25.同室の決意
昴が崖から落ちてからすぐに、アトラス達は救援信号として放った魔法を見たほかの班と合流することができた。森の奥にいたので遅れてやってきたガイアスが事情を聞くと恵みの森の調査を中止し、フリントをリーダーとする雫達異世界人を無事に城まで送り届ける班と、ガイアスをリーダーとする昴を捜索する班の二つに分け、迅速に行動を開始した。
昴と同じ班であった香織、同室である優吾、亘、卓也、そして美冬と雫の五人は残って捜索すると最後まで主張していたがガイアスが頑として首を縦に振らなかった。
昴が行方不明になった、いやむしろその生存が絶望的であるという事実を知ったクラスメート達はあらためて自分たちがいつ死んでもおかしくない状況に置かれていることを認識し、口数少なく城へと向かっていった。問題もなく城にたどり着いた雫たちにフリントは一週間の休養を言いつけた。その命令に声を上げる者は誰一人なく、雫達は亡霊のように自分の宿舎に戻っていった。
捜索に出たガイアス達は昴が川に落ちたということで、森の入り口から川沿いを下流に向けて進んでいった。誰もが昴の無事な姿など想像していない。ただ限りなく低い可能性として昴が生き残っていると信じて探し続ける。その願いがむなしく砕け散ったのは捜索を始めて二日がたったころだった。捜索をしていた騎士の一人が川沿いに昴の物と思わしき折れた剣を見つけたのだ。河原の石に染みついた大量の血痕とともに。
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フリントに引き連れられ『恵みの森』から帰還した五日後、昴捜索を終えて帰ってきたガイアスからの報告を受けた優吾達三人の部屋は静まり返っていた。いつもはうるさいくらいに同居人に話しかける優吾ですら一言も発さず、ベッドの上に横たわり、ひたすら天井を見上げている。卓也は自分のベッドの上で三角座りをしており、膝を抱えた手は小刻みに震えていた。窓のそばに立っている亘は外に視線を向けているが、その実何も見てはいない。昴の死を知ってから、この状態がかれこれ三時間も続いていた。
そんな沈黙を破るように優吾が体勢そのままに静かに口を開いた。
「俺はさ、学校にいるときは楠木がどんなやつなのか知らなかったんだよな」
唐突に話し始めた優吾の言葉に亘と卓也は黙って耳を傾ける。
「なんつーか…あいつって俺のこと、ていうか他人を避けてる感じだっただろ?だから俺から別に話しかけようとかそんなん全然しようとしなかったんだよな」
「それは…私も同じですね。私もクラスの方たちと積極的に関わろうとはしないタイプでしたが、楠木君のそれは異常ともいえるくらいでしたからね」
眼鏡を直しながら亘が言うと卓也も小さく頷いた。
「だから俺は楠木って人が嫌いなのかなって思ってたんだ。だから自分から関わろうとしない、関わりたくないってそんな風に決めつけてた」
優吾は身体を起こすと普段は見せないような真面目な顔で二人に向き直る。
「最初同じ部屋ってわかったときに、うわぁ…俺やってけるかなってかなり不安になった。正直、楠木だけじゃなくて中山も斎藤もクラスじゃほとんど口きいたことなんてなかったし」
「僕達タイプが全然違うもんね…。僕はほかの人と話すのとか苦手だから、青木君みたいにクラスの人気者には恐れ多くて話しかけられなかったし」
卓也は力なく笑いながら三角座りをやめ、ベッドの縁に座った。亘も手近の椅子をもって二人の近くに腰を下ろす。
「でもいざ話してみるとさ、あれ?こいつって意外と面白いやつなんじゃね?って思ったんだ。少しよそよそしいところはあったけど人嫌いって感じは全然しなかったんだよな」
「確かに…私もクラスにいたときの楠木君のイメージとはまるで違ったので少々驚いたのを覚えています」
同意する亘に、だろ?と優吾が視線を向ける。
「…俺はさぁ、この世界に連れてこられたときに仲いいやつが全員いないって知ったときはかなりへこんでたんだよな」
「この世界に来たのはあの時教室にいた人たちだけだもんね」
「あぁ…斎藤の言うように俺の友達は幸か不幸かあの時教室にいなかったんだよな。それを知って俺はすげー怖かった。こんなわけのわからない世界に連れてこられて話せる奴も碌にいない…魔王を倒そうとか意気込んではもたものの、全然やってける自信がなかったんだよ」
優吾の発言を馬鹿にせずに黙って聞いてくれる卓也と亘。そんな二人に内心感謝しながら優吾は話を続けた。
「そんな自分をごまかすために、楠木を含めたお前ら三人に無理やり話しかけた。あれは完全に空元気だったけど…でも楠木も中山も斎藤も嫌な顔せずに一緒に話してくれた」
「…あの時は私も不安で、青木君の絡みには救われたような気持になりましたよ」
