25.'激震'のサガット
全速力で『炎の山』に向かう昴。街から出るための門は閉まっており、出ていこうとする昴は案の定止められたが、サガットから受け取った羊皮紙を叩きつけるように出すと、守衛は慌てて門を開いた。
『炎の山』の入り口にたどり着いた昴は【気配探知】を発動する。問題なくスキルが使えたことに安堵しながらも、以前来た時とはまるで違う森の空気を身をもって感じていた。
「事前に爺の話を聞けて良かった…魔物の気配がまるで違うな」
サガットに大見得きったのは早計だったかな、と昴は少し後悔していた。そんなこと考えていてもなにも始まらない。
「“アイテムボックス”」
昴が取り出したのは紫色の液体。それはフランと買い物したときに買っていたもの。
〔魔物寄せの秘薬〕。
「こいつが効けばいいんだけどな…」
魔物の注意を少しでもタマモから逸らすために、昴はためらいなくその薬を全身にふりかける。目を瞑り、一度深呼吸をしてから’鴉’を呼び出すと、昴は山頂を見上げた。
「それじゃ…行きますか」
魔物の巣窟とかした『炎の山』へと昴は駆け出した。
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傾き始めた日がガントラの街門を照らす。
いつもならガンドラの街に入ろうとする人々が列をなしているのだが今日はその姿はない。ここにあるのはまだ見ぬ魔物の姿を思い描く、数十人の冒険者。思い思いの武器を手に、静かにその闘志を滾らせていた。
一人の男が門を抜け、冒険者の集団へと歩を進める。年齢を感じさせないその強靭な身体から発せられるオーラは、強者どもが揃う冒険者の中でも一際異彩を放っていた。冒険者たちはその男の力を肌で感じ、自然とその道をあける。男は冒険者の間を悠然と歩き、『炎の山』を見据えながら先頭に立った。
「皆なかなかに気合が入っていると見える」
冒険者一人一人の顔を見ながら歩きてきたサガットは後ろに控えるゾフマンに声をかけた。ゾフマンはランクBの冒険者、ギルド職員の中でも指折りの力を持つ。
「誰もがただの魔物大暴走とは違うと感じているのでしょう。野生の勘といいましょうか」
ゾフマンは自慢の大剣を背からおろし、地面に突き刺した。サガットは黙ったまま『炎の山』を見つめる。
「…あの男は戻ってくるのでしょうか」
ゾフマンは沈黙を破るように静かに口を開いた。
「心配か?」
サガットがゾフマンの顔をちらりと見やる。
「…あの男がただの小僧ではないのはわかります。しかしまだ若い。自分の力量を顧みず無茶をしてもおかしくない。この異常事態では何が起こるかわかりません。最悪命を落とすことになるかも」
「それならばその程度の男であったということだ」
サガットはにべもなく言い切った。一見冷たく突き放しているように思えるが、サガットは、その程度の男ではないという全幅の信頼を昴に置いていることが、長年の付き合いであるゾフマンにはわかった。
「…それほどの男だということか」
独り言のようにつぶやいたその言葉には驚きと、若干の嫉妬の色があった。
「あやつの心配をしている暇は我々にはないぞ。何が起こるかわからないのはこちらも同じこと」
サガットの言葉にゾフマンは顔を引き締める。サガットは上着をゾフマンに渡すと前へと歩き始めた。冒険者の集団から少し離れたところで止まると、身体に魔力を巡らせる。
ゴゴゴゴゴゴゴッ!!!
