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異世界召喚されたらなぜかステータスが呪われていた  作者: からすけ
『炎の山』と狐人種の少女
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19.『炎の山』の主

 クリプトンたちは冒険者ギルドを出ると自分たちが寝泊まりしている宿屋へ行き、冒険に必要な荷物をすべて昴に押し付け、そのまま街を出た。昴は文句ひとつ言うことなくその荷物を運ぶ。なるべく自分のことは知られないようにあえて”アイテムボックス”を使わず、全ての荷物を背負ってクリプトンたちの後に着いていった。


 クリプトンたちが向かったのは『炎の山』。依頼を受けたというわけではなく、魔物の素材を入手するために山を登っていく。出てくる魔物はランクFやランクEの魔物ばかりで、特に苦戦せずにどんどん頂上へと進んでいった。

 戦闘スタイルはキセノンが鞭を、ラドンが毒が塗られた吹き矢を使って魔物を拘束し、クリプトンがハンドアックスで豪快に魔物を叩き切るというものであった。昴は特にすることもなく、ぼーっとほかの冒険者がどういうものなのか、というのを観察していた。


 太陽が真上に来たところで昼休憩となった。しかし一切昴には与えず、荷物の番をするように命じられると、見せびらかすように街から昴が背負って来た肉を頬張る。昴は特に何にも考えずにそんなクリプトンたちの食事風景を見ていた。


「なんだ?食べたいのか?悪いな、てめぇの分は持ってきてなかったんでな」


 こちらを見る昴に何を勘違いしたのか、クリプトンが優越感丸出しで昴に言った。


「いやいや、おかまいなく。用意してこなかった自分が悪いので」


「…ケッ!本当につまんねぇ野郎だな!!」


 山登りの途中、水も食料も与えていない昴が物乞いでもすると思っていたが、涼しい顔をしているのを見て、クリプトンは面白くなさそうな顔をした。とはいってもクリプトンたちから与えられていないだけで、昴は”アイテムボックス”から取り出し、しっかり水分摂取も栄養補給も行っているので特に問題はない。そのことにクリプトンたちは一切気づいてはいないが。


 昼食をとり終えるとまたも頂上へ向けて歩き始めた。『炎の山』は標高が高ければ高い程ランクの高い魔物が出没し、それだけ素材の価値も上がってくる。昼前とは違い、一戦一戦の魔物との戦闘時間が長くなってきた。それでもクリプトンのランクBは伊達ではなく、ほとんど無傷のまま頂上近くまで辿り着く。


「さすがに魔物大暴走(スタンピード)前だけあって魔物が多いっすね…おいらもうくたくたっすよ」


 額の汗をぬぐいながらラドンが言った。キセノンは弱音を吐かないまでも、その表情には疲労の色が浮かぶ。日が沈み始め、あたりが薄暗くなってきた。午前中から強行軍を強いてきた彼らが疲れているのは無理もないことである。


「てめぇら情けねぇ…たくっ、しょうがねぇな」


 一人元気なクリプトン。それもそのはず、前線に子分を立たせて動けなくなった魔物に止めを刺すだけである。荷物も武器のハンドアックスを腰に下げているだけなので、二人よりも疲れを感じていない。


「おい、ガキ。今日はここでキャンプするからテントを張れ。焚き火用の薪木も集めて来い」


 クリプトンは髭まみれの顎で昴に指示する。昴は黙って立ち上がり、薪を拾いに行こうとした瞬間、不意に大きな気配を感じた。あたりを見回すがなにも見当たらない。


「てめぇ…さっさと薪を拾いに行かねぇか!!」


 キョロキョロしている昴にクリプトンが一喝する。昴はあたりを警戒しながらも一歩踏み出した。その時。


「ガァァァァオオォォオオォォウゥ!!!」


 耳をつんざく鳴き声がクリプトンたちを襲った。全員が鳴き声の方向に視線を向ける。そこには一匹の魔物がいた。体長は尻尾を含めると五メートル以上。全身が暗褐色をしており、クリプトンの身体をも超える太さの前足、そこから伸びる爪は研ぎ澄まされた刃のように長く鋭い。トサカのような毛は背中まで生えており、その横に幾本もの黒い棘がある。尻尾にも棘が生えており、昴達を威嚇するかのように地面に叩きつけていた。巨大な二本の牙の間からは、今もグルルッと低いうなり声が漏れている。

 

 圧倒的な威圧感は’バジリスク’のそれを超えていた。


「ベ、’ベヒーモス’だぁぁぁぁぁ!!!!」


 ラドンがおびえたながら大きな声で叫んだ。クリプトンが腰からハンドアックスを抜けながらも焦りの色を浮かべる。


「‘ベヒーモス’って?」


「…この山の主と呼ばれているランクAの魔物だ。縄張り意識が強く、少しでも自分の領域を犯すものには容赦なく襲い掛かる」


 警戒しながらも昴が尋ねると、キセノンが冷や汗をかきまくりながら答えた。’ベヒーモス’は昴達を睨みつけながらゆっくりと周りを歩き始める。


「…ラドン、キセノン」


 クリプトンが静かに手下の名前を呼ぶ。いつもの余裕綽々の態度はなりを潜めている。


「いつものパターンでいくぞ」


 クリプトンの指示を受け、キセノンは腰に携えたロープを手に取った。ラドンはブルブル震えながらも頷くと、吹き矢を構える。


「今だ!!」


 クリプトンの掛け声を聞き、ラドンが吹き矢を撃つ。それはこちらを見ながら悠々と歩く’ベヒーモス’に向けて…ではなくキセノンの側に立っている昴に向けられたものだった。


