21.八つ当たり
昴は冒険者ギルド目指してガンドラの街をトボトボと歩いていた。ガンドラの街に入る際、血まみれの昴を見て門番の男が目を丸くしていたが、冒険者カードを渡すと、何も聞かずに通してくれた。
昴の心中は様々な感情が渦巻いていた。一番大きいのは自己嫌悪。タマモと恵子の死に際の顔を重ねてしまい、死なせたくないという自分のエゴをタマモにぶつけてしまったことに対するもの。
そして次に感じるのは怒り。タマモを五百年もの間、一人ぼっちであそこに閉じ込めていた奴にえも言われぬ怒りを感じていた。他にもタマモを救ってやれないことへの情けなさや、どうしたらいいのかわからない自分の未熟さなど、そういった感情がないまぜになって、とにかく今の昴の気分は最悪だった。
やっとの思いで冒険者ギルドに着くと、中から言い合うような怒鳴り声が聞こえてくる。
「スバルさんが逃げ出すわけないです!!絶対にあなたたちが何かしたんだ!!」
「勝手なこと抜かすんじゃねぇ!!あのガキは魔物にビビッて逃げ出したって言ってんだろうが!!」
言い争っているのはパルムとクリプトン。パルムはいつもの笑顔は完全に吹き飛び、怒りの形相でクリプトンに詰め寄っている。そんなパルムを見て、クリプトンはにやにやと下卑た笑みを浮かべていた。
「とにかくあのガキは逃げたんだ!!約束通り俺様の女になってもらうぞ!!」
「いやぁ!!離して!!」
クリプトンが乱暴にパルムの腕をつかむと、パルムは目に涙を浮かべて拒絶する。昴はギルド内を見回すが、誰もが関わり合いにならない様に顔をそむけている。そんな周りの連中の態度に、ただでさえ気分が悪い昴のいら立ちは限界をむかえた。
“アイテムボックス”からクリプトンたちの荷物を取り出すと、おもむろにそれをクリプトンたち目がけて投げ捨てる。いきなり飛んできた大量の荷物の下敷きになるラドンとキセノン。クリプトンは荷物を投げた張本人に目を向けると、驚愕の表情を浮かべた。
「…これで依頼達成だ。文句はねーよな、クリプトンさん」
昴は静かに歩み寄ると、パルムの腕を掴んでいるクリプトンの手首を握り力をこめる。あまりの痛みにクリプトンはパルムから手を離すと自分の腕を抑えながら後ずさった。
「大丈夫か?」
「スバルさん…その体…」
昴の姿を見て安堵の表情を浮かべたのもつかの間、全身血まみれの姿にパルムはハッと息をのみ、口元を手で覆った。
「気にするな。それよりもそこにいるクリプトンさんについていくつか報告したいことがある」
「…あ、は、はい!わかりました!ではこちらへ」
「うおおおおぉぉぉぉおおおぉぉおおお!!」
パルムが昴を奥に案内しようとした瞬間、雄たけびを上げてクリプトンが昴に襲い掛かった。その手にはハンドアックスが握られている。昴はできるだけ優しくパルムを突き飛ばし、振り下ろされたハンドアックスを避けた。
「て、てめぇぇぇ!!なんで生きてやがんだぁぁぁ!!!」
クリプトンは【身体強化】を施し、さらに【筋肉膨張】のスキルも発動した。さらに太くなった巨人のような腕でハンドアックスを振り回す。
「これが俺様が’剛力’と呼ばれる所以よぉぉぉぉぉ!!!」
そのままハンドアックスを力任せに床に叩きつけると床にはかなり大きな亀裂が走った。クリプトンはハンドアックスを両手で構え、がむしゃらに昴に向かって振るい続ける。昴はそれを表情一つ変えずにすべて避けていった。
「ちょこまかと動きやがってぇぇぇぇ!!さっさと死ねやぁぁぁぁ!!!」
完全に頭に血が上っているクリプトンはギルドにある机や椅子を破壊し続ける。それまで無言で躱し続けていた昴が、静かに口を開いた。
「パルム、これは正当防衛だよな?」
「えっ?」
昴とクリプトンの争いを呆気にとられた様子で見ていたパルムだったが、急に名前を呼ばれ昴の顔を見る。昴は無表情のまま再度パルムに問いかける。
「これは正当防衛ってことで手を出していいんだよな?」
「え、あ、はい!この場合処罰されるのはクリプトン様になりますので…」
「余裕こいて話してんじゃねぇぇぇぇ!!!」
