41.エピローグ1
ガンドラの街から少し離れた平原で二人の者が戦っていた。一人は金髪の少女でその両手には巨大な炎の爪を携え、果敢に攻め立てている。もう一人の黒髪の少年は黒いコートをまとい、金髪の少女の攻撃を両手に持つ黒い小刀で軽くいないしている。それは戦闘というよりは稽古に近いものであった。
「そりゃっ!そりゃっ!そこじゃ!!」
昴の見せた隙を見逃さずにタマモは突っ込んでいく。しかしそれは昴がわざと見せた隙。タマモの炎爪を軽々避けると後ろに回り、峰でタマモの頭を叩く。
「ふんぎゃっ!!」
タマモはおもわず頭を押さえてうずくまる。
「はい、終了」
「ぐぬぬ…痛いのじゃ」
タマモが目に涙をためながら恨みがましい表情で視線をむけるが昴は一切気にしない。
「タマモの悪い癖だな。勝機を見つけると攻撃が大降りになって隙が出てくる。常に警戒を怠らないと痛いしっぺ返しをくらうぞ?」
「むぅ…注意するのじゃ」
タマモは耳を折り、しょんぼりしながら頷いた。そんなタマモの頭を昴は微笑みながらなでる。タマモは照れたように顔を俯かせるが尻尾は大きく左右に振られていた。
魔物大暴走の一件の後、冒険者ギルドで国民の儀を受けたタマモはそのまま冒険者登録も行った。昴同様試験を受けたのだが、その圧倒的な戦闘力を認められ、新規の冒険者がなれる最高のランクDからのスタートとなった。
冒険者登録をしたものの依頼は一切受けず、ガンドラの街から出たところで、二人はずっと訓練をしていた。国民の儀を受け、タマモが持つスキルが明らかになり、それがどういったものか確認するのと同時に、タマモに戦闘の記憶を思い出させるのが狙いであった。
タマモにステータスプレートを見せてもらうと、驚いたことにレベルは200を超えていた。タマモ曰く、ずっと狩りをしていたからレベルも高くなったのであろう、とのことであったがタマモの持つ【成長躍進】のスキルが大きいのだと昴は思った。このスキルは昴の持つ【成長促進】のスキルの上位互換に当たるようで、その効果は文字通り他の人に比べて成長が早くなるスキルである。昴の師であるジェムルが昴の成長の早さには驚いていたのと同様、この一週間でのタマモの成長ぶりは目を見張るものがあった。
それ以外にもタマモには数多くのスキルがあり、その効果を調べるのに昴はかなりの苦労を要した。
例えば【無詠唱】。タマモは詠唱抜きで魔法を放つことができるのであるが、メリットばかりではなかった。同じ"飛来する火球"でも詠唱有り無しでは威力に大きな差がでたのだ。詠唱をすれば岩のような大きさの炎の玉が出るのに対し、無詠唱では拳程度の火の玉しか出なかった。この【無詠唱】の威力減衰は遠距離魔法に顕著に表れ、先ほどタマモが使っていた"纏いし火炎の爪"にはそこまで見られなかった。これを調べるため昴は何度もタマモのファイヤーボールを喰らい、全身がやけどまみれになっていた。
さらに【無詠唱】の方が身体に負担がかかっている気がする、という言葉を受け、昴は【無詠唱】の魔法は通常よりも魔力を消費するという仮説を立てた。その仮説を裏付けるように【無詠唱】で魔法を連発した方が魔力の限界をむかえるのが早かった。そのため昴は咄嗟の時に【無詠唱】を使い、それ以外はなるべく詠唱するようにタマモに言い聞かせた。
素手で魔物を狩っていたこともある、と言っていただけのことはあり、タマモはその高い身体能力を生かしたスピーディーな近接戦を得意とした。魔族の血のおかげで魔力も高い水準であり、魔物との戦いで少なくとも足を引っ張ることはないだろう、と昴は確信していた。
「さて…そろそろお昼かな?」
