5.種族と魔法
翌日、昨日よりはこちらを見ている視線がなくなったことに安堵した昴は皆と一緒に食堂で朝食を終えると会議室のような部屋に連れていかれた。
その部屋は国の中枢を担う重鎮達が国政を決めるための話し合いの場として使われているらしく、部屋に入ると長机が二つ、前には黒板のような木の板、そして教壇メガネをかけた真面目そうな男が立っていた。
「適当な席に座りたまえ」
昴達を促した男はどこか生活指導の先生を思わせるような雰囲気を醸し出していた。昴達が席に着いたことを確認すると男は早速自己紹介を始める。
「私はこの国の宰相の一人でモーゼフという。主に貨幣の価値操作や商務流通といった経済に関する責を担っている」
声量自体は大きくないが、一言一言に厳格さを感じる声を聞いてると、昴達は自然と背筋が伸びていった。
「さて、我が国の救世主と呼ばれる君たちはこの世界のことを何も知らない。別にそれを責めようとは思わない。なぜなら君たちがこの世界に来たのは昨日のこと、知らなくて当然のことだからである」
そういうとモーゼフは昴達の顔を見渡した。全員が緊張した面持ちでモーゼフの話を聞いている。
「魔王を倒すまで君たちにはこの世界で暮らしてもらうことになるが、こちらの常識を知らないと何かと苦労することがあるかもしれない。そのため私が君たちにこの世界の歴史や常識、魔法の基礎や仕組みなどを指導することになった。短い期間ではあるがよろしく頼む」
モーゼフは軽く頭を下げる。それにつられて昴達も口々に「よろしくお願いします」と言いながら頭を下げた。
昴達が本格的に魔王討伐に向かうまでの一年間、午前中は座学、そして午後は騎士達と混じり戦闘訓練をするというカリキュラムが組まれていた。
頭を使うのが嫌いな隆人達はそのカリキュラムに不平不満を漏らしていたが、座学を受けなければ魔物の倒し方や魔法の使い方はわからないと言われ、渋々といった様子で従った。
今日の講義内容は種族と魔法の基本であった。
まずは種族について。
この世界には人族と魔族以外に亜人族と精霊族が存在している。亜人族というのは純粋な人族ではないが、その血をひいており、人族と変わらない生活を営んでいる種族のことをさす。
亜人族の中にはさらに種別というものがあり、犬と人の血を引いてる亜人族は犬人種、猫と人の血を引いてるのは猫人種、さらに竜との混血種である竜人種などもいる。比較的個体数の多いのが、亜人族の特徴だが、竜人種のように人智を超越した種別はほとんど人族の前に姿を現さないので、確認されている個体数は少ない。
精霊族というのは精霊の血を受け継いでいる一族である。亜人族同様に種別があり、エルフやドワーフ、ピクシーなどがそれにあたる。
比較的人族と協調姿勢を見せる亜人族とは異なり、精霊族は他種族との交流を行わなず隠れ里に住んでいる場合が多い。その理由として精霊族は自身が精霊の血を受け継いでいることを誇りに思っており、他種族の血が混じることを極端に嫌う。そのため保守的な考え方が大多数で、実際に見たことのある人は極めて少ない。
亜人族は運動能力が高い者が、精霊族は魔力や魔法に秀でる者が多いと言われている。
種族とは別にこの世界には魔物と呼ばれる生物が存在している。その魔物のなかでも細かく純魔物と魔獣にカテゴライズされる。この二つを違いを知るにはこの世界に存在する瘴気について知らなければならい。
瘴気は簡単に言って魔法を行使した時に発生する負のエネルギーである。
この世界は電気やガス、水道は存在しない。火を使うには魔力を流して燃え続ける魔道具を、水を使うには川から引く魔道具を使って生活している。その魔道具を使用するたびに少量の瘴気が生み出される。日本で言う車の排気ガスのようなイメージだ。この瘴気は人体に直接作用するということはないのだが、瘴気の濃度が濃くなることによって魔獣や純魔物が発生する。
ここでやっとこの二つの違いになるのだが、過剰に発生した瘴気が固まって形になり、人族に害を及ぼすのが純魔物であり、動物が瘴気を摂取して突然変異を起こした者が魔獣と呼ばれている。
