4.同室
昴は憂鬱な気持ちでベッドに横たわっていた。
「はぁ…もう最悪だな…」
そう呟くと同時に乱暴に寝返りをうつ。
大聖堂で昴のステータスが晒された後、すぐに我を取り戻したユリウスはざわつき始めたこの場を収めるため、半ば強引な形で国民の義の終了させた。
戸惑う昴達をそそくさと食堂へと連れて行き、歓迎会の準備をしていたカイルに耳打ちをする。
ユリウスの報告に怪訝そうな顔をしていたカイルだったが、今は歓迎会を開くことを優先すると決め、指を鳴らすと、釈然としない面持ちの生徒の目の前に豪華な料理が並べられた。
昴の件で思うところがあったクラスメートも、美味しそうな匂いとグルルッと猛獣のうなり声のようなお腹の音に気づいてしまった以上、いやが応にも料理の方へと意識が向く。カイルの「それでは歓迎会を始めよう」の一言を皮切りに猛烈な勢いで食べ始めた。
それでもクラスメートやカイル、ユリウスの視線を全身に感じ、いたたまれなかった昴は食事もそこそこに、気分が優れないとカイルに告げて、彼らが用意してくれた宿舎に一足先に案内されたのだった。
部屋に入ると机と二段ベットが二つ用意されており、昴はその一つに思いきり倒れ込れこみ不貞寝を決め込んだ。
昴は国民の義務を思い出しながらおもむろにポケットに入れていたステータスプレートを取り出す。
「…"ステータスフルオープン"」
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名:楠木 昴 年齢:17歳
性別:男 出身地:アレクサンドリア
種族:人族
レベル:1
筋力:18 ↓DOWN
体力:17 ↓DOWN
耐久:17 ↓DOWN
魔力:18 ↓DOWN
魔耐:17 ↓DOWN
敏捷:19 ↓DOWN
スキル:【鴉の呪い】【多言語理解】【アイテムボックス】【成長促進】
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表示されたステータスに変わりがないことに溜息をつく。自身のステータスの低さもさることながら、どうしても【鴉の呪い】というスキルに目がいってしまう。自分のステータスの数値の横に『↓DOWN』もという表示もあり、ツッコミどころ満載であった。
「このDOWNってのはステータスの減少をさしてるんだよな…他の奴らにはなかったようだし…そうなると全ての能力が減少するってのが呪いなのか?」
自分なりに【鴉の呪い】がどういうものなのか考えても、スキルについての知識がまるでない昴には答えが分かるわけもない。。
ステータスウインドウが消えたステータスプレートを恨みがましく見つめ「"アイテムボックス"」と呟くと、八つ当たり気味にプレートを投げ入れた。
考えてもしょうがない、と開き直ってボーッとしていたら不意に部屋の扉が開く音が聞こえる。
「楠木、大丈夫か?」
「楠木君、気分は優れました?」
自称:進撃のムードメーカー青木優吾と先生と呼ばれているガリ勉ボーイの中山亘が昴を気遣う。その少し後ろからおどおどしながら「大丈夫…?」と話しかけてきたのはクラスでもかなり地味、というか根暗な斎藤卓也。
昴は身体を起こし、クラスメートに笑いかける。
「大丈夫大丈夫!多分いろんなことが起こりすぎてちょっと疲れちゃったみたい」
「まーそうだよなー。俺だっていまだに実感わかねーもん」
「私は非科学的なことは信じていなかったんですが、実際に自分が体験してしまっては信じざるを得ないでしょう」
手近にあった椅子に腰掛けながら優吾が言うと、にわかに信じがたいといった顔をしながら亘は自分の考えを述べる。
「これからどうすんのかなー」
「…僕は本を読めないのが一番辛い」
優吾の独り言のような問いに、向かいのベッドに座った卓也が肩を落としながらぼそりと呟く。
