14.港の男
何かの気配を感じ、昴は目を覚ました。《太陽の宿》104号室、昴はベッドから身を起こすと窓から外を見ると空はまだ暗く、かなり早い時間のようだった。気配を感じたのは宿の玄関の方。こんな朝早くに一体誰が、と昴は素早く着替えると、物音を立てないように玄関へと向かった。
昴が玄関まで行くとフローラが驚いたように昴に声をかける。
「ん?こんな朝早くにどうしたんだい?」
「いえ、なんか物音がしたんで何かなって思いまして」
「あらまぁ、起こしちゃったかい。そりゃ悪いことしたねぇ」
申し訳なさそうに謝るフローラが革でできたリュックを背負っていることに気がついた。
「これからお出かけですか?」
「そうだよ。朝ごはんのための買い出しで、これから市に行くのさ」行くんだよ」
「市、ですか…」
昴は顎に手を当てて少し考える。
「俺も一緒に行っていいですか?」
「いいけど…別に面白いところじゃないよ?」
「はい。ちょっと港に用がありまして」
サリーナ地方に向かうためには船でいかなければならないため、昴は港で船が出る日を確認しなければならなかった。
「そういうことなら一緒に行こうかね」
フローラは笑顔で答えるとそのまま外と出て行く。昴も一つ大きく伸びをしてからその後に着いて行った。
漁業区に着くまでは人っ子一人いなかったというのに、市に着くと早朝とは思えないほど人で賑わっていた。
フローラは魚を買いに行くということだったので、昴はフローラから船の発着場の場所を聞いて一人でそこに向う。
発着場は市から少し離れていることもあり、人もまばらであった。こんな時間に他の地域に行くための移動船を利用する一般客もおらず、いるのは朝の漁から帰って来た海の男ばかり。
誰に声をかけるか迷っていると、一人の男の声が港に響き渡る。
「サハギンが現れたぞ!!」
昴が声の方を振り向くと水色をした丸々太った魚のような魔物が走っていた。尾びれが進化したような足を器用に動かし、昴めがけて一直線にやって来る。
「黒髪のにいちゃん!あぶねぇ!!逃げろっ!!」
先程大声をあげた男が慌てたような声をあげる。周りの男たちも剣や槍などを手に取りサハギンに駆け寄った。男の声に反応を示さず、昴はしっかりとサハギンを見据える。
「ギャギャー!!」
サハギンは昴めがけて手のようなヒレを叩きつける。昴はひらりとかわすとサハギンの顔面横を思いっきり蹴り飛ばした。ボールのように飛ばされたサハギンはそのまま船に叩きつけられ、泡を吹きながらピクピクと痙攣する。
一瞬静寂に包まれた後、野太い歓声があがり、次々と男たちが昴の元へとやって来た。「やるじゃねぇか坊主!」「やられちまうと思ったが驚いたぜ!」などと声をかけながら次々と昴の肩をバシバシと叩いていく。海の男たちの力強い称賛に昴はヘトヘトになりながらやっとの思いで解放されるとそこへ最初に声をあげた男が近づいて来た。
「やるなぁにいちゃん助かったぜ!俺の船に潜んでいた魔物が港で暴れたとなっちゃみんなに顔向けできなくなっちまう」
黒い肌に引き締まった肉体、全身には多数の傷がある男がニカッと白い歯を見せ昴に笑いかけた。
「俺はノックス、この港で船を使った商売をしている。にいちゃんは冒険者か何かか?」
「あぁ、俺は昴。冒険者…だな、一応」
ノックスと握手をしながら、まだ冒険者じゃない昴は少し歯切れの悪い様子で答える。ノックスはうんうん、と頷きながら握っている手に力を込めた。少し…いやかなり痛い。
「魔物に襲われてもあれだけ平然としてるんだ、冒険者に決まってるよな。んで冒険者のスバルがこんな早朝にここへいったい何の用だ?」
「船の出航日時を確認したくてな」
昴はやっと放してもらえた右手をさすりながら答える。
「船の出航日時か。スバルはどこに行きたいんだ?」
「サリーナ地方に行きたいんだけど」
「サリーナ地方ということは〔港町ルクセント〕かぁ…」
ノックスは眉を顰めて難しい顔をする。