力任せに薙ぎ払ったハンドアックスを宙返りで避け、そのままクリプトンを見据える。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
ハンドアックスを大きく振りかぶった状態で昴へと突撃する。斜めに振り下ろされたハンドアックスを最小限の動きで避け、クリプトンの懐に入ると昴はぼそりと呟いた。
「悪いな。これは八つ当たりだ」
昴の容赦ない右ストレートがクリプトンの顔面を打ち抜く。その威力は顔をひしゃげさせるだけでなく、クリプトンの巨漢をいともたやすく吹き飛ばした。そのまま壁に叩きつけられ、その壁をも破壊し、クリプトンは外へと飛び出していく。
静まり返る冒険者ギルド。口を開く者は誰一人としていなかった。そんな中を何事もなかったかのように昴は歩く。そして腰を抜かしているキセノンとラドンの前で立ち止まり、小声ながらもギルド中に聞こえるように二人に告げた。
「あの髭ダルマに伝えておけ」
その瞬間、昴は底冷えするような【威圧】を放つ。その【威圧】にあてられたギルドの人々は昴以外誰も動くことはできない。
「今後一切ギルドに関わるな。そしてパルムにも関わるな。この約束を違えたら命はないと思え」
冷たい視線で二人を見下ろす。ラドンは股間から出た液体でギルドの床を汚し、キセノンは壊れた人形のように首を上下に振った。それを見た昴は面倒臭そうに【威圧】を解く。
「わかったら今すぐ消えろ」
昴の言葉を受け、二人は泡を食いながらクリプトンがあけた壁の穴から出ていくと、完全に伸びているクリプトンをかつぎ、一目散に逃げていく。昴はクリプトン一味が見えなくなるまでその背中を睨み続け、何事もなかったかのようにパルムに顔を向けた。
「これでもう大丈夫だろ。あいつらがパルムにつきまとうことはないと思う」
「え?あ、はい…あ、ありがとうございます」
突然の出来事にまだ頭の理解が追いついていないパルムだったが、とにかくお礼を、と昴に向けて頭を下げた。
「悪かったな、巨大な戦力を失わせちまって」
「い、いや…そんなことは…」
戸惑いを隠せないパルムは昴にかける言葉を探しあぐねていた。そんなパルマから視線を外し、二階を一瞥してから昴は冒険者ギルドの玄関へと向かう。
「あ、あの!スバルさん!!」
パルムは慌てて追いかけようとするが、昴は振り返らずに片手をあげてそれを制した。
「すまん、パルム。今日はもう疲れたから帰る。明日また来るよ」
それだけ伝えると、背中を丸めて冒険者ギルドを出ていった。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
「あのくそやろぉぉぉ!!殺す!!絶対に殺す!!」
赤く腫れあがった頬を手で押さえながら、クリプトンは路地裏にある樽や木箱を手当たり次第に破壊する。宿で意識を取り戻した後、手下の二人から冒険者ギルドで起こった事を聞いたクリプトンは、怒りに任せて二人を切り殺し、逃げるように路地裏に来ていた。
「あのガキのせいで俺は…俺はぁぁぁぁ!!!」
あんな騒動を起こした後では冒険者ギルドには戻れない。手下も地位もすべて失った男は怒り狂っていた。手下の血でぬれたハンドアックスを何度も何度も地面に叩きつける。
「なにかお困りのようですね」
不意にかけられた声によってクリプトンの動きが止まる。声のした方へ野獣の眼光を向けるクリプトン。
「そう怖い顔をしないでください。私はあなたの味方です」
「み、かた…?」
そこに立っていたのは紺色のローブに身を包んだ女性。目深に被ったローブから見える唇は真っ赤に艶めいていた。
「どうやらあなたには絶対に許せない相手がいるご様子」
ローブの女の口角が上がる。それを見ているとクリプトンの頭がだんだんぼーっとしてきた。
「私ならあなたの復讐のお役に立てるかと」
「ふく、しゅう…そうだ…あの野郎に復讐してやるんだ…あいつの人生もめちゃくちゃにしてやる!!」
狂ったように笑い声をあげるクリプトンを見て、ローブの女は悪魔のような微笑をうかべた。