「僕も…どうしたらいいのか全然わからなくてビビってた時に青木君に話しかけてもらえてホッとしたよ」
二人が真顔で言ったことに少し驚きながらも、優吾は照れたような笑みをうかべた。
「そう言ってもらえると俺も助かるな。俺は煙たがられるんじゃないかってびくびくしながら話しかけたたからな…。結果として俺らは全然違うタイプの人間だけど、みんないい奴だって知れたんだ…だからこそ俺は楠木が不思議だった」
「不思議というのは?」
「中山も斎藤もいい奴だって思えたけど、クラスでの印象とはそこまで離れていなかったんだ。ただあいつは全然違った。だから俺はその理由が知りたかった…人と距離を置こうとする理由が」
優吾はそこでいったん言葉を切って二人の様子をうかがう。二人とも同じように気になっていた、という表情をしていた。
「まだ一緒になって一ヵ月しかたってないけど、俺は三人と仲良くなれたと思ってる。だからもっともっと仲良くなれればその理由も聞けるかもなって勝手に思ってた。その理由が聞ければ俺はもっと仲良くなれるかもって期待してたんだ。楠木だけじゃない。中山にも斎藤にも秘密があってそれを話してくれる仲になればこの世界でもやっていけるって思ってたんだ」
「青木君…」
「俺はお前ら三人は友達だと思ってる。友達と一緒ならどんな困難でも乗り越えられる自信があった。ていうかそれぐらいに思ってなかったらやってらんなかった。だからお前ら三人に何かあったら絶対助けようって思ってた。俺に何かあったら絶対助けてもらおうって思ってた。俺たちのスキルはしょぼいけど、集まればなんとかなるって思ってた。でもあいつは…楠木のやつは…」
それ以上の言葉は続けることはできずに優吾は目を真っ赤にして俯いた。そんな優吾を見て亘は神妙な顔をして下を向き、卓也は鼻をすすった。しばらく誰も口を開かなかったが、おもむろに亘が顔を上げる。
「私はここに来るまで他人は馬鹿と決めつけ、仲良くなろうなんて思ったことはありませんでした。でも青木君のみんなを元気づけるような振る舞いを見て、斎藤君のいろいろな本の知識を聞いて、楠木君の馬鹿にされてもくじけない心を目の当たりにして、自分がいかに矮小な人物であったかを知りました。そして生まれて初めて他人と仲良くなりたいと思いました」
「…お前がそんな風に思っていたのは意外だな」
「そうだね…中山君は優しいから無理して付き合ってくれてるのかと思った」
亘の独白に意外そうな顔をする優吾と卓也を見て亘は首を横に振った。
「優しいのは皆さんですよ。堅苦しい私に愛想もつかずにいてくれましたから。…そんな大事な友人に対して何もできなかった自分が許せないんです」
表情こそ大きな変化はなかったが、亘が血が出るほど自分のこぶしを握り締めていることに優吾も卓也も気づいていた。
「…僕も、学校にいたときは楠木君のことは代わりにいじめられてる人っていう印象しかなかった。ほら、僕はどっちかっていうと楠木君と似たような立場だし、楠木君がいなかったら僕がいじめられてたんだろうなって、おとりになってくれて助かるなってそんな風に思ってた」
卓也が顔を歪めながら呟くように言う。
「でも話してみて、楠木君はいじめられるような性格はしてないって感じたんだ。僕みたいに根暗でもないし、会話もスムーズにできる…じゃあなんでいじめられていたのかなって最近ずっと考えてた」
「確かに…あいつならもっとうまく立ち回れそうだよな」
優吾が眉を顰めると、卓也はうなずいた。
「考えられることといえば…あえていじめられていたとかですかね」
「は?なんのために」
亘の発言に心底意味がわからないといった顔で優吾が聞き返す。
「私にも理由はわかりませんが…」
困り果てた様子の亘を差し置いて何かに気がついたように「そういえば…」と卓也が口を開いた。
「僕のネットゲーム友達に楠木君と中学の時同じ学校だった奴がいるんだ。そいつに聞いたんだけど、楠木君の同級生がいじめを苦に自殺したんだって」
思いもよらぬ発言に優吾と亘が目を見開く。
「その自殺した子っていうのが楠木君と仲がいい人だったんじゃないかな?もしそうなら…」
「その友人の二の舞にならないように自分が犠牲になっている、ということですか」
話しながら段々と元気をなくしていった卓也の言葉を亘が引き継いだ。優吾はその話を聞くやいなや勢いよく立ち上がる。
「なんだよそれ!!そんなのあいつばっかり損してんじゃねぇかよ!!」
急に上げた優吾の怒声に卓也はビクッと肩を震わせた。
「青木君、落ち着いてください!まだ推測の域は出ないのですから」
「落ち着けるかよ!!もしそいつが事実だとしたら、そんな辛い思いをずっとしてたんだぞ!!なんで俺はわかってやれなかったんだ!!なんでなんで!!」
「青木君!!」
亘が出した大声に我を取り戻した優吾は二人に「ごめん…」と謝るとベッドに座った。
