16.フランと買い物
フランとともに訪れる商業区。ここでは様々なものが売られているだけでなく、食べ物屋や酒場も揃っており、昼時の今の時間帯はかなりの人で賑わっていた。
「スバルさんはお昼を済ませましたか?」
「いや、冒険者ギルドにいってからまっすぐ宿に戻ったからまだ食べてないよ」
「それでしたらおすすめのお店を紹介します!!」
フランは嬉しそうにそう言うと、足取り軽く前を歩き始めた。
フランに連れられてやって来たのは《海産亭》。マルカットもオススメだと言っていたお店だった。店に入る前からその人気っぷりがわかる行列具合で、昴はなんとなく元の世界の人気ラーメン屋を思い出していた。
「かなり並んでるな…結構待つんじゃない?」
昴がフランに尋ねると、フランは少し得意げな様子で「こっちです!」と昴の手を引きながら店の裏へと進んで行く。
「ここは顔なじみで…お店の裏からいれてくれるんです」
「へぇーそいつはいいな」
あの行列に並ぶのかと少しげんなりしていた昴だったが、それを聞いてほっと息をついた。
「ミケさん!!」
フランは裏口の前で作業をしている犬人種の美しい女性を見つけると、昴を連れてかけよった。
「おーフランじゃないかい!今日も食べに来てくれたのかい?」
「はい!《海産亭》の美味しい料理を食べに来ました!!」
「そうなのかい?…なんだい今日はボーイフレンドなんて連れてきちゃって」
「ボ、ボ、ボ、ボーイフレンドだなんてそんな…!」
昴に視線を向けながらからかうように言うミケに、フランは顔を真っ赤にしながら慌てふためく。
「あらあら…冗談で言ってみたけど、案外冗談ってわけでもなさそうだね」
「も、もう!ミケさん!からかわないでください!!」
頬をぷくっと膨らませながら抗議するフランを「ごめんごめん」と宥めながらミケは昴に自己紹介する。
「あたしはこの《海産亭》の店主やってるミケってもんだよ」
「俺は昴っていいます。よろしくおねがいしま───」
「あーら堅苦しいのは苦手だよ。フランの知り合いなんだろ?そんなかしこまらなくていいよ」
「えーっと…」
昴が目を向けると、フランが笑顔で頷いた。
「わかった。俺は昴。冒険者をやってる」
昴はミケと握手をしながら笑顔で言った。
「今日もおかげさまで混んでてね。でもあんた達二人くらいなら入るスペースあるからついて来な」
持っていた木箱を下に置くと、二人について来るように言ったミケは裏口から店内に入って行く。
店内はかなり広く、四人がけのテーブルが三十脚ほどあり、その全てが客で埋まっていた。フランとミケが入って行くと店内の男の視線はその二人に釘付けになる。フランはおとなしい雰囲気を醸し出している美少女であるのに対し、ミケは大人の魅力を感じさせ、胸も大きく、服装もかなり露出度の高いものを着ている。そんな二人の後についてきている昴は嫉妬を通り越して憎しみに近い視線が向けられ、正直居心地が悪かった。
「机は空いてないからここになっちゃうけどいい?」
「はい!スバルさんも平気ですよね?」
「あぁ。俺は美味しい料理が食べられればいいから席なんて気にしない」
二人はミケに案内されたカウンターに座り、渡されたメニューを見た。
「それで何食べるんだい?」
「俺は知り合いからこの店はパスタが絶品だって聞いたから食べてみたいんだけど」
「あっそれは《海産亭》の名物料理ですね!!種類は何にしますか?」
「種類?」
「はい!濃厚なクリームのものやトマトソースの甘酸っぱいものとか色々あるんですよ!」
「そうなのか…じゃあ俺はこの海鮮パスタってやつにしよう」
「私もパスタにします!味はクリームで!」
二人が注文すると、ミケは「まかしときな!」と厨房の方へ歩いていった。
「フランは海鮮パスタは食べたことある?」
「ありますよ!トマトソースがベースでレッドペッパーが効いてるので少しピリ辛なんです!ガーリックが少し入っているので後引く美味しさなんですよね」
食べた時のことを思い出しているのか、うっとりしたような表情で語るフラン。それと同時にぐーっとお腹がなり、顔を赤くしながらフランは慌ててお腹を押さえた。
フランが言っていた言葉をもとに想像をしているとミケが料理を持ってやって来た。
「お待ちどうさま!こいつが海鮮パスタでこっちがクリームパスタだよ」
ミケは真っ赤なソースにイカやエビ、貝などが入った皿を昴の前に、キノコがたくさん入っているクリームソースのものをフランの前に置いた。
「それじゃ、ゆっくり食べてっておくれ」
それだけ言うとミケは足早に他のテーブルの方へと移動する。
