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異世界召喚されたらなぜかステータスが呪われていた  作者: からすけ
『炎の山』と狐人種の少女
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20.狐人種の少女



 『炎の山』の頂上はひらけた場所となっていた。殆ど木は生えておらず、所々に大小さまざまな岩が転がっていらだけの寂しい景色。その中心にあるのがドーム状に作られた石のかまくら。大きさは車の車庫くらいで、昴が感じた魔力はそのかまくらが発するものであった。


 その中にちょこんと座っている少女。年齢は中学生くらいで、’鴉’を構えている昴を不思議そうに見ている。その目には敵意や懐疑は一切ない。昴はあたりを警戒しながら慎重にそのかまくらに近づいた。


「お前は───」


「のうのう!!お主は誰じゃ!?」


 昴が尋ねている途中で、少女はぴょんっと跳ぶように立ち上がると目をキラキラと輝かせながら昴に聞いた。フワフワしている尻尾がふりふりと左右にせわしなく動いている。そんな少女の様子になんとなく毒気を抜かれた昴は”烏哭(うこく)”を解き、’鴉’を戻した。


「俺の名前は昴。ガントラの街で冒険者をやっている」


「ぼうけんしゃ?がんどら?」


 頭の上にクエスチョンマークを出しながら少女は首を傾げる。その仕草が小動物を思わせるようで非常に愛くるしい。


「冒険者を知らねぇの?ガンドラも?」


「そんなもん知らんのじゃ!!でもお主の名前がわかればそれで十分なのじゃ!!」


「はぁ…そうかい」


「うちは可愛い可愛いタマモちゃんなのじゃ!」


 タマモは自信満々に胸を張りながら言った。自分で自分のことを可愛いと言い切ったタマモにおもわず苦笑いを浮かべる。


「それでタマモは」


「スバルのこと聞いてもええか!?」


 ウキウキした表情を浮かべながら元気よく聞いてくるタマモに昴は思わず頷いた。


「スバルは何歳じゃ?」


「十八歳だよ」


「スバルはどこから来たのじゃ?」


「ガンドラから…ガンドラの街を知らないのか。この山の近くにある街から来たんだよ」


「スバルはぼうけんしゃだって言ってたけど、ぼうけんしゃってなんじゃ?」


「冒険者っていうのはいろんな人の頼みを聞いてそれを手助けする人たちのことだよ」


「スバルは何しにここに来たのじゃ?」


「荷物持ちの依頼を受けてね。…まー依頼者はそそくさと逃げちまったがな」


「スバルの好きなタイプの女性は?」


「一本芯があって物腰やわらか…ってそんなことまで聞くな!」


 タマモは口に手を添えてキャッキャッと嬉しそうに笑った。それを見て昴は笑顔でため息をつくと自身の警戒を解き、もう少しタマモの近くに行こうとする。それを見たタマモが慌てて両手を前に出し、昴が近づいてくるのを止めた。


「だ、ダメじゃ!スバル!こっちに来てはならん!!」


 必死に訴えるタマモを見て昴は疑問に思いながらも警戒しているのか、と考え手近にあった岩に座る。タマモも少し落ち着いたのか、さっきまで座っていた岩に腰を掛けると足をプラプラと揺らし始めた。


