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異世界召喚されたらなぜかステータスが呪われていた  作者: からすけ
『炎の山』と狐人種の少女
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23.マルカットの助言

 冒険者ギルドから外に出ると、昴は意外な人物に声をかけられた。


「スバルさん、こんにちは」


 昴がそちらに視線を向けると、そこには柔和な笑みを携えた大商人、マルカットが立っていた。


「マルカットさん!?どうしてこんな所に?」


 商人のマルカットにとって冒険者ギルドは縁もない場所だと思った昴はその姿を見て目を丸くした。


「冒険者ギルドに用があったんですよ。まぁ依頼者の方ですがね…それよりどうです?お昼でも一緒に」


「…お昼ですか?」


 正直あまり食欲はないが、なんとなくマルカットと話をしたいと思った昴はその誘いを承諾した。


 この時間は混んでいるからという理由で《海産亭》はやめ、二人は《ハウンドドッグ》にやってきた。マルカットとダンクは浅からぬ仲のようで、店に入るとマルカットは当然のように店の端っこの席に座り、何も注文していないのにダンクはマルカットと昴に飲み物を持ってくる。


「ずいぶん久しいじゃねぇか大将」


「このところ忙しくてね。ダンク、いつものを頼みます」


「あいよ。そちらのお兄さんもこりゃまた久しぶりだな。何食べる?」


「あー…俺もマルカットさんと同じものを」


「あいよ」


 二人の注文を聞いてダンクはそそくさと厨房に下がる。


「スバルさんがこの店を知っているとは驚きました。酒場とかにはあまり興味がなさそうなのに」


「この街に着いた日の昼食をここで食べたんですよ」


「そうなんですか!スバルさんは運もよろしいようで。ここはガントラの隠れた名店なんですよ。食材は我々マルカット商会が卸しているんです」


「そうみたいですね。初めて来たときはここの料理のおいしさに驚きました」


 初めて来たときのことを思い出しながら昴は言った。思えばあの髭ダルマとの因縁はあの時からだったんだな、と思わず苦笑いを浮かべる。


「どうかされましたか?」


「いえ…ちょっとここに来たらいろいろ思い出しましてね」


「思い出す…それは昨日のことが関係していますか?」


 昴は目を見開きながらマルカットを見るが、彼はどこ吹く風か飲み物を楽しんでいる。


「…流石はマルカットさん、相変わらず耳が早い」


「商人は情報が命ですからね」


 マルカットは悪戯っぽく昴にウインクをする。昴は困ったように笑った。


「スバルさんは飲まれないんですか?」


「俺は…これってお酒ですか?」


「はい。でも甘くて飲みやすいですよ」


 昴はここに来た時に奢りだ、と出されたお酒の事を思い出す。なんとなく気が進まなかったがマルカットに進められて仄かに金色に輝く飲み物に口をつけてみた。


「っ!?これめちゃくちゃおいしいじゃないですか!!?」


 昴は目を丸くしながらカップを見た。


「気に入っていただけると私も嬉しいですね。なんて言ったってこの飲み物は私の商店の目玉のお酒ですからね」


 満足そうな笑みを浮かべるマルカット。


「これは森に生息する’ニードルビー’の巣にあるハニーから作られたワインなんです」


 昴はマルカットの説明を受けてもう一飲みする。初めに来るのは蜂蜜の甘さ、それもしつこい甘みではない。次に来るのはお酒の苦味。これがまた蜂蜜の甘さを引き立てる。喉越しはさわやかで、蜂蜜を食べたときのようなベタベタ感は一切ない。