「忙しそうだな」
「そうですね。ここは人気店ですから。早く食べて席を空けたほうがいいかもしれませんね」
「だな」
昴は鉄製のフォークを持つと、パスタを食べ始める。ガーリックの匂いが食欲をそそり、フォークを持った手を止めることはできなかった。トマトソースの酸味が効いたソースをパスタに絡めて食べると、あまりの美味しさにここが人気の理由がわかったような気がした。
「これは…フランのお父さんの料理も美味しかったけど、ここのはまた格別にうまい」
「そうなんです!私も何度も食べに来ていますが全然飽きないんです」
フランも自分のパスタを美味しそうに食べている。二人は料理をべた褒めしながら、待っている客のことを考え、少し急ぎ気味でご飯を食べていった。
「あれで10シルとは恐れ入ったよ…」
「ご馳走していただき本当にありがとうございます」
「だから気にすんなって」
パスタを食べ終えた二人はミケにお礼を言いながらお金を支払った。昴はこの店を紹介してもらったから、とフランの分も支払おうとしたが、フランが断固として断った。しばらく押し問答をしていたが、見かねたミケが「昴のことたててやんな」と助け船を出してくれたおかげで、渋々フランは引き下がった。そのかわり店を出てからずっとお礼の言いっぱなしだった。
「とりあえず冒険者として必要なものを買いに行きたいだけどどこがいいかな?」
「それなら《冒険者万所》がいいと思います!」
フランの話によると商業区には色々なお店がたくさんあるのだが、品質にかなりの差があり、特に露店で売られているものは怪しいものが多く、露店で安く買った武器が実際に戦いになった時に使い物にならなかった、なんてことはよくあることらしい。そんな中フランが言っていた《冒険者万所》はガンドラでも随一の商家の店であり、信頼ができるとのことだった。
「ここが《冒険者万所》です!ここならスバルさんが欲しいものは全て揃うと思いますよ」
《冒険者万所》は露店ではなく、煉瓦造りの大きな建物であった。店の看板には丸の中に〔マ〕という文字が書かれたロゴが描かれていた。
「このマークは?」
昴はロゴを指差しながらフランに尋ねる。
「これはここを経営しているマルカット商店のマークです。このマークがあるお店は信頼できますので覚えておくといいですよ!」
「マルカット商店…マルカットさんのお店か!確かに、それなら信頼できそうだ」
「マルカット様とお知り合いなんですか?」
「まーちょっと…成り行きで。それよりマルカット’様’っていうのは?」
知り合いだ、ということに少し驚いた様子だったフランであったが、昴の問いに答える。
「マルカット様は一代で商店を大きくしたんです。貧しい民や国に物資を供給したり、城の設備を工面したりと多大な功績が認められて王都アレクサンドリアから貴族の爵位をいただいているお方なんです」
「貴族の爵位を?ってことはマルカットさんは貴族なのか…あれ?でもあの人苗字は名乗らなかったけど?」
「貴族の爵位を受けると同時に苗字もいただくのですが、最近は苗字を名乗らない貴族の方も増えています。大抵は式典だったり、自分の地位を誇示するときに苗字を名乗ります」
昴は城で大臣のカイルや宰相のモーゼフが苗字を名乗らなかったのを思い出す。
「なるほどね、マルカットさんは偉い人だったんだな」
「スバルさん、なんか軽いです…」
フランにジト目をむけられつつも、昴は気にせず店の中に入った。店の中はいくつかのエリアに分かれており、初心者用の武器や防具が売っているエリア、持ち運びが容易な食器が売っているエリア、寝袋などのアウトドア用品が売っているエリアがあった。剣や鎧に興味がない(装備できない)昴はとりあえずアウトドア用品を見ることにした。
「どんなものが必要になる?」
並んでいる様々な商品を前に、昴は悩みながら言った。
「やはり冒険者の方でしたらこういったものが必要になるんじゃないですか?」
フランはペンのような形をした物と、ランプを持って来た。
「この細長いのはどうやって使うんだ?」
「これはですね、火の魔道具で〔着火くん〕と言いまして、魔力を注ぐと先っぽから火が出るようになってるんです」
フランが魔力を込めるとロウソクのように先から燃え始めた。
「へーこういう魔道具があるのか」
昴もフランから受け取り試してみる。他にも魔力を注ぐと水を発生させる〔放水くん〕、冷蔵庫のような箱の〔冷却くん〕というのもあった。色々試した結果、昴は〔着火くん〕と〔放水くん〕を購入することにした。冷却くんは昴にはアイテムボックスがあり、そこに冷たいものを入れておけば冷たいまま取り出せるということで必要ないと判断した。
