40.魔族会議
第一章に修正を加えました!
内容的には大きく変わっている点はないのですが、時間のある方は是非見てみてください!
デスガンド地方。
世界で最も北に位置するこの地方は魔族が支配していた。そのデスガンド地方の中でも最北、ここ魔王城は五百年前の人魔戦争において最強と謳われた魔王が住んでいた場所であった。魔王城の大きさはアレクサンドリアの城と遜色なく、違うのはアレクサンドリア場は荘厳に佇んでいるのに比べ、魔王城は人々の不安や恐怖を煽るような雰囲気を醸し出していた。
主を失って何百年とたつというのに、その城は一切朽ち果てた様子がなかった。なぜならそこに住まう者たちがいるからだ。その者たちは魔族の中でも特異な力を持ち、あるものは力を、あるものは知恵を、またあるものは己の魅力を武器に瞬く間に魔族をまとめ上げた。魔族にとってカリスマとも呼べる七人の魔族。それぞれ何らかの将を冠し、その道においてのエキスパート。自分達の上に皇帝のように君臨するその姿を見て、デスガンドに住まうもの達は畏怖の気持ちをこめて彼らをこう呼ぶ。
七帝将。
今日はその七帝将が一堂に会する日。彼らの世話をするために働いている者たちはせわしなく動き回っていた。普段彼らは何らかの任務、いや好き勝手に行動しているので、城にはほとんどいない。そもそも七帝将の仲はお世辞にもいいとは言えない。それぞれが自分の力に自信を持っており、自分が一番だと思っている。そんな彼らが集まる城内は異様な緊張感が漂っていた。
「遅い!どうなってやがるんだ!!」
金色単発の男が怒りに任せて目の前の机に拳を叩きつける。その男の体格は周りに比べて二回りほど大きいのだが、その身体には一切のぜい肉はなく、頑強な筋肉の鎧に包まれていた。ここはかつて作戦会議などを執り行っていた魔王城の一室。魔族が優に百人は参加できるほどの規模の部屋なのであるが、今は円卓と七つの椅子しか置かれていなかった。
その椅子に座る魔族が金髪の大男を含めて五人。男は立ち上がると二つの空席を睨みつけた。
「忙しいオレ様がこうやって足を運んでやってるっつーのに!!こうなったら首根っこ掴んで無理やり連れてきてやる!!」
「…やめときなさい。あんたじゃかなわないわよ」
いきり立つ男の横で桃色の髪をした妖艶な美女が自分の爪に深紅のマニキュアを塗りながら面倒くさそうに言った。
「…今なんと言った?」
「聞こえなかったの?獣は耳がいいと思っていたけれど」
金髪の男がギロリと睨むも桃髪の女は涼しい顔で言った。
「リリムさんの言う通り、やめておいた方がいいでしょう。それにルキフェルさんは今は任務中ですのでここに来れないのも仕方ないかと」
「“闘将”殿はいつもいつも忙しいですのぉ…」
両手を組んでその上に顎を乗せながら緑色の長髪の男が言った。隣に座る白髪の老いた男がフォッフォッフォ、と笑う。
「だったらアモンの奴はどうなんだ!!」
「…アモンさんが来ないのはいつものことでしょう」
緑髪の男が呆れたように言う。
「それで納得できるか!!オレはアモンを連れてくるぞ!!」
「だーかーらーあんたじゃ勝てないって」
「なんだと!?オレ様を誰だと思ってる!?」
「オセでしょ?名前ぐらい知ってるわよ」
金髪の男、オセが掴みかかりそうな勢いで詰め寄るもリリムは全く動じない。マニキュアを塗り終え、次は肩まで伸びた自分の髪を手入れし始めた。オセがまたしても机を殴りつける。
「そういうことじゃねぇ!!オレ様は」
「あぁもう面倒くさいわね!!アンドラス、あんたもなんとか言ってやってよ!」
リリムが心底うっとおしそうな顔をしながら緑髪の男に話を振る。アンドラスはため息をつくと億劫そうに口を開いた。
「“勇将”の名は伊達じゃありません。いくらあなたが”獣将”とはいえただでは済まないでしょう。オセさん、あなたが強いことは知っています。ただこんなつまらないことで内輪もめをしている場合ではないことはあなたも理解しているはずですが?」
「ぬぅ…だが…」
「それにアモンさんをこの場に呼んだところで建設的な意見を出すとは思えません。あの人には私が後で説明しておくのでそれでよしとしませんか?」