「もしかしてここからサリーナ地方への船は出てないのか?」
「いや…出てないこともないんだが…最近ガンドラとルクセントをつなぐ海路に化け物みたいな魔物が出るようになってな…そのせいでルクセントに出す船がめっきり減っちまったんだ」
「化け物みたいな魔物ねぇ…」
昴は三又をの槍を携えた山のようにでかい魔物を想像していた。
「そうなると誰に聞いても船を出してくれそうにねーな。他にサリーナ地方に行く方法はなんかないか?」
「魔物を使った空路か、陸路があるが」
「魔物を使った?空を飛ぶ魔物に乗って行くってこと?」
「あぁ、魔物の中にも知能が高く、人に危害を加えない奴もいてな。その中の'グリフォン'って魔物に荷車をつないで空を渡るんだが、'グリフォン'は希少な魔物でな。数が少なく、この辺でそれに乗れるのは王都アレクサンドリアぐらいなもんだな」
「そいつは…厳しいな」
『恵みの森』を通ってアレクサンドリアに戻るのは面倒くさいし、なにより、王都に戻ってまた城に缶詰になるのは願い下げだった。
「じゃあ陸路しかないかな…」
「陸路で行けば確実だが…かなり時間はかかるぞ?」
マルカットの屋敷でこの世界の地図を見せてもらったのだが、この世界は三日月のような形をしており、ここガンドラは左端に位置してた。サリーナ地方は右端の方の地方のことであり、そこを陸路で移動するには大陸を横断しなければならない。昴はしばらく思案したが、いい解決策も思いつかず、あまり長い時間ここにいてもフローラを待たせることになるので、とりあえず戻ることにした。
「いろいろサンキューな。もう少しいろいろ考えてみるわ」
「まぁ待ちなって」
踵を返して歩き出そうとした昴をノックスは呼び止めた。
「スバルには被害も出さずに魔物を倒してくれたって恩もある。それにどっちにしろいつかはルクセントに行かないと物資の供給で困ったことになっちまう」
ノックスは腕を組みながら少し考えると、昴の前で指を二本立てた。
「二週間だ!二週間時間をくれたら手練れを集めて、出航の準備をする!!」
「俺はそれで助かるんだが…いいのか?」
「なーに、海の男を舐めんじゃねーよ!」
「そっか…それじゃノックス、よろしくな」
「おう!二週間後、ここに来いや」
「わかった。ありがとう」
力こぶを見せるノックスに笑顔を向け、昴はフローラのもとに戻った。
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「なんか悪いねぇ、荷物を持ってもらっちゃって」
「いやいや、美味しいご飯を出してくれるお礼ですよ」
「そう言って貰えると嬉しいねぇ」
昴たちが《太陽の宿》に戻って来たのは日が昇りはじめ、あたりが明るくなってきた頃であった。昴はフローラが買った大量の魚がつまっている木箱を持ちながら宿へと入る。
「おかえりなさ…あれ?スバルさんも一緒?」
入り口を箒で掃いていたフランが、フローラと一緒に昴が帰って来たことに驚く。
「ちょっと港に用事があってな」
「男手があると買い物が楽で助かるよ。スバルさん、ありがとねぇ」
「スバルさんと買い物…私も行きたかった」
なんとなく落ち込んでいる様子のフランをフローラが慰める。
「それなら後でスバルさんと買い物に行っていたらいいじゃないか。スバルさんも日用品を買いたいらしいし」
俯いていたフランだったがスッと顔を上げると目を輝かせた。
「そうなんですか!?」
「あぁ、冒険者としての道具を全然持っていないからさ。帰り道でフローラさんにお店を聞いたんだけど、フランに案内してもらったら安心かな」
「じゃ、じゃあ是非行きましょう!」
「朝食食べたら冒険者ギルドに行って来るから、その後でもいいか?」
「はい!」
急に元気になったフランは鼻歌を歌いながら掃除の続きを始めた。フローラはそんな我が子の様子に苦笑しながらも、昴から荷物を預かり奥へと入って行く。昴は朝食をとるために食堂へと向かった。




