18.帰路
「はぁ…」
どうしてこうなった、と叫びたい気持ちを押し込め昴はため息をつく。隣ではそんな昴を見てニヤニヤ笑いながら隼人が歩いていた。
「…でね!昴ったらそのシーツをね…」
「それ本当ですか!?」
「意外」
後ろでは女子三人が姦しく話をしている。と言っても主に話すのは雫で、二人は時々相槌を打ちながら雫の話を聞いていた。
話の内容は主に昴の恥ずかしい話、今は小学校二年生の時におねしょした話で盛り上がっている。
「雫!余計な事を教えんなよ」
「えーいいじゃん、減るもんじゃないし」
顔をしかめながら昴が言うが、雫は口を尖らせだだけ。
「俺もおねしょの話は知らなかったからもっと聞きたいな」
「雫さんの話はすごい面白いです」
「小さい頃の昴は可愛い」
雫を擁護するように隼人が言うと、二人もそれに続く。流石に四対一だと分が悪いと感じたので雫の話を止める事を諦めた昴だったが、今の一連の流れに違和感を感じた。
「いや昴って北原さんその呼び方」
「美冬」
「…美冬さん、その呼び方は」
「美冬」
「美冬、その呼び方はいかがなものか…ってもういいや」
知り合って間もない美冬に名前で呼ばれるのはどうかと思ったが、自分も美冬に名前で呼ぶように強制されたため昴は何にも言えなくなってしまう。
「わ、私も昴君って呼んでいいですか?」
「あー自由に呼んでくれ。それなら俺も恵子って呼ぶから」
慌てた様子で言った恵子に、半ばヤケになった感じで答える昴。名前で呼ばれたのが嬉しかったのか「恵子…」と噛みしめるように呟くと、恵子は頬を染めてニヤけながら俯いた。
「そういえば自己紹介していなかったね。俺は高橋隼人。隼人って呼んでくれないかな?」
「あっ普通に話してたけど、北原さんとは初対面だよね?あたしは霧崎雫、よろしくね」
さらりと名乗った隼人に続いて、うっかりしてた、と舌をペロッと出して雫も自己紹介をした。
「砂川恵子です!…同じクラスだけど一応」
「北原美冬、美冬でいい」
「うん!わかった!恵子ちゃんと美冬ちゃんね!」
「ちゃんもいらない」
美冬は頑として言った。その目がそれ以外の呼び方は許さない、と雄弁に語っていたので雫は少しとまどいながらも首を縦に振る。雫はOKとばかりに今度は無言で何かを訴えかけるように隼人を見つめた。
「俺も美冬って呼ばせてもらうよ」
苦笑交じりに隼人が答えると、美冬は満足そうに頷く。
そんな美冬たちのやり取りをぼーっとした様子で眺めていた恵子を不思議に思い昴が声をかけた。
「どうした、恵子?」
「あっ!え、えーっと…なんかすごいなって…」
昴に名前で呼ばれることにまだ慣れてないのか、恵子はビクッと肩を震わせる。そんな恵子の様子を気にも留めず、昴は首を傾げた。
「すごいって?」
「いや…私みたいな地味な生徒がうちの学校の中でもとびきり有名な人達と帰ってるのがすごいなって思って」
「あー隼人と雫は有名人張りの人気だもんな」
「昴君もですよ?」
「え?」
恵子の予想外の一言に昴は素っ頓狂な声を上げてしまう。そんな昴を見て恵子はくすくすと笑っている。
「昴は意外と人気ある。ボクのクラスでも名前を聞いたことがあるくらい」
美冬が恵子に賛同するように言った。
「まさか!隼人じゃあるまいし、俺が人気あるわけねーだろ」
「隼人の人気は言わずもがな。ボクのクラスの隼人ファンの奴らが正直うざい」
ほとんど言いがかりに近い形で美冬は隼人をにらみつけた。自分のせいではないのだがそんな様子はおくびにも出さずに隼人は「ごめんね」と軽く肩をすくめる。
「昴にはいっつもそのこと伝えてるんだけど全然信用してくれないんだよ。美冬も恵子も言ってるんだからそろそろ認めてくれないかな?」
