12.試験結果
日もすっかり落ち、建物が魔道具の明かりで照らされる時間。この時間になると大抵の冒険者は酒場へと繰り出すため、冒険者ギルドに残っている職員はほとんどいなくなる。
そんなギルドの二階、一番奥の部屋。普段はギルド長のサガットが一人で黙々と職務をこなしているギルド長室なのだが、今日は異様な雰囲気が漂っている。そこにはソファにふんぞり返り、どや顔で座っている黒髪の男と、唖然とした表情を浮かべ、机を挟んで向かいに座っている白髪の男がいた。それだけでも普段とは異なっているのだが、この部屋を異様な雰囲気にしているのは、大理石のテーブルに置かれた物のせいだ。二人の男の目の前には巨大な真っ黒の卵が三つ、そしてそのほとんどが床についている漆黒の大蛇の亡骸が置いてあった。
「どう?これで文句なしに冒険者試験は合格だよな」
予想通りのサガットの反応に満足しながら昴は得意げに言った。
「…’バジリスク’の巣の場所はどうやって特定した?」
「企業秘密」
悪戯めいた笑みを浮かべる昴を見て、サガットは呆れたようにため息をつくいた。
「一日どころか半日で、しかも’バジリスク’本体のおまけつきとは…まったく、規格外の男が現れおったな」
そう言いながらソファから立ち上がるとサガットは扉の方へと向かう。
「どっか行くのか?」
「ちょっと待ってろ」
そのままサガットは部屋を出ていった。一人になった昴は暇つぶしに部屋の様子を見回す。本棚には魔物図鑑や魔法に関するもの本が多数並べられており、壁には様々な勲章や賞状がかけられていた。それは冒険者ギルドに贈られたものもあれば、中にはサガット本人に贈られたものまである。
「“激震”のサガット…あのおっさんの二つ名か?」
サガット本人に贈られた賞状の文字を読む。いまいちピンとこなかった昴であったが、なんとなくあの仏頂面に”激震”の二つ名はお似合いな気がした。
そうこうしているうちにサガットが無精髭を生やした男を連れてきた。連れてこられた男は最初気怠そうな顔をしていたが、部屋に入り、テーブルの上のものを見ると口をあんぐりと開け、そのままの姿勢で固まる。
「スバル、紹介しよう。うちのギルドの解体屋、ガンテツだ」
「解体屋?」
昴は首をかしげながら部屋の入り口で固まっている男に視線を向ける。サガットがガンテツに目配せをするもまったく反応なし。
「あぁ、一階に魔物の素材を回収するカウンターがあっただろ。そこで魔物を引き取ってこのガンテツが解体するのだ。流石にギルド本部の解体屋なだけあって腕は確かだ」
「へぇ…で、なんでそのガンテツさんを連れてきたわけ?」
「それなんだが…」
いまだに放心状態のガンテツにサガットは咳払いをする。我に返ったガンテツは慌てて昴の方を見た。
「お前さんが、こ、こいつをとって来たのか!?」
「あぁ」
「一人で!?」
「ま、まぁそうだけど…」
ガンテツは信じられないものを見たような目で昴を見つめる。困った昴はサガットに顔を向けるが、何も言わずにサガットはゆっくりと歩いていき、ソファに腰を下ろした。
「な、なぁ。一体どういうつもり」
「まず一つ確認しておきたい」
昴の疑問を遮るようにサガットが切り出す。身体を前のめりにすると指を交差させ膝に乗せた。
「スバル、お前さんは冒険者試験合格だ。そして卵だけでなく’バジリスク’自体も持ってきたことからギルド長権限で高ランクの冒険者として登録することも可能だ」
「……………」
「高ランクの冒険者はそれだけ受けられる依頼も数多い、危険は増すがな。だが得られる報酬は当然高額になる」
サガットは昴の顔色をうかがう。昴は何も言わずにサガットの話を聞いていた。
「お前さんが高ランクになることを望まないなら、他の冒険者同様ランクFからのスタートになる。そうなれば低い難易度の依頼をこなすことになり、当然報酬も少なくなる」
