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異世界召喚されたらなぜかステータスが呪われていた  作者: からすけ
『炎の山』と狐人種の少女
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29.タマモ 表

 タマモは父親の顔を知らなかった。


 物心ついた時から母親と二人、森の奥にある小さな小屋に住んでいた。タマモの母親は金色の髪を腰まで伸ばし、滑らかな尻尾を生やした、とても美人な狐人種の女性であった。タマモもその血を受け継いで綺麗な金色の髪をしており、他の身体的特徴も母親と同じであるのに、なぜか眼の色が違った。タマモの母親は黒い瞳をしているのに、タマモの瞳は髪の色と同じ金色だった。一度疑問に思ってタマモは母親に尋ねてみたが、微笑みながら「タマモは特別なのよ」と言われただけだった。

 母親はいつも笑っていた。少しおっとりしているが、とても優しい母親がタマモは大好きだった。そのため父親がいないことを寂しいと思ったことは一度もなかった。


 基本的にタマモのすることを咎めない母親であったが、タマモに禁止していることが二つだけあった。それは「森から出ること」、そして「狐人種の集落に行くこと」であった。


「なぜ森から出てはいけないのじゃ?」


 首をかしげながら純粋無垢な瞳を母親に向ける。


「森の外にはね、私達のことを嫌う人族が住んでいるのよ。だから森の外へ出てその人たちに出会ってしまったら危ないの。もし見かけても襲い掛かったりしてはダメ」


「人族はなんでうちらのことを嫌うのじゃ?」


 タマモの質問に母親は少し困った表情を浮かべる。


「あの人たちはね、私達のことを知らないの。知らないっていうのは怖いことなのよ。タマモも夜にトイレに行くのは怖いでしょう?」


「トイレ怖いのじゃ!!何か起こるかもしれなくて一人で行けないのじゃ!!」


 一人でトイレに行くことを想像して震えている娘を見て母親はくすりと笑った。


「何が起こるかわからない。わからない、知らないというのは本当に怖いことなの。恐ろしいものは嫌いになってしまう。だから私達は嫌われてしまっているのね」


「そうなのか…」


 タマモには少し難しい話だったのか、母親の話をうーんうーん、と唸りながら考えていた。そんなタマモの様子を優しいまなざしで見つめる。


「タマモは人族というだけで嫌いにはならないでね」


「ん?どういうことなのじゃ?」


「種族なんていうのは単なる外見上の特徴でしかないの。その人の本質をあらわすわけじゃない。その人が魔族だからとか人族だからというだけで嫌いになってはいけない。タマモはちゃんとその人の内面を見てあげて」


「うーん…母上の言うことは難しいのじゃ」


 タマモの母親は悩む娘の頭を優しくなでる。


「タマモに優しくしてくれる人にはタマモも優しくしてあげてね」


「それなら簡単なのじゃ!!うちは優しくするのじゃ!!」


 元気よく言うタマモに母親は微笑みを浮かべる。


「でもそれならなんで同じ狐人種の集落にも行ってはいけないのじゃ?同じ種族なら分からないことなどないであろう?」


 タマモの頭をなでていた母親の手がぴたりと止まった。タマモは不思議に思って母親の顔をうかがう。そこには悲しげな表情が浮かんでいた。


「…同じ種族でもわかりあえないことがあるのよ」


 そう言うとタマモの母親はギュッと娘を抱きしめた。その身体は少しだけ震えていた。タマモはなんで母親がこんなにも悲しんでいるのかわからないが、とにかく元気づけようと努めて明るい声を出した。


「大丈夫じゃ!!母上の言いつけを守って集落にはいかない!!だから元気出してほしいのじゃ!!」


 娘に励まされた母親は目にたまった涙をぬぐいながらタマモに笑いかける。


「本当にタマモは私の自慢の娘よ」


「のじゃ!!母上もうちの自慢の母上なのじゃ!!」


 タマモは母親に抱きつき、その胸に顔をうずめた。甘い香りがタマモを包む。タマモはこの母親の匂いが大好きだった。



 タマモはしっかり言いつけを守って集落にも森の外にも行かなかった。川へ魚を捕りに行ったり、家の近くで小動物を狩ったりしていた。狩りの仕方は母親に教わった。狐人種は身体能力が高く、【火属性魔法】の扱いに長けていたので、狩りにも炎を用いるが、そのせいで森を燃やすなんていう愚はおかさない。タマモもその例にもれず、いやむしろ普通の狐人種よりもはるかに炎の扱いがうまかった。その証拠に【火属性魔法】を教えてもらうとすぐに母親よりも自在に使いこなせるようになった。そのため狩りはタマモの仕事に、母親は木の実や果実などの採取を行うようになった。


 今日もタマモは夕食を求めて近場を散策していた。狩りを通じて得た【気配遮断】と【気配探知】、そしてタマモが生まれたときから持っていた【第六感】のスキルのおかげで獲物に気づかれないように近づき、炎の矢でスムーズに狩りを行う。

