5.商業都市ガンドラ
ガンドラの街に着いたのは昴達が馬車に乗って二時間程たってからであった。昴が窓から身を乗り出すと、十メートル程の高さの石の壁と大きな門が目に飛び込んでくる。
「ここはよく魔物が街までやってきますからね。守りは万全にしておかないと街の人の安全をはかれないのです」
呆気にとられている昴にマルカットが声をかける。街の横には『炎の山』があり、鬱蒼と木が茂っていた。海を見ることはできなかったが昴の鼻には潮の匂いはたしかに届いている。
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門の前にはたくさんの馬車や行商人、冒険者の姿があり、門の左右で街の守備隊らしき人が街に入る人のチェックを行っていた。
「左側はガンドラの街から出発し、外出記録を持っている人が通る場所。右側が外出記録を持っていなかったり、初めてこの街にやってきた人がチェックをうけます」
「外出記録ですか?」
「えぇ。この街から出るときに特定のカード…例えば私であればこの商人カードに外出記録をして、街に帰ってきたらそれを見せる事によりスムーズにチェックができるのです。この街に住む人であれば何らかのカードを持っているのですが、カードを持っていない人が一旦ガンドラを離れ、すぐに戻ってくるときは門番から外出証をもらいます。これも見せるだけでいいのでチェックが簡単になります」
「なるほど。初めて来た人はそういうのをなんも持っていないから」
「右側はチェックが厳しくなっており、街に入るのに時間がかかります」
マルカットの説明通り、左側に並んでいる人たちはさくさく街に入っているのに比べて、右側の列は動きが鈍い。
「我々はガンドラから来たので左側に並びます。スバルさんは本当は右側に並ばなければならないのですが私の顔で何とかなると思います」
しかし、とマルカットが昴の様子を伺う。
「おそらくステータスプレートの提示を求められると思うのですが、アレクサンドリアの出身であると少し面倒なことになるかもしれません」
昴は顎に手を当て少し考えたのち、マルカットに問いかける。
「マルカットさん。たしか出身地を名乗るのはイムルの村ってとこがいいんでしたっけ?」
「そうですが…口では何とでも言えますが、ステータスプレートはどうすることもできません」
「いや、何とかしますので、マルカットさんは俺のことをイムルの村から手伝いに来たとでも紹介してください」
「何とか…ですか。わかりました」
腑に落ちない顔をしながらもマルカットは昴の提案を呑んだ。そうこうしているうちにマルカット達の前の人たちのチェックが始まる。昴はステータスプレートを表示して魔力を練るとぼそりと呟いた。
「"幻鷺"」
黒い靄がステータスプレートを包み込む。ステータスプレートを見ると満足のいく結果になったため、昴はステータス表示をやめ、ステータスプレートを懐にしまった。
「えっと次は…これはこれはマルカット様」
門番の男は馬車に乗っているのが誰かわかると顔を綻ばした。
「ご苦労様です。出張から帰ってまいりました」
マルカットも笑みを浮かべながら門番の男に商人カードを提出する。門番の男は商人カードを確認すると、「確かに」とマルカットに返却した。
「では人数と荷物をチェックさせていただきます」
門番の男は荷台を調べ、馬車内を調べようとして昴と目が合うと少し怪訝そうな顔をする。
「えっと初めて見る顔ですが彼は…?」
「彼はスバルさんといってイムルの村からうちに出稼ぎに来たんです」
「なるほど。ステータスプレートを確認してもよろしいですかな?」
門番の男はマルカットの話に納得しながらも目だけは昴から離さなかった。マルカットは内心冷や汗を流しまくってはいるがそんな様子はおくびにも出さない。そんなマルカットの気持ちなど露知らず、昴は笑顔で了承すると懐からステータスプレートを取り出した。
「能力は表示しなくていいですよね?」
「あぁ、かまわん。種族まで表示してくれればいい」
「はいはい。"ステータスオープン"」
表示されたものを門番の男がチェックする。
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名:スバル 年齢:17歳
性別:男 出身地:イムルの村
種族:人族
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「出身地はイムルの村、種族は人族っと。問題なさそうだね」
