ても船室まで歩けそうにない。
「ちょっと失礼」
「え、ちょ、ちょっと!」
「緊急事態だ。我慢して欲しい」
昴は船員を肩に担ぐとそのまま船室目がけて走り出そうとした。そんな昴を阻むように’クラーケン’の足が襲い掛かる。昴は気配を読みながらそれを躱し、右手に持った’鴉’で足を切り落としていった。にもかかわらず、’クラーケン’の猛攻は続き、なかなか船室の扉までたどり着くことができない。
「ちっ!こんな斬ってんのに…足が何本あるんだこいつ!!」
「あ、あれ!!」
担がれている船員が昴の背中を叩き、必死に指をさす。昴が’クラーケン’の足を避けながらそちらに目を向けると、切れた断面から新しい足が生えてくるところが目に入った。
「【自己治癒能力】かよ!…それにしても回復速度がありえねーだろ…」
「あたいを担いでなんて無理だ!スバルさん、あんただけでも…」
昴は船員を担ぎなおし、その手に力を込めた。
「ちょっと無理するからしっかりつかまっててくれよ」
「えっ…?」
船員の答えは聞かず、昴が魔力を滾らせる。四本もの足が昴目がけて襲い掛かってくるのを見て、思わず船員は目を瞑った。
「“烏哭”…からの”鷲風”!!」
昴を中心に黒い風が吹き荒れる。それに触れた足が木っ端みじんに切り刻まれた。昴は強化した身体で思いっきり甲板を蹴り、’クラーケン’の足が復活する前に船室の扉の近くにいるノックスのところまで移動した。避難の誘導をしながら、こちらを心配そうに見ていたノックスであったが、一瞬でここまでやってきた昴達に思わず目を丸くする。
「ス、スバル!おめぇ…!」
「この人を頼む」
昴は担いでいた船員をゆっくりとおろし、ノックスに引き渡す。女性の船員は気を失っているようだった。ノックスが受け取りながら昴に声をかける。
「これで船員は全員室内へと避難した!お前がこの船を掴んでいる足を切り落としてくれれさえすりゃ全速力で逃げられるぞ!!早くタマモを連れてきてくれ!」
ノックスの目線の先には華麗に’クラーケン’の攻撃をかわしながら魔法を放つタマモの姿があった。昴はそれを見ながら首を横に振る。
「だめだ。やつはここで倒す」
「た、倒すって、あのデカブツをか!!?」
ノックスが信じられない、といった様子で昴を見るが、静かにうなずくだけだった。
「あいつがいるといつまでたってもこの海路が使えない。そうなると困る人もいるからな」
昴はサリーナ地方からの物資の補給ができないと打撃を受ける、と言っていたマルカットのことを思い出していた。
「確かに’クラーケン’の野郎がいると満足に船も出せねぇが…奴はランクAモンスターだぞ!?普通の冒険者じゃ歯が立たねぇよ!!」
「大丈夫、俺もランクAだから」
昴は懐から金色の冒険者カードを取り出すとノックスに見せた。それを見たノックスは口をあんぐりさせる。
「そういうわけで、あいつは俺とタマモで何とかすっから、ノックスはみんなと一緒に避難しててくれ」
「お、おい!」
ノックスの静止も聞かずに、昴はタマモのところまで駆け寄る。タマモは揺れる船もお構いなしで、縦横無尽に動き回っていた。
「どんな感じだ?」
昴は‘クラーケン’の猛攻をかいくぐって一息ついてるタマモに声をかける。
「だめじゃ!船に被害を出さないように初級魔法を使っているのじゃが、全然効いてる感じがせん!昴の方はどうじゃ?」
「船員は全員室内に避難できたが…斬撃はだめだな。斬っても斬ってもすぐに復活しちまう。かなり【自己治癒能力】の高いやつだ」