「基本的には純魔物よりも魔獣の方が手強いことが多い。その理由がわかる者がいるか?」
モーゼフの問いかけに亘の手が上がる。完全に爆睡している隆人達に目をやりながら、モーゼフは亘に答えるように促す。
「ゼロから作り出された純魔物よりも、元の能力をベースにして作られた魔獣の方が強力になりやすいからだと思います」
「うむ、正解だ。純魔物の方は形を成すのに瘴気を消費するのだが、魔獣の方は純粋に瘴気が能力の強化に使われるため凶暴かつ強力な個体が多く存在している。とはいっても純魔物も十分脅威になりえるため、注意が必要だ」
表情を変えずに頷くモーゼフ。その口調は少し満足そうだ。
「このように、人族の他にも種族がおり、彼らには彼らの文化があることをしっかり理解しなければならない。もしそれを怠れば、最悪の場合種族間の争いになってしまう。魔族との争いが避けられない以上、他種族とはなるべく平和的な関係を築いていたい」
そういうと木板に書いた文字を魔法で消していくモーゼフ。全て綺麗に消えたのを確認すると、こちらに向き直った。
「さて、次は簡単ではあるが魔法の基礎について説明する」
その言葉を聞いた瞬間、全員が覚醒する。今まで机に突っ伏していた隆人達でさえ眠っていたのが嘘のように授業に集中し始めた。異世界に召喚されたとわかってから全員が魔法が使いたくてうずうずしているのだ。そんな昴達の様子に少し苦笑しながら、モーゼフは説明を始めた。
魔法には基本属性として火、水、風、地の四属性、その派生属性として雷、氷、さらに特殊属性として闇と聖が存在するとされている。四大基本属性の魔法は下級のものであれば誰でも習得することができるのだが、派生属性と特殊属性の魔法は生まれつき持っているか、特殊な条件下でしか習得することができない。
例えば基本属性を極めることにより派生属性の魔法を使えるようになったり、聖属性魔法は神官による加護を受けながら厳しい修行を受けることで習得できたりする。闇属性は特殊で魔族以外の種族は使える者はほとんど皆無といっていいが、魔族の大多数は生まれながらに所持している。
とはいってもこれらの習得条件は詳しく分かっておらず、派生属性においても一つの基本属性を極めたら使えるようになったり、すべての基本属性の魔法を極めても習得できなかったり、いくら加護を受けても修行を積んでも聖魔法を習得できなかったりとまちまちである。
「君たちのユニークスキルによっては基本属性以外の魔法を使える者もいるだろうが、魔法の行使にはほとんど違いがないので、ここでは基本属性の魔法の修練を行っていく。そのためには魔法の発動条件を理解する必要がある」
魔法を発動させるには大きく分けて3つのステップがある。一つ目が自身の体の中で魔力を循環させ、発動に必要な魔力を練ること。
二つ目が魔法のイメージを行うこと。この二つができた状態でトリガーとして魔法名を発することで魔法が発動する。練った魔力の量が不足していたり、イメージがあやふやであると魔法は発動しない。ボールや矢のような単純な形であればあるほど練りこむ魔力は少なくイメージの時間も短い。それに対して生き物を模したような複雑な形は大量の魔力が必要であり、イメージも強く持たなければ魔法は成功しない。
「魔法はとにかく想像力が大事だ。常にイメージトレーニングをすることが上級魔法を使えるようになる一番のカギである。魔力を練るのも毎日練習することでそのスピードを上げることができ、短時間で強力な魔法を発動させることができる。明日から魔力を実際に練ってもらい、下級の魔法のイメージトレーニングを始める。各々心の準備をしておくように。では今日の座学はここまで」
「「「「ありがとうございました」」」」
モーゼフに礼をし、会議室を後にする昴達。ほとんどの生徒が明らかにキャパオーバーの情報を頭に詰め込まれたため、フラフラとした足取りで昼食をとるため食堂に向かっていった。