30.エピローグ
『恵みの森』の最奥部にある開けた平地に二人の男が対峙していた。
一人は傷だらけの身体に緊張感を携え、漆黒の双刀を油断なく構えている。もう一方は対照的に二メートル近くもある長刀を手にしているものの、構えることはせず悠然と立っていた。
「さて、準備はできてるか?」
明日の天気を聞くような気楽さでジェムルは声をかけた。
「あぁ…こっちはいつでもいける」
「ならさっさと始めようか」
ジェムルの飄々とした物言いに、昴の'鴉'を握る両手に自然と力が入る。
「時間は五分ってところか…わかってると思うが」
「全力で、ってことだろ?大丈夫だよ」
昴の答えに満足そうに頷き、ジェムルは流れるような仕草で'村正'を肩よりも高い位置に構える。両手に握られた'村正'は刃が上に向き、射殺すようにその切っ先は昴へと向けられていた。その構えはジェムルの最も得意とする'霞の構え'。
昴はジェムルからはなたれる途轍もない威圧感に冷や汗を感じながらも、目を瞑り魔力を高めていく。
「"烏哭"」
静かに発せられた言葉に呼応するかのように、昴の体から黒色の魔力が迸りその体を覆っていく。それを見てもジェムルの様子に変わったところはない。
両者の距離は二十メートル程。昴がゆっくりと目を開く。
「…行くぜッ!!」
'烏哭'により何倍にも高められた身体能力で一直線にジェムルに向かっていく。その速度は一介の冒険者には捉えることは不可能。そのままの勢いでジェムルに斬りかかるが、ジェムルはその場から一歩も動くことなく'村正'を振るった。
「まだまだ踏み込みが甘い」
「ぐっ…!」
ジェムルの剣圧に弾き飛ばされた昴は一回転しながら体勢を整え、再び地面を蹴りジェムルへと飛びつく。
「剣を振る速度はいいが重さが足りないな」
嵐のような昴の猛攻を華麗に捌きながらジェムルが涼しい顔で告げる。このままでは攻めきれないと感じた昴は蹴りを放ち、ガードされるもその反動で後ろに大きく跳んだ。
「"飛燕"ッ!!」
空中で'鴉'を振りぬくと、二本の黒い斬撃がジェムルに襲い掛かる。
「ハァッ!!」
気合の込められた掛け声とともに'飛燕'を打ち消すと、突きの構えのまま昴に向かって飛ぶように迫っていった。地面に着地した昴もさらに魔力を高め、両手をクロスしたままジェムルに向かっていく。
「せいっ!!」
「うおおおおお!!!」
繰り出された神速の突きに、交差させた腕を振りぬく。両者の剣がすさまじい音を立ててぶつかる。その瞬間、二人を中心にバカでかいクレーターが広がり、周囲の木々は吹き飛ばされた。
「………及第点ってとこかな。これ以上やると森がめちゃくちゃになっちまうし」
爆心地と化した平地でジェムルが静かに言った。その言葉に昴は安堵の表情を浮かべると、崩れ落ちるようにその場で大の字になって寝転んだ。
「まだまだ俺には及ばないが…まっ、三ヵ月ならこんなもんか。その強さなら大抵の奴に遅れは取らないだろ」
「師匠基準で考えられても困るっつーの…」
本当に何者だよ、と昴のこぼした愚痴に嫌らしい笑みを浮かべながらジェムルは'村正'を自分の中にしまった。
「とにかく、だ。お前は卒業試験に合格したってことで晴れて免許皆伝だな」
「免許皆伝かぁ…」
「あぁ。スキルの使い方も慣れてきたし、双剣の扱いは俺がこれ以上口出しすることじゃなく、自分で極めていくことだ」
「スキルねぇ…【黒属性魔法】はまだいまいち使いこなせてないけどな」
昴は体を起こし、魔力を練り上げると手のひらに黒い球体を作り出し、伸ばしたり形を変えたりしてみせた。
「お前の…いや'鴉'の【黒属性魔法】はおそらくそいつだけが持つ固有スキルだ。その分まだまだ応用が利く。精進に励むんだな」
さて、とジェムルは昴の目の前に腰を下ろした。
