6.力試し
昼食後、中庭にある騎士訓練所に向かうと二人の男が昴達を待っていた。
一人は四十歳前後の壮年の騎士で、頬に一筋の傷があり、温和そうでありながらどこか油断ならない雰囲気を醸し出していた。
もう一人は二十代中ごろといった具合で、金髪碧眼のかなりの美形であり、落ち着いた様子からどことなく大人の余裕を感じる。
昴達が集まったのを確認した壮年の騎士が一人一人の顔を眺めながら話し始めた。
「我らが救世主よ。ここからは実戦形式の訓練を行い、魔物や魔族たちとの戦い方を教える時間となっている。私はアレクサンドリア騎士団団長を務めているガイアスだ」
まさに昴達の想像する騎士を体現したような喋り方と立ち振る舞い。ガイアスはそのまま隣に立っている男に目配せをすると、金髪の男は人懐っこそうな笑顔を向けた。
「はじめまして、皆さん。僕はアレクサンドリア騎士団副団長のフリントといいます。まだ副団長になりたてで頼りないところもあるかもしれないけど、ガイアス団長よりも年が近いということで、困ったこととか悩み事とかあったら気軽に話してください」
芸能人顔負けの白い歯でスマイルを見せながらフリントが話すと、一部の女子から黄色い声が上がる。当然、男子は無表情。
「さて自己紹介はくれぐらいにして早速訓練を…といいたいところであるが、その前に各人の実力を知っておきたい」
ガイアスはフリントに視線を送ると、フリントはうなずき、用意していた木剣を昴達に配り始める。
「これから我々と1対1でこの木剣を使って打ち合ってもらう。男子はフリント、女子は私のところに並ぶように。なに、緊張することはない。こちらは手加減して臨むので怪我などはしない、心配するな」
ガイアスは異世界の者達の顔が強張るのを見て笑いながら言った。特に緊張していなかったのは昴を含み、三人のみ。
「それでは始めようか。一番手は誰が僕の相手をしてれるのかな?」
どこか楽しそうに剣を構えるフリントの前に立ったのは若干表情の硬い浩介。ガイアスの前には集中力の鬼となった雫がでる。
「天海浩介です」
「ほー…いきなり勇者様と手合わせできるなんて本望だね。好きなタイミングでかかってきていいよ」
「…よろしいのですか?」
挑発ともとれるフリントの言葉に浩介は眉にしわを寄せる。そんなことお構いなしなフリントは一つうなずくと笑顔のまま剣を構えた。
一瞬の静寂ののち、同時に動き出す二人。浩介は素早く詰め寄ると剣を上段から振りろす。フリントはそれを難なくいなしながら後ろに飛びのいた。
初撃がかわされても浩介はそのままの勢いで突っ込み、絶え間なく剣戟を繰り出す。すべての攻撃を剣で受けながら隙を見て振るわれるフリントの剣を浩介もすんでのところではじき返していた?
その応酬に目を奪われるクラスメートたち。フリントが一旦立て直そうと距離をとるとその一瞬の隙を浩介は見逃さず一気に距離を縮め剣を突き出す。フリントはにやりと笑みを浮かべ、浩介の利き手めがけて剣を突き立て、浩介の手から剣を弾き飛ばした。
カランカランと木剣が落ちた音が訓練場に響き渡る。
「…まいりました」
浩介は肩で息をしながら素直に負けを認めた。
「いや、やっぱり勇者はすごいね。初めてでここまでできるとは正直驚いたよ。僕もうかうかしてられないね」
終始笑みを崩さなかったフリントに礼をして浩介は後ろへと下がる。雫の方も終わったようで、少し汗を浮かべながら「ありがとうございました」とガイアスに頭を下げていた。
その後も順々にフリント、ガイアスとクラスメートたちが剣を交えていった。やはり生徒の間でも実力差はあり、ステータスの差もさることながら、戦闘系と非戦闘系のユニークスキルの違いが顕著に出ていた。
「よし、じゃあ次の人行こうか」
斎藤卓也との生ぬるい手合わせを終えたフリントが昴に告げる。卓也は息も絶え絶えに「頑張って…」と昴に言うと、フラフラと後ろにさがり、そのまま倒れこんだ。
「楠木昴です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた昴に対し、一瞬驚いた表情を浮かべたフリントだが、すぐに笑顔に戻し「よろしく」と剣を構えた。その反応を見て騎士団にも自分の呪いのスキルの事は知られている事に気づき思わず気が重くなる。だが今そんな事を考えても仕方がない。雑念を振り払うかのように頭を振ると、昴もフリントに倣って剣を構えた。
