2.重戦士
隆人の凶刃を受け止めたのは両手に炎爪を携えたタマモであった。だが隆人はそんなタマモには目もくれず、剣の切っ先が目の前にあるというのに眉一つ動かさない昴を睨みつける。
「…どけ」
深海のように冷え切った声で隆人が告げるがタマモは頑として動かなかった。
「お主、なぜこんなことをする?昴の仲間なんじゃろ?」
「仲間?」
隆人は眉をピクリと動かす。昴の仲間など今一番言われたくない言葉。隆人は顔を歪めながら力任せに剣を振りぬくと、邪魔者を吹き飛ばし再度昴に斬りかかろうとした。
「させぬぞ!''灼熱の円環"!!」
タマモが吹き飛ばされながら唱えた魔法により隆人と昴の間に炎が吹き上がる。それどころか他の者を隆人から遮るように火の手が上がった。炎の円の内側にいるのは隆人とタマモのみ。
隆人は自分を囲む炎をゆっくりと見渡した後、タマモに目を向けた。
「お前も邪魔をするのか?」
「昴に攻撃するのなら邪魔するしかないのぉ」
「…ならお前も敵だ」
躊躇なく突っ込んできた隆人に驚きながらもタマモは迎撃の姿勢をとる。今度は受け止めるこはせずに大剣を横へと弾き、懐に入り込むと強烈な蹴りをお見舞いした。だが隆人は蹴りなどなかったかのように二撃目を繰り出す。
「なっ!?」
タマモは大きく目を見開き、隆人の肩を蹴った反動を利用して大きく距離をとった。完全に狙いを定めている隆人は猛然とタマモに突っ込んでいく。
【身体強化】を使っていないとはいえ、気絶させる勢いで攻撃したにも関わらず、隆人はダメージはなく、それどころか怯みすらしなかった。
タマモは無詠唱で火の玉を隆人めがけて飛ばしていく。それを全身で受けながらも全くスピードが落ちない隆人にタマモは思わず身震いをした。
隆人のユニークスキルは【重戦士】。生半可な攻撃では歩みを止めることなく、正面から悠然と敵を駆逐する屈強な戦士の力。【オートメイル】により自動的に纏われる鎧は【魔法装甲】と【物理装甲】のスキルにより、たとえ鎧自体の性能が低くとも鉄壁の要塞と化す。
まさに人の形をした装甲車。自分の攻撃が全く通らない敵にタマモは苦戦を強いられていた。
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炎の壁の外では緊迫した空気が流れていた。
突然暴走した隆人に立ち向かっていったのがいたいけな金髪の少女。助けに入りたいのだが燃え盛る炎がその行く手を阻んでいる。騎士団の者達はもちろん、アレクサンドリアに残っていた異世界の勇者達やタマモのことを知らない千里と萌、それに誠一と勝は自分達の仲間が勇敢な少女を傷つけないかどうか、不安そうな表情を浮かべていた。
当然タマモの力を知る者はそんな事は思わない。タマモの心配というよりもどちらかというと今の状況に困惑していた。
「で、どうするんだ?」
その中でも全くといっていいほど普段と変わらない調子のニールが昴の隣に立つ。昴は頬をぽりぽりとかきながら二人の戦いを眺めていた。
「いやーまいったな、こりゃ」
「その割には落ち着いているわね。彼が突っ込んできた時も全然動じてなかったみたいだし」
ユミラティスの言葉を聞いたニールの表情が怪訝なものになる。
「お前……知ってたのか?」
「こうなる可能性を予想はしていた。……まぁ直前まで忘れてたけどな」
「なんだそれは」
ニールが呆れたような視線を向けた。そんな二人を無視してユミラティスが自分の頬に手を当てる。
「そんな事よりあの子、苦戦しているみたいよ?」
「見えるのか?」
昴が少し驚いたように尋ねるとユミラティスは首を横に振った。
「いいえ、見えないわ。でも、いつまでも炎に囲まれているってことはそういうことじゃなくて?」
「……タマモがあの程度の奴に苦戦するとは思えないが、おそらくこいつの知り合いという事で気を遣っているのだろう」
ニールが腕を組みながらつまらなさそうに鼻を鳴らす。隣で昴が面倒くさそうに大きく伸びをした。
「タマモは負けないだろうけど、俺の蒔いた種だ。選手交代するかな」
「ならば俺が行く。何処の馬の骨とも知らん奴に邪魔される筋合いはない」
【身体強化】を使用したニールを見てユミラティスがくすりと笑う。そんな彼女にニールは鋭い視線を向けた。
「好戦的ね。流石は竜人種といったところかしら」
「……お前には関係ないだろ」
ニールはぶっきらぼうに言い放つとタマモの作り出した炎の壁に向き直る。自分の身長の二倍ほどに高く燃え上がる炎を前にしてもニールに一切の迷いはなかった。
「どの程度までだ?」
「死ななきゃいいだろ」
「……善処する」
あっけらかんと言った昴に短く答えると、 ニールは炎の中へと飛び込んでいった。