昴の言葉を聞いてタマモが耳をピンッと立てる。
「のじゃ!!今日は《海産亭》なのじゃ!!フランが待っておる!スバル、急ぐのじゃ!!」
さっきまで「疲れたのじゃー」とか「お腹すいて動けないのじゃー」とか駄々をこねて地面に寝そべっていたタマモが勢いよく飛び起き、猛スピードで街に向かっていく。そんなタマモを見て苦笑を浮かべながら昴はその後について行った。
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昴とタマモのここ一週間の日課は、朝起きて《太陽の宿》で食事をとった後、町の外に出て訓練、そしてフランと待ち合わせをして三人で昼飯を食べた後は自由時間。そして宿に戻って寝る、といったものであった。お店は《海産亭》と《ハウンドドッグ》を交互に行っており、人懐っこいタマモは《海産亭》の犬人種のミケとも《ハウンドドッグ》の主人であるダンクとも仲良くなっていた。
昴達が《海産亭》に入っていくと店はいつものように賑わっている。
「スバルさん!タマモちゃん!こっちです!!」
昴達を見つけたフランが嬉しそうに手を振った。タマモはフランの姿を見るや否やその席まで走っていき、ちょこんとフランの隣に座った。昴がその対面に腰を下ろすとそれを見計らったように美人店主のミケがやってきた。
「おっ!お二人さんやっと来たね!注文は決まっているかい?」
「そうですねぇ…私は」
「いつもの」
「美味しいものがいいのじゃ!」
悩むフランをを差し置いて昴達が即答する。ミケは大きくため息をついた。
「スバル、たまには違う料理も食べてみなさいって。それにタマモ、うちの料理は全部おいしいんだからその注文じゃ困るって言ったでしょ」
ミケにそう言われてメニューとにらめっこをし始めた昴とタマモであったが、
「「おススメで」」
と同時にメニューを置きながら言った。ミケは再度ため息をつく。
「はぁ…あんたたちに言ったあたしがバカだったわ…それでフランは何にする?」
「じゃあ私は小エビのドリアでお願いします」
「なぬ!?なんかおいしそうなのじゃ!うちはミケのおススメとフランが頼んだものが欲しいのじゃ!!もちろん大盛で!」
タマモはその身体のどこに入れる場所があるのか、というほどよく食べる。食が細い昴はタマモが食べる姿を見ているだけでお腹がいっぱいになるくらいであった。
「はいはい…じゃあ小エビのドリアが二つ、一つは大盛で。それでおすすめの海鮮ピザを二つ持ってくるね」
注文を取り終えたミケはそそくさと厨房に戻っていった。タマモは事前に出されたリンゴジュースをおいしそうに飲んでいる。昴とフランにはハーブティーが出された。
「今日も訓練ですか?」
「そうなのじゃ!!スバルは容赦ないから大変なのじゃ…うちはもうお腹ペコペコで」
タマモがテーブルに顔を突っ伏す。
「俺はそんなに厳しくやっているつもりはないんだけどな」
「嘘なのじゃ!訓練の時の昴は鬼か悪魔なのじゃ!!」
ブーブー不満をぶつけるタマモを昴は完全に無視する。フランはそんな二人を見てくすりと笑った。
「お二人は本当に兄妹みたいですね」
「兄妹…」
フランに言われて照れたように頭をかくタマモ。
「出来の悪い妹だけどな」
「むきー!!昴はひどいのじゃ!!」
昴がからかうとタマモが顔を真っ赤にして怒る。そんな光景をフランは微笑みながら見ていた。
しばらくすると、両手いっぱいに皿を持ったミケがやってきた。
「はい!おまちどう!!温かいうちに食べちゃいな!!」
「うはー!!うまそうなのじゃー!!」
「ちゃんと手を拭いてから食べろ」
昴に手刀で叩かれ、タマモはしぶしぶおしぼりで手を拭いてから食事に手を伸ばした。