その瞬間昴の身体をかけめぐる違和感。
そして唐突に訪れた虚脱感。
剣を構えただけで体中から汗が噴き出す。金縛りにあったかのように体が動かない。剣を持つ手から異物が入り込むように昴の身体を蝕んだ。
それでもなんとか体に鞭を打ちフリントのところまで走ろうとするのだが、身体を動かそうとすると視界がゆがみ、まるで水の中を走っているような感覚に陥る。
これは長時間は耐えられない。止まりそうになる足を無理矢理動かし、なんとかフリントまで辿り着いた昴はめがけて斬りかかった。するとスポンッと昴の手の中から木剣があらぬ方向へと飛んでいく。そしてそのまま地面へと一直線に倒れこんだ。
一瞬呆気にとられた隆人が地面に倒れる昴の姿を見て盛大に噴き出す。誠一と勝も笑い出し、健司に至ってはうずくまって地面をたたきながら笑っていた。
そんな隆人達の笑い声を背中に感じながらも慌てて剣を拾いあげ「もう一度お願いします」と剣を構えてフリントに突っ込もうとする。が、今度はフリントのところにたどり着く前に足がもつれて倒れこんだ。隆人達が目に涙を浮かべて笑い転げていると、見かねた香織が昴の元まで駆け寄り「大丈夫?」と声をかける。そんな様子を見てフリントは困ったような表情をうかべた。
「えーっと…もうわかったから大丈夫だよ、スバル君」
「…ありがとうございました」
香織にささえられながら立ち上がる。目眩や違和感はなくなったが虚脱感は今だ身体から抜けきれない。
昴はなんとか香織に笑いかけ謝ると、終わった生徒たちの元まで歩き腰を下ろした。そんな昴を心配そうに見ていた香織も、昴が座ったのを見て、自分がいた場所まで戻っていく。
(今のは…何だったんだ)
昴の身体を蝕んだ正体不明な異常。手を閉じたり開いたりしながら考えるが答えは出ない。同室の優吾や亘が「大丈夫か?」と声をかけてきたが、笑顔を向けるのが精いっぱいだった。
昴以外は大きなイベントもなく、女子の手合わせは終了し、男子の手合わせも最後の一人になった。
「高橋隼人です。よろしく」
緊張感をかけらも感じさせない様子で隼人は軽く頭を下げた。フリントはいつもの調子で笑みを浮かべていたが、その目は隼人の姿を興味深げに観察している。女子を見終えたガイアスも二人の手合わせに注目していた。
隼人は剣を構えることなく木剣を持った左手をぶらりと下げる。その様子を怪訝そうに見つめるクラスメート達。フリントも剣を構えながら隼人の様子を探るが動く気配はまるでない。と、思っていた瞬間、隼人の姿が消える。否、猛獣のごとく低姿勢で地面を駆け、フリントの目の前に現れた。
「なっ…!!」
驚愕に目を見開くフリント。隼人は引きずるように持っていた木剣に右手を添えて思いっきり斬り上げた。フリントは慌てて剣を前に出すが隼人は手首の角度を変え、その剣に己の剣をぶつけ、そのままふりぬく。
フリントは勢いに押され、後ろに吹き飛びながらズザザーと足で地面に二本の直線を刻んだ。隼人は追撃を行わず、相手の様子を注意深く観察し、またゆっくりと両手を下げる。クラスメートたちは開いた口が塞がらない様子。腕を組みながら見ていたガイアスですら唖然としている。
「なるほどね…【剣聖】は伊達じゃないと」
そうつぶやくフリント笑みを壁ながらも警戒するように目を細めた。剣を構えながら慎重に自分と隼人の距離を測る。
隼人は涼しげな表情をしているが、内心フリントを賞賛していた。いくら【剣聖】のスキルがあるとはいえ、経験豊富なフリントに一矢報いるには不意打ちしかない、と最初の一撃で勝負を決めるつもりだった。
明らかに目の色が変わったフリントにはもう不意打ちは通用しない。内心苦笑いを浮かべながらフリントの動きを待った。
「それじゃあ今度はこちらから行かせてもらうよ!」
疾風のように隼人に迫る。その動きは今まで自分達を相手にしていたフリントの物ではなかった。
隼人は【剣聖】が内包する【天眼】のスキルを無自覚に発動し、冷静に相手の剣筋に合わせる。ステータスでは劣る隼人であったが、この【天眼】によりフリントの動きだけははっきり見えるので、何とか最小限の動きで剣を捌いていく。
「…目がいいんだね」