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頑強な防御力を誇る隆人の前にタマモは攻めあぐねていた。全身がフルプレートに包まれている隆人に死角はなく、中途半端な魔法や打撃では一切のダメージは通らない。
こういった手合いを倒すには高火力の魔法で一気に吹き飛ばすのが常策なのだがタマモにはそれができないでいた。魔力が足りないだとか鎧を貫く魔法を撃つ自身がないだとかではない。タマモは自分の大切な昴の知り合いを殺してしまう事を何よりも恐れていた。
「……これは周りを囲ったのは失敗だったかもしれないの」
タマモは隆人の攻撃を避けながら自嘲の笑いを浮かべる。''灼熱の円環"を使ったのは、もちろん隆人から周りを守る意味があったのだが、それ以上に自分一人でなんとかする事が出来る自信があったからだ。だが蓋を開けてみれば負ける事はないにしろ相手を無力化する事ができずにいる自分がいる。タマモは戦いながら自分の慢心を悔いていた。
「殺す……殺す!」
目の前で壊れたおもちゃのように同じ言葉を口にする隆人を見てタマモは内心でため息をつく。戦っていてこんなにも嫌な気持ちになるのは生まれて初めてだった。
いよいよ千日手の様相を呈してきた戦いにタマモが本格的に困り出した頃、二人の間に銀髪の男が割って入ってきた。突然の乱入者に二人は驚き、同時に動きを止める。炎の中を通ってきたというのにそれを全く感じさせないニールがタマモの側まで行くと涼しげな顔をタマモに向けた。
「タマモも大分成長してきたみたいだが、まだまだ経験が足りないな」
「むぅ……反省なのじゃ」
タマモはニールの言葉を真摯に受け止め顔を俯かせる。そんなタマモを優しく撫でると、ニールは隆人の方へと身体を向けた。
「また邪魔者か!お前も殺してやる!」
ニールが参戦しても隆人は一切変わらず殺意を滾らせている。ニールはどうでもよさそうに隆人を一瞥すると、後ろにいるタマモに方に顔を傾けた。
「いいか、タマモ。大事なのはどの程度の力で攻撃すればどれだけのダメージを与えられるかを予測する事だ」
自分を前にしてもまるで気にも留めずにタマモと話しているニールを見て隆人の怒りのボルテージがうなぎのぼりに上がっていく。血が滲むほど大剣を握り、魔力を爆発させると脇目もふらずニールに突進した。
「無視してんじゃねぇぇぇぇ!!!」
怒声とともに振り下ろされる剣をヒラリと躱し、隆人の胸のあたりに手を添えるとニールは練り上げていた魔力を解放する。
「"掌雷"」
凄まじい雷鳴と共にニールの手から発せられた雷が鎧を通り越して隆人の身体を貫いた。ぷすぷすと白い煙をあげるている鎧が消え、隆人の身体が現れる。そしてそのまま糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
「……殺したのかの?」
タマモが後ろから恐る恐る問いかけるとニールは不機嫌そうに首を左右に振る。
「一応殺すなと言われたからな。まぁしばらくは目を覚まさないだろ。周りの炎を消してくれ」
タマモは嬉しそうに頷くと、手を前に出し自分が生み出した炎を吸収していった。あっという間にタマモ達を囲んでいた炎は消え、視界がひらけていく。
外にいた者達は唐突に炎の壁がなくなり一瞬困惑したが、目の前に広がる景色に唖然とする。
自分達が心配していた少女は無傷で立っており、その横には見知らぬ男、そして地面に倒れている隆人の姿があった。
誰もが呆けている中、最初に動き出したのはガイアスだった。慌てて隆人のもとへと駆け寄るとその生死を確認し、生きていることがわかるとホッと息をつく。
「殺した方が良かったか?」
少しだけ嫌味を込めてニールが尋ねるとガイアスは苦笑いを浮かべた。
「いや、生かして止めてくれたことを感謝する」
「その男はどうするんだ」
「暴走の原因はわからないが……一晩牢屋にでもいれば頭も冷えるだろう」
「そうか」
ニールはさして興味もなさそうに返事をするとこちらにやってくる昴とユミラティスの方に顔を向ける。
「終わったぞ」
「みたいだな」
素っ気なく答えると昴は気を失っている隆人を抱え上げたガイアスに目を向けた。
「ガイアスさん。謁見は明日だろうから俺達は優吾達の部屋に泊まってもいいですか?」
「いいも何も、そんなところでいいのか?」
魔族との戦いであれだけの活躍をした者達には最高の待遇を、と考えていたガイアスは戸惑いを隠せない。
「そっちの方が気が楽なんですよ」
その思惑をなんとなく察した昴が笑顔で言うと、少し悩みながらもガイアスは渋い顔で頷いた。それを確認した昴が振り返り仲間達に声をかける。
「ガイアスさんの許可ももらったし、さっさと城に行こうぜ」
「のじゃ!」
「やっと行けるのか」
「ふふふっ。アレクサンドリアのお城だなんて楽しみだわ」
何事もなかったように城へと歩き出した四人。周りの者達は状況の変化についていけず、しばらくその場に立ったまま呆然としていた。