「スバルは人の手助けをしているのじゃな…ということは昴は正義の味方じゃ!!」


「正義の味方って…そんなんじゃねーぞ?冒険者のみんながみんな正義の味方だったら、それこそガンドラの街が正義の味方だらけになっちまう」


 昴はクリプトンたちのことを思い出し、あいつらが正義の味方ねぇ…と内心苦笑していた。


「ガンドラの街、かぁ…そんなものがここの近くにあったなんて全然知らなかったのじゃ」


「タマモは山を下りたことはないのか?」


「うーん…わからないのじゃ!」


「わからない?」


 タマモはそっと目を伏せた。


「うちは生まれてからの記憶がなくて…気が付いたらここに一人でおったのじゃ!自分の名前がタマモということ以外は何にも覚えていなかったのじゃ」


 顔を上げて明るい調子で答えるタマモを見て、昴は心が痛んだ。それが表情に出たのか、タマモが心配そうに昴の顔を覗き込む。


「大丈夫か?」


「いやなんでもない、気にするな」


 昴はタマモに笑顔を向けた。そんな昴の顔をタマモはじーっと見つめる。


「どうした?」


 真剣な表情でこちらを見るタマモに昴は尋ねた。


「スバルは…何族じゃ?」


「俺?見てのとおり人族だけど」


「………うちを見て何にも思わないのか?」


 おずおずと伏し目がちにタマモが尋ねる。昴はその質問の意図をはかりかねていた。


「えーっと…聞いてる意味が分からんけど、タマモは可愛いらしい女の子だと思うよ?」


 タマモは昴の言葉を受け驚愕の表情を浮かべながら顔を上げたがすぐに頬を赤く染めた。


「そ、そうなのじゃ!うちは超絶美少女なのじゃ!!昴はよくわかっておるのぅ」


「…………」


 今度は昴がタマモの顔をじっと見る番だった。


「タマモ、一つ聞いていい?」


「なんじゃ?うちがわかることなら何でも聞いていいぞ!」


「なんでそんなこと聞いたんだ?」


 昴の問いにタマモの動きがフリーズする。


「な、なんでって…そりゃスバルがちゃんとうちのことを可愛いと思っているか試しただけじゃ!」


「それなら俺がそう言った時に驚いたりしないだろ?」


 昴が不思議に思ったのはタマモに可愛いらしい女の子といった時に浮かべたタマモの驚愕の表情だった。まるでまったく意図していなかった回答だったといわんばかりのタマモの態度がひどく気になった。昴の問いにタマモはわかりやすく目を左右に泳がせる。


「言いたくないなら無理して聞かないけど、タマモが何を思って俺に聞いてきたのか気になってね」


 昴はできるだけ優しい口調で言った。タマモは困ったような表情を浮かべながら観念したように口を開く。


「…うちな、なーんにも覚えてないんじゃ」


 まるで懺悔をするようにぼそりぼそりとタマモは語り始めた。


「自分がどこで生まれて、どこで育って、誰が親で、なんでここにいるのか全然覚えとらんのだけど、名前とあともう一つだけ覚えていることがあったのじゃ」


「なにを覚えてたんだ?」


 タマモは顔を下に向け口を閉ざした。昴はタマモが話すまで黙ってタマモを見守った。


「………うちが人族に嫌われているということじゃ」


 タマモは耳をしな垂れさせながら答えた。


「スバルが人族って聞いて…もしかしてうちのこと嫌いなのかなって思って…それで聞いたのじゃ」


 タマモの話を聞いてすべて合点がいった。なぜタマモが自分のことをどう思っているのかなどと聞いたのか、なぜ昴の答えを聞いて驚いた様子だったのか。昴は微笑みながら努めて優しく言い聞かせる。


「出会ったばっかですぐにタマモのことを嫌いになるわけなんかないだろ?」


「…本当か?」


 タマモは少し瞳を潤ませながら上目遣いで言った。


「…まーこれからの態度次第じゃ嫌いになるかもしれねーな」


「な、スバルは意地悪なのじゃ!」


 ほっぺたを膨らますタマモを見て笑う昴。タマモもそんな昴を見て一緒に笑った。


「そういえば、さっきなんで近寄っちゃいけないって言ったんだ?」


 最初にタマモに近づこうとしたときに必死に止められたのを思い出し、昴は尋ねた。


「あのな、ここから手を出そうとするとビリビリーってするのじゃ」


 タマモの言っていることがよくわからなかった昴は、実際に試してみようとゆっくりと手をタマモに近づけていく。昴の手がかまくらの内部に伸びようかというところでバチッと音を立てて見えない壁が昴の手をはじいた。