「…初めて来た時に出された酒とはえらい違いだ」


「はっはっは。恐らく処分に困るような安酒でも出されたんでしょう」


 昴がハニーワインにドはまりしている様子を見て、上機嫌なマルカット。そうこうしているうちに、ダンクが料理を持ってやってきた。


「ほいよ!ダンク特性`海鮮ご飯卵包み`だ!!熱いうちに食えよ!」


 ダンクが持ってきた料理はまごうことなきオムライスであった。すこしスパイシーな匂いをさせ、メキシカンソースのようなものがかけられている。


「兄ちゃん…たしかスバルだったか?冒険者にはなれたのかよ」


「まぁ…なんとかギリギリな。今はいろんな依頼をこなしてるとこよ」


「兄ちゃんがギリギリとは冒険者ギルドも見る目が落ちたな」


 ダンクが空いた昴のグラスにハニーワインを注ぎながら言った。


「それで?依頼で『炎の山』には行ったんだろ?」


 ダンクは冗談っぽくニヤリと笑った。


「おとぎ話の化物には会えたのか?」


 昴は一瞬だけ身を固くし、何事もなかったかのようにダンクに答える。


「あんまり適当なこと客に言ってると店つぶれるぞ?どこへ行っても魔物魔物魔物…メルヘンとは無縁だったわ」


「かっかっかっ!ちげぇねぇな」


 笑いながら下がっていくダンクを目で送り、昴とマルカットは料理に口をつける。日本のオムライスとは少し違ったがやはりおいしかった。


「あのおっさん、本当に料理旨いですよね」


「ダンクは元ランクA冒険者で、いろんなところを旅したことがあるみたいです。そこで様々な料理の方法を習ったとか」


「元ランクA…どうりで」


 昴はダンクと初めて会った時に感じた、クリプトンよりも強いという感覚は間違いではなかった。


「あんだけ強面なら酒場の店主より冒険者の方がしっくりきますよね。普通の人ならあの顔を見て逃げ出しますよ」


 昴は笑いながらマルカットに話しかける。マルカットはそんな昴に微笑みを向けたまま何もしゃべらない。


「でもやっぱりあの顔でこの料理のうまさは納得できないなぁ…ていうかそもそも料理をしている姿が想像できない」


「……………」


「意外とああいう顔の男の方が家事とか洗濯とか上手にできるんですかね?なんかそういうのやってるダンクのおっさんを考えると笑えて」


「スバルさん」


 決して大きくはないけれど、スバルの話をさえぎるには十分すぎる鋭さでマルカットが昴の名を呼ぶ。昴はマルカットの顔を見るが、そこには笑顔が浮かべられ、それ以上の感情を読み取ることができない。


「なにかありましたか?」


 端的に、それだけを口にした。それだけで昴の笑顔がこわばる。それでも昴に向けた笑顔を崩そうとはしないマルカット。


「なにか、とは…?」


「なにか、です」


 震えそうになる声を必死に抑えながら、昴が尋ねる。が、マルカットはニコニコと笑うだけでそれ以上の事は何も言わない。

 沈黙が二人を包み込む。マルカットは昴が何かを言うのを待っているようで口を開こうとしない。昴は悩んだ後、大きく息をはいた。


(この人には本当に敵わねーな…)


 観念したように顔を向けると、マルカットはニヤリと笑みを浮かべる。


「まぁ年の功です。まだまだスバルさんには負けられません」


「心を読むのはやめてください」


 負けを認めた心まで読まれて笑うしかない。


「妙に口数が多いですからね。人間、本心を隠したいときは関係ない話をしたがるものなのです」


 それに、と笑みを消し真面目な顔で昴を見つめる。


「わたしでなくてもわかると思いますよ。それほどに昨日のギルドでの騒動はあなたらしくなかった」


「俺らしくない?」


「だって目立ってしまうでしょう?」


 当然のように言い切るマルカット。


「私のアドバイスを聞いてスバルさんは極力目立たないようにしているのは知っていました。でもあなたも男だ。目立ってちやほやされたいという感情が急に湧いても不思議ではない。…でもまぁ今日会った時点でその選択肢は消えましたがね」


 ハニーワインを手に取り喉を潤す。


「だからあなたが昨日のような行動に出た理由が何かあるのかなと思いまして」


「なるほど…相変わらず頭の回る人ですね」


 マルカットの洞察力の高さに脱帽と言った様子で昴は諦めたような笑みを浮かべた。


「うーん…どう話したもんか」


 昴は短い付き合いだがマルカットを信用している。だからと言って、馬鹿正直に『炎の山』の山頂で起きた出来事を話してしまっていいものなのか昴は悩んでいた。そんな昴の葛藤を読み取ったかのようにマルカットが声をかける。