食器類はフランに見繕ってもらったものを購入し、さらにテント一つと寝袋を一応二つ買った。街の人が着ているような服も上下三着ずつ揃えたところでそろそろ買い物を終了しようと思った昴だったが、薬品コーナーで足を止めた。
「〔魔物よせの秘薬〕?」
昴が手に取った紫色の薬の商品名は確かにそう書かれていた。
「魔物を寄せるための薬を欲しがる奴なんているのか?」
首をかしげる昴にフランが説明する。
「冒険者の方の中にはこの薬をレベル上げに使用する人がみたいですよ?薬を自分に振り撒けば勝手に魔物が寄ってくるので探す時間が省けるみたいなんです。私みたいな一般人は絶対に使用したくないですけどね」
「ふーん…勝手に魔物が寄ってくる、ねぇ…」
昴は少し悩んだが、討伐の依頼で使えるかもしれないと考えいくつか買っていくことにした。
結構な量の買い物になったので合計40ガルもしたが、’バジリスク’の報酬としてサガットから50ガルもらっていた昴は気にせず購入した。
買い物を終えると日が沈みかけていたので二人で宿に戻ることにした。購入したものを全て”アイテムボックス”に投げ込む昴を見てフランは目を丸くする。
「スバルさんは”アイテムボックス”持ちなんですね」
「あぁ、結構便利だろ?」
「すごいです!!”アイテムボックス”は結構数少ないスキルなんですよ!」
尊敬の眼差しでフランが昴を見るので、思わず鼻の頭をかいて照れ隠しをする。すると何かに気がついたフランは首をかしげた。
「でも…そのスキルがあるのならなぜ朝お母さんの荷物を手で持って来たんですか?」
「………忘れてた」
未だにスキルを使うことに慣れていない昴。「そ、そういうこともありますね」と慰めるように言うフランの言葉が逆に胸に刺さる。
「あっそうそう」
昴は思い出したように懐からあるものを取り出すと、フランに渡した。フランは受け取りながら不思議そうな顔をする。
「これは?」
「今日色々付き合ってもらっただろ?それのお礼」
昴がフランに渡したのは水色の貝殻でできた髪留め。フランはそれを見つめたまま全く動かない。
「フランの桃色の髪にあうと思ってさ、さっきそこの露店で見つけて買っといたんだ」
「……………」
「まー安物だからあんまりいいものではないけど」
「……………」
話しかけても全く反応を示さないフランを見て、昴は段々不安になってきた。
「えーっと…もしいらないなら捨ててくれても」
「捨てるなんてありえないです!!」
昴の声を遮るようにフランが大声を上げる。昴はそれに驚いたが、声を上げた当の本人が一番驚いていた。
「す、すいません」
「いや。全然大丈夫」
フランは頬を紅潮させながら俯いた。
「…私、こういう贈り物とか初めてだったから…その…嬉しくて」
「喜んでもらえたならよかった」
自分が思っていた以上に感動してくれたフランに少し狼狽えながら昴は言った。フランは貝の髪留めを大事そうに胸の前で握り締める。
「本当に嬉しいです。スバルさん、ありがとうございます。一生の宝物にします」
「一生だなんてそんな大仰なもんじゃねーけどな」
なんとなく気恥ずかしくなってきた昴は頬をかきながら、照れ隠しに周りを見渡す。ここは露天商の並ぶ市場。何気なく目を向けた先に気になるものを見つけた昴はスッと目を細めた。
人でにぎわう露店の一角に全く人が寄り付かない場所があった。そこには紺のローブを目深にかぶった商人が座っている。その商人は目の前に人が通っても一切声をかけようとはせず、ただ黙ってそこに佇んでいた。その商人の醸し出す異様な雰囲気も気になったのだが、それよりも昴の気を引いたのがその商人の売っている物。両手に収まるくらいの小さな黒い箱。一見何の変哲もない箱なのだが、昴がそれを見た瞬間、なぜか嫌な感覚に襲われた。
「スバルさん…?」
唐突に真剣な表情を浮かべた昴を心配するように声をかけるフラン。慌てて昴は表情を崩し「何でもない」と笑顔を向けた。それでもまだ不安そうなフランを見て、昴は努めて明るい声を出す。
「さて、あまり長い間フランを借りているとフローラさんに怒られちまうからそろそろ帰ろうか?」
「え?あ、そ、そうですね!」
一瞬残念そうな顔を浮かべたが、すぐに笑顔になると、フランは《太陽の宿》に向かって歩き出した。昴もそれについていこうとするが、なんとなく気になり、もう一度露天商の方に目を向ける。
そこには黒い箱も紺のローブの商人の姿もなかった。




