19.狂いだす歯車
五人が仲良くなるのにそう時間はかからなかった。気が付いたらお昼ご飯を一緒に食べていて、特別なことがない限り登下校も一緒だった。
クラスでのグループ作業も違うクラスである美冬を抜いた四人でまとまり、それを聞いて美冬はいつも不機嫌そうに頬を膨らませていた。
あっという間に月日は過ぎていき、昴達は中学三年生になった。
五人が登校するとクラス分けが貼ってある昇降口は人であふれかえっていた。なんとか人垣をかき分け確認したそれぞれのクラスは昴と恵子がA組、雫がB組、隼人と美冬がC組であった。
「はぁ…あたしだけ一人なんて最悪…」
「ボクが感じた孤独を味わうがいい」
落ち込む雫を美冬がからかう。雫はキッとにらみつけるとおもむろに美冬の両頬をつねった。負けじと美冬も雫のほっぺたを引っ張る。美少女二人の絡みを男子生徒たちは鼻の下を伸ばして見ていた。
「付き合ってらんねぇな」
「そうだね。行こう」
「あ、ちょ、ちょっと待ってください!」
いつも通りの二人のじゃれあいに我関せずで昴は歩きした。隼人も笑顔で恵子を促し、二人で中へと入っていく。しばらく小競り合いを繰り広げていた美冬と雫も置いていかれたことに気がつき、慌ててその後を追った。
始業式も終わり、最低限の連絡事項だけ告げたホームルームの後、一番早くに終わった昴と恵子が昇降口で残りの三人を待っていた。
「あ…」
「ん?どうした」
「すいません、教室に忘れ物をしたみたいで、ちょっと取ってきます」
「あいよ」
急いで階段を上っていく恵子を見て昴は、そんなに急がなくてもいいのに、と苦笑を浮かべた。恵子が昴のもとを離れるのとほとんど同時に美冬と隼人がやってくる。
「恵子が走っていったけど?」
「忘れ物を取りに教室に戻った」
「雫は?」
「雫はB組だから」
「あぁ、B組の担任は話が長いで有名だからね」
美冬の問いに昴が答えると、どこか納得したような顔で隼人が頷く。
しばらく待っていると雫が走りながらやってきた。
「ごめん!遅くなった!うちの担任本当に無駄な話が多い」
手を合わせて謝りながら、恵子の姿がないことに気が付く。
「恵子は?」
「忘れ物とり行ったんだけど…やけに時間かかってんな」
「様子見てくる」
美冬が恵子を探しに教室に行こうとすると、こっちに向かってくる恵子の姿が目に入った。
「ずいぶん時間かかったな…大丈夫か?」
恵子の顔色が悪いことに気が付いた昴が声をかける。
「え?あっ…ちょっと走りすぎて貧血気味なだけなんで心配しないでください」
「…あまり無理しないようにね?」
気遣うように言った隼人に力なく微笑む恵子。そんな恵子を雫と美冬も心配そうに見つめるが、大丈夫だから、と恵子に言われたので、とりあえず帰ることにした。
帰り道も恵子の口数は少なく、顔色が優れることはなかった。
その日から恵子の態度は一変した。昼休みになるといそいそとどこかへ行ってしまい、昴達と一緒にご飯を食べることはなくなった。
登下校も何かと理由をつけて一緒に帰ることを拒んだ。美冬と雫がそれとなく聞いてもはぐらかすばかりで、恵子が昴達を避ける理由はわからなかった。
そんな中、昴は一つの噂話を聞く。
『飯島と砂川が昼休みに一緒にいる』
飯島冴子。昴と恵子が出会うきっかけとなったいじめの主犯格。そんな冴子と恵子が昼食を一緒にとっているという噂だ。
流石にこれはおかしいということで四人で恵子を問い詰めると「冴子ちゃんとは最近仲良くなって…それでご飯を一緒に食べるようにしてるんだ」と笑顔で答えた。
こんな回答に美冬が納得するはずもなく、冴子に直接聞きに行こうとすると恵子が涙目になって本気で止めてきたので、これ以上昴達にはどうすることもできなかった。
そんなもやもやした状態が続いて七月、ついに事件が起きた。
授業を終えた昴が下駄箱に降りていくと恵子がぼーっと立っていた。教室でもあからさまに避けられ、最近話すこともめっきり少なくなってしまったため、昴はこれはチャンスと恵子に声をかける。
「よー恵子、どうした?」
「!!」
昴の声に驚いたのか勢いよく自分の靴箱の扉を閉める。
「あ、す、昴君。どうかしたんですか?」
その様子があまりにおかしくて昴は眉を顰めると恵子が咄嗟に閉めた靴箱に視線を向けた。
「…靴箱になんかあるのか?」
「えっ!いや…何でもないよ。だから気にしないで…えっ、ちょ、ちょっと」
恵子の静止に耳を貸さず、昴は問答無用で靴箱を開ける。開けた瞬間に漂う異臭に顔を顰めながら中をのぞくと、そこには牛乳がぶちまけられていた。それを見た昴の表情に感情ははない。
「こ、これは…違うの!多分ドッキリ!私が牛乳が好きだから誰かがこっそりいれてくれたんだけどそれが破裂しただけだと思います!」
必死に訴えかける恵子の言葉は昴の耳には届かない。靴箱を閉めると踵を返して教室に向けて走り出す。席に座ってる目的の人物をを見つけると、無表情で近づき机の前に立った。
「お前の仕業か…飯島」
感情を押し殺した声が昴から発せられる。冴子はつまらないものを見るような目で昴を一瞥すると、顔を背けそのまま無視を決めこんだ。
「お前の仕業かって聞いてんだよ」
「昴君!冴子ちゃんは関係ないですよ!」
