36.勇者式レベルの上げ方
ここから数話アレクサンドリアの話になります!
王都周辺にあるコルク村。ここは三十世帯およそ百人ほどが暮らす小さな村で、村の中には畑が広がり自給自足の生活を営んでいた。偶にガンドラの街から商人がやって来ては村の特産品である小麦と他の品を物々交換したりするが、それ以外外に出ない、外からも来ないといった閉鎖的な村である。
そんなコルク村に珍しく村民や商人でない者たちの姿があった。その者のうちの二人は騎士団のマークが入った銀の鎧を身にまとっており、それ以外の者は比較的軽装ではあるが、それでも思い思いの武器や防具を身につけている。
「本当にありがとうございました」
「いえいえ、僕たちはやるべきことをしただけですので」
深々と頭をさげる村長に対して騎士副団長のフリントが朗らかな笑みを向ける。
「それに僕は特に何もしてません。全て彼らがやったことです」
「それはそれは…皆さんお若いのにかなり腕が立つのですね」
「えぇ、僕なんかよりよっぽどね」
フリントの言葉に村長は驚きを隠せない。騎士団といえば王国直属の部隊であり、日々厳しい訓練に明け暮れているということからその強さは王国周辺では有名な話であった。その中でも副団長のフリントは名が通っており、生半可な冒険者では相手にならないと言われている。
そのフリントよりも腕が立つと言われ、信じられないといった様子で彼らに視線を向ける。
「…今の無邪気な様子を見ていると、にわかに信じがたい話でありますが…しかし彼らは…」
「王国が召喚した’勇者’ですからね」
「むぅ…それでは少し挨拶をしたほうがいいかもしれませんな」
村長はちらりとフリントを見た。
「僕のことならおかまいなく。こちらで好きにしていますので」
「そうですか…なら少し席を外させていただきます。騎士団のお二人もどうぞ楽しんでくだされ」
そう言うと村長は異世界人が集まる所へと歩いていった。村長がいなくなるとフリントは手元にあるぶどう酒に口をつけ、ゆっくりと辺りを見回す。コルク村では今、宴が催されており、異世界人の彼らと村民達が楽しそうに談笑していた。
そもそもフリントがなぜこの場にいるのかというと、異世界人である彼らの警護のためであった。この世界に来てから四ヶ月以上がたち、座学や城で行われる基本的な訓練は一通り終了した。城の中だけでは限界があるため、彼らを王都の冒険者ギルドに登録し、魔物と戦うことでで実戦経験を積ませていた。
今回もその例に漏れず、このコルク村に異常発生した魔物を討伐するために七人もの異世界人が来ており、彼らにもしものことがないようにフリントとその部下の一人が同行していた。
「…とはいっても僕より強い人たちを警護っていまいちピンとこないんだけどな」
フリントは並べられた料理に手を伸ばしながら呟いた。
「ご冗談を。まだまだフリントさんの方がお強いでしょう。俺なんて元のステータスで差があるのに、その上レベルまであっさり抜かれましたからね。本当、立つ瀬がないですよ」
部下の男が苦笑いを浮かべる。
「やはり異世界の勇者というのは成長速度も段違いなのですね。四ヶ月やそこらで全員がレベル150を超えてしまった」
「ちなみにコウスケ君はレベル200を超えているよ」
「なっ…!?」
フリントがいった言葉に部下の男が目を丸くする。
「そのうえ【勇者】のユニークスキルだからね…もう僕なんかより強いでしょ」
「そ、そんなことは」
「フリント様〜!!」
部下の男の言葉は、フリントを呼ぶ甘ったるい声にかき消されてしまった。フリントが声をした方に目を向けると、この世界にはおおよそ似つかわしくない、ミニスカートを履いたギャルがこちらに走り寄って来ていた。その後ろから短髪の女の子もこちらに向かってくる。
「これはチサトさんとモエさん。どうしたのかな?」
「あの〜料理を持って来たので〜緒に食べませんか〜?」
「この子がどうしてもフリントさんと食べたいってきかなくて…ご迷惑じゃなければご一緒してもいいですか?」