「それは…先程話していたおとぎ話の化物が関係しているのでしょうか?」


 この人と話しているだけで自分は何度驚けばいいんだろうか。昴は唖然としながら頭の中ではそんなことを考えていた。


「さっきダンクがその言葉を口にしたときに、スバルさんの身体に力が入ったように思えたのでカマをかけてみましたが…どうやら当たりのようですね」


 悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべたマルカットを見て、最早乾いた笑いしか出なかった。


「まったく…マルカットさんはまじで油断ならない人ですね」


「それはお褒めの言葉と受け取っておきましょう」


 ニヤリと笑うマルカットを見て昴は苦笑しながらハニーワインを一気に飲んだ。


「…マルカットさんはおとぎ話を知っていますか?」


「おとぎ話というのは『炎の山』の話ですか?」


 マルカットの言葉に昴はうなずく。


「それであればダンクに聞いたことがあるので、おおまかには把握していますよ」


「それで十分です」


 昴は一回深呼吸をすると、マルカットに身を寄せ、声のトーンを下げた。


「おとぎ話の中だけだと思っていたものが、山頂にいたんです」


 マルカットは眉をひそめて昴の顔を見た。その顔は冗談だろ、と雄弁に語っていた。


「それは…本当なのですか?」


「…少なくとも俺が全力を出してもまだ足りないくらいの強固な結界は張ってありました。その結界の中に狐人種の少女がいたんです」


 想像だにしなかった昴の話に押し黙るマルカット。昴の力の片鱗を知っているマルカットにとって、その昴が全力出すような結界が『炎の山』の頂に張られているということだけで十分驚きに値する。


「それは…にわかには信じがたい話ですが…スバルさんがこのタイミングで嘘をつく必要もありませんしね。それでその少女とはどういったお話を?」


「ずっと一人でそこにいたみたいですからねぇ…純粋無垢な目でいろいろ聞かれましたよ…それこそ他愛のない事ばかりでしたけど」


 柔らかく微笑む昴。その顔を見て、マルカットは昴が出会ったのがおとぎ話に登場する化物であって化物ではないということを確信する。


「そうですか…それは貴重な経験をしましたね」


 少し平静を取り戻したマルカットが言うと昴は素直に頷いた。


「まさかあんなところに狐人種の少女が封印されているとは夢にも思いませんでしたからね」


「普通はそういうものです。でも話を聞く限りスバルさんが気落ちするようなことは今のところなにもなさそうに思えるのですが」


 マルカットの指摘に昴は困ったような表情を浮かべた。マルカットに話すべきか、少し逡巡した後、意を決したように口を開く。


「その子が言ったんです。…望めるなら今すぐに死にたいって」


「死にたい…ですか?」


 狐人種の少女は何百年もたった一人きりでそこに閉じ込められていた。食べることも寝ることもせず、一人ぼっちでただそこに存在していた。もう生きることに疲れてしまったみたいだった。悲しい顔で笑いながらいう昴のを、マルカットは黙って見つめた。


「まったく…正直まいりましたよ。初めて会ったのに色々聞かれた挙句、死にたいですからね」


 昴が苦笑しながら言う。それはおかしな出会いをしたことによる笑みではなく、どこが自嘲している笑みのようにマルカットには思えた。


「スバルさんは…それを聞いてどうしたんですか?」


「俺ですか?俺は…」


 昴がマルカットから視線を外す。その視線の先は『炎の山』の山頂に向けられていた。


「壊してやりました。あの子を縛っている結界を全力でね。…それで臆病者のように逃げました」


「逃げてきた?」


「無理やり結界を壊して手を差し伸べたんです。でもその手が握られることはなかった。そのとき思ったんです。俺は余計なことをしてしまったのではないか、死にたいと思っている相手を助けるのは俺のエゴなんじゃないかって」


「エゴですか…」


 昴の話を聞くマルカットの表情は真剣そのもの。その顔を見ていると、昴はすべてをさらけ出したくなった。


「…俺は昔、目の前で友人をなくしているんです。その姿とあの子の姿を重ねてしまった。だから俺は思わず助けようとした」

 

 あの時救えなかった自分を否定したくて。もう二度とあんな思いを味わいたくなくて。


「そういう意味でエゴだって思ったんです。自分が昔できなかったことをやろうとすることで自分を楽にしようと思った」


 最低ですよね。囁くように出た言葉。

 

 マルカットはそこで初めて思い知る。’ブラックウルフ’の大群も眉一つ動かさないで退治してしまうような規格外の力を持っているとはいえ、目の前に座っているこの人は――――まだ少年なんだと。


