27.勇者式元気の出させ方
城の食堂。
普段は座学や厳しい訓練の後、心休まる穏やかな雰囲気で明るい声が聞こえるここも、今は重苦しい空気に包まれていた。
楠木昴の安否が絶望的であること、その事実を聞いた生徒達の動きは様々であった。部屋にこもる者、鍛錬を行う者、どこかへ行ってしまった者、心の平安を求めて皆がいる食堂に集まる者。
食堂にいるのはクラス委員の天海浩介、明朗活発な石川さおり、そのさおりの親友である望月真菜、おさげ図書委員の小川咲、そして隆人のとりまきである加藤誠一、古川勝、前田健司の三人。なぜかいつも一緒につるんでいる玄田隆人の姿はここにはなかった。
誰もが暗い表情を浮かべ、口を開こうとしない。咲は不意に立ち上がると厨房に歩いて行き、皆の分のカップを持って戻ってきた。
「これ…カモミールティーです。リラックスできると思うので…」
机にティーカップを置きながら咲は力なく言った。皆曖昧なお礼と共に受け取り、それを黙って自分の口に運ぶ。【薬師】のユニークスキルをもつ咲の入れたカモミールティーは通常の何倍の効果もあった。
「楠木君…あんまり話したことはなかったけど、知っている人がいなくなるっていうのは…悲しいね」
さおりが独り言のように呟く。その目は少し潤んでいる。
「今まではファンタジーの世界に来たって浮かれてたけどここは現実の世界なのね…人が簡単に死んでしまう」
「真菜!そんな言い方は」
「でもそれが事実でしょ?」
「………」
真菜の辛辣な物言いに苦言を呈するが、有無を言わせない威圧感にさおりは言葉を失う。またしても食堂を沈黙が包みこんだ。
「…この世界に来てから全てがおかしくなったんだ」
沈黙を破ったのはいつものお調子者がすっかり影に潜んだ健司。その身体は何かを耐えるように小刻みに震えていた。
「なんで見ず知らずの世界のために命をはらなきゃいけないんだ…今すぐ元の世界に帰してくれよ…」
「…最近玄ちゃんの様子もおかしいしな」
健司に続いて誠一も重い口を開く。
「そういえば玄田はどうした?」
「さぁ…森から帰って来てからは部屋に一人でいることが多いけど、気づいたらいなくなってたりで、俺らと喋ることもほとんどなくなった」
浩介の疑問に誠一が面倒臭そうに答える。
「玄田、心配だ…」
勝がその大きな体を縮こめて、不安そうに言った。自然とため息をつく一同を見て浩介は立ち上がる。
「みんな、暗いよ!こういう時こそ元気を出さなければ!」
浩介は陰鬱な表情を浮かべたみんなの顔をぐるりとを見回した。
「楠木のことは本当に残念だったと思うけど、僕たちはこんなところで立ち止まるわけにはいかない。元の世界に帰るためにも自分達の力で未来を切り開こう!」
皆が浩介の顔を見つめる。その顔には自信と覚悟が浮かんでいた。
「僕たちは勇者だ。この程度で心が折れていたら魔王になんて勝てない!僕たちは魔王を倒して堂々と元の世界に戻るんだ」
力強く言う浩介にさおりは大きく頷いた。【勇者】スキルが内包する【激励】により、全員の身体に力がみなぎる。
「そうだね!ここでうじうじしているのは楠木君も望んでないよね!あたしたちがしっかりしなきゃ楠木君もうかばれないよ!」
鼻息荒く言うさおりの姿を見て、真菜がくすりと笑う。そんな真菜にさおりはほっぺをぷくーっと膨らませ不満げな表情を見せる。
「なーに真菜!なんで笑うのよ!」
「いや単純だなって」
からかうような真菜の物言いに唇を尖らせながらプイッとそっぽを向くさおり。
「でも…さおりらしいわね」
ふふっと笑いながら、冷めたカモミールティーを口に運ぶ。
「君たちもうちのクラスの問題児軍団がそんな弱気でいいのかい?」
すっかり覇気をなくした三人組に浩介は挑発的な視線を向ける。【勇者】スキルの内包する【叱咤】の効果により健司たちは食って掛かった。
「なに…?」
「君たちは暴れん坊な肉食獣だと思ってたけど案外草食動物なのかな?」
「だ、誰がチワワだ!」
「それ肉食だから」
顔を真っ赤にさせて浩介に反論する健司に真菜が冷静に突っ込む。
「接近戦は無類の強さを持っている古川が何を不安に思うことがあるのかな?」
「俺は…強い」
静かに、しかし力強く勝が答える。
「くそ!天海にここまで言われてしょげてるなんて男じゃねぇ!俺が狂暴な獣ってところを見せてやるよ!魔物だが魔族だか知らねぇがかかって来やがれ!」
今まで沈んでいたのが嘘のように奮起した健司を見て、浩介は満足そうに微笑んだ。
「俺にはなんもないのか?」
「君には…」
浩介は誠一の顔をじっと見つめ言葉を切った。
「加藤には必要ないだろう。君は意外に聡明だからね」
「意外には余計だよ。でもまぁ、こいつらを炊きつけてくれたことは感謝するよ」
誠一はそのまま勝と健司に声をかけて食堂を出ていった。
さおりはこれから自分が強くなるためにはどうしたらいいか真菜に相談している。その顔はいつもと同じように明るく輝いていた。真菜もはいはいっと流し気味にさおりの話を聞いていたが、先ほどまでの憂鬱な表情ではない。
浩介が自分が座っていた席に戻ると、咲が浩介にそっとカモミールティーを置いた。
「ありがとう」
「いえいえ…やっぱり天海君はすごいです」
「そんなことないよ…僕は自分が思った事を口にしただけだよ」
「それがすごいって言ってるんです。自分が思った事を言っただけで落ち込んでたみんなが本来の自分を取り戻しましたからね。天海君にはみんなを変える力があるんですよ」
咲が浩介に微笑みかけると、浩介は照れたようにカモミールティーをすすった。
「僕なんかより小川さんのがすごいよ。飲み物一つで人の心に安らぎを与えるんだからね。僕もこれのおかげで落ち着くことができたんだよ」
急に褒められた咲は目をキョトンさせていたが、みるみる顔を赤く染め上げ持っていたお盆で顔を隠した。そんな咲を笑顔で見ていた浩介は咲の顔を見つめ真面目な顔をして言った。
「これからいろいろなことが起きると思うけど、小川さんのことは僕が守るから。そしたらまた美味しい紅茶をいれてくれないかい?」
「………はい」
天然すけこましは今日も絶好調であった。