「気づいてなかったんですね…昴君らしいっていえばそうですが」
「恵子、違う。昴は照れ屋なだけ」
「鈍感であることだけは確かよね」
からかうような口調で話す隼人の言葉に対して言いたい放題の三人娘。あまりの言われっぷりに昴は口をへの字に曲げる。
「黙って聞いてればお前らなぁ…だいたい、告白はおろかラブレターだってもらったことないんだぞ!?隼人なんてしょっちゅうもらってるのに」
若干隼人への嫉妬をまじえながら言った昴に、「そういえばそうね…」と一人だけ納得した様子の雫。
「だって…ねぇ?」
「昴に告白はある意味罰ゲーム」
二人が意味ありげに雫に視線を向ける。そんな二人の態度に「え?なんで?」と当の本人はまるでわかってない様子。
「やっぱり雫が昴のお目付け役で間違いないようだね」
笑いをかみ殺しながら隼人が二人に顔を向ける。勘弁してくれ、と肩を落とす昴に、釈然としない雫。
「とにかく俺は認めない」
「意外と頑固なんですね…」
「悪いか」
恵子が新たな発見っとばかりに目を丸くすると、昴は聞き分けのない子供のようにそっぽを向いた。
「だいたい理由がないんだよ、理由が。雫も隼人も性格はあれだが顔がいいから人気があるのはわかるんだよ、性格はおいといて。でも俺は別にどちらも普通だ。人気がある理由がない」
「何で二回言うのよ…」
昴の言い分に雫が顔を顰める。
「雫、性格悪いって言われてるよ?」
「隼人も言われてんのよ!」
自分は関係なしとばかりの隼人の態度に雫が声を荒げた。そんな二人を見ながら恵子は昴に笑いかける。
「理由ならありますよ?」
「え?」
「昴君は優しいですから」
「なっ!?」
ストレートな恵子の言葉に昴は動揺を隠せない。
「昴が恵子に優しくしたの?」
「うん!」
美冬が尋ねると、おさげ髪をゆらしながら嬉しそうにうなずいた。
「私が授業中に教科書忘れたことに気づいて慌ててたら、何にも言わずに昴君が教科書を渡してくれたんです」
「へー…昴らしいね」
隼人が感心したように昴に視線を送ると、昴はいたずらが見つかった子供のような顔をしていた。
「いいとこあるじゃん!…っていうかあんたはその授業どうしたの?」
「………………寝た」
言いにくそうに答えた昴を雫は呆れた目で見つめる。
「そういうわけで、みんなの憧れる三人とこうやってお話ししながら帰れるなんて信じられないんです!」
「なんかちょっとおおげさだな…」
目をキラキラと輝かせながら胸の前で手を組んでいる恵子を見て隼人は困ったような顔で笑った。
「確かに…あたし達は別に恵子ちゃんが思ってるような人気者じゃないと思うけど…それより美冬は?美冬なんかこんなに可愛いんだから絶対人気あるでしょ?」
「美冬は…えーっと…」
「ボクの辞書に人望という文字はない」
雫の疑問に答えにくそうな恵子をよそに、無表情ながらいい顔でサムズアップをする美冬。そんな美冬を見て昴は思わず吹き出した。
「なに?」
「いや…なんかイメージと違ったからさ。もっと無口でとっつきにくいやつだと思ってたから」
「イメージと違うのはお互い様。昴もシーツを凍らすようなやつだとは思わなかった」
「おまっ!?…それは」
「本当ですよね!おねしょを隠すためにシーツを冷凍庫に入れるなんて…なんか可愛いです!」
恵子はクスッっと笑った。美冬もしてやったりの顔を昴に向ける。
「じゃあ昴の面白い話、もっと聞いちゃう?」
「是非!!」
「下手なお笑いより面白い」
いたずらめいた笑みを浮かべる雫に即答する二人。これから始まる拷問に遠い目をする親友の肩をポンポンと労うように隼人は叩くのであった。