そう言いながら昴は襲い掛かってきた足を’飛燕’で斬る。斬られた足はすぐにまた新しい足を生やした。
「これは【自己治癒能力】のスキルじゃなくて【自己再生能力】じゃ」
「【自己再生能力】?」
襲い掛かる足を必死に避けながらタマモが頷く。
「’オオミミズ’を狩ったことがあるのじゃが、剣で切っても切っても全然倒せんかった。おそらくそいつと同じじゃろう」
「なるほど…どうすりゃ倒せたんだ?」
無駄だと分かりながらも、昴は迫りくる足を斬って落とす。タマモは’クラーケン’の足を蹴りながら回避し、船主の上に着地した。
「半端な攻撃は意味がない…すぐに再生されてしまうからの。やるなら大技一発じゃ!」
「大技…つっても俺じゃ海の上にいる奴に対して大技撃つのは厳しいからな…」
‘クラーケン’の足をいなしながら昴は考える。
「…船に被害が出ちまうけど仕方ねぇ、タマモ!」
船首から魔法を放とうとしているタマモを昴が呼びかける。
「全力で魔法をぶっ放せるように魔力をためろ!」
昴の言葉にタマモは驚いた表情を浮かべる。
「それはいいのじゃが…それだと船にも…」
「多少の被害はこの際しょうがねぇ!なるべく船を傷つけないようにお前の最大魔法を’クラーケン’にぶつけろ!!」
「わかったのじゃ!」
タマモはニヤリと笑うと船首から飛び下り、メインマストを猛スピードで駆け上がっていく。そのまま取り付けられている見張り台に入ると魔力を練り始めた。
「スバル!少し時間がかかるぞ!」
「構わねーよ!!こっちで気をひいとく!!」
昴はタマモを狙っていた足を全て切り落としながら大声で答えた。
「さて、ちょっとの間相手をしてもらうぜ…新魔法のお披露目だ。”鴒創”!!」
昴が魔法を唱えると、甲板上に黒いタマモたちが現れる。’クラーケン’がその黒タマモたちに向かって足を振り落とすと、黒い霧になって霧散した。消えるとすぐに昴が新しい黒タマモを作り出す。’クラーケン’も負けじと黒タマモたちに攻撃を続けた。
「魔物相手の陽動にはもってこいだな」
新魔法の効果に満足しながら、昴も’クラーケン’本体を’飛燕’で攻撃する。当たると切り傷が付くもののすぐに再生し、’クラーケン’は無傷の状態に戻った。
「やっぱこの程度じゃ無理か…」
昴は’クラーケン’に攻撃するのを諦め、足の対処に専念した。メインマストに伸びた足を昴が斬ると、見張り台からタマモの大声が聞こえる。
「スバル!もういけるのじゃ!!」
「了解。”飛燕”!!」
タマモの言葉を聞くと同時に、’鴉’から十もの黒い刃が放たれる。その刃が’クラーケン’の足を全て切り落としたのを見たタマモが見張り台から飛び出した。昴の目から見ても尋常じゃないほどの魔力がタマモの身体からあふれ出している。
「タマモ!ぶっ放せ!!」
タマモが開いた両手を突き出し、’クラーケン’に向ける。
「“全てを無に帰す獄炎”!!!」
まさに地獄の火炎。タマモの手から放たれた極大の炎の奔流は瞬く間に’クラーケン’を飲み込んだ。’クラーケン’を燃やす速度に再生が全く追い付いていない。あまりの火力に海の水が蒸発し、大量の水蒸気が’クラーケン’を包み込んでいく。
それが晴れた時にはそこには何もなかった。タマモの最上級魔法は灰すら残さず、’クラーケン’を燃やし尽くした。
昴は落ちてくるタマモの身体をしっかりキャッチする。ありったけの魔力を使ったタマモは満身創痍な様子であった。
「全力で撃ちすぎたかの…ちょっと疲れたのじゃ」
「…お疲れさん。ゆっくり休め」
腕の中で微笑むタマモに昴は優しく笑いかけた。