「…フン!!」
オセは不満交じりに鼻を鳴らしながら渋々席に着いた。
「フォッフォッフォッ…さすが”賢将”アンドラス殿。交渉事はお手のものかのぉ?」
「グシオンさんに褒めてもらえるとは光栄です」
終始楽しそうにしていた白髪の老人にアンドラスは言葉とは裏腹に冷たい声で答えた。
「…ゴタゴタが終わったのなら会議を始めてもいいか?」
それまで黙って事の成り行きを見ていた一番奥に座る青髪の美女が静かな声で言った。リリムの女性を前面に押し出すような美人ではなく、神秘的な雰囲気を醸し出す美女であった。それを聞いたリリムは髪をいじるのをやめ、グシオンは笑みを消した。
「さて、先ほどもアンドラスが言っていたが、ルキフェルは今偵察任務を行ってる」
「偵察?一体どこの?」
自身が作り出す魔獣を使っての偵察任務が得意なオセが眉を顰めた。
「王都アレクサンドリアで大規模な召喚魔法使用されたことを我が感じた。その理由や真偽を探るために王都に潜入している。敵本陣と言っても差し支えない場所であったため、奴は単身で赴いた」
「なるほど…それじゃオレにはむかねぇ偵察だな」
青髪の女の言葉を聞いてオセが納得したように頷く。
「“魔将”ベリアル殿が感じたとあればまず間違いないであろう…しかしそうなれば」
「あぁ…十中八九勇者召喚が行われたと見ていい、そう話すとルキフェルの奴がここを飛び出していった」
ベリアルと呼ばれた青髪の女の言葉を聞き、全員の顔に緊張が走る。
「その詳細を今調査している」
「…その異世界勇者の力量はどのくらいですか?」
アンドラスが硬い表情で尋ねた。
「ルキフェルから受けた報告には、五年前の勇者よりも質は劣っているが数が多いらしい」
「数、ですか…」
「あぁ。前回は五人だったのに対し、今回は二十人…いや十九人らしい。一人は訓練中に死亡したとのことだ」
「異世界勇者が我々と戦う以外に死ぬとは珍しい…やはり質の問題ですか?」
「詳しくは聞いていないがな。今回の勇者はユニークスキルを一つしか持っていないらしい」
「けっ、それなら余裕じゃねぇか!さっさと城に攻め込んじまおうぜ!」
オセが馬鹿にしたように笑う。
「そういうわけにはいかない。あの城は古代のアーティファクトに守られている。おいそれと手出しするわけにはいかない。それに油断は禁物…異世界勇者の強さはこの地に住まう人族とはわけが違う。貴様らもそれは知っているだろう」
無表情で語るベリアルの言葉を聞いてオセが黙り込む。実際に五年前、魔族はその勇者に手ひどくやられているのだ。
「我の報告は以上だ。リリム、貴様の報告を聞きたい」
「はーい…って言ってもあんまり報告することなんてないんだけど」
「リリムさんの任務は何だったんですか?」
アンドラスがリリムに顔を向ける。
「あたしの役目は商業都市ガンドラを混乱させることだったんだけど…」
「なるほど…あの街は人族の流通の要所ですからね」
「あーそういう細かいことはパス。ベリアルに言われて行ったんだけど…失敗しちゃった」
てへ、とリリムは舌を出した。オセとアンドラスが呆れたように息をつく。
「詳細を話せ」
「グシオンからもらった魔道具を使って魔物に街を襲わせようとしたんだけど、魔物が街を襲う前に全部倒されちゃったみたい」
「みたい、ってなんでそんな曖昧なんですか?」
「魔道具を馬鹿な男に渡した後、任務終了!って思ってあの街で買い物したり、お酒飲んでたから。あそこは最新の物が揃ってるし、料理も美味しいのよねぇ。見て見て!このマニキュア新作よ!可愛いでしょ?」
リリムが両手を開いて爪を見せる。アンドラスは諦めたように首を振ると、グシオンに視線を向ける。
「グシオンさん、魔道具の説明を」
「フェッフェッ…あれは吾輩の新作でのぉ。周囲に魔物を’狂化’状態にする霧を散布するのじゃ。しかもその’狂化’は霧がなくなっても伝播するものでのぉ…高ランクの魔物も’狂化’可能な代物なんじゃ。ただまぁ…使い手は選べないがのぉ」