「おかげさまで」
猛攻を仕掛けるフリントに飄々と答える隼人。実際は必死にフリントの剣を受けているのだが【明鏡止水】の能力により心は冷静でいられた。フリントの打ち込むスピードは徐々に上がっていくが、それでも隼人に一撃を与えることはできない。
「驚いたな…ハヤト君、本当に初めて?」
一旦距離をとったフリントが隼人に声をかけた。これでもアレクサンドリアが誇る騎士団のナンバー2。実力は折り紙付きだというのに、今日やって来たひよっこに対して攻めあぐねている自分に思わず苦笑いを浮かべる。
隼人は少し笑って額の汗をぬぐうと、木剣を右腰に添え膝を曲げ姿勢を低くする。それはフリントは初めて見る構えであったが、隼人と同じ世界にいた者達はその構えに見覚えがった。
それは居合の構え。
元の世界で居合道を修めていた隼人本来のスタイル。鞘に収めた状態で帯刀し、鞘から抜き放つ動作で一撃を加えるという剣による攻撃の中で最速と名高い剣術。
フリントには謎の構えをとる隼人が未知の怪物のように見えていた。背筋が凍るような戦慄と強者に出会えた喜びという相反する二つの感情がフリントの中で渦巻く。
「さて…見たことのない構えだけど、明らかに僕を誘っているよね」
「どうかな…ひょっとして怖い?」
「…上等!」
涼しげな顔でそう告げる隼人に、フリントは笑いながら野獣のような眼光を向ける。
固唾をのんで二人を見つめるギャラリーを完全に意識から吹き飛ばし、フリントは一つ息を吐いて集中力を高めた。
二人の距離はおよそ十メートル。フリントは相手の呼吸と自分の呼吸を合わせ、構えた剣を下に向けるや否や、全速力で隼人へと駆け出した。
隼人は猛スピードでこちらに向かってくるフリントを確認すると、ゆっくりと目を閉じる。目で捉えるのではない、相手の気配を感じれば自ずと身体は動くはず。
自分が向かっているというのに目を瞑った隼人にフリントは眉をひそめるが構わず剣を振り上げた。そしてそのまま袈裟切りにしようとしたその時、フリントを正体不明な悪寒が襲う。
その感覚に逆らわず、土壇場で剣を自分の身体の前に構えた。その瞬間、隼人は目にもとまらぬ速さで木剣を振りぬく。
すさまじい音をたててぶつかり合う二人の剣。その衝撃に耐えきれなかったのは二つの木剣だった。
「…そこまで」
ガイアスが二人に告げる。互いに真っ二つに折れた木剣を見て、フリントは口笛を吹き、隼人は少し残念そうに笑った。
そんな隼人たちの戦いを見て、静まり返っていたクラスメート達だが、徐々に拍手の音が広がる。ガイアスも笑いながら一緒になって手をたたき、隼人に賞賛の言葉を投げかけた。
場が落ち着いてきたところでガイアスが口を開く。
「みなご苦労であった。今回の手合わせで各々の能力や改善点を把握することができた。明日から今日の手合わせを参考に訓練を進めていくつもりである。やはりみな異世界人であるがゆえ、その実力に大いに期待できそうだ。ビシバシ鍛えていくつもりだからしっかりついてきてほしい。今日の訓練はここまで!」
そう告げたガイアスにお礼を言い、さっきの手合いについて話しながら城に戻っていく生徒たち。身体の調子がやっと戻ってきた昴もそれに続こうとするが、城に入る手前で誰かに後ろから呼び止められた。昴が振り向くとにやにやと嫌らしい笑みを浮かべながら近づいてくる隆人の姿が目に入る。
「くずのき、ちょっと付き合えよ」
「…ごめん、玄田君。ちょっと身体の調子が悪いから…」
そういって城に向かおうとすると巨体が昴の行く手を阻んだ。
「玄田が付き合えって言ってる」
少し頭が足りなそうな口調で勝が昴の前に立ちはだかる。
「いやぁ…俺たちに誰にもまねできない楠木様の素晴らしい剣術を教えていただけないでしょうか?」
「そうそう!あんな面白いの俺らもぜひ学びてぇよな」
横から健司と誠一が馬鹿にした笑いを浮かべながら昴に近づいてきた。隆人が昴に肩を組み、「なぁ、頼むよ」と言いながら馴れ馴れしく顔を寄せてくる。昴はこれから起こることを想像しながら内心ため息をつきつつ首を縦に振る。拒否権などあるわけがなかった。
「そうこなくっちゃ」
ニターッと嫌らしい笑みを浮かべながら顎でついてこいと促すと訓練場の裏手へと歩いていく。三人に囲まれた昴は無言で後について行った。