「なるほどね」
「お前さんはどっちにする?」
「ランクFスタートにしてくれ」
迷いなく答える昴を見て、ガンテツは不思議そうな顔をしたがサガットは表情を変えなかった。
「…理由を聞いても?」
「簡単さ。俺は目立ちたくないんだよ」
昴はそんな当然のことを聞くな、と言わんばかりに答える。しばらく黙って昴を見ていたサガットだが不意に口元を緩めた。
「やはりそうなるか。だとすればガンテツを連れてきて正解だな」
「どういうことだ?」
「お前さんは高ランクにはなりたくない。でもそうすると低ランクの魔物の報酬しか手に入らない。そこでガンテツと知り合っておけばお前さんがランクの高い魔物を持ってきたときにこっそり報酬を渡すことができる。幸いスバルは【アイテムボックス】持ちだ。何気ない顔でカウンターで名前を出せば直接ガンテツのもとに通すよう手配しておこう」
確かにそうすれば昴が倒した魔物を無駄にしなくて済む。サガットの申し入れは昴にとってもありがたいものであったが、一つどうしても納得できないことがあった。
「…一ついいか?」
「なんだ?」
「なんで’バジリスク’ごときを倒したぐらいでそんな特別扱いしてくれるんだ?」
「…!?’バジリスク’ごとき!!?」
今まで黙って事の成り行きを見ていたガンテツが思わず声を上げる。不審に思った昴がガンテツの方に振り返るのと同時にサガットはガンテツに鋭い視線を向ける。何か言いたげだったガンテツだったが顔をそらし、口を閉じた。
「前も言ったがこの街は今喉から手が出るほどポーションが欲しい。それに貢献してくれた者の待遇をよくするのがそんなに不思議か?」
なんとなく腑に落ちない昴だったが、別に損をしているわけではないので無理やり納得することにした。
「わかった。それでいこう」
昴の返事を聞いたサガットは頷くとガンテツの名を呼んだ。昴が立ち上がりガンテツと向かい合う。
「そういうことだからガンテツさん、俺は昴っていうから」
「ガンテツでいいぞ!しっかしたまげたなぁ…こんなひょろっちいやつがなぁ」
「ひょろっちいは言い過ぎだっつーの。じゃあよろしくな、ガンテツのおっさん」
「おう!!魔物倒したらジャンジャン俺のとこ持ってきやがれ!」
昴が手を差し出すとガンテツはごつごつした大きな手で握り返した。
「今日はもう職員がいないから冒険者登録は明日の朝行う。パルムに言っておくからギルドに来たらパルムのとこに行ってくれ」
「りょーかい」
昴はそのまま部屋を出ていこうとする。しかし扉の前で止まると、振り返ってサガットを見た。
「ところでいい宿知らない?このままだと泊まるとこないんだよね」
「宿の予約もしてないのか。呆れたやつだ」
サガットは苦笑をうかべながら机にある羊皮紙に簡単な地図を描いて昴に渡した。
「《太陽の宿》ってところだ。おかみさんが優しくて料理もうまい。あと看板娘がかわいいぞ」
「サンキュ」
昴はサガットから紙を受け取るとそのまま部屋を出ていった。ガンテツはいなくなった昴のことを考えながら、未だに驚きを隠せないといった表情を浮かべる。
「いやぁ…いまだに信じられねぇなぁ…」
ガンテツは本物かどうか確かめるように’バジリスク’の亡骸を手に取った。
「本物だよなぁ…ちゃんと血抜きもしてある…」
「血はこいつに入れてきたそうだ」
サガットは銀の水筒をガンテツに見せた。
「胴体をきれいに真っ二つ…生半可な剣じゃ無理だぞ」
「…あの男はこいつを半日で仕留めてきたんだ」
「半日で!?」
「しかも一切の傷も負わずに、な」
「なっ…!!?」
これ以上開くことができないほどに口を開けたガンテツにサガットはニヤリと笑いかける。ガンテツは再び’バジリスク’に視線をうつした。
「…やっぱ信じらんねぇわ」
物言わぬ姿になった'バジリスク'を掴みながら、ガンテツは独り言のようにつぶやいた。