「なによ!!あんたが自信満々に渡すからあたしはそれを信じてあげたのに!!だっさいローブまで着てあげたのに、本当損した!あんたのせいよ、このとち狂いじじい!!」
「とち狂いとは…”狂将”の吾輩にはこの上ない褒め言葉だのぉ」
リリムが睨みつけるも暖簾に腕押し、グシオンは小馬鹿にしたように笑う。
「リリムさん、あなたが渡した人族がポンコツだったのでは?まったく…碌な人材も選べないとは…”妖将”の名が聞いてあきれます」
「あんただって人を使っていろいろやるじゃない!」
「あなたと一緒にしてもらいたくないですね。あなたは男を誑かして自分の手ごまとして使う。私は利害の一致で協力していただく」
「何が違うっていうのよ!」
冷ややかな目線を向けるアンドラスにリリムが噛みつく。
「あなたのやり方では低俗なものしか使うことができない。私はしっかりとその人を見て、能力が高いと判断を下した結果、仲間にします」
「能力が高いって言っても所詮は人族でしょ?」
「おや?人族の中にも話がわかる人もいます。それに人族だ、と馬鹿にしていると痛い目見ますよ?」
「フンッ!!人族なんぞ全員殺しちまえばいいんだよ!!」
オセが不機嫌そうに鼻を鳴らす。アンドラスが言い返そうとするがベリアルがそれを手で制した。
「大体話は分かった。あそこには’激震’もいる。そう簡単にはいかないと思ったが…その邪魔をした冒険者というのは何奴だ?」
ベリアルの質問にリリムは首をかしげる。
「うーん…よく知らないの。最近冒険者になった人で全然情報がなくって…ただその人が魔物を倒したって噂」
「一人でか?」
「その辺も色々な噂があってよくわからないわ。ただ今回の功績で一気にランクAの冒険者にはなってた。二つ名は…確か’ジョーカー’」
「‘ジョーカー’…」
ベリアルは唇にそっと手を添える。何となく心がざわついていた。
「探らせますか?」
「…いや、もう少し様子を見よう。ただの冒険者であれば捨て置いて構わない、そのような者に時間を割いている暇はないからな。もし’ジョーカー’がまた何らかの邪魔をしてきたときは…」
ベリアルは身体に魔力を滾らせると城全体が怯えるかのように震えた。
「我自ら叩き潰す」
「…わかりました」
ベリアルの目に宿る炎を見て、アンドラスはあっさりと身を引いた。
「そういえばリリム。《魔王の宝》は見つかったのか?」
「それも駄目ね。っていうより抽象的過ぎて見つけられっこないわ。一応すべてが終わった後に『炎の山』を隈なく探してみたけど、五百年前の魔王様が残した宝物は見当たらなかったわ」
「そうか…手土産に、と思っていたのだが仕方ない」
肩を竦めるリリムを見て、最初からあまり期待をしていなかったベリアルは特に気にしていない様子で言った。
「リリムの報告も受けたことだし、これから本題に入りたいと思う」
ベリアルはそう切り出すと座っている面々に顔を向ける。
「これからルキフェルとオセを除く七帝将は我と共に『霊峰ギルガ』を目指す。目的は…言わずもがなだな」
今まで一切表情を変えなかったベリアルがニヤリと笑う。そんな彼女を見て、アンドラスは内心驚いていた。
「『霊峰ギルガ』ではアンドラスの知人から協力を得られることになっている。その知人は…」
「当然信頼できる者です。氷霊種は彼に任せていいかと」
ベリアルの視線を向けられたアンドラスが自信ありげに答える。ベリアルは頷くとオセに顔を向けた。
「オセにはその間、人族の目が我々、ひいては我々がいないデスガンド地方に向かぬようにしてもらいたい」
「そいつはまた暴れられそうな任務だな!やり方は?」
「貴様に任せる」
「はっ!!王様の首をとっちまうかもしれねぇぞ?」
「かまわん。”獣将”の力を見せてやれ」
ベリアルの言葉を聞いたオセが猛々しく笑う。
「会議は以上だ。何か異論があるものはいるか?」
ベリアルの問いかけに口を開く者はいなかった。
「それでは各自支度ができ次第、魔王城前に集合」
ベリアルの言葉を皮切りに、次々と席を立ち部屋から出ていく。ベリアルはそれを見ながら誰にも聞こえないような声で呟いた。
「‘ジョーカー’か…」
言いようのない不安がベリアルの胸中に渦巻いていた。