39.ティア、頑張る
雫たち異世界人が騎士団と共に身体を鍛えている訓練場にやってきたティア。マーリンに言われてから雫たちと積極的に交流をはかろうとしていたのだが、上手い事予定が合わず、今日初めて訓練風景を見に来ることができた。
ちょうど今は騎士団員と打ち合いの稽古をしていた。当初この世界に来た時は、戦いのたの字も知らなかった雫たちであったが、今は二十人もの騎士団員を相手に圧倒していた。その動きは非常に洗練されており、ティアは思わず目を奪われる。
ティアが来たことに気づいた騎士団長のガイアスが慌てて駆け寄り、胸に拳を添え敬意を表す。
「これは女王陛下。このような場所に足を運ばれるとは、一体どのような御用で?」
「皆様の頑張りをこの目で見てみたくて…お邪魔でしたらすぐに戻ります」
「いえ、そのようなことは。陛下に見ていただけるのであれば、訓練にも力が入ります」
ガイアスは再び敬礼をすると、訓練をしている騎士団員達のもとへと戻っていった。吹き飛ばされながらも果敢に立ち向かっていく騎士団員達。その光景をティアは何も言わずにずっと見つめていた。
雫たちと騎士団員の打ち合い稽古が一段落し、休憩している騎士団員にティアはタオルを持って近づいていった。ティアが来ていることに気づいていなかった騎士団員達は受け取りながら、タオルを渡した人物を見て一様に目を丸くしている。慌てて立ち上がり敬礼をしようとするのをティアが笑顔で止めるということが繰り返されていた。
そんなティアのもとにやってきた天海浩介は跪くと、ティアの手を取りその甲に口づけをする。
「ティア女王陛下。相変わらずお美しいですね」
「は、はい。コウスケ様、ありがとうございます」
ティアは浩介の気障な振る舞いに戸惑いながらも笑顔を浮かべた。
「今日は僕たちの訓練っぷりを見に来てくださったんですか?」
「そうなんです。皆さまが日々どのように厳しい訓練をしているのか、そのお姿をこの目に焼き付けようと思いまして。それにこれまで異世界の皆様とコミュニケーションをとってこなかったので、この機会に仲を深められたら、と」
「それはいい!ではこちらへ!」
浩介はティアの手をとり、休んでいる雫たちのもとへと連れていくと、ガイアスに呼ばれ、そのまま笑顔で一礼してこの場を後にした。
「あれ?女王様?なんでこんなところにいるんですか?」
水筒の水を飲んでいた石川さおりがティアに気づいて声をかけた。近くにいた北村香織と小川咲も同様に驚いている。霧崎雫と望月真菜はティアに気づいていたのか、すっと頭を下げた。
「いえ、皆様の勇姿を見たくて来てしまいました」
「そういう風に言われるとなんだか緊張してしまいますね…これは気合入れて訓練しなければ!」
咲が丸眼鏡を光らせながらにぎり拳を作る。
「それにしても…」
さおりがまじまじとティアの姿を眺めた。
「相変わらず奇麗ですねぇ…こんな奇麗な人生まれて初めて見た」
「そうね。元の世界にも女王様ほどきれいな人はいないわね」
「本当!羨ましいです!」
さおりと真菜、そして香織に褒められ、ティアは顔を赤くする。
「そう言っていただけると嬉しいです。…ちょっと恥ずかしいですけど」
ティアが笑顔を向けるとさおりと咲がぽわーっとした顔をした。そして何かに気がついた二人は後ろを向くと口に手を添えてこしょこしょと内緒話を始める。
「…咲っちはどう思う?」
「あんなの反則です。勝てる気が一切しません」
「あたしもそう思う。それに」
「それに」
「「胸がでかい!!」」
咲とさおりが無言で力強い握手を交わす。
「…それで、女王様が私たちを見に来たのはわかりましたが、天海がここに連れてきたということは何か聞きたいことでもあるのですか?」
二人の様子を不思議そうに見ていたティアに雫が尋ねる。
「聞きたいことというか…あまり皆様と話したことはなかったので、少しお話がしたかったんです」
「話ですか?」
「はい!普段どんなことをしてるのか、どんなことを思っているのか、皆さんの本音が聞きたくて。私は皆さんを大切な仲間と思っていますので」
「大切な仲間…」
雫が香織に視線を向けると、香織は困ったかのような顔をしていた。真菜は黙って親友の様子を伺う。先程まで咲とふざけあっていたさおりは珍しくまじめな顔をしていた。そんな雫たちの反応にティアは戸惑いを隠せない。
「えっと…なにか私変なことを言いましたか…?」
ティアの問いに何とも言えない表情を浮かべる雫と香織。するとさおりがティアの前まで行き、笑顔を浮かべた。
「あたしたちの本音よりも先に女王陛下の本音を聞かせていただいてもいいですか?」
その笑顔はさっきまでの明るいものではなく、他人行儀な笑顔であった。
「私の本音ですか?」
「えぇ。これから魔族との戦いも始まります。それについて女王陛下はどう思っているか…あたし達異世界人のことをどう思っているのか、聞きたいです」
さおりの表情は真剣そのもの。ティアも居住まいを直してさおりの問いに答えた。
「私は誰も傷つかずにこの戦いが終わればいいと思っています。それはここにいる皆様も同じことです。…いえ、むしろあなたたち異世界の人々はこちらの都合で呼んでしまった方たち。なるべくならあなた達に負担をかけることなく、平和な時代を迎えたいです」
