36.一段落
首謀者が逃亡というなんとも締まらない幕引きではあるがサロビア平原を舞台にした戦いは一応の終結を見せた。
しばらく二人が飛んでいった方を見つめていた昴であったが振り返ると卓也と亘に声をかける。
「身体の自由は効くか?」
「あっ、もう平気みたい」
「私も大丈夫です」
昴に声をかけるまで気づかなかったがリリムの【魅了】の効果は解けているようで二人は剣を下ろすと"アイテムボックス"にしまった。それを確認した昴は雫に目を向けると雫は頷きガイアスの方に向き直った。
「ガイアスさん。魔族のボスには逃げられてしまいましたが、今回あたし達に課された魔族を撃退するっていう任務は達成でいいですか?」
雫の言葉を聞いたクラスメートが一斉にガイアスに視線を向ける。ガイアスはゆっくりと雫達を見回すと力強く頷いた。
「ここまでの劣勢をよくぞ戦い抜いた。胸を張ってアレクサンドリア城に帰るとしよう」
ガイアスが朗らかな笑顔を向けると皆それぞれ歓喜の表情を浮かべる。飛び跳ねながら身体全体で喜びを表しているさおりを見ながら昴はとなりにいるニールに声をかけた。
「どうだった?」
「…最近の魔族はたるんでる、と思っていたがあいつは違ったな。お互いに本気で戦えばどちらが勝つかは正直わからん」
オセは雪山で戦った魔族や自称:空では無敵の鳥魔族とは一味も二味も違った。肉体の頑強さ、バトルのセンス、純粋なパワー、どれをとってもオセはニールの認めるところにある。それだけに強敵との戦いを好むニールは途中で戦いをやめたことで不完全燃焼な感をぬぐえなかった。
「この後少しだけ手合わせしろ」
「やだよ。俺は疲れてるんだ」
ニールの気持ちを察しつつもこんなバトルジャンキーに付き合ったら身がもたない、と昴は即座に拒絶する。ニールは遠目から見てもわかるくらい不機嫌そうな表情を浮かべた。
そんな二人の所へガイアスとフリント、そして雫が近づいてくる。
「確かニール殿であったか。此度の戦、貴殿のような強者に参加していただいたこと心より感謝する」
ニールの前に立ったガイアスとフリントが深く頭を下げた。ニールはいつもの無愛想な表情に戻すと組んでいた腕を解く。
「俺はこいつの命に従っただけだ。こんなんでも一応俺達のリーダーだからな」
昴を顎で示しながらそれだけ言うとニールは顔を背けた。面と向かって感謝されるのが苦手なのであろう。雷竜自慢の白い肌(鱗)が少し朱に染まっている。
「昴はこれからどうするの?」
少し不安げな雫に尋ねられた昴は答えに窮していた。本音であれば今すぐにここから立ち去りたいのだが、タマモとユミラティスとは離れ離れであるし、なによりガイアスがそれを許してくれそうにない。
「仲間と合流したらすぐにでも発ちたいんだけど………ダメそうだな」
ダメ元で行ってみたがガイアスの視線がきつくなったのを感じた昴は肩を落とした。
「助けてもらって強制できる立場じゃないけど、君は今回の戦いの立役者だ。死んだと思われていたことも合わせて女王様は君にお会いになりたいと思うよ?」
「フリントの言う通りだ。スバル殿の強さであれば城で学ぶことはないであろうが、一度謁見はしてもらいたい。その後はどのように行動しようが我々が咎めることはない」
「………わかりました」
少し迷ったが、ここで駄々をこねても仕方がないと考え、昴は大人しく了承した。果たしてこれだけの戦果を上げた自分達を自由にしてくれるのか定かではなかったが、いざとなればひと暴れして逃げ出せばいい、と楽天的に考えることにする。
「このまま城に戻るんですか?」
「いやまずはナイデル砦に向かう。そこに他の異世界の勇者とスバル殿の仲間がいるだろう」
ガイアスの言葉を聞いた昴は大事なことを思い出した。
「…他のってここにいる以外全員ですか?」
昴が恐る恐る尋ねると、ガイアスは首を左右に振った。
「サロビア平原に全戦力を集めてしまってその隙に城を攻められでもしたら目も当てられないからな。異世界の勇者は半分だけこちらに来ている。砦にいるのはセイイチ殿とマサル殿、チサト殿、そしてモエ殿だな」
「そう…ですか」