「なんだこれ…?結界かなにかか?こんなんあったらここから出られないじゃねーか。食事とかはどうしてるんだ?」


「うちはお腹が減らないんじゃ!」


「…お腹が減らないってどういうことだよ?」


「うちは気が付いてからずっと何にも食べていないのじゃ!それどころか全然眠くもならない」


 タマモはエッヘンと鼻を高くして言った。昴はその異常さに言葉を失う。


「………タマモはここにどれくらいいるんだ?」


 昴はおそるおそるタマモに尋ねる。自分の中で、突拍子もない仮説が浮かんできた。


「んーっと…よくわからないのじゃ!長い時間ずっといるのじゃ!」


 あっけらかんと答えるタマモに昴は緊張の面持ちを浮かべる。


「大体でいいんだ。…例えばここにきてから太陽が何回昇ったかとか」


「太陽がのう…千回?一万回?十万回?もっともっと昇っていた気がするのう」


 拳を口元に当てて難しい顔をしながら考えるタマモを見て、昴は自分のありえない仮説が正しいのではないかという思いにとらわれた。


 この石のかまくらには強力な結界が張られているとわかった時、城で結界のことを学んだ時の事を思い出した。優秀な結界師が張った結界は何十年も対象を閉じ込めることができる。そして超一流の使い手は結界内の時間を止めることも可能である、と宰相のモーゼフは語っていた。間違いなく規格外の結界によってタマモは封じられている。

 ではなぜそんなにも強力な結界によってタマモを閉じ込めたのか。昴は《ハウンドドッグ》の店主であるダンクのおとぎ話が頭によぎる。五百年前にこの地で起こった狐人種と人族の戦い。そして燃えた『炎の山』。もしそれにタマモが関わっているのなら、もしこの山を燃やしたのがタマモなら―――。


 昴は自分の考えを打ち消すように(かぶり)を振る。少しの時間しかタマモとは話していないがそんなことをする子にはどうしても思えなかった。


「…スバル?」


 怖い程真剣な顔で考え込む昴を見て、タマモが不安そうな声を上げる。昴は気持ちを切り替えるために顔をパンっと叩くと、とりあえずサガットにでも相談しようと立ち上がった。


「もう行ってしまうのかえ?」


 タマモが耳も尻尾も垂らしながら心底残念そうに尋ねた。


「あぁ、街に戻ってなんとかタマモをここから出せないか聞いてくるよ」


「うちがここを…出る?」


「タマモもここを出たいだろ?」


 昴は「もちろんじゃ!」という元気のいい返事を期待しながらタマモに聞いた。しかしタマモは顔を俯かせたまま何も言わない。


「………嫌じゃ」


「え?」


「嫌じゃ。うちはここを出とうない」


 はっきりとした拒絶の言葉に昴の頭の中は真っ白になる。


「…なんで?」


「そもそもここを出るなんて無理なんじゃ。うちは何回もこのビリビリをどうにかしようとしたが、結局何をやってもダメじゃった」


 タマモは下を向いたまま顔を上げない。


「それに外の世界は怖いのじゃ。うちはここを出ることなんて望んでおらん」


「…じゃあタマモは何が望みなんだ?」


「そうじゃのう…」


 少し悩んだ後、顔を上げたタマモの表情はこれまでに見たこともないような寂しそうな笑みだった。


「うちはのう…もう死にたいんじゃ」


「…死にたい?」


 表情とはあまりにもかけ離れたセリフに昴の理解は追い付かない。


「もう疲れたのじゃ…ずっとずっと一人でいることに飽きてしまったのじゃ」


 その笑顔があまりにも眩しくて。


「ここは何もないからのう…すっごい退屈なのじゃ」


 その笑顔があまりにも切なくて。


「スバルが来るまでは誰もここには来てくれなかったのじゃ」


 その笑顔があまりにも悲しくて。


「これも神様のおかげかのう…神様に感謝せねば」


 その笑顔があまりにも恵子のそれと重なって。


「望めるなら今すぐにでも死んでしまいたいのじゃ!」


 タマモが破顔する。昴は喉に何かが詰まったように声を出すことはできなかった。


「………誰かに助けてほしいと思わなかったのか?」


 やっとの思いで絞り出した声は震えていた。タマモは昴の言葉を聞いてすっと目を伏せる。


「こんな所に押し込められて、助けを呼ぼうとは―――」


「助けてなんて!!」


 昴の声をさえぎるようにタマモが声を荒立てる。俯いているタマモの表情を窺い知ることはできない。一呼吸おいてあげられた顔には痛々しい笑みが顔いっぱいに広がっていた。


「助けてなんて声を上げてもしょうがないのじゃ。叫んだところで誰にも届かない。………それにうちは助けてほしいなんて思わない…だって」


 タマモが昴から目をそらす。


「…死にたいから」


 誰が何のためにタマモにこんな仕打ちをしたのか、昴の胸に言いようのない感情が広がる。


 昴は何も言わずに身体に魔力を滾らせた。自分の中にあるすべての魔力を使い切るほどに。


「“烏哭(うこく)”」


 昴が持つありったけの魔力をすべてつぎ込んだ身体能力強化。明らかにキャパシティを超えているため、身体が悲鳴を上げているがそんなものはお構いなしにタマモのもとへと歩み寄る。当然のように見えない壁が昴の侵入を阻んできたが、昴は扉をこじ開けるかの如く見えない壁を両手でつかんだ。


