33.マルカットの贈り物
屋敷に戻って来たタマモの表情を見てマルカットたちはほっと息をついた。
「なんとか話はついたみたいですね」
「えぇ。タマモは俺と一緒に旅に出ることになりました」
「のじゃ!」
元気よく答えるタマモを見てマルカットは笑みを浮かべる。
「船が出るまでまだ期間があるようですかどうするおつもりですか?」
「俺が泊まっている《太陽の宿》にタマモも泊まってもらうつもりです」
「そうですか…」
マルカットが少し残念そうに笑った。
「なんかまずかったですか?」
「いえ…この街にいる間はこの屋敷に泊まっていただければと思ったのですが…ほらみんなタマモさんのことが気に入ったみたいですしね」
マルカットが指差した方を見るとあからさまに落胆しているミトリアの姿があった。昴とタマモは顔を見合わせる。
「でも《太陽の宿》にいる可愛いお嬢さんを失望させたくありませんからしょうがないですね」
マルカットは苦笑いを浮かべながら肩をすくめた。
「そうですね…あそこには世話になっている義理もありますから…でも時間があるときにちょくちょく顔を出しますよ」
昴の言葉を聞いたミトリアが猛烈な勢いで近づいて来た。
「スバル様、それは本当ですね!?」
「あ、あぁ」
「最悪タマモさんだけでも良いので是非いらしてください」
「わ、わかったのじゃ」
鼻息荒く詰め寄ってくるミトリアに若干の身の危険を感じながらもタマモは頷いた。
「それじゃ俺たちはそろそろ…」
「あぁ、ちょっと待ってください」
立ち去ろうとする昴をマルカットが引き止めた。
「《ハウンドドッグ》であなたを送り出したときにお見せしたいものがあると言ったんですが覚えていますか?」
「あー…えーっと…」
「まぁ覚えていないのも無理ありませんね。あの時はそれどころじゃありませんでしたし」
マルカットは一瞬だけタマモに視線を向けると、昴に笑いかけた。タマモは首をかしげるが、昴はなんとなく気まずさを感じながら頭を搔く。
「グラン」
「はい、旦那様」
「例のものを」
「かしこまりました」
恭しく礼をするとグランは足早に部屋から出て行くと、間も無く戻ってきたグランの手には黒い布のようなものが握られていた。
「これは?」
昴の疑問には答えず、マルカットはグランからそれを受け取ると、得意満面に広げて見せた。
それはなんの変哲も無い漆黒のコートであった。この世界ではあまり見られないコートではあったが、お世辞にもマルカットが自信をもって見せるようなものではなかった。
「どうです?素晴らしいでしょ?」
マルカットが自信満々な顔で昴に尋ねる。昴は戸惑いながら黒いコートに目をやった。
「えーっと…普通のコートに見えますけど?」
「うむ。大したことないのじゃ」
昴とタマモが当惑しながらも率直に思ったことを言うと、マルカットの顔にますます笑みが広がる。
「いやいや…これは素晴らしい一品なのです!」
「どういうことですか?」
二人が同時に首をかしげる。
「これはスバルさんが倒した’ブラックウルフ’を使って作られたものなのです」
「’ブラックウルフ’を?」
「えぇ!奴らの皮はかなりの耐久性があるため鉄装備よりも硬く、防水防火に優れ、そして軽いのです!」
マルカットの声がだんだん熱を帯びてくる。
「それだけでもすごいのですが、このコートの一番すごい所は’ブラックウルフ’のスキルの一部を再現した魔道具であることです!!」
「スキルの一部を再現?」
「そうなんです!奴らが持つ【体温調節】と【自己治癒能力】を兼ねそろえているんです!!」
マルカットは興奮抑えきれない、といった様子なのだが、昴とタマモにはいまいち意味がわからなかった。
「マルカットさん、すいません。もう少し俺らにもわかるように教えていただいてもいいですか?」
「いまいちすごさがわからなかったのじゃ」
「そ、そうですね。すいません。年甲斐もなくはしゃいでしまいました」
マルカットは頭を下げながらコートを昴に手渡す。
「とりあえずそれを着てみてください」
「は、はぁ…」
訳も分からず、昴は言われるがままにコートを羽織る。羽毛のように軽く、質感は滑らかでとても着心地のいいものであった。マルカットは昴が来たのを確認すると暖炉まで足を運び火をつける。しばらくするとマルカットはだらだらと汗を流し始めた。
「い、いかがですか?ぜ、全然暑さを感じないでしょう?」
「え、あ、はい。さっきとほとんど変わりません」
「そ、そうでしょう。…それにしてもタマモさんは暑くないのですか?」
「うちは暑いのは全然平気なのじゃ!」