「こっちこそごめん…先に話しておけばよかったね…」
「いえ、それは楠木君にとってふれてほしくない過去かもしれません。言えないのはしょうがないことです」
肩をすくめる卓也を亘が慰める。
「…結局俺たちはあいつのために何もしてやれなかったんだな…」
「あの時と同じですね…」
訓練場で昴が隆人達に責められたときのことを思い出す。あの時、今度何かあれば助けると心に誓っておきながら何もすることはできず、三人は自分の無力さを呪っていた。
重苦しい沈黙が部屋全体を包み込む。うつむいたまま誰一人口を開こうとしない。そんな静寂を破ったのは意外な人物だった。
「………辛気臭い顔して情けない」
そろって顔を上げお互いに目を合わせる。その中の誰かが発したものではないと分かると三人は声がした部屋の入り口に同時に目を向けた。そして扉の前に立っていた人物を見て全員があんぐりと口を開ける。
「………馬鹿面」
三人を指さしながら北原美冬が言った。唐突な罵声を受けてもすぐに反応できたものはいない。
最初に正気に戻ったのは亘だった。
「えーっと…北原さんはいつからそこに?」
「………途中から」
「途中からというのは?」
「………ベッドに横になって恥ずかしい自分語りを始めたところから」
「それ最初じゃん!!」
淡々と答える美冬に優吾が羞恥に顔をうずめながら叫んだ。少し、いやかなり恥ずかしい告白を聞かれたことに三人とも意気消沈する。
「き、北原さんはどうやってここに?」
「………歩いて」
「いやそういうことじゃなくて」
恐る恐る聞いた卓也にさも当然とばかりに美冬が言い放つ。要領を得ない回答に優吾がため息をついた。
「どうやって私たちに気づかれないように部屋に入ってきたんですか?」
「………企業秘密」
無表情なのにどこか得意げな美冬に三人とも微妙な表情を浮かべる。
「部屋には僕たちしか入れないはずだけど…」
「………鍵が空いてれば誰でも入れる」
「たしか最後に部屋に入ったのは」
「青木くんですね」
「………すいません」
拓也と亘にジト目で見られて優吾ががっくりと肩を落とす。
「まぁいいや。それで北原さんは何しに来たの?」
「………あなたたち弱い」
「…はっきりいいますね」
「………死なれたら困るから鍛える」
「「「…は?」」」
ポカンとする三人。そんな三人の様子に気にも留めずに美冬が続ける。
「………基本的にはボクが守るけどやっぱり一人でも戦える力を持っていないと困る」
「えーっと…」
「………近接は得意じゃないから魔法の練習の時にボクが君たちの指導をする。それ以外でも時間があるときはきっちり教える」
「ちょ、ちょっとまって!!」
どんどん話を進めていく美冬を優吾が慌てて止める。怪訝な顔を浮かべる美冬を見て三人はお互いに顔を見合わせた。全員が状況を全く把握できていないため仕方なく亘が気まずそうに口を開く。
「北原さんの提案はありがたいんですが…何のためにそんなことをするんですか?」
「………あなたたちに生き残ってもらうため」
「それはわかるんですが…なんで北原さんが私たちの心配をしてくれるんですか?」
「………昴が信頼しているから」
「「「っ!?」」」
美冬の発言に驚きの色を隠せない三人。
「………話を聞いた限り君たちも昴を信頼していると思ったから」
「……………」
「………昴はあなたたちを守りたいと思うから、昴がいないならボクが守る」
美冬の少ない言葉数でも言いたいことがしっかり三人には伝わった。昴がいないという事実を突きつけられた優吾たちは、落ち込むだけで何もしようとしなかった。優吾たちと比べ、圧倒的に昴との付き合いが長い美冬はもっと辛いはずなのに、腐ったりせず前を向いて進もうとしている。優吾たちは目の前にいる美少女の強さを目の当たりにした気がした。
少しの間があった後、三人は互いにうなずき合い、美冬に向き直った。
「北原さんの言葉で俺達は目が覚めた!!楠木がいなくなって何にもできない俺達は目の前が真っ暗になってた…本当に情けない。俺達は強くなる!!強くなってあいつが守ろうとしたもんを俺たちが守る!!北原さん!姐さんって呼ばせてくれ!!」
気合十分で宣言した優吾を美冬が指さす。
「ん?姐さん、なんか顔についてる?」
「………名前知らない」
「そりゃねーぜ!!」
ガクッと肩を下ろす優吾。かなりどや顔で宣言していたのでその分ダメージはでかい。優吾が落ち込みながら名乗ると、亘と卓也もその後に続いた。
「………優吾、亘、卓也」
呟きながら美冬は三人の名前をしっかりと頭に刻みつけた。
「………じゃあ今から魔法修練所へ」
今から始めるという美冬に、三人は力強く頷いた。修練所に向かう三人、思うところはいろいろあったが共通認識が一つ。
北原美冬を守り抜き、無事に元の世界に帰すこと。
それが昴の願いであると信じて。




