6.ハウンドドッグ
今日から2日に1話投稿を目指します!
もし遅れてしまったらすいません…
ガンドラの街で最大の酒場である《ハウンドドッグ》。夜は冒険者の荒くれどもがこぞって酒を飲みにくるこの場も、昼間には数える程度にしか客はいない。
「いいから俺様について来いよ!」
そんな静かな空間に男のダミ声が響き渡る。うっとおしいくらいに髭を生やし、筋骨隆々のその腕は机に座っている薄桃色の髪をした可憐な少女の腕を掴んでいた。その後ろには二人の男が下卑た笑みを浮かべている。
「こんなしみったれたとこよりもいい場所に連れてってやるからさ」
「いえ…結構ですので離してください」
困り顔でダミ声の男の誘いを断るが、男は聞く耳を持たない。客が少ないとは言え、揉め事で注目を集めるようなことはしたくないと考えた少女はできるだけ波風を立てないよう、最後にすみません、と丁重にお詫びの言葉も添えた。しかし、男には少女のそんな小さな願いは通じない。
「なるほどぉ…この俺様が誰だか知らないようだな。キセノン!!」
キセノンと呼ばれた面長の男が自慢げに前に出る。
「おいおいお嬢ちゃん、この方をどなたと心得る!冒険者ギルドの ランクB、数多の魔物をその腕力だけで打ち負かしてきた、泣く子も黙る”剛力のクリプトン”とはこのお方のことだぁ!!そしてそのクリプトン様が率いる冒険者クラン”絶対強者”の頭脳担当、キセノンとは俺っちのことよ」
キセノンがドヤ顔でそう言い放つと、もう一人の小太りの男が颯爽と前に出る。
「そして”絶対強者”の体力担当、ラドンとはおいらのことでぃ!!」
その三人の名はガンドラの街で知られていた。ただそれを名声と呼ぶにはいささか語弊がある。"絶対強者"の三人組、何かあればすぐに暴力に訴えかける、粗暴な奴らというのがこの街の共通認識であった。そんな好き放題をしている連中ではあるが、冒険者ランクBは伊達ではなく、町の人たちは何をされても手が出せずにいた。事実、この場にいる者達も関わり合いにならないよう皆顔を下げている。
「なぁ、お嬢ちゃん。わかるだろう?大人しく俺様についてきた方がいい思いできるぞ?まぁ無理やり連れて行くっていうのも俺様の趣味に合っていいんだがな」
クリプトンがもじゃもじゃの髭をなでながらいやらしい笑みを浮かべる。少女はその顔にあからさまな嫌悪感を示し、顔を背けた。そんな少女の態度を見てクリプトンはより一層笑みを深める。
「そうかそうか。素直になれないのか。仕方がないこうなったら俺様が強制的に連れてって」
ベチンッ!!!
何かがぶつかる音が店内に響くと同時にクリプトンの体が勢いよく後ろに倒れた。手下二人も少女も何が起こったかわからない様子で目をパチクリとさせている。
「兄貴!!」
「クリプトンの兄貴!!」
一瞬の間の後、慌ててラドンとキセノンがクリプトンに駆け寄る。クリプトンは目に涙をためながら額を押さえて立ち上がった。
「く、そぉぉぉぉ!!!どこのどいつだぁぁぁ!!!」
怒声が店内に響き渡り、ギラギラした瞳で辺りを見回した。周りの客はさらに身をかがめ、自分が関係ないことをアピールする。少女もブルブル震えながら身を竦めた。
「兄貴!!こいつが当たったんじゃないですか!?」
ラドンがクリプトンの足元にある銀貨を拾い上げた。クリプトンはラドンから銀貨を奪い取ると怒りに任せてそれを握りつぶす。
「旦那、店の外を怪しい奴が走っていったぞ」
声のした方にクリプトンが顔を向けると、そこにはカウンターに座った一人の客とグラスを拭いている店の主人の姿があった。
「今のは本当か?」
「あぁ…なんかフードを目深に被った奴が店を覗き込んでいやがるから気にしてたら、あんたが吹き飛ぶのと同時にどっかに走り去って行きやがった」
「服の色は?」
「深緑色のローブ姿」