ガンドラの街が揺れ始める。その揺れは収まるどころか激しさを増していく。
「な、なんだっ!!?地震か!!?」
「魔物が攻めてきたのか!!?」
冒険者たちに動揺が走る。ゾフマンは揺れの源である男に目を向けながらじっと佇んでいた。
サガットは両拳を前に突き出し、さらに魔力を高める。練りこまれた魔力のあまりの多さに、サガットの周囲の景色は屈折したように歪んで見えた。揺れはさらに激しくなり、冒険者の中には立っていられず、四つん這いになっている者もいた。サガットは前に構えていた拳を勢いよく振り落とし、地面に叩きつける。
「"隆起する大地の断崖"!!!」
サガットが詠唱した瞬間、ガンドラの街の周りを囲うように土壁がせりあがる。その高さはガンドラの周囲を覆っている石造りの塀を優に超える高さ。そんな土壁がパンドラ地方の中でも大都市として名高いガンドラの街を守るようにぐるりとそびえたつ。
冒険者たちはいきなり現れた巨大な壁に唖然としていた。
「こ、これが…”激震”のサガット…」
冒険者の誰かが呟く。この瞬間、彼らの頭の中からは魔物大暴走のことなど吹き飛び、目の前に立つ化物のことで頭がいっぱいになった。
サガットがゾフマンのもとへ戻り、上着を羽織るが、誰一人として声を上げる者はいない。サガットは気にせずよっこらしょ、と地面に胡坐をかいた。そんなサガットの背中に声をかける男が一人。
「こうやって街を守っていただくのはいいですが…商人としては行商ルートがつぶされてたまったもんじゃないですね」
「…そう文句を言うな。前に魔物が入り込める余地があるだろう?そこから入ってきた魔物を駆逐するためだ。全滅させればまたいつものガンドラの街に戻る」
サガットが前方を顎で示す。男は軽くため息をつくとサガットの隣に腰を下ろした。
「お前が来るとは珍しいな、マルカットよ」
サガットは座った男に顔を向けずに声をかけた。
「まさか加勢に来たと思っていませんよね?」
「当然だ。お前の弱さは心得ている。戦いに参加されても迷惑なだけだ」
「えぇ、私の武器は武力じゃないですからね。戦場に出たら五秒も持ちませんよ」
自身満々に言うマルカットにサガットは苦笑いした。
「それならなおのこと、なぜこの場に来た?」
「……………」
マルカットはサガットの問いには答えず、黙って前を見つめている。サガットは怪訝な顔をしながらも、もう一度尋ねることはしなかった。二人の間に沈黙が流れる。
マルカットは普段なら味わったことない戦場の雰囲気、正確に言うと戦を前にした戦士たちの空気を楽しんでいた。肌がひりつくような緊張感、血が沸騰するような高揚、戦うわけでもない自分もそれを感じていることに私も男なのだな、と内心苦笑していた。
「…賭けをしたんですよ」
「賭け?誰とだ?」
急に発せられた言葉に少し驚きながらも聞いたサガットにマルカットは柔らかい笑みを向ける。
「囚われの姫君を助け出すことができるか…その傷を癒すことが果たしてできるかどうか」
「…悪役はいるのか?」
「悪役は…どうでしょうかねぇ。もう存在しないかもしれません」
彼の敵は狐人種の少女を閉じ込めた者。それは個人なのか、はたまた大勢なのか、どちらにせよもうこの時代にはいないだろう、とマルカットは思った。
「お前はどちらに賭けたのだ?」
「え?」
「賭けをしたんだろう?」
挑戦的な笑みを向けられたマルカットは満面の笑みを浮かべた。
「ここに私がいることが、その答えにはなりませんか?」
サガットは一瞬ポカンとしたが、膝を叩いて笑い出した。冒険者たちは突然笑い声をあげたサガットを、目をぱちくりさせながら見ている。
「あの目を見るとどうしても期待したくなる…夢を見たくなるんですよ」
「奇遇だな。俺の知っている男にもそういうやつがいる」
「へぇ…それは興味深い」
マルカットは少しおどけた調子で言った。
「やつなら何とかしてくれる、儂にはできないことをやってのける、そういう気持ちにさせる男だ」
「それは若い方なんですか?」
あたかもサガットの話している男のことなんて知らない、と言わんばかりにとぼけた様子でマルカットは尋ねた。サガットは苦笑を浮かべながら頷く。
「若い力に期待する…お互い年を取ったということですかね」
「バカ言え。四十も超えない若造が何言ってんだ」
「精神の話ですよ。体はまだまだ現役です。稼ぎまくりますよ!」
グッ、と握り拳を見せるマルカットを見て、サガットは「お前らしいな」と呟くとマルカットから視線を外した。
二人はそれ以上言葉を交わすことなく、共に『炎の山』の山頂を見つめる。
日はもう既に山にかかるほどに落ちていた。
日没まであとわずか。