「…種類に拘らなければ本は読めると思うよ」
亡霊のような卓也の様子を見かねた昴が言うと、卓也はパッと顔を上げ「どういうこと!?」と昴に詰め寄った。
「いやだってカイルさんが言ってたでしょ?異世界召喚については蔵書されていた古い文献に書かれていたって」
昴の言葉に合点が言ったかのようにあっと声を上げる卓也に対し、優吾はいまいち要領を得ない様子。
「言ってたけど…それが?」
そんな優吾に亘が呆れたように告げる。
「古い文献が蔵書されている…つまり書庫か何かがこの城にはあるのでしょう。書庫があるなら本がある、私達は曲がりなりにも救世主という立場でこの国に招かれたので、本を読みたいとお願いすれば読むことが出来るのではないかということです」
亘の説明を受け、なるほど、と納得する優吾を尻目に目をキラキラと輝かせる卓也。
彼はクラスでも有名な本の虫。小説や歴史書はおろか、この間は百科事典を嬉々として読んでいたこともあり、その時は周りを唖然とさせた。
「まぁ斎藤の本好きはどうでもいいとして…この部屋割りどう思うよ?」
大して興味ないと言わんばかり切り捨てると優吾が真剣な表情で三人を見つめる。
「部屋割りって、何か問題があるの?」
「あーそっか。楠木は先に部屋に案内されたから他の奴の部屋割りを知らないのか…」
そう言うと優吾は部屋の種類と部屋割りについて説明し始めた。
昴達異世界人に用意された部屋は全部で六部屋。その全てが同じというわけではなく、日本でいうならば二部屋が松、二部屋が竹、二部屋が梅とランクが異なっている。
昴達四人がいるこの部屋は当然のことながら梅ランク。竹ランクに隆人とその取り巻きの4人組、そして松ランクには浩介と隼人の二人が割り当てられた。
余談であるがその二人の組み合わせに女子の一部が薔薇的なイベントが起こると興奮していたらしい。
「明らかにこれは…」
「能力による差別でしょうね」
優吾が言う前に亘が答えた。
「だよなぁ…」
「青木君の【大商人】、斎藤君の【司書】、私の【創作家】、そして楠木君の………スキルの詳しい情報はわからないけど、どう贔屓目に見ても私達四人のユニークスキルは戦闘には向いてませんからね」
ちらりと昴の顔を見ながら話す亘。卓也もビクビクしながら昴に目をやった。昴はこの場に居心地の悪さを感じていると空気を察した優吾がそんな二人を窘める。
「おいおい…俺たちは『戦い期待されてない組』ってことである意味仲間なんだから、楠木を腫れ物に触るように見るのはやめようぜ?ユニークスキルなんて運なんだし、好きで呪いなんて受けたわけじゃないからさ」
優吾の言葉を受け亘と卓也はバツが悪そうに昴に謝った。
「中山君も斎藤君も気にしないで!僕がそっちの立場だったら同じようにしちゃうと思うし」
昴はいたたまれない気持ちになって二人に向かって苦笑した。そんな昴を見て二人も苦笑いを浮かべ、部屋の雰囲気が少しだけ和らぐ。
「さーて…学校じゃ、性格的に話したことない俺たち四人がこうやって一つに屋根の下に集ったんだ!ここは…好きな人を暴露し合うだろ!」
修学旅行よろしく興奮した面持ちの優吾。三人ともそんな優吾の様子を生暖かい眼差しを向ける。
「な、なんだよ!こうやってお泊まり会になったらそう言う話をするのが普通だろ!」
三人の視線にうろたえながらも、お約束は守りたい優吾は口を尖らせた。
「好きな人って言われても…」
「あまり意識したことがないですね…」
「と言うわけで言い出しっぺの青木君からお願い」
真面目に考え出した卓也と亘。昴はニコニコと笑いながら優吾にふる。猫被りの昴も実はこういう話題に興味がないわけではない。
「俺かー俺はなー……って俺が言ったらお前らも言うんだぞ?」
「……………」
「……………」