「恵子は黙ってろっ!!」
昴を走って追ってきた恵子が教室に着くや否や昴に訴えかけたが、昴の怒声に打ち消される。騒然となる教室。昴が怒りを発したのは一瞬、すぐに無表情になって冴子を見据える。
「あんたには関係ないでしょ」
「前にも言われたなそれ。もっとましなこと言えないのか?」
「っ!何様よ、あんた!あたしに関わらないで!」
「関わってるのはそっちだろ。もっともそっちが関わらないでくれるなら願ったりかなったりなんだが」
冴子の語気が荒くなるのに対して昴の口調は平坦そのもの。視線は路傍の石ころに向けるそれ。
「お前が何のために恵子にちょっかいかけてるかは知らないが迷惑だからやめてくれないか」
「別にちょっかいなんてかけてないわよっ!!」
「それなら一切俺たちに話しかけるな。近づくな。関わりをもつな」
「なによ…あたしが誰と関わろうがあたしの勝手でしょ!!」
昴の発言に怒りで顔を真っ赤にさせながら冴子が言い返す。不安な様子でこちらを見ている恵子を見て少し冷静さを取り戻したのか、冴子は薄ら笑いを浮かべた。
「…なにあんた、こんな地味な女のことが好きなの?趣味悪っ!きもいから消えてくんない?」
「お前よりも百倍恵子の方が魅力的だな」
「はぁ!?あんた目が腐ってるんじゃないの!?」
「腐ってるのはお前の根性だ」
「っ!?」
昴の鋭い視線に冴子は怯み何も言えなくなってしまう。
「つ、付き合ってらんないわっ!!」
そう言って勢いよく席から立ちあがり、鞄をつかむとそのまま肩を怒らせながら歩いて行った。そんな冴子を見て昴は冷たい声を発する。
「恵子のことが好きか聞かれたけど、一つだけはっきりしていることがある」
教室の扉まで来ていた冴子は昴の言葉に立ち止まり振り返る。
「お前のことは嫌いだ」
これ以上ないくらい顔を赤く染め上げた冴子は目に涙をためながら昴を睨みつけ、そのまま教室の外へ出ていった。
「冴子ちゃんっ!!」
恵子は慌てて冴子の後を追っていく。昴は冴子が出ていった教室の入り口を見つめていた。
「…昴」
振り返ると騒ぎを聞きつけてやってきた雫達が心配そうに昴を見ていた。
「ちょっと言いすぎじゃないかな?」
隼人が昴をやんわりと窘める。昴は自分の頭をクールダウンさせるために一つ息を吐いた。
「そうだな…ちょっとやりすぎた」
「飯島さんに謝った方がいいと思うよ?」
「あれぐらい言って当然。昴が言わなきゃボクが言ってた」
雫が遠慮がちに告げるが、美冬は気にすることはない、と怒気を露にする。昴は軽く微笑むと美冬の頭に手を置いた。
「言ったことについては謝るつもりはないが、言い方とか態度とか大人げなかったからな」
美冬の頭を優しくなでる。美冬は不満そうな顔をしたがそれ以上何も言わなかった。隼人に視線を向けると小さく頷いたので、昴は「後は任せた」と小さく呟き冴子を追うべく教室を出た。
昴は廊下を走りながら冴子の行き先を考える。途中で歩いている生徒に聞くと冴子は恵子と言い合いながら昇降口に向かったとのことだった。
急いで昇降口まで行き、冴子の靴箱を確認するが、すでに靴がなかったため冴子が外に出たのは明らかだった。まだ遠くに行っていないだろう、と考え自分の靴を取り出すとその中に紙切れが一つ入ってるのに気がつく。
昴は靴の中から紙を取り出し書いてある文字を読むと紙には急いで書いたような殴り書きの文字があった。
『今夜19時、屋上に一人で』
差出人の名前もない、ただ誰が書いたかは昴にははっきりしていた。もう一度書かれている内容を確認し、紙切れをポケットにねじりこむと昴は雫たちの元へと戻っていく。雫達に詳細を聞かれたがうまくはぐらかし、そのまま家路についた。
家に帰った昴はベッドに横になり今日の放課後のことを考えていた。ふと携帯電話が鳴っていることに気づき、ディスプレイに目をやると見知った名前が表示されていたため、昴は慌てて電話をとる。
「もしもし…恵子か?」
『昴君、突然ごめんなさい』
電話口から聞こえた恵子の声は普段と変わりなかった。昴はほっと胸をなでおろす。
「どうした?」
『今日のことで話したいことがありまして…』
「…わかった。俺も恵子に言いたいことがあるから。先に恵子から言ってくれ」
『……………』
恵子は黙ったまま何も言わない。
「恵子?」
『あっごめんなさい…話したいことがあるのですが電話口ではちょっと…今夜会えませんか?』
「今夜…」
昴は瞬間的に紙切れの内容を思い出す。
「悪い。今日は19時からちょっと外せない用事があるんだ」
『……………そうですか。わかりました。では明日時間をください』
心なしか明るくなった口調で恵子が言った。
「明日でいいのか?」
『はい、問題ありません』
「わかった。じゃあ明日の放課後で」
それじゃぁ、と電話を切ろうとすると電話口から「昴君!」と呼ぶ声が聞こえた。
「ん?どうした?」
『…本当にありがとうございました。今日も私のために怒ってくれて嬉しかったです』
「…そうか」
『はい。それではまた明日』
「あぁ、明日な」
昴は電話を切った。なんとなく胸騒ぎを感じながら電話を机に置くと窓の外に目を向ける。今夜は雨が降るらしい。空には暗雲が立ち込め始めていた。