クリプトンは店主から情報を聞くや否や手近にある机を蹴り飛ばし、憤怒の表情で店の外へ走って行った。お供二人も慌ててその後ろを追って行く。
静寂に包まれる店内。嵐がさった後も口を開くものは誰一人としていない。店主は何も言わずにグラスを手に取ると酒を注ぎ、カウンターの男の前に置いた。
「まだ何も頼んでないけど」
カウンターに座って何を頼もうか考えていた昴は置かれたグラスを一瞥すると、店主の方に目を向けた。
「なに、お代は先にいただいちまったからな」
店主はニヤリと笑みを浮かべ床に転がっている握りつぶされた銀貨を指した。
「なんのことやら」
「アンタが指でコインを弾くのが見えた」
「…結構うまくやったつもりだったんだけどな」
昴は反省反省と頭を掻きながら店主のおごりのグラスを口に運んだ途端顔をしかめた。
「…なにこの苦いの」
「1シルならその程度の安酒しか出せねぇな」
店主はニヤリと笑みを浮かべる。昴がクリプトンにぶつけたのはシルと呼ばれている銀貨。この世界ではカプと呼ばれる銅貨、シルと呼ばれる銀貨、ゴルと呼ばれる金貨が存在する。それぞれ100カプで1シル、100シルで1ゴルとなっており、1カプの価値はおよそ日本円の1円と同等である。
そのため店主が昴に出したのは100円の酒。元の世界でも多少なりともお酒を飲んだことがあった昴だったが、流石にここまで酷いのは初めてで、お酒というよりもはや消毒液を飲んでいるようだった。
「まぁ1シルならこんなもんなのか」
昴はグラスを奥へと押しやりポケットから違う硬貨を取り出す。
「だけどあんな奴に1シルは使いすぎだな。こいつで十分だ」
そう言いながら昴は親指に乗せた銅貨を弾いた。そんな昴を興味津々といった様子で店主が見つめる。
「それにしても兄ちゃん、なかなかやるな。見ない顔だが…名前は?」
「昴」
「スバルか。珍しい名前だ」
「人に物を尋ねるときは…ってのがあるだろ?おっさんは?」
「俺はダンクってんだ」
簡単な自己紹介を終えた昴は、ダンクに店のオススメを聞き、それを注文する。料理を待っていると、何やら良い匂いが漂ってきた。森を抜けてから食事をしていなかったせいで空腹の限界を迎えていた昴は、「腹減った」と呟くと、そのまま机に突っ伏す。
「あの…」
そんな昴に横から遠慮がちに声がかけられる。顔を上げた先にいたのは、先程クリプトンらに絡まれていた不運な少女。
「すみません、聞き耳を立ててしまって…。さっきのは、あなたがやって下さったんですか…?」
「あー…いや、なんつーか成り行きなんで気にしないで」
可憐な少女に上目遣いで見られてドギマギしながら昴が答える。
「やっぱりそうなんですね…あの…ありがとうございました!」
深々と頭をさげる少女を見て昴は頭をかいた。そんな二人の様子を見てかっかっか、と笑いながらダンクが料理を運んでくる。
「兄ちゃんは腕は立つが女にはめっぽう弱いってか」
「…苦手なんだよ。感謝されるのとか」
少し拗ねたように横を向く昴を見て、少女はクスリと笑った。
「私、フランっていいます。えっと…あなたは?」
「俺は昴。これから冒険者になろうってところ」
「なんだい兄ちゃん。冒険者じゃなかったのかい?」
「冒険者になるために田舎から出てきたんだよ」
ダンクが少し驚いたように言ったので、昴は適当にごまかした。
「田舎から出てらいらしたんですね。…なにか私にできることがあればいいのですが」
「あー…本当に気にしないでいいから。ただ俺が気に入らなかっただけだし、恩を感じる必要なんかねーよ」
少しぶっきらぼうに言ってみたものの、フランは「なにかお礼を!」の一点張りで昴は困り果てた。
「フランのお嬢ちゃん」
黙って二人のやりとりを見ていたダンクが助け舟を出した。
「兄ちゃんもこう言ってるんだ。嬢ちゃんがお礼を言って、はいおしまいでいいじゃねぇか」