「…スバルさんはどうしたいのですか?」


「え?」


 おもむろに出されたマルカットの言葉。昴は驚いたようにマルカットの顔を見た。


「厳しい言葉をかけますが、今の話を聞いたところあなたがやっていることはすべて中途半端なのです」


「中途半端…?」


「最後まで助けるつもりがないのであれば、あなたはさっさと見捨てるべきでした。いや、見捨てるというよりは見なかったことにするといった方が正しいでしょうか」


「…っ!!それは…」


「あなたの性格上できませんよね。もしそれができるのであれば、私は今頃’ブラックウルフ’のお腹の中です」


「……………」


 マルカットの正論を前に、昴はただただ閉口するしかないなかった。


「そんな風に途中まで助けてもらっては、その少女もどうしたらいいのかわからないでしょう。ましてや長年、人との交流をしてこなかったようですし、人への甘え方もわからない。結界を解いてしまった以上、襲われる危険が出てきてしまったのに、おそらく自衛の仕方もわからない」


 静かではあるが淡々と紡がれるマルカットの言葉が昴の胸に突き刺さる。


「このままでは遅かれ早かれその少女は死んでしまう。…あぁ、でも死を望んでいるのならそれでいいのかもしれませんね。スバルさんはちゃんと願いを叶えてあげられました。気にすることはありませんよ」


 昴が思わず机をたたいて立ち上がる。笑顔でそう言うマルカットを黙って睨みつけた。


「なぜあなたが怒るのですか?すべてあなたがしたことですよ」


 マルカットは昴の視線をまっすぐに受け止める。その瞳には底冷えする冷たさがあり、昴の怒りは一瞬にして冷めた。そのまま力を失った人形のように椅子に崩れ落ちる。


「だから最初に聞いたんです。あなたはどうしたいのか、と」


「俺が、ですか…?」


「そうです。助けたいんでしょう?」


「………助けたいです」


「はい?」


「助けたいです」


「聞こえません」


「助けたい!!助けたいんです!!」


 昴の声はもはや叫び声のようであった。


「でもどうしたらいいのか全然わからない!!どうすれば助けられるのか…わからないんです…!!」


 昴の感情が堰を切ったようにあふれ出す。自己嫌悪、無力感、後悔、そういったものがない交ぜになったものが昴の言葉となって飛び出してきた。そんな昴にマルカットは優しい笑顔を向ける。


「それなら〈助けきる覚悟〉を持ってください」


「…助けきる覚悟?」


 マルカットは大きく頷いた。


「どんなことがあっても助けると決めたら最後まで助けきる。その苦境を乗り越えるため全力を尽くす」


 マルカットは昴の目をしっかりと見つめる。


「あなたにはその力がある」


「でも…タマモは死にたいと…」


「それならスバルさんが生きることの素晴らしさを全力で教えてあげればいいじゃないですか!今は本当に死にたいと思っていても、それ以上の夢をあなたが見せてあげればいいじゃないですか」


 マルカットの言葉を起爆剤に昴の中で何かがはじける。


「あなたにならできる。…一代でマルカット商店をここまで大きくしたこの私の審美眼、侮らないでくださいね」


 昴は力なく椅子に寄りかかり、空を仰いだ。


「本当に…マルカットさんにはかなわねーな…」


「先程言いましたよね?まだまだ若いものには負けません、て」


 ニヤリと笑みを浮かべるマルカットに昴も笑顔を向けた。


「すいません。ちょっとやることができました」


「そのようですね。ここの会計は話を聞いていただいた代金として私が払っておきましょう」


 本当は自分の方がいろいろ教えてもらったのに、そうは思いつつも今はマルカットの気遣いに感謝する。昴は頭を下げるとそのまま立ち上がった。


魔物大暴走(スタンピード)が近い今、冒険者が街から出ていくにはギルドの許可がいります。サガットさんのところに行くといいでしょう」


「わかりました」


 応えると同時に走り出す昴。その背中を息子を送り出すような心境で眺めていたマルカットであったが、昴を訪ねた用件を思い出し、慌てて昴を呼び止める。


「スバルさん!!すっかり忘れていました!!お見せしたいものがありますので、明日私の屋敷に来てください!!」


 マルカットの声を背中に受け、それに手を挙げて応えると、昴はわき目も降らず、冒険者ギルドへ走っていった。

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新連載、完結しました!(笑)『イケメンなあいつの陰に隠れ続けた俺が本当の幸せを掴み取るまで』もよろしくお願いいたします!!
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