昴は砦にいるラインナップを聞いて内心でほっと息を吐く。城へと赴くことを約束した昴と、自分を崖から落とした隆人との再会は免れない。絶対に面倒くさいことになるのが目に見えているので解決策を考えなければいけなかったのだが、もし砦に隆人がいればそんな時間は一切なかったところだった。
誠一と勝が突っかかってくるかもしれないが隆人に比べれば遥かにましだろう。とりあえず城に向かうまでの道中で思考錯誤することを心に決める。
「いつまでもこんなところにいてもしょうがない。さっさとその砦とやらに向かわないか?」
ニールの発言により昴達は砦に向かって歩き始めた。
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一人で前を歩くニールに近づいていった美冬はおもむろにその腕の皮膚を引っ張った。
「…何をしている?」
「………固い。本当に鱗なんだ」
顔を顰めているニールを無視して美冬は遠慮なくニールの身体を触る。見た目は人の肌とほとんど見分けがつかないが、実際に触ってみるとニールの肌は強靭なゴムのような感触であった。
「『龍神の谷』にいたんだから別に珍しくもないだろう」
「………流石に触らせて欲しいなんて失礼だから言えなかった」
「俺はいいのか?というか触らせて欲しいという間もなく触ってきただろ」
「……………」
美冬はニールの言葉には反応せずに再びぺたぺたと身体を触り始める。ニールは諦めたように息を吐くと美冬のされるがままとなった。
しばらくそうしていたの美冬であったが満足した様子でニールと並んで歩き始める。ニールがチラリと視線をやるとみふゆがこちらをジーっと見つめていた。
「今度はなんだ?」
「………ボクの言った通りになった」
「何のことだ?」
「………ニールは昴と一緒にいる」
得意げにそう言った美冬からニールは顔を背ける。確かに『龍神の谷』を出るときに美冬に言われたことではあったが、素直に認めるのはなんとなく癪に障った。そんな素直じゃないニールを見て美冬は小さく笑みを浮かべる。
「………約束、覚えているよね?」
「…知らんな」
投げやりな様子で言ったニールを美冬が無言で見つめた。無視を決めこもうとするが上手くいかず、ニールはため息を吐く。
「…あいつは俺が守らなくても自分で何とかできるだろう」
「………やっぱり覚えてた」
「ぐっ…」
言い淀むニールを見ながら美冬はしてやったりという表情を浮かべた。何か言い返してやりたいが言葉が見つからず、ニールはむすっとしたまま歩く速度を上げる。美冬は微かにほほ笑みながら嬉しそうにニールと歩調を合わせた。
「…なんかあの二人やけに仲良くない?」
そんな二人をさおりが不思議そうに見つめる。
「ニールさん…だっけ?すっごいカッコいいんだけど…なんか近寄りがたいっていうか、少しだけ怖いと思わない?」
「そうか?不愛想なだけだろ?」
さおりが少し声を抑えて尋ねると、頭の後ろで指を組みながら優吾が答えた。卓也と亘も同意をするように頷く。
「まぁ見た目はおっかないかもだけど、中身はただの妹好きだから」
「そうですね。サクヤさんは可愛いですね」
「いや言ってないから」
キリっと決め顔でいう亘に卓也が間髪入れずにツッコミを入れた。最近亘がムッツリではなくただのスケベに成り下がっている気がする。
「うーん…雫はどう思う?」
「え?あたし?」
急に話を振られた雫が慌てたように自分を指さした。さおりが頷くと口元に手を当ててなにやら悩み始める。
「なんていうか…あんまり接してないからよくわからないけど…なんとなく昴に似てるなって…」
「楠木君に?」
予想外の回答にさおりは思わず目を丸くした。雫は困った顔をしながらもコクリと首を縦に振る。
「って言っても私も学校にいるときの楠木君しか知らないからなぁ…今の楠木君はまるっきり別人だよ。ねっ?真菜」
さおりが親友に問いかけるも返事が返ってこない。というよりもそもそもさおりの近くに真菜の姿はなかった。
「あれ?真菜は?」
きょろきょろと辺りを見回すさおりの肩を雫がトントンと叩き、前を指さす。さおりがそちらに目を向けると前を歩く昴に真菜が静かに近づいて行く姿が目に入った。
「助けてもらったからお礼をしなくちゃ、ってものすごく嫌そうな顔をしながら言ってたよ」
「あー…なるほどね」
雫の言葉に納得した様子のさおりは少し興味深げに二人の方へ視線を向けた。