密閉されている中で暖炉をガンガンに炊いた部屋の温度は優に40℃を超えているだろうに、タマモは涼しい顔をしている。さすがに限界だったのかマルカットはグランに部屋の窓を全開にするように指示し、いそいそと暖炉の火を消した。
「これが’ブラックウルフ’の【体温調節】のスキルです。暑いところでも寒いところでも問題なく活動できると思います。そしてもう一つのスキルが…」
マルカットはグランに目で合図をすると、グランは懐からナイフを取り出し、コートに切り傷をつけた。
「なにを…?」
「よく見ていてください」
驚いた昴を制しながら、マルカットは傷口を指差す。昴とタマモは言われた通り、その傷をじっと見つめる。すると段々と傷が薄くなっていき、初めから切られていないかのように綺麗さっぱり無くなった。
「これが【自己治癒能力】のスキルです。傷ついたり汚れたりしても、その服自身がそれを修復します」
目を見開く二人を見て、マルカットは満足そうな表情を見せる。
「これはすごいですね。マルカットさんがあんなに興奮していたのもわかります」
昴は感心と驚愕が入り混じった様子で言った。タマモもブンブンと大きく首を振っている。
「これからそれを使っていただく人に気に入っていただけたなら、商人の誉れですね」
「え?」
その発言に耳を疑った昴が目を向けるとマルカットはにっこりと笑いかけた。
「これは新しい場所に行くあなたへの餞別です」
「餞別って、こんなすごいもの受け取れませんよ!?」
昴は慌ててコートを脱ごうとするがマルカットはそれを手で制した。
「こんなに素晴らしいものを作れる素材を、スバルさんは私に無償でくださったんですよ?」
「そ、それは…」
「それにそのコートに使った素材はほんの一部です。他の素材で私もかなり稼がせてもらいました。それなのにそれを受け取ってもらえなかったら私はスバルさんに大きな借りができてしまいます。それとも商人である私に貸しを作っておきたいですか?」
いたずらっぽい笑みを浮かべるマルカットに、昴は困ったように笑いながらため息をついた。
「マルカットさんも人が悪いですよ…そんなん言われたら受け取らないわけにはいかないじゃないですか」
「ふふふ、商人というのはこういうものです。少しは驚いていただけましたかな?」
「えぇ、かなり驚きましたよ」
「びっくりしたのじゃ!こんな服見たことないのじゃ!」
二人の反応にマルカットは満足そうな笑みを浮かべる。
「いつも驚かされてばっかりなのでね。たまにはこちらも驚かさないと」
「俺は驚かせてるつもりはないんですけどね」
昴は肩を竦める。
「とりあえず、これはありがたく頂戴します。こんなすごい服は他のお店じゃきっとありませんからね」
「えぇ、これからの冒険に活用させてください」
「はい!じゃあそろそろ俺たちは行きます」
そう言うと昴はタマモをつれて部屋を出て行こうとするが、途中であることを思い出し、マルカットにニヤリと笑いかける。
「あ、そうだ。いろいろお世話になっているマルカットさんにお土産があるんでした」
「お土産ですか?それは嬉しいですね」
マルカットは笑いながら少し意外そうな顔をした。
「えぇ、マルカットさんにいただいたこのコートには見劣りしますが…」
昴は”アイテムボックス”からあるもの部屋に取り出した。昴とタマモを除く全員がそれを見て愕然とするのを見て、昴は悪戯が成功した子供のように笑った。
「それじゃマルカットさんにグランさん、ミトリアさん、また顔を出すんでそん時はうまい飯でも食わしてください!」
「また来るのじゃ!!」
昴は逃げるように部屋から出て行き、タマモも驚くマルカット達の様子を見てクスクス笑いながら昴について行く。
残された三人はまだ信じられない、といった顔でその場に佇んでいた。
「旦那様…これは…」
グランが引きつった声を上げる。マルカットは動揺しながらも懐のハンカチを取り出し、大量の汗を拭った。
「まったく…せっかく返したと思ったのに、これではまた大きな借りができてしまったではないですか」
ミトリアがおぼつかない足取りでマルカットに近づいてきた。
「は、初めて見ましたが、これは…」
ミトリアが震える声でマルカットに尋ねる。マルカットは重々しく頷いた。
「えぇ…これは’ベヒーモス’…『炎の山』の主と呼ばれる魔物ですね…」
マルカットは部屋に横たわる暗褐色の魔物を見つめる。事切れてなお圧倒的な威圧感を漂わせるその姿は感服に値した。
「まったくあの人は…私の審美眼も捨てたもんじゃないと言うことですね」
そう呟くと、マルカットは疲れたように笑った。




