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異世界召喚されたらなぜかステータスが呪われていた  作者: からすけ
『炎の山』と狐人種の少女
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31.タマモの告白

 タマモが目を覚ますと目の前に現れたのは見知らぬ天井であった。まだ覚醒しきっていない頭で自分が置かれている現状を考える。


「うちは…確か山で魔物に囲まれて…」


 これ以上はいくら頑張っても思い出すことはできなかった。


「今の夢は…」


 いや、と今の言葉を否定する。あれは夢などではない、失っていた記憶であることは自分が一番よくわかっていた。

 ふと自分になにかがかけられていることに気づく。タマモが着ている服のような質感だったが、それよりもふかふかしていて、包まれているといつまでも寝ていられそうななんとも言えない気持ち良さがあった。


「これは…布団なのか?」


 タマモが使ったことのある布団は、タマモが狩った魔物の皮を剥いだだけの質素なもので、ごわごわしておりとても寝苦しいものであった。


「そういえばスバルが言っていたのう…これが”ふかふかのベッド”というものなのか。なかなかいいものじゃ」


 そう独り言を呟きタマモは気づく。


「スバル…?」


 勢い良く跳び起きるとタマモはあたりを見回した。どこかの建物の中のようだが周りにあるものは自分が知らないものばかり。タマモは頭の中が真っ白になる。見ず知らずの場所に自分がいるということもあるが、それよりも近くに昴がいないということがタマモのパニック状態に拍車をかけた。


「スバル…スバル!!」


 覚えたての言葉のように昴の名前を連呼する。すると突然タマモのいる部屋の扉が開いた。驚いたタマモは慌ててベッドの影に隠れ、扉の方を見る。部屋に入ってきたのは黒いワンピースに白いエプロンをつけた、いわゆる給仕服姿の女性であった。見知らぬ人族にタマモは警戒心をさらに高める。給仕服の女性はタマモがいるであろうベッドの方に深々とお辞儀をした。


「初めましてタマモ様。私はこの屋敷の給仕をしておりますミトリアと申します。不躾とは思いましたが、なにやら部屋の中で声が聞こえましたので、こうして顔を出させていただきました」


「……………」


 タマモは応えず、自分の中でひそかに魔力を巡らせた。


「もしお目覚めであれば大広間でスバル様がいらっしゃ―――」


「スバルッ!!?」


 タマモはピンッと狐耳を立ててベッドの影から飛び出した。


「スバルがおるのか!?どこじゃ!?どこにおるのだ!!?」


「はい、この屋敷にいらっしゃいます。そこへタマモ様を私が案内させていただきます」


 必死な形相で詰め寄るタマモに一切動じた様子はなく、ミトリアは笑顔で答えた。タマモは少し迷ったが、緊張した面持ちで頷く。ミトリアは手で部屋を出るように促すと「こちらです」と廊下を進んでいった。タマモは再び警戒の色を見せながらその後に続いた。


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・


 ミトリアについていったタマモは大きな部屋へと案内され、おずおずと中に入った。そこはタマモがいた部屋よりもさらに大きく、暖炉や魔物の皮でできた絨毯などがある豪華な部屋であった。タマモはそこで目当ての人物の姿を見つける。


「スバルッ!!」


 ソファでくつろぐ昴の姿を捉えるや否や、大声で名前を呼ぶとそのまま昴に飛びついた。昴は困ったような笑顔を浮かべながらタマモの身体を受け止める。


「随分慕われていますね」


 スバルの目の前に座っているマルカットはニコニコと笑いながら言った。昴しか目に入らなかったタマモは声のした方へと目を向ける。


「はじめましてタマモさん。私はスバルさんの友人でマルカットと言います」


「スバルの友人?」


 タマモが昴に視線を向けたので、昴はゆっくりと頷いた。それを見て安心したのか、昴から離れるとタマモはマルカットの近くまでちょこちょこ歩いていった。


「うちはタマモなのじゃ!よろしくお願いなのじゃ!」


「これはこれは。とても元気があっていいですね。えっと、タマモさんを連れてきてくれたのは」


「知ってる!ミトリアなのじゃ!」


 今度はミトリアの前まで歩いていき、少しばつが悪そうに頭を下げた。


「さっきは失礼な態度をとって申し訳ないのじゃ…うちはタマモ!よろしくなのじゃ!」


 昴に会うことができたタマモにもう警戒の色はない。ミトリアはタマモの視線の位置までかがむと愛おしそうに見つめた。


「はい、こちらこそよろしくお願いします。タマモ様」


「タマモでいいのじゃ!」


「いえいえ、そういうわけには…」


「ターマーモー!」


 拗ねたように頬を膨らませるタマモを見てミトリアは観念したように笑うとタマモの頭に手を添えた。


「では、タマモさんとお呼びいたします」


 優しくなでられたタマモは気持ちよさそうに笑った。それを見たミトリアはこのまま抱きしめてどこか遠くに連れていきたいという逆らい難い欲求を何とかはねのける。しかし表情はどこかだらしなく緩み切っていた。


「俺がいくら様付をやめてくれって言っても全然やめてくれなかったのに」


「スバル様はタマモさんではないので」


 愚痴るような昴の独り言を耳ざとく聞いたミトリアは顔をきりっとさせて言い放った。納得のいかない昴であったが、何を言われようとも変えるつもりはない、とその表情から窺い知れたので、がっくりと肩を落とす。マルカットは話題を変えようと一つ咳払いをした。