 三匹ほどネズミを捕まえたので家に帰ろうとしたタマモはふと何かの気配を感じて木の陰に身を隠した。タマモはこっそりと様子をうかがうと、’ジャイアントボア’が’ホワイトウルフ’を追いつめているところであった。’ホワイトウルフ’が唸り声を上げて懸命に威嚇するも、’ジャイアントボア’は全く気にしている様子はない。

タマモは身体に魔力を巡らしながら’ジャイアントボア’に狙いを定める。


「”炎の大矢(フレイムアロー)”」


 タマモのかざした手から放たれた大きな矢は一直線に飛んでいき’ジャイアントボア’を射抜く。”ジャイアントボア”が何が起こったのかわからないまま地面に倒れると、タマモはゆっくりと仕留めた獲物に近づいた。’ホワイトウルフ’は目の前の敵が突然倒れたことに驚いていたが、新たに現れたタマモに怯えながら威嚇をする。タマモは少し迷ったが、’ホワイトウルフ’にゆっくりと手を伸ばすが’ホワイトウルフ’がその手に噛みついてきた。痛みに顔をゆがめながらも、タマモはなんとか笑顔を作る。


「大丈夫じゃ。お主を襲ったりはせぬ」


 優しく声をかけるタマモを見て‘ホワイトウルフ’は警戒しながらも噛みつくのをやめた。タマモは’ホワイトウルフ’の頭に手を伸ばし壊れやすいものを触るようにそっとなでた。最初は身体を固くしていた’ホワイトウルフ’であったが次第に警戒を解いていき、耳の裏をなでられたときは気持ちよさそうにしていた。

 タマモはひとしきり’ホワイトウルフ’と戯れた後、’ジャイアントボア’の亡骸に近づき、自作の石のナイフで解体し始めた。それが終わると終始こちらを見ていた’ホワイトウルフ’に肉の一部を投げ渡すと、不思議そうにこちらを見た。


「これをあげるのじゃ!!これは友情の証なのだ!!」


 ‘ホワイトウルフ’はタマモの言葉を理解したのか、尻尾を振りながら頭をタマモにすりつけると、タマモからもらった肉をくわえて森の奥へと走っていった。


「また今度なのじゃー!!」


 タマモは走り去る’ホワイトウルフ’に向けてぶんぶんと手を振った。狐人種の集落に行けない、森から出ることもできないタマモに初めての友達ができたのであった。


 その日からタマモの日課に’ホワイトウルフ’に会うことが追加された。あの’ジャイアントボア’を狩った場所が暗黙のうちに待ち合わせ場所になっており、一緒に狩りをしたり、川で水遊びをしたりした。他の’ホワイトウルフ’とも仲良くなり、母親以外に親しい仲の人がいなかったタマモは一気にたくさんの友人ができ、喜びに満ち溢れていた。


 そんな幸せな日常はそう長くは続かなかった。


 いつものように’ホワイトウルフ’に会いに来たタマモだったが、そこには’ホワイトウルフ’の姿はなかった。不思議に思いながらも彼らの住処に向かったタマモはそこで思いがけない光景を目にする。何人かの人族が武器を携え’ホワイトウルフ’の住処を襲撃していた。咄嗟に飛び出そうとしたタマモは母親の言葉を思い出し、なんとか思いとどまる。人族たちは容赦なく剣をふるい、’ホワイトウルフ’達を次々と葬っていく。

 タマモは血が出るほど拳を握り締めながら、必死に飛び出さないよう堪えていた。しかし人族のあまりの仕打ちにとうとう堪え切れなくなり、魔力を滾らせながら、’ホワイトウルフ’と人族の間に飛び出した。

 人族の男達は突然現れたタマモに驚きを示したが、徐々に険のある顔になる。


「なんで狐人種の子供がこんなところにいるんだ?」


 一人の男が冷たい口調でタマモに尋ねる。


「うちの友達を傷つけるな」


 男の質問には答えず、タマモは両手を開いて男達の前に立ちふさがる。訝し気にタマモを見ていた男達の一人が何かに気づいたように怯えた声を上げた。


「こ、こいつ、金眼だ!!」


「な、なんだと!!ならこいつは魔族の回し者か!!」


 怯えた男の言葉を受けて先頭の男がタマモに剣を向けた。


「う、うちは魔族ではない!!」


 急に魔族扱いされたタマモは狼狽えながら答える。


「嘘をつけ!!金眼は魔族と他種族の混血児、いわば呪われた子。この魔族の手先め!!」


 タマモは男から言われた事が理解できなかった。あまりに衝撃的な事実を聞かされ頭の中が真っ白になる。魔族と他種族の混血児?呪われた子?わけが分からなかった。目の前の人族が敵意を、憎しみを込めた視線でこちらを見てくる。タマモは怖くなってにげだした。あの目が怖くて、あの場にいるのが怖くて、何もわからないのが怖くて、とにかく一心不乱で逃げた。


 振り返ることもなく、家に帰ることだけを考えてタマモは森を駆けていった。

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新連載、完結しました!(笑)『イケメンなあいつの陰に隠れ続けた俺が本当の幸せを掴み取るまで』もよろしくお願いいたします!!
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