2.ブラックウルフ
本日は二話投稿です!
プロローグがありますのでそちらを先に読んでください!
魔法の表記を変えました!
昴が『恵みの森』を抜けたのは、ジェムルと別れてから三日後のことであった。三ヵ月の間自分たちを狩り続けた昴の力を知る魔物たちはその間、一切昴を襲うことはしなかった。
「森を抜けたらでかい街が見えるって師匠は言ってたけど、そんなん見当たらんぞ」
あたりを見渡すも建物どころか人っ子一人見当たらない。目に映るのは広大な草原だけ。そもそも街の名前すら教えてもらっていない昴は大きくため息をついた。
「仕方ない、人の気配を探してみるか…」
昴は【気配探知】を発動して周囲の様子を探る。気配を感じるのは今出てきた森の方角からのみ。探知の気配を広げてみるも草原の方に生物の気配は感じられない。諦めかけていたその時、探知範囲ギリギリの、昴から三キロメートルほど離れた場所に五つの人の気配を捉えた。十匹の魔物もその近くにいるようでおそらく襲われているのだろう。
「魔物が近くにいるのが気になるが…とりあえず行ってみるか」
万が一のことを考え、昴は'鴉'を呼び出し、その気配のもとへと向かった。
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「くっ…まさかここまで来て魔物に襲われるとは…」
今にも襲い掛かってきそうな黒いオオカミを前に、スコットは思わず悪態をついた。
「どうするよグラン。こいつは結構まずいぞ」
スコットは銀のエストックを構えながら、隣でレイピアをオオカミ達に向ける燕尾服を着た六十歳くらいの老紳士に尋ねる。
「私も多少は武術の心得はありますが…'ブラックウルフ'相手には…」
額から冷や汗をかきながらグランは言葉を切った。
'ブラックウルフ'。冒険者ギルドが設定したランク分けではランクBとされる魔獣。個々の戦闘能力はランクC中位程度の実力なのだが、奴らの恐ろしいところは集団先頭に長けていることである。監視役、斥候役、囮役など、シチュエーションに合わせた役割分担を行い、確実に獲物を仕留める。一匹見つけたら十匹はいると思え、冒険者の中では有名な格言である。
「そうは言ってもよぉ…執事のあんたはともかく、護衛の俺が尻尾巻いて逃げ出すわけにはいかねーべよ。まぁオオカミの十匹くらいこのスコット様がかるーく料理してやんよ」
強気の発言をするスコットではあるがその表情には一切の余裕が感じられない。その時、後ろに守る馬車から大きな声が聞こえた。
「スコット!!グラン!!逃げることだけ考えなさい!!死ぬことは許しません」
その声の主は自分たちが仕える男の声であり、それを聞いたスコットとグランは互いに顔を見合わせる。
「…だとよ。旦那様も無理難題を押し付けやがる」
「しかし、旦那様の命であるのならば、死ぬわけにはまいりませんね」
絶望に打ちひしがれていた先ほどまでとは違い、二人に闘志が芽生える。
「デルッ!!」
スコットが怒声を上げると御者の男がひょっこり顔を出した。
「兄貴!手伝いますか?」
「お前がいなくなったら俺たちが馬車を引いていかなきゃならなくなる!だからお前は自分の身を守れ!馬車の方にこいつらが行ったら旦那様と女中を守れ!」
「了解っす!!」
デルと呼ばれた小柄な男は腰から短剣を抜くと、御者台から馬車の中へと入っていった。
「よし、それで───」
「スコットさん!来ますよ!!」
デルの動きを確認していたスコットにグランが鋭く言い放つ。慌ててオオカミに視線を戻したスコットは突進してくる二匹の'ブラックウルフ'に向けて慌てて剣を下ろした。斬られたのは一匹だけで、もう一匹は横へとかわし、そのままスコット目がけて飛び掛かる。
「甘い!!」
【身体強化】をかけたグランの突きがスコットに飛び掛かった'ブラックウルフ'に命中し、ギャンッ、と鳴き声を上げながら吹き飛んだ。
「さすが、闘う執事は違うねぇ」
軽口を叩きながら自身も極限まで【身体強化】を施し、こちらの様子をうかがっている'ブラックウルフ'達に突っ込んでいった。'ブラックウルフ'はスコットが振るう剣を注意深く眺めながら、回避に徹しており、反撃することはない。
スコットが'ブラックウルフ'達の相手をしている間にグランは魔力を高め、イメージを構築する。
「"激しい水流の螺旋"!」
グランの手から水の竜巻がすさまじい勢いで放たれる。グランの詠唱を聞いたスコットは魔法の発動と同時に、地面を蹴って大きく後ろに下がった。水の竜巻はそのまま'ブラックウルフ'に直撃し大きな水しぶきを上げる。
スコットは体勢を立て直しながら様子を伺う。'ブラックウルフ'達はむくりと起き上がり。水浴びをしたかのように体を震わせると、そのまま何事もなかったかのようにスコット達の方へ歩き出した。
「やはり中級程度の魔法では」
「ダメだってことだな」
スコットは再び剣を構える。と、その時一番初めに切り伏せたはずの'ブラックウルフ'が起き上がると同時にスコットの右腕に噛み付いた。
「ぐぁぁぁ!!くそぉ…」
「スコットさん!!」
'ブラックウルフ'はスコットの装備している鋼鉄の手甲をいともたやすく噛み砕いた。
「このやろう!!は、はなしやがれ!!」
スコットが殴りつけるも'ブラックウルフ'は噛みついたまま離れない。グランは急いでスコットの元へ駆け寄るも、グランがレイピアで吹き飛ばした'ブラックウルフ'がその間に立ちはだかる。その身体には先ほどの傷がすでになくなっていた。
「っ!?【自己治癒能力】か!!」
'ブラックウルフ'は高い【自己治癒能力】を有していた。致命傷を与えない限り、いつまでも襲ってくる。
「こ、このままじゃ剣が振れねぇ…!!」
足止めをくらったグランを横目に、利き腕に噛みついている'ブラックウルフ'に苦戦するスコット。かなりの血が流れ、腕の感覚は既になくなっていた。
斥候役が獲物を捕らえたことを確認した'ブラックウルフ'達は一斉にスコットに襲い掛かってきた。それを見たグランは無理やりスコットに近づこうとするものの横から突進してくる'ブラックウルフ'に吹き飛ばされ吐血しながら地面に叩きつけられる。
「ス、スコットさん…!!」
グランが顔を上げると、'ブラックウルフ'の群れはもうスコットの間近まで迫っていた。
「ちくしょぉぉぉぉぉ!!!!」
スコットが雄たけびを上げる。それを意に介することなく'ブラックウルフ'達はスコットに飛び掛かった。
「"飛燕"」
声とともに飛来する黒い斬撃。その数、十。一寸の狂いもなく'ブラックウルフ'達の首をはねていく。
突然起こった事に理解が及ばないスコットとグラン。目の前で'ブラックウルフ'が地に付していく。スコットは倒れていく'ブラックウルフ'達を見て、ゆっくりと自分の右腕に視線を移す。そこには頭だけとなったオオカミの骸がぶら下がっていた。
グランもなんとか立ち上がりながらオオカミの死骸を見渡す。彼は自分の脳みそをフル回転させるものの現状の把握には至っていない。
「えーっと…大丈夫っすか?」
そんなグランとスコットを現実に戻したのは黒髪の少年が発した、そんな間の抜けた声だった。