「私の後ろに立っているのが執事のグランです」


「お初にお目にかかりますタマモさん。グランと申します」


 お手本のようなお辞儀をするグランの顔をタマモはじっと見つめた。


「私の顔に何かついておりますか?」


「…それはなんじゃ?」


 タマモはグランがかけているモノクルを指さした。


「あぁ…これはモノクルといってこれをかけるとものがよく見えるのです」


 グランの言葉を聞いたタマモは表情を曇らせた。


「グランは目が悪いのか…かわいそうじゃ」


 グランは一瞬目を丸くしたが、すぐに笑顔をうかべた。


「タマモさんはお優しいのですね。でも心配ご無用です。タマモさんの可愛らしいお顔はちゃんと見えてますよ」


「可愛いだなんて…グランはよくわかっているのじゃ!うちは美少女タマモちゃんなのじゃ!!」


 グランに褒められて顔を赤くしながら明るい声で言ったタマモを見て、ミトリアは身悶えしていた。


 一通り挨拶が終わったタマモは昴の横にちょこんと座る。すかさずミトリアがタマモの前にオレンジジュースを出してやると、不思議そうにくんくんと匂いをかぎ、恐る恐る口に運んだ。するとハッとした表情になり、もう一度匂いを嗅ぐと、今度は夢中になって飲み始める。そんなタマモを子供を見守るような目で昴は見ていた。


「さて…自己紹介もすんだところですし、これからの話をしましょうか」


 マルカットの言葉を受け、昴が表情を改める。


「そうですね…色々と考えなきゃいけないこともありますし」


「スバルさんは確かサリーナ地方へ行く予定でしたよね?」


「はい。なんで一応の目的地は港町ルクセントです」


「ルクセントですか…あそこに行くための航路は今は魔物が出るから封鎖されていると聞いたのですが?」


 マルカットは顎に手を添え眉をひそめた。


「出してくれるっていう船は見つけました。準備に手間取っているみたいですけど」


 昴は筋骨隆々の海の男であるノックスを思い出しながら言った。


「…まぁスバルさんなら大丈夫でしょう。それに航路が復活となると我々も助かります。なんなら私が昴さんに指名依頼を出しましょうか?」


 今はまだ影響が出ていないが、このままルクセントとの商売ができないとマルカット商会にとって大打撃になることをマルカットは懸念している。昴は慌てて手を振った。


「俺の都合で行くんですから!これ以上マルカットさんのお世話になるわけにはいきませんよ!」


「お世話というわけではないのですが…まぁいいでしょう。ということはサリーナ地方行きは問題なさそうですね」


「そうですね。ただ…」


 そこで昴はミトリアからもらったケーキを嬉しそうに食べているタマモに視線を移した。


「俺はタマモの記憶を取り戻してやりたいんです。こいつはあそこに閉じ込められる以前の記憶を失っているんです。だから俺は」


 昴の言葉を聞いた途端、タマモが持っていたフォークを落とした。昴は不思議そうにタマモの顔を見る。


「…タマモどうした?」


 タマモは何かを言おうとするが、なかなか踏ん切りがつかずにすぐにまた下を向いてしまう。そんな俯いているタマモを安心させようと優しく頭をポンポンと叩いた。タマモは昴の暖かな表情を見て、意を決したように口を開いた。


「…うち、話さなきゃならないことがあるんじゃ」


 タマモの緊張した面持ちを見て、昴はマルカットの方を見た。


「…それでは私たちは席を外しますので、ゆっくりと話をしてください」


 昴の意をくみ取ったマルカットはそれとなくと席を立とうとするが、タマモがそれを止めた。


「いいのか?」


 昴がタマモに聞くと、タマモはしっかりと頷いた。


「マルカット達は昴が信用している人たちじゃ。…だからうちも信用したい。みんなに話を聞いてもらいたい」


 マルカットは少し迷った様子であったがもう一度ソファに腰を下ろす。


「…わかりました。ここにいる者たちはタマモさんの話を聞き、それを一切他言しないことを誓います」


 マルカットは真剣な表情でタマモに言った。それに呼応するかのようにミトリアとグランが重々しく頷く。タマモは不器用な笑顔をみんなに向け「ありがとうなのじゃ」と頭を下げた。


 タマモは一つ深呼吸をすると、ポツリポツリと話し始めた。自分が夢を見たこと、その夢は自分の記憶だということ、父親を知らないということ、山が燃えてしまったこと、母親が殺されたこと、生きることをやめようとした自分が誰かに助けられたこと、そして自分が呪われた子であること。たどたどしくはあったが、自分の言葉で懸命に昴達に話した。


 話を聞き終えたマルカット達は一様に暗い顔をしていた。ミトリアに至ってはハンカチで自分の目をぬぐっている。誰もが口を開くことはできないでいた。

 そんな中昴は一切表情を変えずにタマモの話を聞いていた。タマモの話が終わった後、少し思案にふけるような表情を浮かべたと思ったらいきなりその場で立ち上がる。


「マルカットさん…少し席を外していいですか?」


 唐突な昴の行動と発言に皆が目を丸くしていたが、マルカットはすぐに笑顔を取り戻し「かまいませんよ」と昴に告げた。昴はマルカットに礼を言うと、タマモの方に向き直る。昴に何を言われるか、と身構えていたタマモだったが、昴の口から飛び出した言葉を聞いてポカンと口を開いた。


「タマモ。お腹すいたから何か食べに行くぞ」


 昴はいつも通りの口調でタマモに言った。

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新連載、完結しました!(笑)『イケメンなあいつの陰に隠れ続けた俺が本当の幸せを掴み取るまで』もよろしくお願いいたします!!
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