「うまーい!!!うますぎるのじゃ!!」
顔にトマトソースをつけながらものすごい勢いでタマモはピザを平らげていく。フランもドリアを食べながら、ニコニコとタマモの顔を見つめていた。
「しっかり食べておけ。ここの飯は当分食べられないからな」
昴の言葉を聞いてタマモの食べる手が止まる。フランの笑顔にも影が差した。
「むぅ…とっても残念なのじゃ」
「えぇ…とっても寂しいですね」
タマモとフランの声に落胆の色は隠せない。
「ノックスが船の準備ができたって言ってたからな。今日の夕方にはここを離れることになる」
しょんぼりと耳を垂らすタマモ。フランはそんなタマモの頭を優しくなでた。
「そんな顔しないでください。永遠に会えないってわけじゃないんですから」
「あぁ。しばらくはここを離れると思うけど、《海産亭》の飯も《太陽の宿》の飯も美味いから絶対また来るって。そん時は泊めてくれるんだろ?」
昴がフランの方に視線を送ると、フランは笑顔で頷いた。
「えぇ、スバルさんとタマモちゃんのためならたとえ部屋に空きがなくても絶対泊まれるようにします!むしろ泊っていただかないと嫌です!」
「うむ…また絶対あそこに泊まるのじゃ!!」
元気を取り戻したタマモが食事を再開する。あっという間に皿の上には何もなくなった。
「なんだい、あんたらここを離れちまうのかい?」
昴達の会話がたまたま耳に入ったミケが昴に問いかける。
「俺たちは冒険者だからな。いろんなところを冒険したいんだよ」
「そうなのかい…それは寂しくなるね」
ミケはチラリとフランの様子を伺う。
「まっそういうわけだから今のうちにお世話になった人に挨拶に行こうと思ってね。ミケもその一人。おいしい料理をたらふく食わせてもらったからな。今までありがとさん」
「なんだいそりゃ。もう来ないみたいな言い草じゃないかい」
「しばらくはって話だ。いずれまた来るからそん時までにもっと美味いもん用意しといてくれよな」
「のじゃ!!甘いものも用意しといてほしいのぉ!」
美味しいものと聞いてタマモが目を輝かせる。
「フランも。いろいろ世話になったな」
フランが精いっぱいの笑顔を浮かべる。
「こちらこそ。危ないところを二度も助けていただいて…お二人との食事は本当に楽しかったです!」
「うちも楽しかった!また一緒に買い物に行って欲しいのじゃ!!」
「喜んでいきます!その時はまた二人っきりで行きましょう」
フランが悪戯っぽくウインクをする。
「じゃぁ…他にも行かなきゃいけないところがあるから俺たちはこの辺で」
昴はミケにフランの分の代金もあわせて支払った。
「スバルさん!!それは…」
「こんど泊まりに行く時の予約料みたいなもんだよ。ちゃんと部屋空けといてくれよ。そんじゃまた今度な!」
「うぬ!必ず泊まりに行くのじゃ!!フランまたなのじゃ!!」
昴はそのまま《海産亭》から出ていき、タマモは最後までフランとミケに手を振り続けた。そんなタマモに手を振り返していた二人であったが、ミケが小さい声でフランに尋ねた。
「伝えなくてよかったの?」
「…なにをですか?」
「あんたの気持ち」
フランはじっと入り口を見つめていた。それは切なさをかみ殺した笑顔であった。
「スバルさんには…私は釣り合いません」
「そんなことは…」
「いえ、今の私じゃまだ釣り合わないと思います。…だから、次にスバルさんにお会いするときまでに私はもっと大きくなります。その時まで私の気持ちは心の奥にしまっておきます」
「…そうかい」
妹のように思っている少女のひたむきな決意を聞いたミケは、そんなフランを見守るように優しく微笑んだ。




