29.動き出す悪意
暗い部屋の中、灯りもつけずにベッドの上に座り込む者が一人。何をするでもなく、その虚ろな目はただただ虚空を眺めていた。
「…玄ちゃん」
同室の誠一が部屋の扉から声をかける。勝と健司もその後ろから心配そうに隆人の様子を伺う。
「飯の時間だけど、行かないの?」
最初に声をかけられた時にビクッとした隆人であったが、その後の誠一の言葉には全く反応を示さなかった。そんな隆人を見て諦めたようにため息をつくと、誠一は勝と健司を引き連れて食堂へと向かっていく。
視線を動かさず、気配だけで三人がさっていくことを感じた隆人はほっと息をついた。
「誰も信用できねぇ…」
うわ言のように呟いた隆人は自分を守るように足を抱えると、自分に宛てられた手紙について思いを巡らせていった。
それが隆人の元に届いたのは三日前、昴の捜索結果が告げられた夜のことである。
夕食を誰よりも早く終え、我先にと部屋に戻ってきた隆人は自分の枕元に真っ黒な封筒があることに気がついた。それには大きな白い文字で『玄田隆人様』と書かれており、不審に思いながらそれを手に取り裏返してみるが差出人は書いていなかった。なんとなく薄気味悪く思いながらその手紙を開けると、書き出しから隆人は驚愕に目を見開いた。
『 人殺しの玄田隆人様へ
恋敵を谷底に落とした気分はいかがですか。
愛情というものは憎悪にも似た感情、玄田様の行動も私には大変理解できます。
しかし親しい人を失った貴方の想い人は心を痛めているご様子。
そんな彼女が貴方のしたことを知ったらどう思うでしょうか。
そうならないことを切に願うばかりです。
私が貴方にこのような手紙を出したのは他でもありません。
貴方の秘密を知るものとしてほんの少し助力を求めたいからです。
詳細はまた後日。
なおこの手紙はそちらで処分していただき、この封筒は大事に隠し持っていてください。
快く協力していただけることを願っております』
隆人は目の前が真っ暗になった。初めは指だけが震えていたが、いまや身体全体が極寒の地にいるかのようにブルブルと震えている。
なぜかわからないが、誰かが自分のしたことを知っている。そのことだけが頭の中をぐるぐると回り続け、隆人は力なくその場にへたり込む。その目には雫の姿が浮かんでいた。
(霧崎にばれたら…俺は…)
絶望にも似た感情が隆人の心を支配していった。
手に持っていた手紙をぐしゃりと握り潰すと、感情の赴くままにそのままベッドに叩きつけた。
(誰が…いったい誰なんだ!?)
犯人なんて全く思い浮かばない。様々な思考を巡らせていると隆人は違和感を感じた。
「この手紙…どうやってここに…?」
それぞれの部屋には鍵がついており、開けられるのはその部屋で暮らしているものだけであった。この手紙が隆人のベッドにあったということは必然的に手紙を出すことのできる人物は限られてくる。
「まさか…あいつらの誰かが…?」
高校一年の時から一緒の部活で、ずっとつるんでいた隆人が最も信頼している奴らの中に犯人がいる、そのことが隆人には信じられなかった。
「くそっ!俺を嵌めようとしている奴があいつらの中にいるのかっ!?」
『恵みの森』で一緒の班員だった勝か?いやあいつにそんな脳みそはない。それなら誠一と健司のどちらかが…いやあいつらが俺のしたことを知ることはできない。まさか三人ともぐるになって…。
思考は堂々巡りとなって答えが出ることはない。
「誰も…誰も信じない…自分の身は自分で守ってやる」
隆人はそう決意するとベッドからグシャグシャになった手紙を乱暴に掴み、それを処分するため部屋を後にした。
その姿を廊下の隅で見ながら、ほくそ笑む者がいることに気付くことはなかった。