「ここまで付き合ってやったんだ。今後の予定くらい聞かせろよ」
「今後の予定?」
「あぁ。それがないとあんな思いをしてまで強くなろうと思わないだろ?」
昴はこれまでの修行という名の虐待を思い返し身震いをした。昴がジェムルと過ごした三ヵ月間、心が折れること五回、死にかけること十七回、気絶すること三時間に一回程度。そんな思いをしてまでどうして強くなったのか、ジェムルの疑問に昴はすぐに返事はできなかった。
「…強くなったのはいざって時に守れないと嫌だから」
「守るって誰を?」
「それはまだ決めてない」
きっぱりと言い切った昴に一瞬面食らったような顔をしたが、すぐに顔に手を添えて呆れたように笑い始めた。
「なんだそりゃ…お前らしいな。それでこれからどうするつもりだ?」
「とりあえずの目的は元の世界に帰る方法を見つけること」
そういうと昴はおもむろに立ち上がって空を見上げた。
「この世界のことはよくわかんねーけど、魔法だってあるんだ。世界中探せば元の世界に帰る方法だって見つかんだろ」
ジェムルは昴の目をじっと見つめる。その目は遠くにある可能性を信じて疑ってはいなかった。
「…それなら『龍神の谷』か『エルフの里』に行ってみろ」
「『龍神の谷』と『エルフの里』?」
聞きなれない言葉に昴は疑問符を浮かべる。
「『龍神の谷』は亜人族の中でも高位の存在である竜人が住む谷だ。竜人は強く、歴史や格式を重んじる種族だからお前らの世界について何か知っているかもしれない。『エルフの里』は精霊族の中でも魔力に精通しているエルフがたくさんいる。召喚魔法や転移魔法に詳しいことだろうよ」
そこまで言うとよっこらしょ、と立ち上がりジェムルは森の方に歩き始めた。
「師匠!」
離れていくジェムルに慌てて声をかける。ジェムルは振り返らずに答えた。
「まずは王都とは逆の方向に『恵みの森』をぬけろ。そこからでかい街にたどり着くはずだから、その街から船に乗ってサリーナ地方を目指せ。『龍神の谷』はそこにある。それと異世界人ってのはなるべく隠しておけ。厄介ごとの種になる。あとは…」
ジェムルが投げたものを受け取る昴。10センチメートルほどの真っ黒な水晶玉であった。
「餞別だ。とっておけ」
特に変わった様子のない水晶玉をしばらく眺めた後、昴は大事そうにそれを懐にしまった。そして離れていく自分の師匠の背に向かって背筋を伸ばし、頭を下げた。
「短い間でしたが、ありがとうございましたっ!!」
森に入る直前だったジェムルは立ち止まり振り返ると、昴をビシッと指さした。
「仮にも俺の弟子を名乗るんだ!情けない死にざまだったら承知しないからな!!」
ふんっと照れ隠しのように鼻を鳴らすと、足早に森の奥へと消えていった。
昴はしばらくそのまま頭を下げた姿勢でいたが、ジェムルの気配が完全になくなると顔を上げた。
「さてと…面倒くせーけど行きますか!」
そう宣言すると、昴はジェムルとは逆方向に歩き始める。これから何が起こるかわからない、それでも昴はまだ見ぬ世界へ期待と不安を胸にその足を進めていった。
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名:楠木 昴 年齢:17歳
性別:男 出身地:アレクサンドリア
種族:人族
レベル:483
筋力:4024
体力:3565
耐久:3626
魔力:3921
魔耐:3783
敏捷:4123
スキル:【鴉の呪い】【多言語理解】【アイテムボックス】【成長促進】
※【鴉の呪い】…【双剣術】【気配察知】【気配探知】【気配遮断】【黒属性魔法】【威圧】【夜目】【???】
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