「ここにいるみんなが…それは今交渉に行っている人たちを除いてということですか?」
「え…?」
さおりの作り笑顔がだんだんはがれていく。
「あたしたちを大切な仲間と言いましたね?それならなぜ危険な地へたった三人で行かせたんですか?アレクサンドリア城周辺の魔物の討伐に行く時ですら騎士団をつけるくせになぜ?」
さおりの口調がだんだんと強いものになっていった。ティアはただただ戸惑うばかり。
「本当はこんなこと聞くつもりはなかった…へらへら笑ってお茶を濁すつもりだった…でも女王様が『仲間』という言葉を使うなら…あたしたちを『仲間』と呼ぶなら聞かせてください」
その表情はもはや笑顔とは呼べず、目には涙が溜まっていく。
「どうして青木達だけで行かせたんですか?青木達なら死んでもいいと思ったんですか?どうしてあたしたちに何も教えてくれなかったんですか!?ねぇどうしてっ!?」
「さおり」
最後の方はほとんど絶叫に近かった。訓練場の全員がこちらに視線を向ける中、真菜が震えるさおりの肩を優しく手でつかむ。さおりが振り向くと、真菜が頭を左右に振った。
「大丈夫だよ、さおりちゃん。青木君たちには美冬ちゃんと高橋君が付いているから」
涙を流すさおりの背中をさすりながら香織がなぐさめる。咲も泣きそうな顔をしてさおりの側につき、三人で城の方へと歩いていく。
残されたティアは茫然としていた。さおりが言ったことも、さおりが声を荒げた理由も、さおりが涙を流したわけも何一つわからないまま、その場に立ち尽くすしかなかった。そんなティアに真菜が問いかける。
「女王陛下は竜人種の交渉についてはご存知ですか?」
「竜人種の…交渉?」
その反応だけで真菜はすべてを悟った。この女の子には大事なことは何も知らされていないお飾りの女王様であること。
真菜はゆっくりと説明を始めた。優吾、亘、卓也の非戦闘スキル持ちの三人が竜人種交渉の任を受けたこと、そしてそれに伴い美冬と隼人の姿が見えないこと。おそらく三人を心配してついて行ったのだろうと自分たちが推測していること。
全ての話を聞き終えたティアはあまりの衝撃で声を出すことができなかった。そんなティアに真菜は憐みの視線を向ける。
「そんなことが…私が知らない間に…」
「おそらく女王陛下に話すと止められると思って内密に事を運んだのでしょう」
雫が自分の考えを告げる。それが事実に違いないことはティアが一番よくわかっていた。真菜はショックを受けているティアの前に立つとスッと膝を折った。
「石川さおりの無礼な言動の数々、誠に申し訳ありませんでした。彼女の代わりに私が処罰を受けるのでそれでご容赦いただけないでしょうか」
「しょ、処罰だなんて…これは全面的に私が悪いことなのでそんなことしません」
「寛大な処置、痛み入ります」
真菜は深々と頭を下げると踵を返し、さおりの後を追った。雫は騒ぎを聞きつけ寄ってきた浩介たちの相手をしている。残されたティアはただ茫然とするほかなかった。
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ティアは執務室に戻るとすぐにカイルを呼び出した。やってきたカイルは呼び出された理由がわかっているのか特に驚いている素振りはない。
「カイルさん…私が聞きたいことはわかっていますね?」
努めて平静を装ってティアがカイルに問いかける。
「竜人種への派遣の件ですかな?」
「その通りです。なぜ私の許可を得ずに行ったのですか?」
「ふむ…」
カイルが顎に手を添える。
「陛下にお話ししてたら陛下はどのような判断を下しましたか?」
「もちろんそんなことは認めるわけにはいきません!彼らは我々の都合で呼び出した方達、危険な地に行かせるわけにはいきません!」
「…それでは魔族との戦いの地にも彼らは行かせはしないと?」
「っ!?そ、それは…そう言うわけではありませんが、異世界の人でなくても適任がいたのではないですか?アレクサンドリアの国の者でも…」
「それはアレクサンドリア国民よりも彼らの方が大切というわけですか?」
カイルにぎろりと睨まれティアは言葉に詰まる。
「そもそも危険な地と決まったわけではあるまい。儂は交渉に長ける者、判断力に長ける者、そして知識に長ける者としてあの三人を選んだまでです」
「だ、だったらなぜ三人だけで行かせたのですか?護衛の者もつけることができたでしょうに」
「竜人種は多種族との交流を拒む種族です。そんな彼らのもとに大人数で訪れるのはそれこそ愚の骨頂だと思われます」
淡々と正論を切り返すカイルにティアは何も言い返せなくなる。
「女王の判断を仰がなかったのは私の責任です。一刻も早く竜人種との交渉を進めなければ魔族と手を結んでしまうかもしれない。そうなってしまったら本格的に人族に未来はない。儂はこの国のこと、人族のことを思って最良の選択をしたと自負しております。…もしそれでも儂を罰するというのであれば甘んじて受けましょう」
「…いえ、処罰はなしです。今後は私に報告するよう注意してください」
「かしこまりました」
「話は以上です。さがっていただいて結構です」
カイルはお辞儀をすると部屋から出ていった。ティアは静かに立ち上がると扉に近づき、そっと扉の鍵を閉めた。
今の自分の顔を誰にも見られたくはなかった。