少し顔を赤くした渡辺千里が両手に持った木の皿をフリントに差し出す。その横で上田萌が申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「それはいいね。でも美少女二人と食べるなんて少し緊張しちゃうかな?」
「いや〜!フリント様お上手〜!」
千里は皿を置くとフリントの腕に自分の腕を絡ませた。
「す、す、すいません!この子少し酔っているみたいで!ほら千里!フリントさんに迷惑でしょ!離れなさい!」
「いや〜!離れたくない〜!」
萌が慌てて千里を引き離そうとするが、がっちりと掴んでいて離れる気配はない。そんな萌にフリントが笑いかける。
「気にしなくていいよ。片手で食べられるからね」
「そ、そうですか…本当にすみません」
萌は頭を下げるとフリントの横に座った。
「でも本当にここでいいの?コウスケ君たちの近くの方が盛り上がっているんじゃないかな?」
「あそこにいても全然楽しくないんだも〜ん!天海は自慢ばっかり、筋肉バカは肉を食べてばっかり。あたしはこうやってフリント様の近くにいることが幸せなんです〜」
千里はフリントにしなだれかかった。萌は一瞬それを見て止めようとしたが、フリントがニコニコしているのを見てもうどうにでもなれ、と持っていたぶどう酒を一気に飲み干した。
天海浩介の周りにはたくさんの村娘が集まっていた。みんな浩介が語る武勇伝をうっとりしたような顔で聞いている。
「…と、魔物に囲まれた僕はこんな風に持っている剣でなぎ払ったのさ」
浩介がその場で華麗に一回転をする。それを見たギャラリーが黄色い声をあげた。
「流石の僕も今回の魔物の多さには度肝を抜かれたけどね…それでも僕には仲間がいたからなんとか窮地を乗り越えたよ」
浩介は芝居がかった口調で言った。
「魔物を前にして怖かったりしないんですか?」
村娘の一人が浩介に質問する。
「怖い、か…恐怖心よりもこの村を救いたいって気持ちの方が強かったかな」
またしても上がる歓声。それを近くで聞いていた仲田ひとみは鼻で笑った。
「ふん、多少強いからって調子に乗らないで欲しいですね!天海君よりお姉さまの方が百倍すごいんですから!ねぇお姉さま?」
ひとみは隣でものすごい勢いで肉にかじりつく月島葵に話をふる。
「ん?いやぁあたいじゃ天海にはまだ勝てねぇぞ。なんたってこいつはあの'グリズリーベア'を一人で軽々とのしちまいやがったからな」
葵は食べ終えた肉の骨を後ろに投げ、また新たな肉をつかんだ。
「それにこいつはもうすぐ冒険者ランクがBにあがりそうだし、あたいらの中じゃやっぱり頭一つ抜けてるな」
「格闘センスが抜群の月島さんに褒めてもらえると嬉しいな」
「そんなぁ…お姉さまが敵わないなんて…」
葵の話を聞いた村娘たちが浩介に尊敬の眼差しを向ける中、ひとみががっくりと肩を落とした。そんなひとみを見て葵が拳を前に突き出す。
「今は、ってことだ!いずれあたいがあの野郎よりも強くなってやるから!ひとみ、そんな顔すんな!」
「…お姉さま!!」
ひとみは葵の拳を両手でギュッと握った。葵はにかっと笑うと肉を食べながら浩介に視線を向ける。
「そういや天海、最近積極的に魔物討伐の依頼をこなしてるよな」
「魔物を倒すことで自分が強くなっていくことを実感できるからね。僕は【勇者】のスキルを持っているからみんなを守るため誰よりも強くならないと」
「ふーん。だから高ランクの魔物ばかりを相手しているのか?」
葵の話を聞いてひとみは今日の戦いのことを思い出す。確かに浩介は手ごわい相手ばかりを相手していた、それも一人で。
「高ランクの魔物を倒すとそれだけレベルの上がりがいいからね。おかげでレベルも今じゃ213まであがったよ。今ならランクBの魔物もなんとか倒せるんじゃないかな?」
自分のステータスプレートを確認しながら浩介が言った。
「213!?くー!!追いついてきたと思ったのにいつの間にか離されていやがった!」
葵は悔しそうに水を一気飲みする。