「なっ…」


 ‘ベヒーモス’に注意を向けていた昴は思わぬ不意打ちにそのまま矢を受けてしまう。矢に塗られた毒が昴の身体の自由を奪った。キセノンは【縄術】のスキルにより昴の両手両足をロープで縛り上がる。


「…どういうことだ?」


 地面に倒れた昴はなんとなく自分の置かれた現状は把握しつつも、ニタニタとこちらを見るクリプトンを睨みつけた。


「悪いな。これが俺たちの戦術なんだ」


「戦術?」


「ランクの高い魔物が現れたらこうやってお供に来させている馬鹿な新人冒険者を囮にして狩るんだよ!まぁ今回は流石に逃げるので精いっぱいそうだけどな」


「…ってことは俺の前に荷物持ちをやってたってやつは」


「俺たちが狩った魔物の腹の中ってことだ」


 クリプトンは片膝に肘を乗せて身をかがませると、地面に転がっている昴に顔を近づけた。


「遅かれ早かれてめぇはこうなる運命だったんだよ。生意気な新人冒険者はいなくなり、俺はギルドの美人受付嬢をモノにできるってことだ。頭いいだろ?」


「…そうかい」


 昴は救いようがねぇな、と呆れたように目を伏せる。クリプトンは昴の腹の下に足を入れると、’ベヒーモス’目がけて思いっきり蹴り上げた。


「そらよっ!!しっかり囮になってくれ、スバルちゃんよぉ!!」


 ひゃひゃっ、と笑い声をあげるとキセノンとラドンを引き連れて一目散に逃げていった。この場に残されたのは昴と目の前に佇む’ベヒーモス’のみ。


「たくっ、面倒くせーなぁ…」


 昴は’鴉’を呼び出し、器用に手と足のロープを切る。ラドンの毒矢を受けた昴だったが、レベルが違いすぎるため、少し痺れただけで特に何の支障もきたしていなかった。ゆっくりと立ち上がると昴は’ベヒーモス’を見据える。


「なぁ…『炎の山』の主さんよ。俺はあんたの討伐依頼を受けているわけじゃねーし、あんたの縄張りを犯そうってわけでもねーんだ」


 語りかける昴を’ベヒーモス’は静かに睨みつける。


「だから今回はお互い見なかったことにしない?俺はあんたに手を出さないし、あんたも俺に手を出さない、これでどう?」


 期待したまなざしを’ベヒーモス’に向ける。’ベヒーモス’は昴の提案を拒否するかのように咆哮をあげると、後ろ脚だけで立ち上がった。そのまま地面を蹴って昴に飛び掛かかる。


「なぁ…頼むよ」


 ‘ベヒーモス’の動きがピタッと止まった。昴が放った手加減抜きの【威圧】は周囲の森をざわつかせる。真正面からそれを受けた’ベヒーモス’の目には驚きと恐怖が入り混じったものが浮かんでいた。昴は微動だにせず、真っ直ぐに’ベヒーモス’の目を見つめる。圧倒的な強者を前に'ベヒーモス'の身体は自分でも制御がきかないくらい震えていた。

 しばらく昴の様子を伺っていた’ベヒーモス’だったが、クルリと向きを変えるとそのまま逃げるように森の奥へと進んでいく。昴は帰っていく’ベヒーモス’の背中を見ながら、これからどうするか考えていた。


「さて…ギルドに戻ってあの馬鹿どもの悪事を報告してもいいんだが…」


 昴はチラリと山頂に視線を向ける。昴が【威圧】を放った時、それに呼応するかのように大きな魔力を感じた。それは’バジリスク’を倒した時と同じ魔力(モノ)であった。


「乗り掛かった舟だ。山頂に行ってみるか」


 昴はクリプトンたちの荷物を”アイテムボックス”に放り込むとそのまま山頂を目指し始める。すでに近くまで来ていたので、登りきるのにそこまでの時間はかからないだろう、というのが昴の読みであった。なにより一歩進むごとに感じる魔力が大きくなるのが山頂に近い証拠だった。


「こりゃまじで化物でもいそうだな…ちょっと早まったかな」


 背筋に冷たいものを感じながら昴は苦笑する。威圧感も敵意もその魔力からは感じない。ただそこにバカでかい魔力が存在していた。昴は何が来てもいいように【気配探知】を最大限に発揮し、まわりの警戒をする。魔物の気配は一切ない。おそらく、この魔力の大きさに本能で近寄ってはならぬと感じているのだろう。昴は”烏哭(うこく)”で身体能力を強化し、’鴉’を握っている手に力をこめる。そのままゆっくりと森を抜け、魔力の発生源である山頂に出た。




 はたして’それ’はそこにいた。


 ただ昴の想像していたものとは違っていた。


 ‘それ’は金色の瞳をしていた。


 ‘それ’は頭にある狐の耳をピクピクと動かしていた。


 ‘それ’は腰まである太陽のような金色の髪を煌めかせていた。



 山頂には可愛らしい狐人種の少女がいた。

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新連載、完結しました!(笑)『イケメンなあいつの陰に隠れ続けた俺が本当の幸せを掴み取るまで』もよろしくお願いいたします!!
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