「ス、スバル!!お主、何をしているのじゃ!!?」


 突然昴が行った暴挙にタマモが慌てふためく。


「なにって…ここから、お前を出してやろうと、してるんだよ!!」


 昴が見えない壁を握ったまま力づくで開こうとする。バチバチィ!と音を立てて結界が昴の身体を傷つける。腿、二の腕、頬、ありとあらゆるところから昴は血を流していた。


「や、やめるんじゃ!!死んでしまうぞ!?」


「死なねーよ!俺はまだ、死にたく、ねーからな!!」


「絶対に無理じゃ!!スバルの身体が傷つくだけじゃ!!」


 青筋を立てながらタマモに無理やり笑顔を向ける。力を振り絞っているため昴の声が途切れ途切れになっているが構わずタマモに話しかけた。


「なぁ、タマモ?お前は、本当に死にたいのか?」


 そう昴に問いかけられたタマモは一瞬ハッとしたような顔をしたが、すぐに表情を曇らせる。


「うちは…死にたいぞ」


 タマモの言葉には一切の感情はのせられていなかった。


「生きて、いれば、ここから出れば、楽しいことが、あるかもしれないのに?」


「………」


 タマモが目をそらすが、昴は構わずに続ける。


「おいしい食べ物を、食べたり、ふかふかの、ベッドで寝てみたりしたいと、思わないのか?」


「うちは…うちは…」


 タマモは何かに耐えるように洋服の裾を握り締めている。


「お前が、助けて欲しいときに、助けてやれなくて悪かったな」


 結界の波動が昴の頬をかすめる。頬が切れ血が流れようとも昴は腕にこめた力を弱めることはなかった。


「今度は、しっかり助けてやるから、だから助けてと、言ってくれ」


 タマモは今にも泣きそうなくらい顔をくしゃりと歪めた。声を上げようとしたが、言葉は出ず、そのまま顔を下に向ける。


「…やっぱり無理じゃ。助けてなんて言えない。助けてもらっても、外の世界で生きていく自信なんてないのじゃ。だから…いっそここで…」


 タマモが困ったような笑顔を浮かべた。それを見た瞬間昴の中で何かが切れた。


「生きることを簡単に」


 限界だと思っていた自分の身体に鞭を打ち、そこから更に力を引き出す。


「諦めるんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


 昴が思いっきり腕を開く。バチバチいっていた見えない壁はなくなり、石のかまくらから魔力が消えた。昴は満身創痍で血まみれの両腕を下に垂らす。タマモは口に手を当てて目を見開いたまま動かない。


「ハァハァ…ほら、タマモ見てみろ…壁を壊してやったぞ?」


「……………」


「絶対無理だって言ってた壁を壊したんだ…だからタマモも絶対生きられないなんて言わないでくれ」


 昴がタマモに血だらけの手をそっと差し伸べる。タマモはビクッと身体を震わせると、ゆっくりと後ずさりした。


「…そう簡単にはいかねーよな」


 昴は伸ばした手を戻し、苦笑いを浮かべながら頭をかいた。


「スバル…うちは…」


「タマモ」


 昴が優しく呼びかけるとタマモは何とも言えない表情をしていた。”アイテムボックス”からフローラさんに作ってもらったサンドウィッチと水の入った水筒を取り出し、タマモの近くに置く。


「また来るからな」


 それだけ言うと踵を返し、元来た道を戻っていった。


「スバル…」


 タマモのか細い声が聞こえていながらも、昴は一度も振り返ることなく、森の中へと消えていった。

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新連載、完結しました!(笑)『イケメンなあいつの陰に隠れ続けた俺が本当の幸せを掴み取るまで』もよろしくお願いいたします!!
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