「でも…」
「男にはカッコつけたい時があんのよ」
ダンクの物言いに少し不満そうな表情を浮かべたフランであったが、少し考えた後昴に向き直った。
「本当にありがとうございました。このご恩は忘れません」
「そんな重くとらなくていいのに。まーでもその気持ちだけはもらっておくよ」
昴が照れ隠しのようにひらひらと手を振ると、フランはぺこりと頭を下げて店から出ていった。ニヤニヤと昴を見ているダンクから料理をふんだくると、昴は無我夢中で掻き込み始める。
「兄ちゃん冒険者になるのか」
「一応そのつもり。食ってけないと困るからな」
「まぁ兄ちゃんほどの腕なら心配ないが…『炎の山』にいる魔物には気をつけな」
昴は手を止めるとまじまじとダンクの顔を見つめた。
「おっさんでも厳しいのか?」
「おっさんって…これでもギリギリ三十代だぞ?」
昴の失礼発言に反応しながらダンクはタバコに火をつけた。昴の【気配察知】が先程の筋肉達磨よりも手強い相手である事を教えている。
「あそこは特殊だからな…あそこが『炎の山』って言われる所以はしってるか?」
「いや…行ったことはないけど、別に燃えているってわけじゃなかったな」
昴はスプーンを口に運びながらさっき見た『炎の山』を思い出した。昴が見た感じでは変わったところはなかったように思える。
「今はな。あそこが『炎の山』って呼ばれだしたのは五百年前からだ」
「五百年?」
「あぁ。この街では有名な話だ」
ダンクはタバコの灰を落とすと、適当な酒をグラスに注ぎ、自分で飲み始めた。
「いいのかよ、仕事中に」
「これからおとぎ話をするっていうのにシラフじゃ語れねぇよ」
呆れた様子の昴にダンクが飄々と言い放つ。
「あの山にはなぁ、昔亜人族の狐人種が住んでたんだ」
「狐人種っていうと狐と人の?」
「あぁ、混血の亜人だな。彼らは争いを好まず、山でひっそりと暮らしていた。別に俺たち人族に危害を加えるって輩じゃなかったから特に問題なく俺たちは共存していたらしい」
ダンクは懐から取り出した二本目のタバコに火をつけた。
「だけど戦争がそれを許さなかった。お前も知っているだろう?五百年前に起きた人魔戦争」
「人魔戦争…」
「なんだ知らねぇのか?ちゃんと歴史は勉強しとかなきゃダメだぞ」
からかうように笑うダンクに大きなお世話だ、と昴は誤魔化すように料理を掻き込むスピードを上げる。
「人魔戦争ってのは人族と魔族の一番大きな戦争だ。なんでも過去稀に見ないほどの強大な魔王があらわれたんだとよ。そんなわけで人族は多種族に敏感になっていた。そんときに何が起きたかは詳しく知らねぇが…やられる前にやろうって思ったのか、狐人種に手を出されたのか、人族は山に住む狐人種に戦いを挑んだ」
「戦いをねぇ…でも争いを好まない種族だったんだろ?戦いにならないだろうが」
「争いを好まないってだけで弱いかどうかは別だけどな。まぁその時の戦いは人族有利に進んでいった。ところが…」
ダンクはここで勿体振るようにゆっくりとタバコをふかす。続きが気になる昴は若干イラっとしながらもダンクの言葉を待った。たっぷりとタメの時間を作った後ダンクは昴にタバコの先を向ける。
「燃えたんだ」
「燃えた?」
漠然としすぎてよくわからなかった昴は首を傾げながら聞き返す。
「言葉通り、一切合切燃えた。山が燃えたんだ」
「山が…」
昴は言葉を失う。そんな昴を見て、ダンクは満足そうな表情を浮かべた。
「それで山に入った人族は全滅。狐人種もどうなったかはわからねぇ」
「そんなことがあったのか…」
「まぁあくまで子供に読み聞かせる物語の類だけどな。親は子供が山に入らないように言い聞かせるんだ」
ダンクは灰皿にタバコを押し付け、その火を消した。
「『炎の山』には炎を操る狐の化け物がいるってな」