「……………」
「無言かよ!」
念を押すような優吾の発言に三人とも沈黙で答える。優吾はこれ以上粘ってもしょうがないと考え、溜息をつきあれこれ悩み始めた。
「んー、そうは言ってもうちのクラスの女子は他に比べてかなりレベル高いの揃ってるからなぁ…霧崎は芸能人顔負けの美貌だし、北村のあの巨乳は男を釘付けにする凶器や!」
「…巨乳っていうなら一番大きなのは月島さんだと思うけど?」
「あれは文字通り凶器のような女だからパス。普通に殺されるわ」
卓也の的確なツッコミに冷静に返す優吾。確かに葵の胸に触れようものなら1秒後には塵とかす未来しか見えない。
「渡辺も化粧濃いけど綺麗だと思うし、上田や望月だって普通に見れば可愛い部類だろ。…望月は少し性格が辛辣だが」
ペラペラとクラスの女子を褒めている優吾の話を聞きながら昴はニヤニヤと笑みを浮かべる。ちらりと卓也と亘の方に目を向けると、どうやら二人とも昴と同じ気持ちらしい。
顔も悪くなく、性格もいいのに優吾に関する浮ついた話は全くと言っていいほどなかった。
それもそのはず、青木優吾という男は場を盛り上げることに関しては長けているが、自分の気持ちを隠すことが絶望的に下手くそなのである。そのため優吾がある女子にベタ惚れであることはクラスはおろか、学校中に知れ渡っている。
心底惚れている相手がいる優吾に対してちょっかいをかける奴はいない、そういう理由から浮ついた話もなかった。
優吾にとって最大の不幸だったのは、惚れた女がこれまた絶望的に鈍感で優吾の気持ちに一切気づいていないことだった。
「さて青木君。お茶を濁しているようですがそろそろ白状してはどうでしょうか?」
「な、なにを?」
亘の鋭い視線にギクリとしながら優吾は平静を装う。
「そうですか…ところで複数の女性を褒めているようですが、本命はどなたなのですか?まさか全ての女性が好きだと?」
「ば、ばか!そんなんじゃねーよ!ただ魅力的な女子が多いから迷っちゃうなーって話!」
「そうですか」
亘の態度に優吾はなんとなく釈然としない様子。
「なにか?」
「いや…言いたいことがあるならはっきり言えよ」
「そうですね…なら率直に。石川さんのことはどう思っていますか?」
「っ!!?」
金魚のように口をパクパクさせ耳まで真っ赤にしながら亘の質問に応えようとするが上手く声を出すことができない。そんな優吾の様子を見て、亘はニヤリと笑った。
「あぁ言わなくて結構です。青木君の面白い反応を見たかっただけですから」
優吾は素早く昴と卓也を見ると、二人とも申し訳なさそうに頷く。それを見て優吾は「ばればれか…」とがくりと肩を落とした。
「ちくしょー…楠木や斎藤にまで知られてるなんてどんだけわかりやすいんだ俺…。でもいい!俺は好きな奴言ったんだから約束通りお前らも言えよな!」
ヤケクソ気味に言う優吾に亘はふむ、とメガネをクイッとあげる。
「約束した覚えはないですが、青木君だけに恥をかかせるわけにはいきませんね。いいでしょう。私は望月さんのような理性的な女性が理想ですね」
「お、おう。そ、そうなのか」
変なところで男気を見せた亘に面食らった様子の優吾。あまりにさらりと言われてしまったため弄りどころもツッコミどころも見当たらない。
仕方がないので優吾は「お前はどうなんだ」と言わんばかりに卓也に目を向けた。ビクッと体を震わせてどこか挙動不審の卓也も優吾の目を見て逃れることはできないと諦める。
「ぼ、僕は…えーっと…北村さんがいいかな?こんな僕にも優しくしてくれるし…」
「あーまぁそうだろうな」
こちらは予想通りすぎて拍子抜けしてしまう。ある意味で鉄板の答えすぎてこちらも弄りどころはない。
「斎藤君はまだしも、中山君は意外だな…話しているところなんて見たことないし」