「月島さんもあれだけ暴れたんなら今回でかなりレベル上がったんじゃない?」
浩介に言われて早速ステータスプレートを確認する葵。
「あたいは199だな。前見たときよりも10ぐらいあがってるけど…ただ闇雲に魔物を倒すだけじゃダメってことか。よーし!あたいも浩介みたいに依頼受けまくるかな!」
「僕よりも玄田たちの方がよっぽど依頼をこなしてるよ。色んな人に付いて行ってるって聞いたけど?」
浩介が目を向けるとそこには隆人の取り巻きの前田健司の姿しかなかった。
「あれ?玄田は?」
浩介がキョロキョロと周りを見るも隆人の姿はない。
「そういや最近、っていうかこの世界に来て少ししてからか、玄田のやつあたいらとあんまりつるまなくなったよな」
葵は両手に肉を持ったまま腕を組んだ。
「そうですね…ひとみはもともと玄田君とは話す方ではないけど、最近は一切話しませんね…っていうか玄田君が誰かと話しているところをほとんど見ません」
「確かに…前田はなんか知ってるか?」
浩介が健司に問いかけるも、いつものお調子者っぷりはなりをひそめて俯いている。聞こえなかったのかと思い、浩介がもう一度言おうとすると、健司はすっと立ち上がり、そのまま何も言わずに歩きだした。
「なんか悪いこと言ったかな?」
「さぁ…?」
葵たちも遠ざかっていく健司の背中を見て首をかしげた。
健司は村の端っこで一人何かを書いている玄田の姿を見つけた。
「何してるの?」
健司が遠慮がちに声をかけるも玄田は答えない。健司はため息をつくと隆人のそばに近寄ろうとした。
「近寄るな」
「え?」
低い獣のような玄田の声に、健司は耳を疑う。
「近寄るな!」
「…わかったよ。ごめん」
声を荒立てた隆人をなだめるように謝り、健司は立ち止まる。
「何の用だ?」
隆人は敵意むき出しで問いかけた。
「…玄田のことが心配だったから」
「いらん心配するな」
隆人に睨まれ、健司は困った顔をする。
「なぁ玄田。お前変だよ」
「……………」
「前までは普通に俺たちとバカな話してたじゃん。なのにここ二、三ヶ月は部屋でも一切口を開こうとしない」
健司が必死に話しかけるも、隆人は無表情で羊皮紙に文字を書いている。
「あの森に行ってからだな、様子がおかしくなったのは。あん時に何かあったんなら俺たちに相談し」
「俺の詮索をするな!!」
もはやそれは絶叫に近いものであった。健司はびくっと身体を震わせる。こちらを見る隆人の視線からは憎しみに近いものを感じた。
「…ごめん」
ふーふー、と興奮した獣のように息を吐く隆人に頭を下げる。
「…俺、戻るわ」
「……………」
肩を落として村の中心に戻る健司を確認してから隆人は作業を再開する。
隆人が書いているのは自分たち異世界人の詳細。レベルやスキルなど浩介たちの能力が事細かに書かれている。
隆人は懐からくしゃくしゃに丸まった紙を取り出し、広げて中身を見た。
『人殺しの玄田隆人様へ
さっそく最初の依頼をしたいと思います。
私があなたに依頼することは、あなたを含む異世界人の調査です。
レベルはどれくらいなのか
それぞれどういったスキルを習得しているのか
ユニークスキルはどういったスキルが複合されているのか
そのスキルをどの程度使いこなせているのか
そういったものを同封の紙に記録してください。
記録した紙はこの封筒にもう一度入れていただければこちらの手元に来る手筈になっております。
記録したものはこちらで確認し、また新たな紙をお送りいたします。
それではよろしくお願いします。』
「…くそ!なんで俺がこんなことを」
隆人は悪態をつくと手紙をくしゃくしゃに丸め懐に戻す。この手紙は以前送られた封筒の中にいつの間にか入っていたものだった。隆人はこの指令をこなすため、依頼を受けた者を見つけてはそれに同行していた。
「今は従うほかないが、これをやっているやつがわかったあかつきには…」
隆人は獰猛な笑みを浮かべると先ほどまで書いていた紙を丁寧に折りたたみ、”アイテムボックス”にしまっていた黒い封筒の中に入れるとそのまま村の外へと歩いて行った。