門番はさらさらと紙に何か書くと昴に渡した。
「これは入門証といって、この街に住んでいるわけではない人に渡しているんだ。なくすと尋問をうけたりするからなくさないようにね」
昴は入門証を笑顔でうけとる。
「あとスバルさんは初めてだから入街金を」
「私が払いましょう」
先程まで昴の正体がばれないか冷や冷やしていたのが嘘のように、朗らかな笑顔を浮かべマルカットはお金を支払った。入街金を受け取った門番の男は御者をしているデルに許可をだし、無事ガンドラの街に入ることができた。
門をぬけ少ししたところでマルカットがふぅ、と息をつく。
「さすがの私も肝が冷えました。いったいどうやったのですか?」
「俺の魔法です」
「魔法…」
昴の答えにマルカットは眉をひそめた。昴は言葉で説明するよりも見せた方が早いと思いステータスを表示する。
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名:スバル 年齢:17歳
性別:男 出身地:イムルの村
種族:人族
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「…確かにイムルの村になっていますね」
ミトリアが昴のステータスを見ながら不思議そうに言った。二人が見ている前で昴は'幻鷺'をとく。
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名:楠木 昴 年齢:17歳
性別:男 出身地:アレクサンドリア
種族:人族
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「っ!?」
「変わりました!?」
二人が驚愕に目を見開くのを見て、昴はいたずらが成功したかのような顔をした。
「こんな魔法は見たことない…」
「俺の魔法はちょっと特殊で、今の魔法は契約とかそういうのを上から塗りつぶして書き換えるものなんです」
「書き換える…?」
「はい。まぁ、ここに書いてあるのはただの記録なので、俺のステータスを上書きしても変化するわけではないんですけどね。ごまかすにはもってこいの魔法ですよ」
「…ステータスプレートを無理やり改竄するとは…本当にあなたには驚かされる」
少しひきつった顔をしているマルカットに、昴はニヤリと笑みを浮かべた。
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門を抜けてしばらくしたところで、この辺で降ろしてください、と昴は声をかけた。
「屋敷までは来ないのですか?」
「はい。初めて来た異世界の街なので少し散歩してみたいんです」
「そうですか…」
マルカットはミトリアに目配せをすると、何かが詰まった麻の袋を取り出した。それをマルカットが受け取り昴に渡す。中身を見るとたくさんのコインが袋の中に入っていた。
「こんなのもらえませんよ」
予想外の報酬の多さに慌てる昴をマルカットは笑顔で制した。
「これは護衛の報酬とブラックウルフの素材の代金も入っています。気になさらないでください」
「でも…」
「これは未来への投資でもあります。スバルさんは私に利をもたらすと確信していますので」
昴が返そうとするものの暖簾に腕押し。昴は諦めてお礼を言いながら受け取ると、うんうんと満足そうにマルカットは頷いた。
「街を一通り見終わったら是非屋敷まで足を運んでください。屋敷の場所は誰かに聞けばわかると思いますので」
「わかりました。落ち着いたら行きます」
「それと冒険者ギルドに登録することをお勧めします。依頼をうければお金も得られますので」
マルカットの助言に頷くと昴は馬車を降りた。すると荷台からスコットとグランが顔を出した。
「スバル様、大変お世話になりました。屋敷でお待ちしておりますのでいらした際には私の名前をお呼びください」
「スバル!いろいろありがとな!屋敷で待ってるぜ!!」
昴は二人に頭を下げると「また後で会いましょう」と笑顔で答えた。デルが手綱を引き馬車が動き出す。走り去っていく馬車の荷台からグランがお辞儀をし、スコットが怪我をしていないほうの腕を振っていた。それを見送った昴はこれからどうしようか考え始めた。
「さーてと、いろいろ見て回りたいけど取り合えず腹減ったからどっかお店探すかな」
一つ伸びをしてから、昴は街の中を歩き始めた。