「そうだよなぁ…でも理性的な子が好きって言うのはなんとなく納得できるな」
しみじみと言う昴にうんうんと頷く優吾。
「みんな青春してるな」
「まー高校三年生なら好きな奴の一人や二人いるだろ………っていい感じにまとめようとしてるけどお前のはまだ聞いてないんだから話終わらせようとすんな!」
適当にはぐらかそうとした昴に優吾はジト目を向ける。
「楠木君の好きな人ですか…予想もつきませんね」
「うん、ちょっと気になるかも」
優吾以上に浮ついた話を聞かない昴に興味を示す二人。そんな三人の視線に昴は内心でため息をついた。
昴に好きな人がいるかどうかと聞かれたら答えはNOである。面倒くさがり屋の昴がそんな恋愛にかまけるわけがなかった。
しかしこの場の雰囲気を壊してギクシャクしてしまうのは昴にとって許容できることはではない。異世界召喚などというめんどくささの極みのようなイベントに巻き込まれた今、平穏無事で暮らしたい昴は少なくとも同室の三人とは仲良くなるとは言わないにしても、できるだけ関係を拗らせたくないというのが本心であった。
「正直僕は好きとか嫌いとかよくわからないんだよね…」
「でも気になる奴くらいはいるだろう?」
煮え切らない昴の答えに、すかさず優吾が問い詰める。
「気になる人、かぁ…好きとは違ってもいいの?」
「まぁ明確に好きな奴がいないってならそれでもしょうがねーな」
優吾は二人に視線を向け同意を得る。聞けるのならなんでもいい、と二人も頷く。
「そうだねぇ、北原さんかな?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…え?なんでみんな黙るの?」
「い、いや。意外すぎて」
三人とも呆気にとられている。そんな三人の様子に昴は少しだけ不服そうに言う。
「好きとかじゃないよ?ただなんとなく気になるっていうか」
「北原って高橋以上に無口でツルペタのあの北原美冬のことだよな?」
「…そうだけど。青木君は胸しか見ないの?」
「そんなことはねーけど…」
昴にジト目で見られて優吾は頭をかく。
「北原さんか…確かに可愛い顔はしてるけど…」
「ありゃ中学生だろ」
言いづらそうにしている卓也の代わりに優吾がはっきりと事実を告げた。
「理由を聞いてもいいですか?」
「北原さんとは同じ中学で、色々とお世話になったからさ」
遠慮がちに聞く亘に昴はきっぱりと答える。昴の言葉になんとなく納得をした様子の三人。
「あー…それは本当に恋愛感情とかなしの、気になるっていうより気が許せるって感じなんかな?」
「んー…そんな感じかな?」
優吾の言葉に曖昧に答える昴。昴にとって美冬は気が許せる相手でもあり、気を許さない相手でもあった。
「北原さんは年上に絶大な人気を誇るって聞いたことある」
「あー、一種の保護欲ってやつじゃねーか?なんとなく守ってやらなくちゃって気にさせる見た目してるよな」
卓也の噂は事実であり、高校1,2年の時の美冬は先輩から猛アプローチを受けていた。優吾もその噂を知っており、卓也に同意する。
「まっ全員の好きな奴…約1名微妙だけど…がわかったことだし、次は女王様についてだっ!」
優吾の唐突な話題転換に目を白黒させる一同。
「えーっと…女王様についてというのは?」
話の意図を掴めない亘が尋ねる。
「あのなぁ…俺たちと同い年くらいであの美しさ!そして北村にも負けていないあの大きさ!その上しっかりとした形のいい胸!まさに凶器!」
「…やっぱり胸しか見てないじゃん」
力のこもった声で熱弁する優吾に呆れた様子で昴は言う。ちらりと横を見ると亘と卓也は意外にも乗り気な顔をしていた。
「やっぱり大きさですかね」
「やっぱ形だろ!!」
「僕はひかえめなくらいがいいな…」
男子達のエロトークは夜が更けてもとどまることをしらなかった。